怪異もどきが発生した場所は、空き家の中の一室だった。
それぞれ魔法少女としての姿に変身した私たち三人は、二匹の精霊を連れ、異界の中へと突入した。
今回、異界探索の音頭を取るのは花久楽。……ではあるけれど、この怪異もどきの討伐は一応、私が受けたものではあるから、組織への映像の中継は、はねたぬきにしてもらっている。
ちなみに、花久楽がそこに参加することや、そうなった経緯については、ここに来るまでの間にはねたぬきが事前に組織に連絡しておいてくれたとのこと。
……そんなことをわざわざ連絡するなんて、考えるだけで面倒だ。
はねたぬきには、つくづくお世話になっている。
「……ここは、洞窟っすね」
「うん。……あとは?」
異界の中は、ぱっと見は洞窟の中のように見える。
一目でわかることだけど、なぜか花久楽が実況しだしたので乗っかってみた。
「えっ……えーっと、あ、光るキノコが生えてるっす」
「うん。そうだね」
花久楽が、岩壁から生えた光るキノコを指差した。
……見てみれば、あちこちに同じようなものが生えている。
どうやら、これらのおかげで、洞窟の中というシチュエーションにも関わらず私たちの視界が確保されているようだ。
「えっ!? えー……っと、ああ、そうっす。得体が知れないので、このキノコには極力触らないようにするっす」
「……そうなの?」
確かに、なんらかのギミックを持っている可能性はある。
まだこの異界に侵入したばかりで何の情報もない以上、ただ光っているだけとは決め付けず、警戒する方がいいだろう。
「えっ……!? じゃ、じゃあ……触ってみます……」
「……??」
……一体、何を言っているのだろう。
急に真逆のことを言い出したことに、困惑を禁じ得ない。
もしかして、なんらかの精神干渉を受けているのではないだろうか。
……この異界が、それほどまでに厄介な仕掛けを持っているのだとしたら、花久楽にここでの判断を一任するというのは、間違いだ。
越えるべきハードルにも、順序というものはある。
「……ごめんね。あなたに判断を任せるって言ったの、間違いだったかも知れない。……私の後ろ、ついて来れる?」
私は内心でこの異界への危険度を上方修正し、花久楽には、今回はついて来るように促した。
ただ、もし深刻な精神干渉を受けているという自覚があるのなら、無理について来ることもない。だから、今回は離脱するという選択でも構わない。
……そういうつもりで、聞いたのだけど。
「……すみません! ボク、少しテンパってました。こんな簡単な引っかけに惑わされるなんて、どうかしてたっす! ……今度はちゃんとやるっすから、もう一度だけ、チャンスをください!」
何やら必死そうな表情を浮かべた花久楽は、凄い勢いで頭を下げてきた。
……簡単な引っかけ。
ということはやはり、精神干渉か何かがあったのだろう。
もしかしたら、自覚していないだけで私も何かを受けているかも知れない。
目を閉じて、私は深く集中した。
「……」
「……」
特に、異常はなし。認識が根本から大幅に狂わされているとかでもなければ、私自身は、その影響を受けてはいないと考えられる。
……静かに目を開くと、花久楽が、私の様子を固唾を飲んで見つめていた。
どうやら、よほど異界攻略の先頭に立ちたいらしい。
こういうのを、上昇志向が強いとでもいうのだろうか。
……まあ、経験を積むことに貪欲なのはいいことだ。
精神干渉能力があるらしいことが判明した今、本当に任せていいものか不安がないとは言わないけれど……まあ、そこまでやりたいのなら仕方がない。
「……わかった。だけど、次に同じようなことになったらすぐ交代させてもらうし、場合によってはその場ですぐにこの異界から離脱してもらうことになるのは、覚えておいて」
怪異もどきが持ち得る力の中でも、精神干渉は特に危険な能力。
いくら魔法少女には常人と比べて非常に強い耐性があるとは言え、それを過信していたら、手遅れになることもある。
対策をするにしても、残念ながらあまり有効なものはない。
強いて言うとしても、せいぜい自分の判断をあまり信用しすぎないことだろうか。
特に、退却するかどうかの判断は非常に重要で、命に関わる。
私自身もその影響を受ける可能性はあるとはいえ、少なくとも、花久楽にはそれを判断する経験は少ないだろうから、そのくらいは、私が責任を持つようにしよう。
「……っ。はい、肝に銘じるっす!」
花久楽は、真剣な表情で頷いた。
「うん。……じゃあ改めて、任せるね」
私も、同じく真剣な表情で頷き返す。
私たちのやり取りを他所に、奏蕾と花久楽の精霊はなぜか、そっと無言で顔を見合わせていた。
「それじゃあ、まずは歩いて周囲の状況の確認を……」
改めて、リーダーになった花久楽が、異界攻略の指揮を取る。
……が、しかし言葉を言い切る直前、なにやら物音が響き渡り、花久楽はそこで言葉を切った。
それは、ズシン、ズシン……という、重い生き物の足音を思わせるような音。
規則的に地面を揺らしながら、少しずつ近づいて来る。
「……どうする?」
……選択肢は、おそらく三つ。
一つ目は、この場を移動して、足音から距離を取る。
二つ目は、あえて近づいて様子を見る。
三つ目は、息を潜めてやり過ごす。
