「ディープマリンさん、今日も、よろしくお願いしまっす!」
期末テストが着々と迫るある日の放課後。
人気のない廃工場で、威勢の良い少女の声が響いた。
その少女は軍服を思わせるデザインでありながらもどこか華やかな衣装を身にまとい、そして、鳩のような精霊を連れている。
……そう。声の主は、花久楽もとい魔法少女ボンバークローバーだ。
以前約束した通り、私と奏蕾はたまに、彼女が魔法少女としてより強くなれるよう手伝っている。
「……じゃあ、今日も奏蕾と模擬戦。私は、前と同じように見てる」
「了解っす! スカイスケイルさん、よろしくお願いしまっす!」
「うむ、任せたまえ! 今日もビシバシ鍛えてしんぜよう!」
花久楽も奏蕾も、いつも通り元気がいい。
……ただ、奏蕾については、ひとつ言いたいことがある。
それは、つい最近ようやく課題を終わらせることができた私と違って、彼女がまだ課題をやり終えていないこと。
花久楽との約束があったとはいえ、家で課題を進めていてもいいとは言ったのだけど……まあ、楽しそうなのはいいことだ。
毎日毎日課題ばかりでは精神的に疲れるだろうし、こういう息抜きも、きっと大切な時間と言えるだろう。
「よし、じゃあ行くっすよ!」
「うん! いつでもいいよ!」
魔法の機関銃を正面に構える花久楽に対し、奏蕾は腰を軽く落として独特な構えをとった。
あの構えは……ポーズとしては見栄えがいいけど、武術の構えとしてはあまり合理性が感じられない。多分、漫画か何かで見たのだろう。
……そして、直後。
互いの宣言通り、先手で動いたのは花久楽。
構えた機関銃で銃弾をばら撒き、そして、それらの弾は次々に爆発した。
……爆発のタイミングは一様にするのではなく、あえてバラけさせることで、無傷で抜け出すことは難しくしているようだ。
実際、奏蕾も多少のダメージは割り切って受け入れるしかなかったようで、爆炎の中を強引に突破することで抜け出した。
数発分の爆炎を直撃させることはできたとはいえ……しかし、それだけでは、常識外れの耐久力を持つ奏蕾を止め切ることはできない。
──今度は、接近戦。
奏蕾の接近により戦闘の間合いが変化したその瞬間、花久楽は、銃の握り方をがらりと変えた。
そして、銃をまるでバットか何かのように振るい、奏蕾の腕による攻撃と打ち合っていく。
いや、ただ打ち合っているだけではない。
銃と奏蕾の攻撃が接触するたびに、銃は中規模程度の爆発を起こしている。
そして、それから何度かの打ち合いの末。
奏蕾が大きく背後に跳躍したことによって再度距離が生まれ、花久楽は、その瞬間にまた、銃弾での攻撃へと戻った。
相手に合わせた、手堅い戦い。
良い判断だとは思うけれど……次の瞬間。
一筋の熱線が、弾丸の合間を縫って、花久楽のもとへ届いた。
熱線そのものはただ肩を掠っただけで、直撃することはなかったものの。
それとほぼ同時、極めて低い姿勢で突っ込んでいた奏蕾には反応することができていなかった。
おそらく、掠っていった熱線のせいでわずかに視線が上へと持っていかれてしまったからだろう。
接近した奏蕾が花久楽の銃を打ち払い、そして、魔力球を花久楽に突きつけた。
「……ボクの、負けっすね」
「ふふん! わたしの勝ち!」
……実のところ、この模擬戦がどうやって勝敗を定義しているものなのか、私にはよくわからない。けれど、決着がつく瞬間は案外、いつもこんな風にあっさりとしたものだ。
まあ、最初と比べると戦い方の中により効果的な工夫が見られるようになったと思うし、反応速度もかなり良くなったとは思う。
ただ……本当に、これでいいのだろうか。
……というか、そもそもの話。
花久楽はどういう戦闘を想定しているのだろうか。
今みたいな、対人での模擬戦で強くなりたいのか、それとも、怪異もどきを相手とするような戦いを生き残れるようになりたいのか。
仮想の敵が違えば、必要な能力は大きく変わる。
これまでその一番大切な部分を曖昧にしたままにしていた私が一番悪いとはいえ、そろそろ、ちゃんと確認するべきだろう。
「……花久楽」
「あ、はい! なんでしょう」
声をかけてみると、どうやらそれが少し急だったようで、どこか緊張したような顔でこちらを見てきた。
「……まず、動き自体は、かなりいい感じだと思う」
技の応用も咄嗟の判断も、所々に甘い部分はあるけれど、悪くはない。
その評価自体は、最初に会った時とあまり変わらない。
ただ、あの時と比べて、経験を経た分より詳細で細かい判断ができるようになっている。手札も増えているし、確実に、強くなってはいるだろう。
「ありがとうございます!」
花久楽は、勢いよく頭を下げた。
……が、私は別に、こういうノリがしたくて言ったわけではない。
言い方というか、こう、何か少し間違えたな、なんていうことを内心で思いつつ、私は頭を軽く掻いた。
思えば、私は別に、誰かに戦闘を教えるということに関してあまり経験があるわけではない。奏蕾はなんか元々強いし、私はどちらかといえば、いつも、何かを教わってきた立場だった。
だから、少し順序を間違えてしまっていたのだろう。
