ひとまず、いつまでかはわからないけど。
とりあえず一緒に生活することが決まってしまった私たちは、あのまま廃旅館で話をするのもアレなので、一度私の家へ向かうことになった。
家から廃旅館へと向かった時と違って切符を二枚購入し、私たちは隣に座って、二人揃って電車に揺られた。
たまたま人が少なくて、並んで座れるような座席が空いていたのは運がよかった。
奏蕾は初めての電車にテンションが上がっていた様子だったけど、事前に注意しておいたからか、それとも流れていく景色に夢中になっていたからか、思っていたよりは静かにしていてくれた。
世の中には、かなり珍しくはあるけど、異能を持った人もいる。
だから、ただ角やら羽やら尻尾やらが付いているくらいでは、少し視線を集めることにはなっても、特に何かを言われたりするようなことにはならない。
そして、はねたぬきは精霊だから、そもそも普通の人には見えない。
電車を乗り継ぎ、バスに乗り。
……そして。
「……ここが、私の家」
到着したのは、ごく普通の一軒家。
住宅街にある、これといった特徴のない、ありふれた家。
強いて、何か特徴を挙げるとするのなら。
この時間帯は他の家からは夕飯の美味しそうな匂いがうっすらと漂っていたり、窓から灯りが漏れていたりするけれど……それがない、ということくらい。
つまり、普通の家と別に何も変わらない。
「……ただいま」
「おじゃましまーす!」
当然、返事なんてあるわけない。
そこそこ広いけど、私はここで一人で暮らしている。
……まあ、正確には。
はねたぬきがいるから、ここで暮らしているのは一人と一匹、ではあるけれど。
「……てきとうに過ごしてて。私はこれから、夕飯を作る」
帰宅して手を洗った私は、奏蕾とはねたぬきをリビングに置いて、そのままキッチンの方まで歩く。
一応、間取りの構造上、リビングの中であれば、キッチンから十分に見渡すことができる。
「おー、うん! わかった!」
奏蕾の無駄に元気な返事を聞き流しながら、冷蔵庫の前に立つ。
……さて、今日は何を作ろう。
冷蔵庫には何かあったっけ。
そこまで考えて、ようやく、ふと思った。
ドラゴンの主食って、何だろう。
もしかして、生肉とか食べるのだろうか。
「……ドラゴンの、奏蕾の主食って、何?」
振り返って奏蕾の方を見ると。
彼女は急な質問に驚いたような顔をしつつも、少しだけ考えるような様子を見せて、口を開いた。
「主食かぁ。うーん……よくわかんない! けど、多分食べてしまえば大体なんでも栄養にできると思う!」
……まるで参考にならない答え。
それに本人はそう言うけど、本当にそうだろうか。
例えば、猫に玉ねぎを与えてはいけないというのは有名な話。
そういう、食べたら有害になるようなものが、本当にないと言い切れるだろうか。
もちろん、彼女は猫ではない。
だからそれを当てはめるのも変な話だけど、しかし人間ではないのもまた事実。
本当に私が自分で食べる分と同じものを出していいものか。それともあるいは、どうしたものか、と、考えていると。
……ぐぅ、と、奏蕾のお腹が音を鳴らした。
「……えへへ。ご飯って聞いたら、なんかお腹すいちゃった」
少し気恥ずかしそうに、奏蕾が笑う。
……仕方ない。
本人がなんでも食べられると言ったのだから、ここは一旦、それを信じることにしよう。
もしもそれでダメでした、となったら、それはもう本人が悪い。
「……わかった。今から作るから、待ってて」
冷蔵庫を見たところ、偶然ではあるけど二人分の料理を作れそうな食材の在庫はあった。
フライパンを取り出し、油をひいて火にかける。
そして、冷蔵庫にあった豚こま肉を一パックと、その後にカット野菜を一袋、投入する。
フライパンで具材を炒めている間、同時に電子レンジで軽く麺を温めて。
しばらくしたら、それも、フライパンの上で混ぜ合わせる。
あとは、麺と一緒に入っていた粉末をかけ。
麺をほぐしながら混ぜて、全体に味がついたらそれで完成。
箸で二つの皿へと分け。
そうしてできたのは、ソースの香りが漂う、湯気の立つ焼きそばが二つ。
材料もそんなに高くないし、楽に作れる、私の好きな料理のひとつ。
ちゃんと作ろうとすればもっと手間をかけるものなのかも知れないけど、そこまでするつもりはない。
面倒だから、省いていい手間は省く。
……ちなみに。
私が作り終わるまで、奏蕾は静かにして待っていた。
正確には、完全にじっとしていたわけではなく、リビングの中をあちこち見て回っていたみたいだけど、物を荒らしたりはしていなかった。
「……料理、できた。それと、こっちははねたぬきの」
テーブルの上に二つの焼きそばを並べて、そしてはねたぬきの座る椅子の前にはクッキーを何枚か。
「いつも、ありがとうッチね」
「……別に。気にしなくていい」
はねたぬき……というか、精霊は、基本的にお菓子を食べる。
初めて出会った時、つまり小学生の時から、ずっとこうして一緒に食事をしている。
そこにひとつ、食べ物を乗せた皿が増えて。
なんだか少し懐かしいような、不思議な気分。
「おー! すごい、なんかあったかそう!」
焼きそばを前にして、奏蕾は目を輝かせながら不思議な感想を口にした。
出来立てだから温かいのは当然だけど。まあ、彼女は生まれたばかりらしいから、きっと味の想像ができないのだろう。
「……いただきます」
手を合わせて、食前の挨拶をする。
食卓に並ぶ食材に、それから、今日もこうしてご飯を食べられることに、感謝の気持ちを込めて。
「いただきます!」
私の様子を見て、奏蕾が真似をした。
