「ああ、そっちは先に終わってたみてぇだな」
フィールド魔法を解除して現れたパイロハートは、横たわっているボンバークローバーと私の顔を見るなりそう言ってきた。
大の字になっている奏蕾は、言葉を発することはなく、ただ、荒い息を吐いている。
「……はねたぬき」
「了解だッチ!」
聞きたいことや言いたいことは山ほどあるけど、ひとまず、私ははねたぬきに奏蕾の受けている傷の回復をするように指示をした。
回復のためにはねたぬきがパイロハートの横を通り過ぎたものの……特に、それを止めるようなそぶりはなかった。
「……それで。目的は、何?」
回復して起き上がった奏蕾を横目に見ながら、まず目的から尋ねていく。
「そうだな。主に顔合わせと……あとは、確認?」
パイロハートの口から出てきた回答は、私が内心で予想していたものと、およそ一致した。おそらく、なんらかの要因でスカイスケイルが魔法少女ではないことに気付いて、正体を探りにきたというようなところではないだろうか。
あるいは、奏蕾が人間でないというところまで先に突き止めていたという線もある。
「……確認した結果は、どうだった?」
具体的に何をどう確認しようとしていたのかは、よくわからないけど、態度を見ていれば、ある程度納得できる何かに至ったのだろうということはわかる。
だから、まずは単刀直入に聞いてみる。
「うーん、まあ、シロってとこだな。あー……とりあえず、少し細かく話していくか」
出て来た答えは、イマイチよくわからないものだった。
それは当人も感じたようで、さらに説明を続けるため、その場で無造作に腰を下ろした。
「……その前に、ここ、これだけ派手に壊してるけど、大丈夫?」
平気でここで長話を始めようとする態度といい、最初に私を殴り飛ばして壁を破壊したことといい、そろそろ、この場所の所有者に怒られるのではないだろうか。
「ん? ああ、それなら問題ない。ちょっと前にここを買ったの、アタシだし」
そうなのか。それなら、心配して損をした。
……というか、そうだとしたらどうして自分でここに出た怪異もどきを倒さなかったのか。
いや、それこそ、罠だったということだろう。
おそらく、ここに怪異もどきが出現しやすい条件を揃えておいて、私たちが討伐に来たらこうして襲撃をかけるという……極めて悪質な。
「なんか誤解されてそうだが、ここを買ったのは別件で、ここに怪異もどきが出たのも偶然だ。たまたま対応する魔法少女の名前見て、ついさっき、この襲撃を企てたんだ」
……別に、計画が前々から仕組まれていたものであろうと、突発的なものであろうと、その悪質さが大きく変わるわけではないのだけど。
私の横に立つ奏蕾も、口をへの字にしてパイロハートを睨んでいる。
……まあ、いいか。
ひとまず長い話になりそうだし、私はパイロハートと同じように床に座った。
「あー……とりあえず話を戻すが、まず最初の目的は、本当に、単なる顔合わせとほんのちょっとした様子見のつもりだった」
「……そう。じゃあ、それで戦闘になった理由は?」
「ん? 魔法少女のコミュニケーションと言えば、コレだろ。一番手っ取り早いし、効率的だ」
パイロハートが、握り拳を作って見せた。
たしかに、言おうとしていることは理解できる。だからそれそのものを否定するつもりはないけれど……それでも、今回のはあまりに急というものだ。
もっと段取りとかそういうのを考えてほしいところだけど……まあ、この人にそんなことを言っても無駄だろう。
「……まあ、とにかく最初はそんなつもりだったんだが、最初にそいつが変身を見せた時に話が変わってな。それを見た時、アタシの中で、お前が前に配信中に拾った奇妙な生き物の姿とスカイスケイルの姿が繋がった。……もしかしたら、同一の存在なんじゃないか? ってな」
認識阻害は、変身後と変身前とで区切りを作り出し、二つの姿が同一であると認識させない力である。
そこまでは知っていたけど……人型とドラゴン型というような形で「変身前」の姿が二つある場合は、両方の「変身前」の姿に効力が適用されるということらしい。
正直に言って、初めて知った。
……ただ、考えてみれば魔法少女だって、どんな服を着ていようと「変身前の姿」は「変身前の姿」である。おそらく、それと同じようなことなんだろう。
「その時もしかしてって思ったのが、スカイスケイル怪異もどき説、って感じでな? ……ほら、怪異もどきって追い詰めると本性表して姿も変えて襲ってくるだろ? それで、わざと強い言葉で脅してみたり、わざとジワジワ痛めつけたりしたって感じだ」
「……それで、その結果がシロ?」
「色々と判断基準はあったけど結果だけで言うなら、まあ、そういうことになるな」
少しばかり気まずそうに頭を掻きながら、パイロハートはそう言った。
本人なりに、少しは反省しているところはあるのだろう。
……私としても、正直、ボンバークローバーとの戦いが終わった時にはこっちは先に終わっているだろうと思っていたから、何を長引いているのだろうと、内心驚きを感じていた。
「いやあ……最近ちょっときな臭いアレコレがあってな? うん。……本当に、すまなかった!」
パイロハートが、勢いよく頭を下げた。
彼女は、元々、自分が見たもの以外あまり信じないタイプの性格だった。
だからこそ、こうして試すようなことはよくしていたけど、ここまで、本人の中でも「やり過ぎた」というようなパターンは珍しい。
