「さて、アタシは先に帰るかな……っと、そうだ。忘れるとこだった」
ボンバークローバーが、実は私の配信の視聴者だということを言い出して、私も、彼女の正体がゲームの配信をしている人だと気付いた直後。
座っていたパイロハートは立ち上がり、そして唐突に変身を解除した。
「改めて、スカイスケイル。お前には、迷惑をかけた。色々と踏み込んじまった詫びってつもりでもないが……せめて、名前くらいは名乗っておく」
変身を解除したパイロハートの私服姿は、デカデカと「焼肉定食」と文字が印刷された、Tシャツにジーパンという目を覆いたくなるようなファッションスタイルだった。
悲しい話だけれど、どうやら、単なる時間の経過だけでは、センスというものは成長しないらしい。
「アタシの名前は鈴実。
小さな紙を一枚、奏蕾に握らせて。パイロハート……いや、鈴実は、自分の精霊を連れて帰っていった。
好き放題に色々やっておいて、そのくせああやってあっさりと帰っていくのも、変わらない。
あの迷惑さは、まるで台風か何かみたいだ。
……残された私たちは、顔を見合わせる。
「えっと、そうっすね。……ボクも、名乗っておきましょうか。ボクは、花久楽って言います。フルネームだと、
なんとなく、本名での自己紹介をする流れになった。
……とりあえず、この場で変身している状態なのは私だけだということに気付いたから、私も、変身を解除した。
「……私の名前は、棉摘卯実」
「わたしは、棉摘奏蕾っていう名前だよ!」
なんとなく、全員の名前が出揃った。
しかし……特にこれといった話題がないからか、変な空気で、沈黙が流れた。
「……ひとつ聞くけど、あなたは、ゲームを配信とかしてる人?」
黙っているのも気まずいから、私はひとまず、ボンバークローバー……いや、花久楽に、気になっていることを確認してみることにした。
「え!? ……まあ、そうっすね。……なんで、知ってるんすか?」
……なんで、と言われると少し難しい。
別に、知っている声だと思った、と言ってもいいけれど、もし本当に本人だとしたら……面と向かって言うのは、ほんの少しだけ、気恥ずかしいような気がしてしまう。
「あなたが寝てた間、パイロハートがそう言ってた」
「えっ! あの人ボクの秘密をそんな、勝手に明かしたんすか!?」
完全なる、でっちあげ。
おまけに濡れ衣だけど……まあ、元々迷惑をかけてきたのは、向こうだし。
「……う、うん」
無言でじっと見つめる奏蕾の視線を無視しながら、私は、首を縦に振った。
「そんな……そんなのってないっすよ!? あの人、なんでそんな酷いことを……!」
「……どんなチャンネルなのか、気になる。……よかったら、教えてくれる?」
頭を抱え、無実のパイロハートに恨みの念を送っている花久楽に私は追加で質問する。
これで、私が見ているチャンネル名だったら、確定だ。
「い、いくらディープマリンさんの頼みとはいえ……いや、だからこそ、言えないっす!」
「……そこをなんとか。ほら、えっと……戦闘訓練とか、言ってくれればいつでも見る」
仕方がないから、条件を付けて釣りにいく。
もっとも、これは先にパイロハートから頼まれたことだから、実質的にはノーコストだけど。
はねたぬきが、すごい目で見てきている気がするけど、気にしない。その隣にいる鳩の精霊だって何も言ってこないのだし、別に、いいだろう。
「うぐぐぐ……最近あの人忙しいって言ってあんまり訓練付き合ってくれないこと多いし、魅力的な提案っすけど……でも……うぅ」
しかし、残念ながらこれ以上は切れる手札がない。
私は、花久楽の目をじっと見つめる。
「……うう。わかったっす……コレっす……」
根負けした様子で、スマホの画面を見せてきた。
それは、動画配信アプリのユーザーアカウントの画面で……そこには確かに、私のよく見ている配信者のプロフィールが映っていた。
……どうやら、予想は当たったらしい。
「はは、あからさまに影響されてるのが見え見えな配信がとうとう本人にバレたっす……。ボクはもう終わりっすね……でも、稽古は、ぜひつけてほしいっす……」
力尽きたような様子で、花久楽はへなへなと倒れ込んでいく。
……それを見ていると、なんだか悪いことをしてしまったような気がしたので、私はこっそり、自分の魔法少女としての公式アカウントでも、彼女のチャンネルを登録した。
……。
それから、しばらくの間、様子を見て。
「そういえば、花久楽も学校に通ってるの?」
どうにか復活した花久楽に、今度は奏蕾が質問した。
「え? ああ、通ってるっすよ。ここから見える……あの学校っす」
花久楽が、窓の先の景色を指差した。
そこには、いくつかの建物によって少し隠れてはいるものの、たしかに学校があるのが見える。
あれはたしか、結構なお金持ちが通うような……私立の中高一貫校だ。
「おおー……わたしたちが通ってるところより大きい気がする」
窓の外をじっと見て、奏蕾が言う。
