……エネミーの足音が、近づいてくる。
それも、一つや二つなどではない。
「……どうする?」
私は改めて、花久楽による判断を問う。
「えーっと、そうっすね……」
一応、ここで待ち伏せして、近づいてくるエネミーたちを全て狩るという選択肢もある。
なにしろ、異界のリソースは有限である。
そのため、エネミーをひたすら撃破していくことは、ほぼ確実に異界の攻略へと繋がる一手となる。
ただしそれは、エネミーの群れを確実に狩れると判断するのなら、という話でもあるだろうけど。
花久楽は、私の顔をチラリと見てきた。
……まあ、仮に今近づいてきているエネミーがさっき倒したエネミーと同種のものであるのなら、私は彼らを簡単に撃破し切ることは可能だろう。
「とりあえず、移動するっす! 周辺の探索も兼ねつつ、とにかく、あいつらが来る前に場所を移しましょう」
花久楽が出した結論は、移動だった。
一体ずつならともかくとして、複数体に囲まれるのはさすがに分が悪いという判断だろう。
「……わかった。それじゃあ、着いていく」
とりあえず花久楽を先頭に立たせ、私たちは、彼女の進む先を追う。
洞窟の道はグネグネと複雑に入り組んでいて、まるで、迷路かなにかのようだ。
歩いていると、何度も分かれ道が現れる。
花久楽はそのたびに道の先を確認し、それから度々、銃弾を壁に撃ち込んで目印を刻みつつ、進む先を選んでいく。
進む道の選び方については、とりあえず、エネミーが来ていない方向から選んでいるように見える。
あっちへこっちへと進んだり、壁に目印を刻んだり、それからたまに、行き止まりの壁やエネミーが見えて後退したり。……そんなこんなで、私たちは、かなりの距離を歩いた。
しかし、こうしてエネミーの足音を避けて慎重に行動するのは、なんだかホラーゲームか何かみたいで、少しだけ面白いような気がする。
ただ……洞窟の中だから、同じ景色が何度も続くのが難点か。
あまり、進んでいるという感じはしない。
そもそも、同じ道に戻ってきていないという保証もない。
いや、足音はだいぶ遠ざかっていったから、あの場所に戻ってきているわけではないのだろうけど。
異界を探索するに当たって、空間がループかどうかを考えることは結構よくある。けれど……ここは曲がりくねった道や分かれ道が連続する入り組んだ構造が続いている都合上、それを確かめる手段はあまりない。
少なくとも、花畑の異界や夏祭りの異界でやったような、一直線に進む攻撃を放ってみて空間がループしているか確かめる……みたいなことはできないだろう。
「また、行き止まりっすね……。とりあえず引き返して、さっきの分かれ道の逆に行くっす」
分かれ道のところに戻ると、目印を刻んで、さっきと反対の道を行く。
……しかし、なんとも地道な探索の繰り返しだ。
果たして、この迷路探索に終わりはあるのだろうか。
全ての道を探索し切るまで歩き回るというのなら、まあ、それならそれでいいとは思う。……そもそも、別に不満があるというわけではない。
ただ、こんな入り組んだ迷路のような洞窟をひたすら歩くのは大変だなあ、と、そういうことをふと思っただけだ。
「……っと、戻ってきちゃってたっぽいっすね……。えーっと、この道は……」
歩いた先の壁に、目印の弾痕が刻まれていた。
花久楽は静かに頭を抱えつつ、記憶を辿るように、考え込む。
「……よし、とりあえず、分かれ道が見えるまでは一旦進むっす」
遠くから、かすかにエネミーの足音が聞こえてくる。
……まあ、いざとなったらエネミーをひたすら狩って強引に本体を引き摺り出せばいいだろう。
「あー! この道っすか。えー……っと、ていうことは……」
根気強く、花久楽は洞窟探索を進めていく。
……しかし、ここまで地道な探索を続けられるのは、正直言ってすごいと思う。
私なら、もうこの時点でもっと簡単な方法はないか探しているところだろうけれど、花久楽は、まだめげない。
それに、空間の把握や景色の記憶能力についてもかなりのものだ。
この辺りの能力については、魔法少女になる前からホラーゲームの実況配信をしている経験によるものだろうか。
「この道をこっちに曲がった方はたしかまだ行ってなかった筈っすから、こっちに進むと……」
思考を言葉に出しながら整理しつつ、花久楽は私たちの前を歩く。
そして、ようやく目印の刻まれていない道へと出られた花久楽だったけれど、しかし、その場で足を止めた。
……目線の先には、エネミーの背中が見える。
避けるか、無理矢理突破するか。
避けてもいいけれど、そうするとまた目印の刻まれている道に戻ることにはなるだろう。
「敵は一体だけっぽいっすから……倒して、前に進むっす」
「……うん。わかった」
花久楽が、正面に銃を構える。
そして、少しずつゆっくりと遠ざかっていく背中に、容赦なく弾丸の雨を浴びせた。
その数多の弾丸は全てエネミーの背中で爆発し、そのエネミーは足を止めた。
……そして振り返り、ゆっくり花久楽の方へと迫っていく。
「足音、遠くからまた近づいて来てるね」