無理矢理それらしく言い訳をするのなら、今、ようやく『これ』を聞くに値するだけの実力をつけたと判断した……とかになるのだろうか。
……もっとも、仮に私がそれなりに強い方であると仮定しても、それはただ持って生まれた異能と開花した魔法が強かった、という偶然による部分が大きかったと思っている。
とても、そんな風に上から見下ろすようなことを考えられる立場ではない。
そもそもの話、花久楽は最初の時点でそれなりに強かった。
……だから、これは純粋な私のミス。
だけど指摘されるまでは、あたかも最初からこういう道筋だったとでもいうように振る舞おう。
教わる側の立場で見た時に、教える側の人間が不安そうにしていたら……困るだろうし。
「うん。……だからこそ、あえて今、聞く」
全然、あえても何もないけれど。
今この瞬間、これはそういうことになった。
緊張した面持ちで、花久楽は、私の視線を正面から受け止める。
「花久楽は、何のために強くなりたい?」
一瞬、花久楽はその問いに対して、言葉に詰まったような顔を見せた。
そして、観念したように下を向く。
「……そう、っすね。……実のところ、あんまり明確な理由があるわけではないっす。……舐めたこと言ってんじゃねえって怒られるかもっすけど、こう、憧れ……みたいなものが始まりでして」
まるで罪を自白するかのように、花久楽は言葉を紡いでいく。
……私としては、そんなに重々しく捉えなくても、別に目的が分かればもっと効率よく鍛えられるかなと思っただけだったりするのだけれど。
気がつけば、奏蕾も真剣に花久楽の話を聞いている。
……もしかしたら、奏蕾としても、どこか思うところがあるのだろうか。
「まだ、小さかった頃のことっす。ボクは、昔のディープマリンさんを偶然配信で見たことがありました」
ポツリポツリと、過去を振り返り始めた花久楽。
別に『怪異もどきに勝ちたい』とか『パイロハートをボコボコにしたい』とかそういう簡単な動機だけ聞ければいいと思ってたとか、そんなことは今更言いにくい雰囲気なので、黙って聞く。
「あの頃は……まだ、魔法少女っていう存在について、見られ方が違ってたっすよね。怪異もどきも、身近に現れかねない恐怖というよりは、見世物の敵役みたいな感じに思われてて……魔法少女の活動は、どこか娯楽みたいに扱われてたっす」
活動を始めてから割と早い段階で、自分に関する話題をシャットアウトするようになってしまったら、そういうことを周知の事実みたいに言われても困るのだけど……まあ、たしかに。
というか、その口ぶりだと、今は違うというのだろうか。
私の中では、魔法少女の活動は液晶の向こう側では娯楽として消費されているイメージなのだけど。
「もちろん、その側面は今も残ってるっす。華々しく戦って、華麗に怪異もどきを討伐するのが、魔法少女っていうイメージは強いっす」
……そもそも、それは悪い事なのだろうか。
画面の向こう側にいる人と、実際に異界の中で戦う魔法少女とでは、その光景の見え方が違うのは当たり前だ。
魔法少女は、それを理解した上で、自分の活動を晒しているのではないのだろうか。
……それが嫌なら、配信なんてしなければいい。
私みたいに保護者がおらず、自分で生活費の全てを稼がなければいけない魔法少女なんて……それほど、多くもないだろう。
……なんて。
私が自分の中にある認識を整理している間にも、花久楽は話を続けていく。
「だけど……魔法少女は見ている人を楽しませるために戦ってるんじゃない、人を守り、生き残るために戦ってるんだ、って。……直接的には語らずとも、ひたすらに真っ直ぐな姿勢を貫き通して示し続けてきたあなたが、魔法少女の活動の見られ方に、風潮に、大きな影響を与えたっす」
しかし、なんだろう。
自分のことを話しているんだろうということは漠然とわかるのだけど、これまであまりにも目に入らないようにしていたものだから、まるでピンとこない話だ。
「ただ自分の姿勢を貫き通して戦ってきたってだけじゃなくて、その強さで、見ている人を魅了して。そして、それまで当たり前にあった認識を壊して、黙らせてみせたディープマリンに……ボクは憧れたんです」
……そうだったのか。
いや、あんまりよくはわかっていないけれど。
ただ、つまり……今私が聞こうと思っていたところだけを抜き出すのなら、『力そのものに憧れがあっただけで何に対してどう強くなりたいかはイメージできていない』ということになるのではないだろうか。
「……花久楽は、魔法少女として配信とかってしてるんだっけ?」
とりあえず、これ以上私の話なんてされてもむず痒いだけなので。
区切りのいいタイミングと見た私は、話の軌道修正を図る。
「いや、してないっす。魔法少女になる前からやってた、ゲーム配信はまだしてるっすけど、魔法少女として配信するのは、もっと強くなれてからがいいなー……みたいな感じで」
……なるほど。
それなら、話が変わるのではないだろうか。
そうであるのなら、彼女が今目指すべきは、やはり、対怪異もどきを想定した力ということになる。
それならば、このまま奏蕾と模擬戦をしてもらっていても、仕方がない。
私は密かに、彼女へのこれからの特訓について、その内容を見直すことを決めた。