近所ではあるものの、普段は関わりがなくてあまり意識したことがなかったけれど……たしかに、あれはかなり大きい建物だ。
「さっき、わたしたちって言いましたけど、お二人は同じ学校に通ってるんすか?」
「うん、そうだよ!」
花久楽の質問に、奏蕾が答える。
「差し支えなければ、どこの学校に通ってるかとかって、教えてもらったりできるっすか?」
どうでもいいけれど、そんなことを聞いて、一体どうするつもりなのだろう。
まあ別に口止めするようなことでもないかと思いながら、私は、奏蕾が学校名を答えるところを黙って聞いた。
「へー……そこって、結構な進学校っすよね? 魔法少女活動もやってて、授業追いつけるんすか?」
「私は、今のところはなんとかなってる。だけど、奏蕾が最近、家でゲームと漫画ばっかりで……結構怪しい」
「いやー……ほら、やれって言われると、やる気が湧かなくて」
……しかし、なんと言うか。
こんな会話をしていると、なんだかまるで普通の高校生になったみたいな感じがしてくるから、不思議なものだ。
奏蕾の言葉に共感した様子で同調する花久楽に、内心で若干の不安のようなものを感じつつも、私はぼんやりと窓の外から空を見た。日が傾いているようで、すっかり、橙色に染まっている。
「おっと……そろそろ配信の時間になっちゃうっすね……! えーっと、その……チャンネル名教えちゃったっすけど、見なくていいっすからね! っていうか、絶対見ないでくださいっす!」
慌てたように立ち上がると、花久楽はそう言った。
「あ、あと、戦闘訓練の約束、忘れないでくださいっすよ! ……じゃあ、そういうわけで……ボクは、お先に失礼するっす」
「……うん、忘れない。予定が合う日に、また連絡して」
「じゃあね! また遊ぼうねー!」
花久楽は、手を振りながら鳩の精霊を連れて建物を後にした。
遠ざかって小さくなっていくその姿に奏蕾が大きく手を振って、それから、私も小さく手を振った。
「いやあー……今日は色々あったね……」
しみじみと、奏蕾が呟く。
「わたし、パイロハートっていう魔法少女に、全然手も足も出なかった。……もっと、強くなりたいな」
独り言をこぼす奏蕾の横顔に、私は、特に何も言えることはなかった。
強くなりたいと思うのは、当人の自由。
私だって、一応ここまで、色々と工夫してきたつもりではある。
だけど……私がここまで戦えている最大の要因は、運であると思っている。
……たまたま、自由度の高い概念が開花した。
たまたま、生まれつき異能力者だった。
力だけじゃない。私がこれまでに歩んできた道筋の大半が、幸運によってもたらされたものと言っても過言ではない。
友達を作れずに浮いていた紋華と、たまたま、異能力者という共通点があって仲良くなったし、家族のみんなが怪異もどきに襲われた時も、運良く、かつてのパイロハートに助けられて、私だけ生き残れた。
そして……最近は、たまたま奏蕾と異界で出会った。
私は、運に恵まれている。
本当なら、もっと努力した方がいいのだろう。
パイロハートは、忙しそうに何かをしている。
花久楽は、戦闘訓練に対してとても前向きだ。
そして奏蕾も、もっと強くなろうという意欲を見せている。
「……今度、三人で特訓でもする? 打倒パイロハートっていう感じで」
かつては、私もあの人を超えようと……倒そうと思って、色々試行錯誤を重ねていた。
あの人はしつこいくらいに、自分は最強になるのだと言っては、様々な工夫を重ねていたものだから……つい、私も、それに感化されていたのだ。
最初こそ純粋な師弟関係でありながらも、最終的にはお互いが最大の仮想敵になっていたし、見方によっては、ライバルという表現も案外近かったのかもしれない。
「いいね! それ! 今度こそ、わたしが勝つ!」
別に、強くなってどうしたいとか、そういう想いがあるわけではない。
だけど、強くなることができれば、いざという時、身近な誰かを守れる可能性は高くなる。
……あとは、悔しい思いをせずに済む。
理由なんて、なんでもいい。
悪いことに力を使うのなら話は変わるかも知れないけど……別に、そういうつもりもないのだし。
夕焼けに照らされながら、私と奏蕾、そしてはねたぬきで、並んで家へと向かって歩く。
「卯実、今日の夕飯って、何にする?」
「……今日は、焼きそばにする予定」
「いいね! 焼きそば! わたし、焼きそば大好きだよ!」
家に帰ってご飯を食べたら……私は、またいつも通りあのゲーム実況を見るだろう。
……そしたら、その時には脳裏に花久楽の顔が浮かんでくるかも知れない。
小さいようで、大きな変化。
だけどそうやって、日常というのは、変わらないようで変化を重ねていくものなのだろう。
変化を積み重ねた先の未来、私が、どんな日常を過ごしているのかはわからない。
だけど……もしそれが穏やかで幸福なものであったなら、嬉しいと思う。
……なんて。そんな他愛もないことを考えながら歩いていると、見慣れた家が、道の向こうに見えてきた。