声をかけられて振り返ると、そこには、まるで軍服か何かをモチーフにしていそうな衣装を身にまとった少女が、立っていた。
ただ、軍服にしてはやたら装飾が多い気がする。
おそらく、魔法少女だろう。よく見れば、精霊も連れている。
ただなんとなく聞いたことがある声のような気もするけど……気のせいだろうか。
魔法少女の変身には認識阻害があるから、この姿じゃない時に会ったことのある相手である可能性は、ある。
だけど、少なくとも魔法少女としては知らない相手であることは間違いない。
「……初めまして。私のことを知ってるみたいだけど、あなたは誰?」
向こうは、私の名前を知っていた。
それについては、ついさっきいきなり私を殴り飛ばしたパイロハートが配置した人であるのなら、納得はできる。
ただ、それはそれとして前に立つのなら、せめて名前くらいは名乗ってほしい。
「あー……そうっすよね。えっと、ボクは、魔法少女ボンバークローバーっす」
「ふうん。じゃあ、ダイヤとスペードはどこにいるの?」
「んなもんはいねぇっす」
「……そうなんだ。残念」
パイロハートとボンバークローバーと来たものだから、てっきりトランプのスートにでも合わせて四人組でも組み始めたのかと思ったけど、どうやらそうではなかったらしい。
「まあ……名前については実際、パイロハートと組むならボンバークローバーって感じがいいんじゃないか?みたいなノリだったっすけど」
「……そうなんだ。それなら、やっぱりダイヤとスペードも探した方がいいんじゃない?」
私がそう言うと、ボンバークローバーは静かに肩をすくめた。
……まあ、そうそうそんなアテなんてあるわけがないか。
「いっそのこと、あなた方お二人が改名してくれたりしたらいいんすけどね」
ボンバークローバーの言葉に、私は、それはなんとなく嫌だと思ったので首を横に振った。
「……しかし、随分と会話に乗ってくれるっすね。まあ、時間稼ぎが目的なんで助かるっすけど」
根が素直な子なのかなんなのか、ボンバークローバーは急に自分の目的を白状してきた。
「そうだね。……時間稼ぎ。まあ、あの人が何をしたがってるのかはなんとなくわかるけど」
そういう風に言うのなら、次の質問で最後にしよう。
私は、ひとまず、一番気になっていたことを聞くことにした。
「……それで、あなたはあの人の何なの?」
もしかして、魔法少女としての協力者か何かだろうか。
……いや、パイロハートは単独で十分な戦闘能力を持っているし、あまり連携が得意なタイプでもない。
こういう言い方をするのはアレだけど、彼女が誰かと組むのなら、私でも知っているくらいの魔法少女でないと荷が重いだろう。
「えーっと……まあ、気になるっすよね。昔一緒に暮らしてたらしいですし。ボクは、色々あってあの人に助けられまして……今は、弟子って感じの立ち位置っす」
「……そう。あの人の弟子。……わかった」
聞きたいことを聞くことはできた。最後の質問も終わったし、とりあえず、おしゃべりはこのくらいでいいだろう。
私はおもむろに弓を作り出して、握ってみせた。
「あなたは、時間稼ぎが目的って言った。私は、演技も芝居も得意じゃない。……だから、あなたの力で、ちゃんと時間を稼いでね」
水の矢を作り出し、それをつがえる。
そして狙いを定め、いつでも放てることをアピールした。
「いやあ、やっぱりこれ、ボクには荷が重いっすよ……」
ぼやくように言いながら、ボンバークローバーは魔力で銃を作り出す。
形状としては、拳銃やライフルではなく、機関銃といったところだろうか。
銃口部分がやけに長いことから、どうやらサイレンサーと呼ばれる、銃声を抑えるものがついているらしいことも、見て取れた。
「名付けて、マジカル・マシンガンっす! 喰らうがいいっすよ!」
そして、掃射。わざわざ狙いをつけるのではなく、あえて弾をばら撒くことによって、逃げ場を与えないというつもりだろうか。
あまりにもアンバランスなネーミングだけれど、確かに、あれが魔法少女特有の魔力によって形成されているのが見てわかる。
私の弓やミラージュシャインの短杖のように、あれが、魔法少女ボンバークローバーの武器なのだろう。
しかしばら撒かれた銃弾は、私のところまで届くことはなく、全て途中で失速し、緩やかに落下していった。
「あれっ!? 弾が……!」
「……自分で言ってた、時間稼ぎ。会話の中で、相手も同じようなことを狙ってた可能性は、考えた方がいい」
魔法少女が戦闘前に会話をする時、会話だけが目的だと思わず警戒しておくのは基本である。見えないところで、緩やかに場を整えるのは、当然のこと。
現に、ここはもう水の概念によって、空間の大半を侵食して掌握済みだ。
最初から銃を使うタイプと予想していたわけではないけど、銃弾は水の中ではかなり威力が落ちるもの。
この状況下では、かなり戦いにくいのではないだろうか。
「実体や質量を持つ遠隔攻撃は不利ってことっすか……でも、それって別にそれだけで完全な防御ってわけじゃあないっすよね?」
言いながら、ボンバークローバーが銃口を斜めに上げる。
……もしかして、それで無理やり当てるつもりだろうか。
