紋華が新しいお友達ことフーちゃんをお披露目してから何日かが経ち、私たち三人とはねたぬきは、またフィールド魔法の中にいた。
私たちから離れたところでは、ただ泳いでいる半透明な魚の群れを、フーちゃんが攻撃している。……が、その途中で、フーちゃんの動きが止まった。
「……つ、疲れたぁあ」
紋華がうめくように呟き、へなへなとゆっくり崩れ落ちると同時、フーちゃんの姿が少しずつ薄れていき、ゆっくりと消えていく。
「今回の記録は六匹だったッチ。記録更新だッチ!」
さっきまで私たちがしていたのは、紋華の異能の制御訓練。
……といっても、それは強すぎる力を抑えるとかそういうものではなくて、異能の力をちゃんと扱うことができるよう練習しているというものである。
紋華の異能は、妄想した生物を創造、具現化、そして意のままに操ることができるというもの。
創造とはつまり設計であり、具現化とは任意のタイミングでの呼び出し。
そして、操るというのは文字通り、筋肉や関節の一つ一つの動きを操作するというものだ。
設計は、既に済んでいる。
呼び出しも、その時、設計した内容を忘れてしまっていたりすると本来の力を出せなかったりするけれど、ルーティンによってカバーしている。
……となれば、あとは操作が問題。
一つ一つの動作に、「解釈違い」があってはならない。
例えば、本来動くはずのない方向に関節を動かそうとしたりしたらそれは破綻になるし、作り上げた過去や生態といった設定と反するような行動をさせるのもまた、破綻を生む。
破綻が積み上がれば、それは概念的な強度を落とす結果となる。
破綻は、時間を置くことで解消されるものであるらしいけど、短時間に著しく破綻が重なり、許容限界を上回る程に強度が落ちると、形を保てなくなってしまう。
……もっと直接的な言い方をするのなら、その生物は死んでしまう、と表現してもいいだろう。
紋華の異能は本人のイメージに強く左右される性質がある。
そのため本人が、「それは死んでしまったのだ」と思えば、完全に同じものはもう呼び出せない。
そして、それはそれとしてさらにもう一つの問題として、単純に、作った生き物をちゃんと動かすということ自体が、かなり難しいことらしい。
その上で、特にあのフーちゃんみたいな巨大生物は、一つの動作を取っても連動して動かす部位が多い。
だから、短時間の操作だけでも、こうして限界を迎えてしまう。
……紋華の異能力者としての理論値は、私が知る中でも極めて高い部類にある。
けれどしかし現実的には、これを完全に使いこなすのはかなり難しいだろうとも思う。
出力の上限値が高い代わりなのか、私の異能みたいに誤魔化しを効かせられるような柔軟性が、あまりない。
ただ、本人曰く、ある程度は慣れでカバーできるはずとのこと。
だからこうして、わざわざフィールド魔法を展開してまで練習しているというわけだ。
「ところで……紋華も、怪異もどきと戦うの?」
深海からリビングへと、景色が戻り。
私の膝の上に乗せた紋華の顔を覗き込むようにして、奏蕾が尋ねた。
「いやー。それはないかなー……」
回答する紋華の声からは、未だに疲労が感じられる。
……と思ったら、次の瞬間には瞼が閉じて、寝息を立て始めてしまった。
「……紋華は、魔法少女じゃない。私たちみたいに本人の体力が強化されるわけでもない分、どうしても直接捕食型の異界での活動可能時間が極めて短い」
ちなみに、私たちというのは私たち魔法少女のこと。
奏蕾は何らかの要因で体力を強化しているわけでもないにも関わらず、純粋な自前の体力だけで魔法少女にも劣らないから、ここではちょっとややこしい。
「それに……紋華は、異能で作ったものとはいえ、それが傷付いたり命を落としたりすることを、すごく嫌う。妄想であり架空のものだと理解した上で、それでも、紋華の中ではそれは確かに友達ってことなんだと思う」
付き合いの長い私でも、その感覚を言葉の上で理解することはできても、完全に共感することはできない。
だけど、そこに不用意に踏み込むのは、きっと、本人は何よりも嫌がるだろう。
共感できないことを、共感できないままに受け入れること。
……それが、紋華が周囲に対して求めるものであり、異能の有無以上に、紋華の周りに親しい人が少ない理由でもある。
「そっか。……わかった」
「……わかったなら、よかった」
奏蕾はそれ以上踏み込むことはなく、そこで、ひとまずの納得としてくれたようだ。
……そして、それから奏蕾は、おもむろにゲームの電源を入れた。
「……そういえばさ、この『伝説の怪異もどき』って、なに? すっごい強いんだけど強すぎて使わないのがマナーみたいになってるし」
普段はそのゲームの画面は極力見ないようにしているのだけど……質問されたので仕方なく見てみると、そこには、たしかに伝説の怪異もどきの3Dモデルが映っていた。
「……ん? ああ、それは伝説の怪異もどきだね」
