「……配信、切った?」
トカゲもどきからはねたぬきへと視線を移して、私は一応確認した。
「もちろんだッチ。今日の配信もバッチリだッチ」
「……わかった」
優しく労うような言葉をかけてくるけれど、私の配信が、世間的にそれほどウケのいいものではないことはよく知っている。
口数が少なくて、冷たい。
トークスキルが無いから、とても娯楽として楽しめるような内容じゃない。
……もう最近は、自分の配信のアーカイブを巡回したりしてコメントをわざわざ見に行ったりするようなこともしなくなったけど、前に見た時は、そんなコメントが多く付いていた。
こっち側は、命をかけて戦っているかも知れないけれど、画面の向こう側にいる人たちはそうではない。
だから、そういう温度差が生まれるのは当然のこと。
それに……自分でも、喋るのが下手だということはよくわかってる。
世間的な自分のイメージが、間違っているとは思わない。
ただ、まあそれはそれとして。
モチベーションが下がるから、視聴者の反応は見ないようにしているという、ただそれだけ。
「……メタモルフォシス」
変身を解除して、普通の私服姿に戻る。
魔法少女の認識阻害は、変身後の姿と変身前の姿を見ても同じ人物だと結びつかないようにする効果があるけど、変身中の姿を見られると効果が無くなる。
このトカゲもどきには、魔法少女としての私と、今の普通の女子高生の私という存在が同一であることを認識できないようにする理由はない。
むしろ、そうすると面倒なことになりかねない。
そういう考えで、私は今この場で変身を解いた。
……ただ、ひとつ。
そこで、想定外が発生した。
「──メタモル、フォシス……?」
じっと私を見ていたトカゲもどきが、小さく呟くように言葉を発すると、その直後。
突如として、トカゲもどきは強烈な光を放った。
「……っ!? まぶし……」
反射的に、手の甲で目を隠して、光を遮る。
そうして……光が収まったのを感じた、次の瞬間。
「……っ! なに!?」
ドン、と、強い衝撃を受けて。
私は、背中から地面に突き倒されるような形になった。
それから……身体が、何か温かいものに包まれているような感じもする。
混乱しつつも、手を下ろして。
何が起きているのか、確かめてみると。
目に映ったのは、誰かの頭。それから、そこから生えた角。
……どうやら、私は今、どこからともなく現れた謎の人間に、抱きつかれているらしいということがわかった。
「……! ……ちょっ、離れ……」
状況を、理解して。
私は慌てて、その華奢な肩を掴んで、無理矢理引き剥がそうとした。
「ぐずっ……あぅ、あ、あ……」
上体を起こしながらの少しばかりの格闘の末、どうにかわずかに引き剥がすことに成功して、私はその顔を見た。
……そこには、両目からボロボロと大粒の涙を流す、女の子の顔があった。
「あ、ありがとうございまじだ……! わだ、わたし、生まれたばっかりで死ぬところで……!」
顔を見ることができたのも、束の間のこと。
またも、その少女は、私の胸元に頭を埋めた。
身体を包む、誰かの体温。
泣き叫ぶような声。
……一瞬、嫌なものを思い出しそうになり。
私は、バクバクとうるさい心臓から、彼女の頭を遠ざける。
「……はな、れて。暑いし……うる、さい」
そうして、力尽くでどうにか完全に引き剥がすことに成功した頃には、当の少女も、少しばかり冷静さを取り戻してきていた様子で、落ち着きを見せつつあった。
「ごめんね……えーっと、つい……?」
彼女の言葉は無視し、私は呼吸を整えながら、改めて観察する。
……パッと見は、私と同じかそれより若いかも知れないくらいの、人間の少女のように見える。
ただ、やっぱり頭部には角があるし、それに背中からは小さな羽、腰の辺りからは尻尾が生えている。
どのパーツも、見覚えがある。
……しかもおまけに、あのトカゲもどきが見当たらない。
「……それが、本当の姿?」
トカゲもどきは、この少女の変身した姿だったのか。と、私はそう心の中で結論付けながら聞く。
そうだ、未知の生物なんて、いるわけない。
もし異能によるものだとすれば、いくらでも説明がつく。
「ううん! えーっと、これはあなたの……メタ、モル……? みたいな魔法を真似して、変身してみたの!」
しかし、彼女の口から飛び出てきた答えは……私の考えとは、まるで違うものだった。
「……え?」
自分でも、顔が引き攣って固まるのを、感じる。
心なしか、頭が痛いような気もしてきた。
「わたしのほんとの姿は、ドラゴンの方! ……でも、こっちの姿の方が、多分喋りやすいかなーって」
ゆらり、と、鱗に覆われた尻尾が揺れる。
そして、パタパタと。小さな羽が、まるで羽ばたくように動く。
……???