突然に頭を下げてきたものだから、奏蕾は、驚きで一瞬固まった。
「まあ、戦いになったことについては、別にいいけど……。その、むしろ逆に本当に、これでいいの?」
……まあ、本人からしてみれば、散々殴られた末に気絶して、気が付いたら、なんか勝手に相手が納得していたという状況だ。
怒るかどうかよりも、色々と、困惑の方が強くても不思議ではない。
「ああ、そうだな。お前には……多分色々と秘密がある。ただ、それはおそらく、お前自身もちゃんと把握してない類いのやつだろう。それについても気になるところは山々だが……今は、怪異もどきではないとわかっただけで、十分だ」
その言葉を聞いた上で、それでも微妙に納得できないといった様子の奏蕾。
しかし、釈然としないような顔はしつつも、ひとまず、無理矢理納得することにしたようだ。
「そういえば、そっちの方、ボンバークローバーはどうだった? 最近魔法少女になったってんで、縁があって色々見てるんだが、どうにも忙しくてここのところあんまり見てやれてなくてな……っていうか、誰も治してやってないのか……」
「……ああ、中々戻ってこなくて変だと思ったから、無力化しておけば人質になるかなって思って」
「あー……なるほどな」
私の言葉を聞いたパイロハートは、ついさっき過激なことをしていた側だった筈なのに、なぜか、少し引いたような反応を見せてきた。
「──単純に、ボンバークローバーが魔力を使い過ぎてしまったということもありますの。回復魔法は、あくまで魔法少女の魔力を精霊が用いて負傷箇所の回復を行うというものですから……この魔力枯渇状態では、むしろ主人を危機に晒すことになりかねないのですもの」
ボンバークローバーの契約精霊だろう、白い鳩のような形をした精霊が話し出した。
確かに、魔力自体はまだ残っているけど、精霊による魔法を問題なく使えるほどかといえば、そうではない。
それに、そもそも外傷自体そんなにない筈だし、あくまで窒息による一時的な気絶のはずだから、回復魔法自体あまり必要とも思っていなかったりするのだけど。
ちなみに、気絶したことで今はボンバークローバーの変身が解除されているわけだけど……結局、見覚えがない顔だった。
たしかに声に聞き覚えがあった気がしたのだけれど……あれは気のせいだったのだろうか。
「……とりあえず、戦闘の中で色々と工夫してた点はよかった。自分にできることをちゃんと考えて、相手に合わせる立ち回りもできてた。……けど、ちょっと無駄が多いと思う」
「なるほどな。まあ、概ね同意見だな! むしろ、思ってたより高い評価だったことに驚くところか。……よし! ちょっと悪いんだが……たまに、こいつのこと見てやってくれないか?」
急に何を言い出したかと思ったけれど……なるほど。
最初の方に言っていた顔合わせというのは、これのことか。
なんか忙しいとかなんとか言っていたし、どうも、体よくこの子の戦闘指導を押し付けようという魂胆らしい。
「……そもそも、この子は何? もしかして、また身寄りがないタイプ?」
少しアドバイスをするくらいなら、まあ、別に問題はない。
だけど……これ以上私の家に住人が増えるというのなら、拒否したい。
はっきり言って、定員オーバーというものである。
「いや、家族はいる。家族仲はそれなりに良好だし、普通に学校にも通ってる。その点については心配ねえ。アタシも、たまに稽古つけてやってるだけだしな」
つまり整理すると、その稽古をつける時間が取れなくなってきたのが、問題だということらしい。
何をしてそうなっているのかはわからないけど、まあそのくらいなら、できないということはない。
「──ハッ! ……えっと、これは……どういう状況っすか?」
とりあえず、パイロハートの用事のうち、その「顔合わせ」の部分について話がまとまりつつあったところで。
その話題の当人である、ボンバークローバーが目を覚ました。
……まあ、ついさっきまで戦っていたはずのメンバーが普通に座って話し合っているというのは、中々に不思議な光景に見えてもおかしくない。
「戦いは終わったよ。確認したいことも確認できたし、お前の任務は完遂だ」
パイロハートがそう言うと、ボンバークローバーは安堵したような、嬉しそうな表情を浮かべた。
「それは、よかったっす! ……正直、拳を交えてコミュニケーションとかそのための時間稼ぎとか、今回の計画について全然意味わかってなかったっすけど、上手くいったなら一安心っす!」
言い終えたボンバークローバーは、ちらちらと、私の方にこそこそ視線を向けてくる。本人は隠しているつもりみたいだけど、何やら熱を感じるような、ムズムズするような視線だ。
しかし、やっぱり聞き覚えがある気がする。
顔を見たことがないのに、聞いた声。
……考えていると、パイロハートがボンバークローバーに、顎で何かを促した。
「あの、ディープマリンさん。えっと……いつも配信見てます!」
声は知ってる。顔は知らない。……配信。
……ああ、そういうことか。
改めて、ボンバークローバーの顔を見る。
うん、やっぱり見たことがない。
間違いなく、私は、彼女の声だけを知っている。
その声は、私がよくスマホの画面越しに聞いている声。
それは、私がよく見ているホラーゲーム配信で、顔の代わりに立ち絵を表示させて実況をしている人の……あの声だった。