そして、ほんの少し苦戦したと思ったら……意外とすぐにコツを掴んだ様子で、無事に箸で麺を口元まで運んでみせた。
「んん! 美味しい! 美味しいよ! 卯実!」
「……そう」
奏蕾は嬉しそうに言うけれど、あくまで私は、市販のものに対して炒めるという工程を行っただけ。
別に、味付けに関わるような何かをしたわけではない。
ただ、どうやら焼きそばは口に合ったらしいということに、ほんの少しだけ安堵した。
自分で作っておいて変な話だけど、生まれて最初に食べたものが焼きそばなドラゴンなんて、考えてみたら聞いたことない。
もっとも、この世の中にこうして人に変身できるドラゴンがいるなんていう時点で、全然聞いたことのない話だけど。
凄い勢いでパクパクと食べ進めていく奏蕾を観察しながら、私も自分のペースで箸を進め。
そうして……あっという間に、それぞれ目の前の皿を空にした。
……それから。
空いた食器やら使ったフライパンやらを洗い終えて、テレビをつけながら、ダラダラとスマホをいじっていると。
「ねえねえ、そういえばこれって何?」
奏蕾が、しばらく使うことなく置きっぱなしにしてしまっていたノートパソコンを指差しながら、尋ねてきた。
「……それはパソコン。大抵のことは、それだけでできる」
自分でも、随分と投げやりな答えだと思う。
しかし、同時に、間違った答えではないとも思う。
まあ、日常の中で使うなら、もっと小型で軽量な……例えば、今私の手にあるこのスマホで十分だったりするんだけど。そこまでは、別に今わざわざ言う必要はないだろう。
「おー! ……もしかして、昔の卯実とかも見れたりする?!」
奏蕾は既に、魔法少女……というか、私が、何をしているのかを知っている。
はねたぬきの方から、軽く説明を済ませたらしい。
だから、私が配信活動をしていることも、彼女は既に知っている。
「……見ようと思えば。……もしかして、見たいの?」
質問に答えながら、嫌な予感がして、奏蕾の顔を見てみると。
いかにも興味津々といった様子で、食い入るように、そのノートパソコンを見つめていた。
……どうしたものか。
まあ、べつにいいか。
どうせ不特定多数に向けて発信しているものだし。
もちろん、私の過去の動画を見るくらい、別にパソコンである必要性はない。
それこそ、スマホ一個で十分できる。
だけど、かといって、スマホを貸そうという気にもならない。
どっちを触らせるかで言えば、ギリギリ、普段あまり使っていないノートパソコンの方に軍配が上がる。
適当に少しいじらせて、飽きたら返してもらうことにしよう。
……とは言え、仮にも一種の公式アカウントとして運営しているアカウントを触らせるのは、それはそれで多分よくないだろうから。
ノートパソコンを立ち上げつつ、パパッとログアウトしてから画面を見せる。
そして、検索欄に、自分の魔法少女としての活動名を入力しようとしたところで……手を止めた。
なんていうか、そこまでするのは少し面倒だし、それに、どこか気恥ずかしく感じるところもある。
「……じゃ、ここからは自分で探してみて。自分の力で情報を集めるのも、大事なこと」
適当な理由をつけて、そのままノートパソコンを押し付ける。
……ちなみに、このパソコンは組織から渡されているもので、セキュリティ上危険なページや、変なサイトには入ることができないようになっている。
だからと言って、こうして無責任に第三者に渡していいわけではないというのはもちろんわかってるけど、それでも、面倒な気持ちが勝ってしまったから。
「……ルールは、その動画サイトだけで探すこと。ブラウザで検索とか、あとはコメントで誰かに聞いたりとかも禁止」
どうせなら、と。これを、ひとつのゲームということにする。
どうせ見つけられないだろうけど、これなら、奏蕾も少しは退屈な思いをせずに済むだろう。
「わかった! よーし、探してみるよ!」
腕まくりをして、気合を入れる奏蕾をよそに、私はスマホの画面をつけ直す。
ちなみに、私がスマホで見ているのも、パソコンに映っているのと同じ、動画サイトの画面だったりする。
だけど、今この画面で使っているアカウントは、魔法少女としての活動とはまるで関係ない、個人用かつ視聴専用のアカウント。
しかも、私に関連するものが映るたびにブロックしているから、この端末で私に関連する話題を見ることはもうほとんどない。
一時停止していたホラーゲームの実況を、再生し。
ぼんやりと、よく悲鳴ひとつ上げずに淡々と進めるなあ、なんて思っていたら。
「見つけた! 絶対これでしょ!」
突然の叫び声に、ほんの一瞬、肩が跳ねた。
そして、またも、ゲームの実況画面を一時停止し。
内心気だるさを感じつつも、奏蕾の見せてきた画面を見ると。
そこには確かに、私の配信のアーカイブ画面が映っていた。
ちらりと時計を見ると、奏蕾がノートパソコンを手にしてからそのページを見つけ出すまでにかかった時間は、およそ二分程度だったことがわかった。
……素直に、よくこんなにすぐわかったものだと思いつつ。
改めて見てみると、再生数がいつもの倍以上だったから、それで見つけやすかったのだろうということに思い至った。
再生数がやたら多いのは、多分、奏蕾……いや、ドラゴンという、未知の生物が映っているからだろう。
「魔法少女ディープマリン! 卯実ってこういう名前でやってるんだね!」
……思えば、これが初めての身バレということになるのだろうか。
謎の敗北感と共に、どこか釈然としない気持ちになりながら、私は小さく頷いた。