「うりゃあ、まだまだっすよ! 今度は、鉛玉をくれてやるっす!」
威勢よく叫びながら、花久楽が迫り来るエネミーに照準を合わせ、引き金を引く。
銃口はまた火を吹き、ぬいぐるみ型のエネミーへと数多の弾丸がばら撒かれた。
それも、ただばら撒くだけじゃない。
今度は、逃げ場を与えないよう弾を散らすのではなく、ただ一心に、エネミーの身体を集中的に狙っている。
これは、おそらくあのエネミーには特段優れた回避能力はないだろうと判断してのことだろう。
そして、放たれた弾丸は、今度は実弾。
……ちなみに余談だが、花久楽曰く。
どちらの弾を発射しようと、どちらも同じ魔力を素材にしているため、消費魔力自体は大して変わらないらしい。
ただ、実弾の方は生成に時間が少しだけ必要な代わりに銃の内部にストックする形になっていて、魔力弾はその場で魔力を消費するという違いがあるとのこと。
実弾の方は魔力から実体を持つ弾丸へと変換する工程を挟むため、どうしても実際に発射できるまでタイムラグが生まれることや、たとえストックしていても、一定時間経過で霧散してしまうらしく……魔力弾の方が咄嗟のタイミングでは使いやすいらしい。
ただし、威力そのものは実弾の方が高い。
そのため花久楽は、『空間が水の概念で満たされている』だとかそんな限定的な状況でもない限りは、基本的に威力の実弾、取り回しの魔力弾、という使い分けをしている。
……一発ごとの差は、それほど大きなものではない。
だけど、彼女の攻撃手段が機関銃で連射するスタイルである以上、大体のケースで、塵は積もって山となる。
「このタイミングで実弾。……魔力弾を撃ちながらセットしていたんだとしたら、こうなるところまでは予想していた?」
想定外があったとすれば、本当なら魔力弾掃射の時点である程度追い詰めるつもりだった、とかだろうか。
炸裂する弾丸が、エネミーの身体に、幾度となく爆炎を叩きつける。
しかしそれでも、あの地響きのような足音は止まらない。
「……あのエネミー、なんか結構硬そうだね」
私と一緒に観戦しながら、隣で奏蕾がぽつりと呟いた。
……奏蕾は、花久楽と何度か模擬戦をしているから、あの攻撃の威力をよく知っている。
だからこそ、エネミーの耐久性がどれほどのものなのか、こうして見ているだけでもよくわかるということなのだろう。
「うん。……ただ、遅い。それに、全く効いてないっていうわけでもなさそう」
足音は止まらない。けれど、そのリズムは少しだけ乱れている。
……それは、ただ爆発に押し返されているからというだけではないだろう。
ただ、それでもエネミーは着実に花久楽との距離を詰めていく。
そしてやがて、爆発の土煙で姿は全然見えないけれど……足音の位置は、花久楽のすぐ目の前にまで迫った。
「──っ! でも、当たらないっすよ!」
撃つ手は止めず、銃口をエネミーへと向けたまま。
花久楽は洞窟内を立体的に移動して、再度エネミーから距離を取った。
射程の維持と攻撃を同時に行えるのは、彼女の武器の強みと言えることだろう。
それをしっかりと活かしているのは、いいことだ。
もっとも、それが成立するのはああいう足の遅いエネミーが相手の時に限定されることだろうけど。
速い相手だったなら、多分、あんな事をするような余裕はなさそうだ。
限定的な状況をしっかりと読み、その場において強い手を、打つ。
個体ごとに差異が大きい怪異もどきを相手にする時の基本であり、今のところ、それはできているように見える。
……うん。手札の切り方そのものは、悪くない。
「おっと弾切れ……っとぉ!」
銃口から発射される弾が切れ、そしてやがて、土煙も晴れていく。
……ここで魔力弾に即座に切り替えて攻撃の継続をしなかったのは、一旦、状況の確認をしたかったといったところだろう。
異界のエネミーは、一体倒して終わりじゃない。
ここで花久楽がやるべきことは、あれを倒すというだけでなく、少しでも多く情報を手に入れること。
異界攻略においてああいう細々とした確認は、とても意味のある工程だ。
「……。マジっすか……」
依然、足音は響き渡る。
土煙の中から現れたエネミーの姿は、多少のダメージこそ見られるものの……まだ、とても致命傷には届いていない。
花久楽はまた、引き金に指をかける。
しかし、花久楽が銃弾を放つよりも前に、エネミーが唐突に、極端な前傾姿勢を見せた。
花久楽の攻撃は、視界が塞がる。
様子を見るには、一旦、攻撃の手を止めざるを得ない。
そんな花久楽を前に、エネミーはゆっくりと、さらに身体を前に倒していく。
……最終的に、エネミーは両腕を地面につき、どこか陸上のクラウチングスタートを思わせる姿勢になった。
ただし、そのクラウチングスタートとは違い、顔は大きく上を向いていて。
がぱりと開かれた口が、真っ直ぐ花久楽を狙い澄ます。
「あれって、もしかして……?」
「……多分、そういうことだと思う」
そして。その直後、エネミーは足元で爆発にも似た鋭い音を響かせると、それまでの鈍足ぶりは嘘のように、大口を開けたまま、真っ直ぐ壁に突っ込んだ。
……間一髪、花久楽は横に避けていた。