どれも正解になり得るし、どれも不正解になり得る択。
花久楽は、どう判断するのだろう。
「──っ。……そうっすね。ボクは……」
花久楽がちらりと、私の顔に目を向けてきた。
……たしかに一応、私ならこうするかな、と言うのはある。
けれど、それが合っているとは限らないし、そもそも、ここでそれを言ってしまったら意味がない。
「……私の顔に、答えなんて書いてないよ」
何となく、昔先生に言われた面白い言葉を思い出したので、言ってみた。
言われるまでもなく当たり前のことを、あえて言ってみせるというジョークで場を和ませ、判断を下しやすくするアプローチだ。
「……! そうっすよね……! ……えっと、ボクは、物陰に隠れながら近づいて、音の正体を確かめようと思うっす」
私の狙いがうまくいったのか、花久楽はすぐに結論を出した。
……異界攻略は、様々な判断の連続だ。
一つひとつの判断にわざわざ時間をかけていたら、大変なことになってしまう。
だからこそ、致命的な要因になり得るものとそうでないものを正確に切り分け、いかに『そうでないもの』を素早く判断できるかが大切だ。
そしてもし仮に、結果論的に誤った判断を下してしまったとしても、それが致命的なものでなければ、『運が悪かった』と開き直ってしまえばいい。
……そして。花久楽が下した判断は、私だったらこうするだろうな、というものと一致した。
しかし、自分以外の誰かの判断で行動するなんて、久しぶりだ。
少し新鮮で、こういうのも中々面白いかも知れない。
「……わかった。……うん。私も、そうするだろうなって、思う」
とりあえず、特にこれといって意味はないけれど、判断が一致したことが少し面白かったので、そのことを伝えてみた。
花久楽は、まるで心底安堵したとでもいうように、深々と息を吐いた。
……そして。
私たちは、それからは言葉を発することなく慎重に、忍び足でその音のもとへと歩いて向かった。
道が曲がりくねっていたこともあって、音から感じられるイメージの距離と比べて、思いの外長い道のりだったけれど……私たちは、ついにそれが見える位置に着いた。
それは、まるで人間のように二本の足で歩いていた。
しかしその胴体や四肢は、とても人間とは思えないくらいに太く、丸みを帯びている。
腕も脚も、人間にしてはどちらも極端に短いと言わざるを得ない。
単純に形で言えば、ぬいぐるみが一番近いだろうか。
見れば確かにシルエットこそぬいぐるみのそれだけれど、しかし、その体長はおおよそ4メートルほどもある。
……そんな人形の丸みを帯びた存在が、頭と思われる部分をぶらりと揺らしながら、歩いている。
よくよく見れば、胴体と頭の間には、大きな裂け目があった。
しかし、それはただの裂け目ではないようだ。
そこには、ずらりと、鈍く光を反射する大きな牙が並んでいるし、内部の奥には、舌のような器官も見える。
あれは、口だ。顔と胴体の間が、大きな口になっている。
……明らかに普通の存在ではない。
間違いなく、あれがこの異界を徘徊するエネミーだろう。
まだこちらには気付いていないようで、ただ当てもなくフラフラと歩いているだけに見える。
「……どうする?」
仕掛けるか、一旦退くか。
さっさとエネミーを倒して周辺を探索しやすくするというのも、地形を把握してから戦いを挑むという選択も、どちらもありだ。
「……。ボクは……。ここで、やるっす!」
花久楽は、魔法の機関銃を出現させ、握りしめた。
……ここで退いた場合、どんな形で接敵することになるかは未知数。
対して、今ならほぼ確実に不意を突けるだろう。
その選択は、私の考えと一致する。
別にどちらが正解ということはないけれど、花久楽がそう判断するのなら、それでいい。
「……わかった。フォローはする。奏蕾も、お願い」
私は頷いて、自分の武器である弓を出現させる。
そして、それから奏蕾にも声をかけた。
「うん、まかせて! 困ったらわたしとディープマリンでやっつけちゃうから、安心して戦ってきて!」
奏蕾は力こぶを作ってアピールし、花久楽を後押しした。
それに対して花久楽は力強く頷く。
そして、エネミーが背を向けた瞬間を見計らい、静かにその背後に躍り出ると、一息で魔力弾を掃射した。
それも、ただの魔力弾の乱射ではない。
爆発による追撃も備えた、隙を生じぬ二段構えの攻撃だ。
……強いていうなら、洞窟内という閉所で爆発を伴う攻撃をするのはどうなのかというところだけれど、今のところ崩壊しそうな気配はない。
一見危険な行為に見えるかも知れないけれど、ここは現実の洞窟ではなく異界の洞窟だから、それほど問題のある行動ではない。
というのも、異界というのは、そういうギミックやルールでもなければ、地形が大きく変わるようなことはあまりないのだ。
「……どうっすか!」
しばらくの攻撃の末、状況把握のために一旦手を止めた花久楽は、自信ありげにそう言った。
そして……爆発による土煙が晴れる。
そこには、攻撃する前と対して見た目の変わらないエネミーが、ジロリと花久楽の方を見下ろしていた。
「あ、あれ……? 思ったより硬いみたいっすね、こいつ……」
地響きと共に、エネミーが花久楽に迫る。
……花久楽は表情をこわばらせながらも、また引き金に指をかけた。