水底の魔法少女とドラゴンの落とし子   作:ピンノ

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42話 消えた人影

 

 精霊の視界は映像データとして外部に流すことができるから、スマホの画面にはねたぬきの視界を映し出し、奏蕾と一緒に、それを見た。

 

 これはインターネットに流しているわけではない。

 あくまで、私たちだけが個人的に見られるようにしているだけ。

 

 ……そうして、あの謎の足音と視線について知るため、廃病院にはねたぬきを向かわせたところ。

 

 結論から言うと、何かいた。

 

 見た目だけで言うなら、それは人だった。

 日に焼けて色の褪せた絵本を手に持ち、椅子に腰掛けていた。

 

 映像だけでは何とも言えないけれど、どこか異質な雰囲気をまとっているようにも感じる。

 

 ……そして、はねたぬきがもう少しよく見ようと近寄った、その瞬間。

 唐突にゆっくりと顔を上げ、そして、明らかに目が合った。

 

 小さく口角を上げながらゆらりと立ち上がり、そして……私は、はねたぬきにすぐ撤退するよう指示を出した。

 

 精霊は、契約している魔法少女がいる限り物理的な外傷を負うことはなく、また、精神への干渉も受け付けない。……すなわち、ほとんど無敵と言っていい。

 

 実際、偵察をはねたぬきに行かせたのには、これが理由として大きい。

 

 ……だけど、完全に干渉できないというわけではない。

 

 例えば、精霊は物を透過できるわけではない。

 捕獲して閉じ込めておくくらいなら、簡単にできてしまう。

 

 あるいは何らかの方法で、私たち魔法少女との魔力的な繋がりを一時的に遮断することも、理論上は可能と言えるかも知れない。

 

 気のせいでなければ、あの人は精霊を認識していた。

 

 もし、霊的な何かのような、私たちの既存の認知の外にあるような存在である可能性を排除した上で考えるなら……あの人は、魔法少女か異能力者のどちらかということになる。

 

 見た目からはとても少女といった感じではなかったけれど……まあ、とにかく。

 

 いずれにせよ、精霊には戦う力があるわけではない。

 何かをしてくるよりも前に一度引かせたのは、間違った判断ではなかったはずだ。

 

 そうして、戻ってきたはねたぬきや奏蕾と共に、私たちは廃病院へと引き返した。

 

 建物の中に入った瞬間に揃って変身をして、そしてまずは真っ先に、はねたぬきの視界の中継で見た場所に向かう。

 

 小走りでそこに向かい、思い切って扉を開けた。

 

 ……しかし、いない。

 

 そこには誰もおらず、ただ、絵本が、私たちが立ち去った時とは違う場所に無造作に落ちていただけだった。

 

 

「……手分けして、探そう。これ、持って動いて」

 

 

「おっけー! わかった!」

 

 

 奏蕾に、小さな水の宝石を持たせる。

 ……私の魔法で作ったものだから、これで、離れても場所を把握することができる。

 

 花畑の異界での経験から作り出した、もしも離れ離れにならざるを得ない時の対応策だけど……まさか、こんな形で使うことになるとは思わなかった。

 

 もっとも、ここまで警戒する必要があるかは、わからない。

 

 ただ偶然絵本が目に止まって拾い上げただけの人かも知れないし、はねたぬきを見たように見えたのも、偶然という可能性だってないわけではない。

 

 ……しかし。

 今回の怪異もどきは、普通じゃなかった。

 

 精神干渉能力を持っていることや、攻撃を受けないエネミーがいたこと。

 それ自体は、厄介ではあったけどまだ怪異もどきとして逸脱しない範疇だった。

 

 普通じゃなかったことはといえば、それは本性を現した後のことだ。

 

 戦っていたときは余裕がなかったから考えられなかったけど……思考能力が回復した今なら、あの怪異もどきにはひとつ異常性があったということがわかる。

 

 ……ルールの放棄。

 

