夏祭りを模した怪異もどきの討伐から、また数日が経った。夏休みになったら本物の夏祭りに行こうという約束などをしつつ、テストに備えて勉強をするような日常が帰ってきた。
人為的に怪異もどきを発生させている者が存在するという可能性については、ひとまず、怪異もどきの討伐後、異界発生地点の周辺を探索するということにした。
能動的に動いて調査をするにしては、あまりにも手がかりがなさすぎる。
……と、いったところで。
そうして、今。
現在に話を戻すと、私たちは、私が展開したフィールド魔法の中にいた。
私の視線の先では、水の衣による護りを受けた奏蕾が、巨大な存在と対峙して、そしてひらりひらりと鋭い爪を躱しながら、相手の隙を窺っている。
……別に、怪異もどきと戦っているわけではない。
あの大きな生き物は、紋華の作り出したフーちゃんである。
ちなみに、私の隣では、深く集中した紋華がそのフーちゃんの操作をしている。
あれは、戦いではなく、一種の遊びのようなもの。
ルールとしては、とても単純だ。
奏蕾は、フーちゃんの背中に触れれば勝ち。
フーちゃんは、奏蕾に腕の先で触れれば勝ち。
もちろん、互いに攻撃する意図はない。
しかし、それはそれとして、フーちゃんの腕の先にある爪は硬く鋭いし、その質量も、人間サイズからすれば極めて膨大。
ちょっとしたミスが大惨事を招きかねないと判断したため、奏蕾に、水の守りを付与している。
……遊びのようなものではあるけれど、単なる遊びというわけでもない。
紋華にとっては、あれはフーちゃんで水の魚を狩ることよりも高度な操作訓練としての役割があり、奏蕾にとっては、巨大な体躯を持つ存在への立ち回りを経験することができる。
そして私にとっても、水の衣という、本来自分自身に対してしか使ったことのないものを、他人に対してどの程度の精度で付与できるのかという練習にもつながっている。
……というのも、私が水に対して形を与える技はおおよそ全て異能による操作であり、それらは、オートではなくマニュアルで操作する必要がある。
特に水の衣は、それをまとう自分の動きに対してぴたりと追従させることで、防御を展開しつつも自身の動きを極力阻害しないようにする技。
自分であればどう動くかなんてわかり切っているけれど、他人に対して使うとなると、それは極めて難しい。
実際、今、奏蕾はかなり動きにくそうにしている。
しかし、あれでも最初と比べればかなりマシになったものだ。
ちゃんと動けているというだけでも、相当な進歩を経ている。
他の誰かに使ってあの精度を出せる自信はないけれど、奏蕾に対してなら、そろそろ実戦で使えるレベルにできそうだ。
「これで! どうだー!」
連続で迫る爪の嵐から、ついに奏蕾がフーちゃんの背後へ抜け出した。
フーちゃんは、すぐに振り向きながらまた腕を伸ばすけれど……もう遅い。
振り向きによって動いた背中に合わせて、奏蕾が自分の翼で羽ばたいて移動する。
そして、その手は確かにフーちゃんの背中に触れた。
「わたしたちの勝ちー!」
「うん、また私たちの負け……だね」
紋華がそう言うと、フーちゃんの姿はスーッと薄れて消えていった。
そして、紋華はふらりと力なく姿勢を崩し、こちらの方に倒れ込んできた。
倒れる紋華を受け止めながら、私はフィールド魔法と変身を解除する。
「卯実! この衣、前よりすごく動きやすかったよ!」
「……そう? それなら、よかった」
「実際、精度が上がっていたのは横で見ててもわかったッチ。それに、あのフーちゃんも、かなり動けるようになってたッチ」
「……そ、う。……ありが……と」
深海のフィールドから家のリビングへと戻ってきた私たちは、先ほどの特訓について、思ったことを話し合う。
ただ、まあ……紋華は私の膝の上に頭を乗せて疲れ切った様子でぐったりと目を閉じているので、あまり会話には混ぜられなさそうな様子だけれど。
「奏蕾も……最後のあれをよく抜け出せたなって、思う」
「ふふん! でしょー? あの、瞬間ここだ! って感じで、見えたんだよね」
もっとも、特訓とは言いつつも、これはあくまで遊びのようなものでもある。
振り返って話し合うと言っても、よほど明白なミスとかでもない限りは、ここはこうした方が良かったとか、そういった風に深掘りして話すというわけではない。
……そうして、なんとなく特訓の話は終わり。
私は膝から紋華の頭をどかして立ち上がると、代わりに、そっとソファのクッションの上へと乗せた。
そして私は、ソファではなく椅子に座った。
課題を開いて、筆記用具を手に取る。
いつも通りに早い段階でさっさと課題を終わらせてしまった紋華とは違って、私には、まだ提出課題が残っている。
私の様子を見て、奏蕾もまた課題を開き始めた。
どうやら奏蕾もまた、まだ課題は終わっていないらしい。
寝息を立てる紋華を横目に、ただ黙々と課題を進めていく。
テスト前だから仕方がないとはいえ、ここ最近、ゆっくり配信を見たりといったのんびりした時間があまりない。