しかし、それはあまりに咄嗟のことだったようで、花久楽もまた、避けた勢いで壁に激突してしまったようだ。
「なるほど、そんなことまでしてくるんすね……」
先に立ち上がった花久楽は、エネミーの突っ込んでいった壁を見る。
そこでは土煙が上がっていたけれど、やがて、またエネミーの姿が見えてきた。
それは既に、先ほどと同じように大口を開いて突撃する構えを取っている。
「……そんなに食いたいなら、この弾丸でも食ってろっす!」
敢えてエネミーの正面に立ち、花久楽は銃口を正面に構える。
……そして。
「──ここっす!」
銃弾を何発か発射し、その直後、花久楽はすぐに跳んで避けた。
飛び込むエネミーが、花久楽の横を掠めていく。
……そして。
壁に突っ込んだエネミーは、土煙の中からまた現れる。
しかし今度は、わずかによろけるような足取りだった。
宣言通り、花久楽はエネミーの口内に銃弾を撃ち込むことに成功し、そして内部で爆発させることができたのだろう。
明らかに、これまでの乱射よりも効いている。
エネミーは口を閉め、また、ゆっくりとした足取りで花久楽に迫る。
……どうやら、あの突撃はもうやめたらしい。
「いいんすか? それならまた、ジリジリ削ってやるだけっすよ?」
花久楽は銃を構えて、また弾丸を放っていく。
連射された実弾は、エネミーの体表で次々爆ぜる。
そして、距離が詰められれば、花久楽はまた距離を取る。
いい循環だ。あれなら、あのまま続けていれば、きっといつかは倒せるだろう。
……途中で、不意にエネミーの足音が止まると同時に、花久楽の銃撃もぴたりと止んだ。
土煙が晴れ、前傾姿勢を取るエネミーの姿が露わになるが、その時には既に、花久楽はしっかりと構えている。
……そして、再演。
高速で突っ込んだエネミーはまた内部からの爆発を受けると、また口を閉じて、歩きでの接近に戻った。
それからまた、体表を爆発の連続で叩く時間に戻る。
どうやら、あのエネミーには攻撃手段と言えるものが二種類しかないらしい。
異界攻略は、ルールの把握が第一歩にして最重要な要素である。
ある意味では、あれもまたルールのようなものと言えるだろうか。
「これは、繰り返しかな?」
「多分、そうなる。……怪異もどきやエネミーには、ああなった時に状況を打開するような知能はない」
……それから、体外と体内を何度も爆撃されたエネミーは、ついに膝を突いて倒れ伏した。
その姿は、まるで空気に溶けるように薄れて消えていく。
「……や、やった……! やったっす! やったっすよ、ディープマリンさん!」
最後の瞬間まで身構えていた花久楽だったけど、エネミーが消えた瞬間、心底嬉しそうにこちらへと駆け寄ってきた。
「……うん。よかったね。けど……」
肩を掴んで、私は花久楽の突進を受けずに止める。
……そして、私は、後ろの方を見た。
「……? え、なんす……か……?」
最初は首を傾げていた花久楽だったけれど、しかし、すぐに状況に気付いたようだ。
地鳴りのような足音が、私の後ろの方から響いて来ている。
……というか、なんならもう姿が見えている。
先ほどからの戦闘の音で気付いて、それからゆっくりと近づいてきていたのだろう。
そこには二体目のエネミーが、少しずつ近づいてきていた。
エネミーは、ついさっき別個体を倒したばかりの花久楽……ではなく、たまたま一番近くにいた私の方をじっと見ているように見える。
「……」
さりげなくスッと横に動いてもみたけれど、その視線は、私の動きに追従した。
……どうやら本当に、あくまで狙いは私のようだ。
それなら……まあ、仕方がない。
私に代わってエネミーの前に出ようとする花久楽を手で制し、私は静かに弓を構える。
「えーっと……見てたと思うっすけど一応、あいつやたら硬いんで、気を付けてくださいっす」
「……うん、大丈夫。この辺りの空間は、一応水で満たしてある」
どうやら、エネミーはもう狙いを定めたらしい。
ゆっくりと姿勢を前に倒し、そして、頭を上げて口をがぱりと開けてきた。
対して、私はただ、弓に水の矢を番えた。
……そして。
エネミーが鋭く踏み込んだ瞬間を合図に、私は渦をまとった矢を放つ。
水の矢は、花久楽の戦いを観戦しながらいざという時のためにこっそりと空間に侵食させていた水を巻き込んで、やがて大きな渦を成していく。
目の前には、ものすごい勢いで真っ直ぐ突っ込んでくるエネミー。
……しかし、大渦によって呑み込まれると、あっさりと、その身体の大半が消し飛んだ。
残った足が地面に転がり、やがて消えた。
「……おお。いやぁ……えぇ? あー……。……なんだかんだ初めて生で見たっすけど……あの渦って、あんなにえげつないんすね……」
せっかくだしいいところを見せようと思って一発で仕留めたのに、花久楽は少し引いたようなリアクションを返してきた。
……なんというか、少しだけ不本意だ。
「……まだ、来てる。引き続き、判断はあなたに任せる」
口をへの字に曲げながら、私は花久楽にバトンを戻した。
花久楽は、しばらく呆然としていたけれど……私の言葉の後に、ようやく遠くから響いてくる足音に気付いたようで、ハッとしたように表情を引き締め直した。