「伝説ってなに? こいつ強すぎるよー! それにこいつの時だけ専用の魔法少女が出てくるせいでディープマリン使えないし……!」
どうやら、ゲームバランスに対して少し不満があるらしい。
大分前にインターネットで見た評価でもゲームバランスが……というのがあったので、どうやらそこはあまり改善されていなかったのだろう。
「……そう、だね。そっか、うん。伝説の怪異もどきっていうのは……」
まあ、ゲームへの不満は私にはどうしようもないから仕方のないものとして。奏蕾が気になっている、伝説の怪異もどきというのが何なのかということなら、一応、答えることはできる。
……それは、かなり昔のこと。
世界に、魔法少女というものが現れたばかりの頃。
この世界に、人の言葉を理解できる知能を持ち、強大な力を振るってこの世界を支配しようとした怪異もどきがいた。
それは非常に強かったけど……紆余曲折あって、六人の魔法少女が力を合わせて、封印した。
めでたしめでたし。
……魔法少女たちの中で色々な話があるけど、その辺りを省いて大まかな結末を語るのなら、こんなものだ。
「へー……。もしかして、だから倒した時の演出が他のやつと違ったり、あとは専用の魔法少女の力を借りれたりできるってことなのかな?」
「……多分?」
演出が違うと言っても、あんまりよくわからないけど。
しかし、伝説というのは、考えてみると少し面白い。
本当に存在していたのか、存在していなかったとしたらどんな事実がどう脚色されてそうなったのか、あるいは全くの架空なのか。
少なくともこの伝説の怪異もどきについて、私はあまりその存在を信じてはいない。……けれど、もしも語られている内容が全て本当だとしたら私はそれを相手にした時どの程度戦えるだろう、という妄想をしたことはある。
ぼんやりと、そのまましばらくその画面を見ていたら、奏蕾が対戦開始ボタンを押す直前。
ポケットに入っているスマホから、通知音が鳴り響いた。
手に取って画面を開いてみると、どうやら、また近くで怪異もどきが出たらしい。
……なんだか、最近少し多い気がする。
気のせいか偶然か何かだとは思うけど、もしもそうでないなら、少し不穏だ。
推定危険度は、まあまあといったところ。
緊急性については、あまり高くはないとのこと。
「卯実、怪異もどきが出たッチ」
「……うん、わかってる」
即座に、私たちが行くことを組織に伝えて、スマホをポケットの中にしまう。
「奏蕾、怪異もどきが出たって」
それから、紋華の頭をそっとソファに下ろして立ち上がる。
そして、中々対戦相手が集まりきらないゲーム画面を見ている奏蕾の肩を叩いて、声をかけた。
「わかった! 今行くー!」
そう言いながら奏蕾は対戦のキャンセルをして、ゲームの画面を閉じる。
そして、そんな中でも変わらず静かに寝息を立てている紋華を置いて。私たちは、部屋の電気をそっと消した。
今回は、バスや電車に乗るほどじゃない。
歩いてしばらくして、その怪異もどきが現れたという場所に着いた。
……そこは、小さな廃工場。
少し前に誰かがこの土地を買い取ったって聞いたけど、工場の跡地が、何もされずに残っている。
「……メタモルフォシス」
「メタモルフォシス・イリュージョン!」
揃って変身して、それから、はねたぬきに合図をする。
「……怪異もどきの討伐。今日も、スカイスケイルと一緒に行く」
「はいはーい! 期待の新人魔法少女! スカイスケイルです! 初めましての人も、よろしくね!」
いつも通り、怪異もどきの討伐の様子を配信する。
許可については今回も問題なしとのことだ。
「……じゃ、行こう」
「おっけー! ごーごー!」
結局、奏蕾が配信に出るようになってからも、私は自分の配信の反応を見ることができていない。
だから、世間的に奏蕾がどう見られているのか、私はよくわかっていない。
今のところ、配信を嫌がったりするような姿は見せていないけれど、もしも私の知らないところで奏蕾が変な風に言われていたら嫌だなと思うのは……少しばかり、過保護というものだろうか。
なんて、そんなことを考えつつ。
廃工場の敷地に足を踏み入れて異界の中に入ると、景色は一変し、次の瞬間、そこは巨大な川になっていた。
……水深は、極めて浅い。
だけど水の流れが強い上、下流側の向こうは滝のようになっている。
実のところ、こういう地形の異界は、あまり得意分野ではない。
液体を操る異能があるから、自由にできそうだと思われるかも知れないけど、私の異能で操れる液体は、あくまで、「私の力の支配下にある」という条件がある。
普段は、魔法少女としての力で空間に水の概念を付与し、それから液体であるという性質を与えているから簡単に条件を満たすことができているけど……こうして元から水だと、ちょっと、色々と面倒だったりする。
奏蕾と私が、どちらからともなくそれぞれの手段で浮き上がる。
そして、とりあえず川上の方へ向かってみようとすると……その瞬間。突然、その向こうから、人型のエネミーと思われる何かが、大量に流れてきた。