こんなテスト期間が早く終わってほしいと思うのと同時に、今ここで終わってしまったら、課題が間に合わないという板挟みのジレンマを感じる。
紋華のようにさっさと課題を終わらせてしまえばいいのだろうけど……それもまた、難しい話だ。
……課題を、進める。
ページをめくるたび、日が少しずつ傾いていくような気がする。
どのタイミングからか、奏蕾がページをめくる音は加速していた。
私も、もっと頑張ろう。
……まだまだ、課題を進めていく。
とりあえず、ここまでやろうと思っていたところまでは進んだ。
ふう、と息を吐いて顔を上げると、いつの間にか奏蕾は、課題ではなく漫画のページをめくっていた。
道理で、ページをめくる音が早いわけだ。
てっきり、ものすごいスピードで課題を進め始めたのかと思った。
私も……そろそろ休憩でもしよう。
大きく伸びをして、それから、課題のページを閉じる。
そして椅子から立ち上がり、冷蔵庫からみんなの分の飲み物を出した。
「お、ありがとう!」
「うーん……と。うん? 卯実ちゃん。これ、飲んでもいいの?」
奏蕾はぐいっと豪快にジュースを飲む。
それから、ちょうど目を覚ましたらしい紋華は、目の前に置かれた飲み物を見て聞いてきた。
「……うん。ちょっと、休憩時間」
「なるほど。……勉強してたんだね。うん、ありがとう」
横になっていた体を起こし、ジュースの入ったコップを傾ける紋華を横目に、私も、自分の分のジュースを飲む。
ひんやりとした刺激が駆け巡り、そして、フルーツの甘味とスッキリとした酸味が遅れてやってくる。
……うん、いい感じ。
疲れた頭に、沁みるようだ。
私は先ほどまで紋華が占有していたソファに腰掛け、そして奏蕾もまた、同じようにソファに座った。
「……そういえば、なんだけど」
すっかり自由時間の雰囲気になり、のんびりとした空気の中。
いつものゲームではなくパーティゲームを起動した奏蕾と、コントローラーを持つ紋華、そして自分の前に置かれたコントローラーを見た後に、私は、紋華に話しかける。
「うん? どうしたの?」
ゲーム起動中のテレビの大画面から目を離し、紋華が私の方を見る。
「もし怪異もどきを自在に発生させられるとしたら……紋華なら、それをすると思う?」
私が尋ねたのは、例の、人為的かも知れない怪異もどきの増加について。
現状、私が持っている手がかりとしてはそれらしき人物は精霊を視認できるらしいという程度のものであり、そこから、おそらく異能力者が関係しているのではないかと考えている。
異能には、謎が多い。
怪異もどきを発生させるという異能があるとすれば、『どうやって』という謎は一応解けることになる。
まあ、それは解けるというか、『異能だから』と理解を放棄するというのが近いかも知れないけれど。
……ただ、そうだとしても、動機が不明。
怪異もどきは、容易に人の命を奪う危険な存在だ。
そんなものを作り出して回るなんて、私にはとても理解できない。
「うーん、怪異もどきを発生かぁ……。考えたことないけど、そうだね。……まあ、できるならやるんじゃない?」
紋華が考えた末、出てきた答えは私にとっては少し予想外だった。
「……怪異もどきは、危険な存在。発生させて、自分が巻き込まれるかも知れなくても?」
「もちろん、どんな風に発生させるのかとか、発生させた怪異もどきを操れるのかとか、色々条件次第だけどね? ……でも、やっぱりできるならやるんじゃないかな? だってせっかく力があるなら、使いたいでしょ?」
……考えてみれば、紋華だって、異能でフーちゃんを作り出した。
ただ一緒にいる友達が欲しいだけなら、あんな過剰なスペックは要らないだろう。
それどころか、大きすぎて、私の作り出すフィールドの中くらいでしか呼び出すことができないということにもなっている。
それでも、紋華はアレを作り出した。
「自分の持つ力の限界を知りたいっていうのは、結構普遍的な欲求だと思うよ。……もちろん、それで他人に迷惑をかけるのは、良くないとは思うけどね?」
紋華の言葉に、私は少し考え込む。
……私には、怪異もどき討伐という、存分に力を振るうことができるような場がある。
だからあまり気にしたことはなかったけど、そう言われてみると、理解できないということもない。
「……あとは、復讐とか? 異能力者って、こう、色々とハブられやすいし。鬱憤が溜まって、こんな社会壊れてしまえー……みたいな?」
結局、怪異もどきの異常発生が異能力者が原因というのは、まだ決まった話ではない。
けれど、もしも異能力者がそれを起こしているとしたら。
……案外、それっぽい形でピースはハマるということらしい。
話している間に、パーティゲームの起動が完了した。
このゲームはチーム制で、どうやら、二つのチームに分かれて遊ぶものらしい。
1Pである奏蕾が、ランダム割り振りのボタンを押す。
私は……はねたぬきと同じチームになった。
ちらりと、はねたぬきの方を見る。
小さい手で、頑張ってコントローラーを操作している。
……これは、かなり不利な戦いになりそうだ。
私は『もしもの話』を切り上げて、一旦、ゲームに集中することにした。