それは、あまりにも突然の出来事だった。
今回も無事に怪異もどきの討伐を終えて、わたしが先に変身を解除した、次の瞬間。
たまたままだ変身を解除していなかった卯実が、急に現れた、魔法少女らしき誰かによって吹き飛ばされてしまったのだ。
わたしは、唐突に現れたその人の方を見る。
その人は、わたしや卯実よりも背が高くて、魔法少女らしい衣装を着ているものの、武器らしいものは何も持っていなかった。
この姿は、ゲームで何度か見たことがある。
ステータスは強いけど、卯実……ディープマリンと違って色々とクセがあって使いにくいらしくて、あまり多くは見かけないけど。
「さて……と。初めまして、ってな」
「──っ! メタモルフォシス・イリュージョン!」
その目から敵意を感じて、わたしは咄嗟に変身魔法を使用した。
……わたしは、本当の魔法少女じゃないから変身したところで衣装が変わるだけでしかない。
だけど、逆に言えば本物の魔法少女は変身しないと強い力を完全には引き出せないということでもある。
過去に、「魔法少女のフリをするなら戦う時は必ず変身するのを忘れないこと」と卯実に言われたことがある。なんでも、変身もせずにわたしのいつも通りの力を使えるというのは、異質なものとして見られることになりかねないらしい。
「なるほどな。変身解除してたから誰だかわかんなかったが、お前が最近現れたスカイスケイルってやつか」
目の前で変身するということにリスクがあるのは、わかってる。
だけどそれ以上に、この人が何をしてくるかがわからない。
「んじゃあ改めて、まずは自己紹介でもするか? アタシは魔法少女パイロハート。最強の魔法少女を自称してる」
「……わたしは、魔法少女スカイスケイルだよ! ディープマリンと一緒に戦ってる、新人魔法少女!」
パイロハート。やっぱり、この人が前に卯実が言っていた人らしい。
卯実の話によると、たしか卯実の師匠みたいな人で、昔一緒に暮らしてて……そして、卯実よりも強いという魔法少女。
「ああ、スカイスケイルな。少しくらいなら知ってるぜ。今あいつとコンビ組んでて、大型新人って呼ばれてる……ニセの魔法少女だろ?」
パイロハートの目が、不穏な光を帯びてぎらりと輝いたような気がした。
どうして、そんなことを知っているのか。
頬を伝って、ゆっくりと冷たい汗が流れていくのを感じる。
「……それと。これはついさっき考えたことなんだが……お前、もしかして1ヶ月くらい前に卯実が異界で拾った妙な生き物だったりしねえか? 実は、正体は怪異もどきだったりしてな」
話しながら、パイロハートはゆっくりと距離を詰めてくる。
……わたしは、どうしたらいいのだろうか。
どうするべき、なのだろうか。
無意識のうちに、わたしはいつの間にか、ちょっとだけ後退りしていた。
「こっ……根拠がないよ! わたしがニセモノの魔法少女だなんて、言いがかりっていうやつじゃない?」
わたしには、どれがどうして知られてはいけない情報なのかとか、そういうのはあまりよくはわかっていない。だけど、わざわざ嘘をついて魔法少女だということにしているのだから、それは知られてはいけないことなんだろう。
パイロハートが足を止め、うっすらと口角を上げて、獰猛な笑みを見せた。
「なら、お前の契約してる精霊を見せるんだな。……そこにいるのは、あいつの契約精霊だろ?」
わたしの方をじっと見据えながら、彼女はゆっくりと、その指先ではねたぬきの方を指し示した。
はねたぬきは完全に動揺しているようで、あわあわとした表情で固まっている。
……わたしに、契約精霊なんていない。
考えてもいなかった指摘に、また、冷たい汗が流れていく。
「……大体、妙な話だよな? 普段の配信で、そいつがカメラ役を担っているのはわかる。だが、その映像の中に、他の精霊の姿は一向に映らねえ。魔法少女が二人で行動しているのなら、その場には精霊も二体いるはずだっていうのにな」
この人にどのくらい知られていいのか、あるいは何も知られてはいけないのか、それすらもわからない。
卯実の知っている人なら大丈夫そうにも思えるけど、さっき急に卯実のことを殴り飛ばしてたし……この人のことが、まるでわからない。
「まあ、逆に普段はお前の契約精霊がカメラの役をこなしていた可能性もあるが……その場合、そいつが映り込まねえってのが不思議な話だ」
はねたぬきのことを指差しながら、言葉で理論を積み重ねていく。
……だけど、その理屈に、わたしは一つ穴を見つけた。
「配信に、映らないようにしてたかも知れないよ! 精霊の姿が画面に映るってことは、同じ魔法少女や異能力を持っている人に、特定される要素を見せることになるし」
画面に映らないのが不自然というのは、何かの理由で映らないようにしてたってことにすれば辻褄が合う。
そして、前に組織の本部に行った時、卯実は変身していなかったにも関わらず、はねたぬきの姿から、その場にいた魔法少女にディープマリンだと認識されてた。
精霊が映らないようにするということには、そうやって理由をつけることができるはず。