例えるのなら、梯子を吊り下げられて、助かったと思って登り始めたら、急にそれを外されたかのような。
そんな、まるで上げて落とされたような感覚に、目の前が、段々と真っ暗になっていった。
……そして。
「──なるほど、つまり、卵から出てきたら、目の前にあのエネミーの集団がいたってことなんだッチね」
「そうそう! ほんとに、あのヒトたち容赦なくボコボコにしてくるし……わたし、このまま死んじゃうんだーって、思ったの」
……どうやら、私は座ったまま意識を失っていたらしい。
目を覚ますと、はねたぬきとトカゲもどき……いや、謎のドラゴン娘が、目の前で言葉を交わしていた。
また、頭が痛くなってきた気がするけれど、ふるふると頭を振って振り払う。
そもそも、よく考えたら。
意思の疎通ができることがわかったのは、いいことだ。
保護したものの、ここからの処理に困っていたのは、元からだし。
あんな風に普通に人間っぽく振る舞えるなら、最悪、社会に放流して人として生きてもらうことも……できるかも知れない。
まあ、それで問題が起こったら、多分私に責任が降りかかるけど。
「あ、起きた……? えーっと、その、さっきは、本当にごめんなさい! わたし、あれが嫌なことを思い出させちゃうって、知らなくて……」
私が意識を取り戻したことに気がついた様子で、当のドラゴン娘が、頭を下げながら手を合わせて謝ってきた。
……ちらり、と、はねたぬきの方を見る。
どこかバツが悪そうに、すっと目を逸らされた。
「……別に、それは大したことない。謝るような事じゃない」
……私の両親は、怪異もどきに目の前で命を奪われた。
私を抱きしめるようにして庇って、事切れた。
ただ、それだけのこと。
確かにさっき、つい連想してしまったのは事実だけど……それを理由に責め立てるようなことはできない。
そもそもの話、私は別に、トラウマみたいなのが原因で気を失ったわけじゃない。ただ、処理しきれない情報に耐えきれなかったっていうだけ。
「……そんなことより、経緯を教えてほしい。それと、あなたがいったい何なのかについても」
だから、私の過去の話なんて、些細なことより。
目の前にいる、相変わらず謎だらけなこの少女についての情報の方が、私にはよっぽど関心がある。
「わかった! えっと、まずわたしはあの空間で、卵から出てきたの! そしたら、頭のでっかいヒト……エネミー、だっけ? に、襲われて……それで、あなたに助けてもらった!」
……しかし、語られた内容は、想像以上に中身がなかった。
「それから……わたしが何なのか、っていう話だけど……。わたしはドラゴン、っていう生き物で、火を吹いたり空飛んだりできる! あとは、人間の姿になれるよ!」
そのドラゴンというのが何なのかを知りたいんだけど……この分だと、おそらく彼女は、自分でもよくわかっていないのだろう。
……私も、なんかもう考えるのが面倒になってきた。
「……わかった。ところで、あなたはこれからどうするの?」
この得体の知れない生き物とは、さっさとさよならしてしまって、私はまた、いつもの日常に戻ればいい。
本人が行きたいところがあるのなら、そこに連れて行ってそれでおしまい。
そうすれば、無駄に色々考える必要もないだろう。
……と、思ったけど。
「はいはいはい! わたし、あなたと一緒にいたい!」
私の胸中などはお構いなしに、ドラゴン娘は元気よく返事した。
「……」
私は、さりげなく、はねたぬきの方に視線を向ける。
はねたぬきは、頭を横に振ってきた。
……まあ、そうか。
そうなる、のか。
実際、保護するなんて言ってしまったのは、私だし。
さっき助けた段階では、一応は、ちゃんと自分で保護するつもりはあった。
もっとも、その時は、いざとなったら組織に研究対象として引き渡すのも手か、とか内心思っていたりしたけど。
ただ、それが、実はそのトカゲもどきが喋れたり人間に変身できたというだけのこと。
……いや。
全然、だけのこと、で済ませていいことじゃないのだけど。
「……卯実。あなた、じゃなくて。
だけど、仕方ない。
私も、ここまで関わってしまったからには腹を括ろう。
……もしも、彼女がトカゲもどきのままだったら。
私はきっと、ここまで思い悩むことはなかっただろう。
未知の生物とはいえ、その出来事の捉え方としては、偶然犬や猫を拾ったようなもの、で済んだはず。
しかし……そうはならなかった。
まず、私は、人と会話することが得意じゃない。
それも、知らない相手と話すなんて、余計に。
もしも相手が、人語を理解できない小動物だったら。
そんな感じの苦手意識を持つことは、なくて済む。
それと、あとは……責任感、みたいなものもある。
人間ではないとはいえ、ある意味では人を、子供を拾ってしまったようなもの。
私1人で、背負い切れる自信はない。
だけど……だからと言ってどうするかというのも、中々パッとは思い浮かばないし、関わってしまった以上、捨て置くのもまた無責任。
「卯実、卯実……! うん、よろしく、卯実!」
ただ……そんな風に純粋に私の名前を嬉しそうに反復する彼女を見て。
「……あなたの、名前は?」
私は、ついうっかりと尋ねてしまった。
私の問いを受け、少女は固まり。
そして悲しそうに下を向くと、頭を横に振った。
「……そう。……なら、
「そら……?」
別に、何か同情めいた気持ちがあったわけではない。
ただ、名前がないと、呼ぶのに不便だと思っただけ。
……しかし、咄嗟に浮かんできた名前だけど、少し、男の子っぽかったかも。
まあ、それも仕方がないか。
だってこれは、産まれていたかも知れなかった、私の弟の名前だから。
当時母が、ちょっと女の子っぽいかな、なんて言っていたから。
つい、これでもいいかな、なんて思ってしまった。
「……いやなら、別のを考えるけど」
つい、視線が下に落ちる。
そもそも、どうして私はこの子の名前なんて考えようとしているのだろう。
「ううん! 奏蕾! すごく嬉しい! わたし、この名前がいい!」
元気の良い声に、思わず、視線が前に向いた。
そこには、とびきりの笑顔で笑う少女の……いや、奏蕾の、眩しい笑顔があった。