 怪異もどきが本性を表すとき、それはそれまでのルールを捨てて、ただ力のままに暴れ回るだけの存在に成り下がる。

 

 しかし、今回の怪異もどきはどうだったか。

 

 本性を現したあとには、常に混沌とした精神干渉をしてきたし、攻撃を受けた際には、極めて機械的な精神干渉が差し込まれた。

 

 まるで、それがあの怪異もどきのルールであるかのように。

 

 ……そう。

 異常性とはすなわち、ルールの継続。

 

 これまでの法則性から外れた怪異もどきに、そして正体不明の存在。

 必要があるかはわからなくても、そうせざるを得ない状況は揃っている。

 

 

「何か見つけても、ここに戻ってきて。私もそうする」

 

 

「わかった! じゃあ、わたしはあっちの方を見てくるね!」

 

 

 ……そうして、警戒しつつ始めた探索だったのだけれど。

 特に何も見当たらないまま、一周した。

 

 

「……収穫なし。こっちは、誰もいなかった」

 

 

「こっちも、特に何にもなかった」

 

 

 元の場所で合流した私たちだったけれど、何も見当たらなかったのは奏蕾の方も同じことだったらしい。

 

 ……顔を見合わせて、沈黙する。

 おそらく、あの人はもうこの建物にはいないのだろう。

 

 

「……帰ろうか」

 

 

「うん、そうだね」

 

 

 とりあえず、おそらくはもうここにいても仕方がないだろう。

 こうして他人の場所に勝手に侵入したり居座ったりするのは、あまりいいことではない。

 

 ……それから、もしかしたら。

 以前、鈴実が何やら色々と忙しくしていると言っていたのは、これと何か関係しているのかも知れない。

 

 連絡してみたら、何かわかることもあるだろうか。

 

 変身を解いた私たちは、学校には戻らず、そのまま帰路に着く。

 本当なら学校に戻るべきではあるのだけど……少し、疲れてしまった。

 

 とりあえず、背後から後をつけられたり見られているような気配はない。

 

 何度か確認をしながらの道にはなったけれど、無事、家に帰ることができた。

 

 荷物を学校に置いてきてしまったけれど、どうせ明日もまた学校なのだし、全ての課題を学校に持っていっているわけでもない。

 

 怪異もどき討伐に出発する前、学校で自習の時に進めていた課題とは、また別の課題を進めればいいのだ。

 

 

「……私は、少し寝る」

 

 

「わかった。お疲れさま、卯実」

 

 

「うん。……お疲れ、奏蕾」

 

 

 ひとまずは、横になる。

 

 ゲームを起動して、自分の新しいモニターでゲームを遊び始める奏蕾の姿をぼんやりと眺めながら、私はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

「うぅ……ん、と」

 

 

 しばらくして。

 目を覚ました私は、体を起こして伸びをする。

 

 疲労は、ひとまず回復した。

 今日の配信がどういう風に見えているのか、なんだか怖いような気がしないでもないけれど……まあ、どうせいつも通り見ないからいいかと思い直す。

 

 時計を見ると、すっかり午後だ。

 

 休日ならおやつでも食べようかと考えるような時間だけど……そういえば、昼食を食べていない。

 

 こうなるなら、少し早めにはなっていたかも知れないけれど、それでも帰りにどこか寄ればよかった。

 

 まあ、あの時はだいぶ疲弊してしまっていたし、仕方がないところもあったとは思うけど。

 

 奏蕾の分も含めて、とりあえず何か軽食でもと思い、冷蔵庫を開く。

 

 そこには、ラップのかけられたパスタが一皿置いてあった。

 

 

「あ、卯実起きた? パスタがあったから作っておいたよ! まあ、冷蔵庫の中で冷え冷えになっちゃってると思うけど……」

 

 

「電子レンジで温めるから、大丈夫。……ありがとう、奏蕾」

 

 

 どうやら、奏蕾は先に昼食を食べ終えていたらしい。

 既に洗ってある鍋と皿が、水切り用のカゴに置いてある。

 