「なるほどな。まあ、それはそうだ。……で、そこまで言うなら、お前に契約精霊はいるってことでいいんだな? 見せてくれれば、誤解は解けるって話なんだが」
……しかし、あっさりと話が戻ってきてしまった。
どれほど辻褄合わせをしようと、わたしに契約精霊などというものが存在しない事実は変わらない。
むしろ、変に言い訳してしまったことで、余計に自分の立場を悪くしてしまったような気もする。
「精霊はいねえんだな? ……随分と後ろめたそうな顔してるが、そんなに都合の悪いことか?」
この世界の常識や、ルール。そういったものを少しずつ理解してきてはいるけれど、まだ完全にはわかってない。
経験が足りないし、知識も足りない。
わたしでは、どうしていいかわからない。
早く、卯実が戻ってきてくれたら……。
卯実が吹き飛ばされて行った壁の方に目を向けた時。
ちょうど、銃声のような激しい音が建物中に響き渡った。
「始まったみたいだな。……言っておくが、あいつが助けに来てくれるなんて希望は持たないことだ。アタシの連れが、あいつを追い詰めている頃だろう」
突如響いた音にもまるで驚いた様子はなく、パイロハートはそう言いながら、自然と構えるような姿勢をとった。
「それじゃあ、こっちも力で語り合うとしようか。これも先に言っておくが、命までは取られないだろうなんて甘い考えは捨てることだな」
一層鋭くなった視線に対して、わたしも、無意識のうちに構えをとる。
そして……その次の瞬間、大きな音が響いた。
直後、じっと見ていたにも関わらず、すぐ目の前にパイロハートが迫っていて。後から、その音はパイロハートが力強く踏み込んだことによるものなのだということに気が付いた。
拳が、迫る。
わたしは咄嗟に、腕を割り込ませて防御する。
「あっつ……!」
背中から、ものすごい衝撃を受ける。
どうやら拳の勢いで吹き飛ばされて、壁に叩きつけられたみたいだ。
しかも、ガードした腕がやけに熱い。
痛みと熱さを堪えながら立ち上がるわたしに、パイロハートがゆっくりと歩いて近づいてくる。
「……そっちが、その気なら!」
飛びかかり、わたしは上から爪による攻撃を繰り出した。
……けれど、彼女はそれを回るようにして避け、その勢いのまま、わたしは横腹に蹴りを受けた。
この速さ、そして攻撃の鋭さは、どちらも、模擬戦で戦ったミラージュシャインという魔法少女よりも上だと思う。……それも、最後の方に、速くなった時の彼女と比べて。
しかも、痛い、だけでなくやっぱり熱い。
勘違いでなければ、さっき腕で受けた時以上に。
「やっぱり、随分と頑丈みたいだな。効いてねえわけじゃなさそうだが、これなら、もっと火力を上げても問題無さそうだ」
……気が付いたら、向こうで鳴り響いていた音がしなくなっている。
卯実は、一体どうなったんだろう。
「……さて。じゃあ、こっちもそろそろ締めと行こうか。逃げられてもつまらねえし、逃げ道は潰す」
パイロハートがそう言うと、ほんのわずかに、小さな風が通った気がした。
……そして、その瞬間。
景色は大きく変わって、何もない広大な草原になっていた。
これは、間違いなくフィールド魔法だ。
フィールド魔法は、魔法少女の使う切り札で、つまりここは、パイロハートにとって有利な空間になっているはず。
一見何もないように見えるけど、どんな、仕掛けがあるんだろう。
何が、隠されているんだろう。
……模擬戦の時とは違って、フィールド魔法というものを知っているから、油断はしない。
「安心していいぜ? ここには見た通り何も無い。仕掛けも、概念も、なんにもだ。ただ、その分強度だけは高いがな。仮にお前が本当に魔法少女だったとしても、フィールド魔法なんて使わせねえよ」
本当のことを言っているのかそれとも嘘なのか、今のわたしには、判別する方法がない。
だけど、それがもし本当なんだとしたら、よっぽど自分の実力に自信があるということなんだろう。
とりあえず、広々とした草原の中というのは、わたしにとってあまり不利な空間じゃない。
「これでも、食らえ!」
飛び上がって、ブラスト・ロア……ドラゴン形態なら口から放つブレス攻撃を、手から放つ。
口で放つにしても手から放つにしても、どっちにしても魔法でやっているから、別に変わりないことだけど。
「なるほど、遠距離攻撃か。……だが、そんなもん通じねえよ!」
ブレス攻撃を避けて、パイロハートはジャンプだけでわたし以上に高く飛び上がり。上から、拳を叩きつけてきた。
「いっ……!」
地面に叩きつけられながらも、なんとか着地に成功して、上を見上げる。
まるで隕石のようなものすごい勢いで、パイロハートが拳を構えながら突っ込んできているところだった。
「うわあ! ……っと」
咄嗟に後ろに飛んで、回避する。
パイロハートが地面に拳を撃ち込みながら着地すると、地面はまるでクレーターのようにへこみ、そして、その衝撃が、まるでドライヤーの熱風のように通り抜けた。
すっと立ち上がり、パイロハートがこっちを見る。
厳しい戦いだということを感じつつも、わたしは、後退りしそうになる足を止めて、爪の攻撃を構えながら飛びかかった。