そんなことをしたところで、勢いが衰えるという事実は変わらない。
それでももしかしたら何か策があるのかも知れないと思い、身構える。
そして、そのまま斜め方向に、銃弾がばら撒かれる。
それらは弧を描き……突然、爆発した。
「……っ!」
咄嗟に自分を二層構造の水泡で覆ったことで負傷は免れたけれど……驚いた。
「無傷っすか。なんとなくわかってはいたっすけど、やっぱり自信無くすっすね……」
「でも、びっくりした。面白いね、それ」
水泡を消して代わりに水のタコを作り出しながら、私もひとまず威嚇してみる。
ひとまず、向こうも攻め手が完全に潰れているわけではないらしい。
……あとは、ここからどう攻めてくるか。
「随分と余裕っすけど……なら、こんなのはどうっすか?」
様子を見ていたら、急に機関銃を両手に握り、突進してきた。
いくらなんでも、それはあまりにもヤケクソというものではないだろうか。
私はとりあえず、水の衣を纏った状態で、まるで野球のバットのように振られたその銃を手で掴もうとする。
そして、それに触れた、その瞬間。
銃が、その場で爆発した。
全く予想していなかった……というわけではない。
何かあるとは思っていたし、水の衣による防御の展開だってしていた。
けれど、これには少し、不意を突かれた。
受け止めようとした手のひらが、少し痛む。
直接触れていたら、もしかしたらこの腕は今頃使い物にならなくなっていたかも知れない。
水のタコの触手でボンバークローバーの胴体を掴み、雑にポイっと放り投げる。
勢いそのままに背中から壁に激突したけど、特に怪我はなく、立ち上がってきた。
「なるほど。あなたの力は、爆弾かな? ……任意のものに対して、その性質……つまり、爆発させるということができる」
火傷した手のひらを見ながら、立てた予想を口にしてみる。
魔法少女の魔法は、概念をベースとするものだ。
私やミラージュシャインの水や光なんかと比べると少しだけ限定的なように思えなくもないけれど……まあ、魔法少女になって開花する魔法の司る概念というのは、多岐にわたる。
「正解っす……! けど、それがわかったところで、手の内が全部わかるってわけでもないっすよね!」
確かに、魔法がわかったところで、それをどう使うかまではわからない。
ただ……それはそれとして、このボンバークローバーは、色々なところで正直すぎるところがあるような気がする。
これがもし嘘でなかったなら、たった今最大の手札の答え合わせを自らしてしまったということになるのだけれど……大丈夫だろうか。
ボンバークローバーが、機関銃を正面に構える。
さっきのように、斜めではない。
それではうまくいかないというのはわかっているはずだから、おそらく、何か考えがあるのだろう。
「奥の手っす! これでも食いやがれっす!」
機関銃から、先ほどまでと同じように弾が放たれる。
しかし、飛んできたのは物理的な実弾ではなく、魔法少女の基礎魔法である、魔力弾だった。
確かに、魔力による実体のない弾であれば水中であっても減速しない。
……さて、これに対してはどうするか。
距離と弾速から考えれば少なくとも、水の壁を作って止めるというのは間に合わない。
「……それなら」
爆発のタイミングは、おそらく任意だろうと見た。
刹那の思考の果てに出した私の答えは、空中を最大限の速度で泳ぎ、水の衣で魔力弾を受け流しながら距離を詰めるというもの。
ここで距離を詰めることを予測されていたら、あるいは爆発の条件が「何かと接触すること」とかだったりしたら、この行動は裏目になる。
……だけど、そうでなければ、こっちの行動を見てからでは反応が遅れることになり、魔力弾の爆発を受けずに接近することができるはず。
「うえっ! まじっすか……!」
作戦は、成功。
受け流した魔力弾による背後からの爆風を受けながらも、私はボンバークローバーの目の前まで迫り、弓を大きく、横薙ぎに振るった。
「ぐえっ……!」
ボンバークローバーは横腹を打たれ、よろけつつも、後ろに退いて距離を取った。
「……実体のない魔力弾への切り替え。それ自体は予想してなかったけど、これから何かするっていうのが、見え見えだった」
話しながら、私は水の鮫を作り出す。
それは、大口を開けてゆっくりとボンバークローバーへと迫っていった。
「あーもう! だからこんな作戦反対だったんすよ! ディープマリンさ……じゃなくてディープマリンにこんな形で初対面とか……もう何もかも最悪っす!」
急に、頭を抱えて何か言い出した。
そんなことを私に言われても、どうしたらいいというのだろうか。
「正真正銘、これが最終手段っす! 覚悟するっすよ! ディープマリン!」
若干のヤケを感じるような口調で言い放つと、突然、地面が爆ぜた。
……そして、爆煙が晴れ、視界が開くと。
そこは、うるさいほどにネオンがピカピカと光り輝く、近未来的な都市の景色になっていた。
おそらく、これがボンバークローバーのフィールド魔法ということだろう。
荒い息を吐くボンバークローバーを前に私は静かに構え直し、そして、改めて正面から相対した。