 私は電子レンジでそれを温め、引き出しの中にあった適当なタレをかけた。

 

 乾燥のせいか少しだけ麺がくっついている感じがするけれど、それ以外は特に問題ない。

 

 袋に書いてある時間茹でればいいだけかも知れないけれど、それはある程度慣れている感覚での話。

 

 初めてなのにこうしてちゃんと作ることができたのは、すごいと思う。

 

 そして、そんな奏蕾はというと……どうやらゲームは一旦やめたようで、ノートパソコンで先ほどのアーカイブを見ているようだ。

 

 

「……」

 

 

 今回の異界攻略は、散々だった。

 できることなら見ないでほしいところだけれど、見るなと言うための理由がない。

 

 仕方がないから、何も言わずにパスタの麺を食べ進めていく。

 

 

「……ごちそうさま」

 

 

 手を合わせて、皿を流しに持っていく。

 そして、使った皿をしっかり洗って、奏蕾が使ったと思われる物と一緒に並べて乾かす。

 

 一通りやるべきことを終えたと判断した私は、スマホを手に取る。

 そして、ノートパソコンから流れてくる、聞いていて不安になるような、微妙に安定の外れた祭囃子をBGMに、電話をかけた。

 

 しかし、あの時は楽しげな音楽に聞こえていたけれど……精神干渉がなければ、あれはこんなものだったのか。

 

 ……そうして、しばらく実際に異界の中で聞かされていた時と聞き比べてその違いの大きさを実感していると、電話がつながったような音と共に、電話の呼び出し音が止まった。

 

 

「……もしもし」

 

 

「ああ、お前か。珍しいな」

 

 

 電話から出たのは、鈴実だ。

 とりあえず私は、今日あったことを伝えておこうと考えた。

 

 厄介な力を持った怪異もどき、それから、それが持っていた微妙に他と異なる性質や、足音、はねたぬきを通して見た人について。

 全てを一通り説明して、今度は、どのような言葉が返ってくるかを待つ。

 

 

「……なるほど。お前の予想通り、多分だが、それはアタシが追ってるやつらの一人で間違いないだろう」

 

 

「それは、つまり単独ではないってこと?」

 

 

「そうだな……とりあえず、その異界発生地点に見られる謎の人物についてだが、それについて、アタシは最近の怪異もどきの発生件数の増加に関係があるんじゃないかと思ってる」

 

 

 ……なるほど。

 

 なんとなく最近怪異もどきの発生頻度が高い気がしていたのは、どうやら単なる勘違いではなかったらしい。

 

 

「それに関係があるってことは、つまり、人為的な怪異もどきの発生ってこと?」

 

 

「アタシは、それを疑ってる」

 

 

 そんなこと、どのようにしたらできるのだろうか。

 そして仮にそんなことをしている人がいたとして、その目的もわからない。

 

 自殺志願者ならもっと他人に迷惑をかけずひっそりとやるだろうし、新手のテロか何かだろうか。

 

 

「……で、その際に怪異もどきが発生しそうな物件を買って釣り餌にしてみたり怪異もどき倒した後にその周辺を精霊に調べさせたりしてたら、どうやら一人じゃなさそうだってなったんだ」

 

 

 ……そして、そこからさらに、より詳しく聞いてみたところ。

 

 鈴実の方も、どうやら今日の私たちのように、何度か足取りを掴んだ場面はあったものの、うまいこと尻尾を掴みきれず逃げられているということらしい。

 

 ひとまず、分かったことがあったら知らせるとだけ伝えて、電話を切った。

 

 

 ……人為的な、怪異もどき。

 これまでのものと少し違った性質を持つ怪異もどきが、そうだということなのだろうか。

 

 面倒ごとが迫っているような、そんな漠然とした不安を感じる。

 

 ……しかし、そうか。

 

 こういうことを以前から追っていたのだとしたら……たしかに。

 あの時奏蕾をあれだけ疑ってきた鈴実の気持ちが、ほんの少しだけ、わかったような気がした。

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