「……うん。でも、この距離なら他のやつがこっちに来る前に倒し切れるかも」
私と奏蕾は、話しながら花久楽の戦いを観戦する。
花久楽は、真っ直ぐに突っ込むエネミーの口に爆発する弾丸を数発捩じ込んだ。
……既に、あのエネミーの行動パターンは見切っている。
これなら、最初の一体よりは早く倒すことができるだろう。
遠くから少しずつ足音が近づく中、花久楽は爆発する弾丸の掃射でエネミーの表面を削り、それから突進に合わせて内部を攻撃し……そして、一体目と同じ攻略手段で、エネミーを完封し撃破した。
「……よ、ようやく倒せたっす……! 何してくるかわかってても、やっぱり純粋に硬いっすね……」
「うん。……でも、最初よりかなり早かった」
……足音からの距離は、まだ結構ある。
この距離なら、このまままた探索に戻っても問題はないだろう。
道の邪魔になっていたエネミーを撃破したことで、さらに先へと進んでいく。
その先でも、また同じような景色の中を歩いていく。
分かれ道、行き止まり、戻って……また分かれ道。
複数体のエネミーとの接敵を避け、時に単独のエネミーを倒し、それから目印を頼りに、既知の道を避けて行く。
……そうして、さらにしばらく歩いた頃。
道の先、眩しい光が差し込むところを見つけ出した。
「……ここは、もしかして……!」
思わずといった様子で駆け出した花久楽の後を、私と奏蕾もまた走って、追う。
「……おお」
光が差し込む先を見る。
見えた場所は、洞窟の外だった。
「この洞窟、異界なのに外に出られるんすね……!」
外の景色は、これまでの薄暗い洞窟の中とは、まるで違っていた。
鮮やかな青い色をした空には、まるで綿飴のような雲がいくつも浮かんでいて、そして地面には、見渡す限りの草原が広がっている。
打って変わって、解放感の溢れる場所。
……しかし、ただ広くて綺麗なだけでは、なさそうだ。
洞窟で見かけたものと同じような、ぬいぐるみ型のエネミーが複数、草原の中を闊歩している。
それも、見間違いでなければおそらく……。
「あれ、なんか大きくない?」
「……多分、一回りか二回りくらい大きい」
洞窟の中を徘徊していたエネミーよりも、草原のエネミーの方が大きい。
「……どうする?」
ようやく辿り着いた洞窟の外。
わざわざ聞くまでもないだろうとは思いつつも、私はあえて花久楽の判断を聞いてみた。
「もちろん、行くっす! 洞窟の探索はまだ完全には終わってないっすけど、こっちの方が、何かありそうな感じがするっす!」
「……わかった。私たちはまた、花久楽の後について行く」
洞窟を後にし、草原へと出る。
……少し歩くと、一体のエネミーがこちらに気付いた様子で、走ってこちらへ迫って来た。
それは胴体や上半身が一切ブレない、まるで足だけで走っているような、そんな姿で、洞窟の時以上に大きな地響きを伴う足音が、かなりのペースで近づいてくる。
「パターンが違う!? ……このでかいやつ、ちょっと動きが速いっす?!」
驚きを浮かべながら、花久楽は機関銃を構える。
そして魔力弾を掃射し、挨拶代わりとばかりに爆発の霰を浴びせていく。
……が、しかし。
「全然怯まないっす!? ……て、やばっ」
大きな足音が、花久楽のすぐ目の前まで迫る。
そうして振り下ろされた腕を、花久楽は、間一髪でどうにか躱した。
「とりあえず距離を……って、うわぁっと!」
距離を取り、また銃弾による攻撃を浴びせようとするけれど……それは失敗。
すぐに、また距離を詰められた。
「……っ! これは、キツいっす! ボクにはちょっと、荷が重いっす……!」
攻撃できる隙を作れず、攻撃してもあまり効かない。
確かに、花久楽にはかなり厳しい相手だろう。
おまけに、草原には他に同じようなエネミーが闊歩しており……こちらに気付いて走って近づいて来ている個体もいる。
「……わかった。私がやる」
苦々しい思いを噛み潰すようにしながらも、確かにそう言った花久楽に代わり、今度は、私が前に出る。
成長するためには、たまに無茶と思えるような局面に突き当たることがある。
……けれど、段階を飛ばした無茶の先にあるものは、大抵の場合、成長ではなくて死だ。
今回は、花久楽の対怪異もどきにおける戦闘能力を見ることが目的であり、本人が無理と判断したのなら、私はその判断を尊重する。
なおも花久楽を狙うエネミーの動きを、大型の水のタコが拘束した。
そして、水の鮫がエネミーの胴に噛みついていく。
……しかし、硬い。
噛み千切るには至らず、おまけに、半透明の触手による拘束を、無理矢理脱出されてしまった。
エネミーが、こちらを見る。
そして、猛烈な足音を響かせながら、こちらに勢いよく迫って来た。
私は、直線上に、水のタコや鮫たちを割り込ませた。
エネミーは走りながら腕を振るい、その半透明な障害物をどかそうとする。
……が、その瞬間。
水のタコや鮫は溶けるように形を崩し、それを巻き取るように矢が通過した。
矢は、そうして作り出した中規模程度の渦をまとってエネミーへと迫っていく。
……そして、直後。その渦によって貫かれ、エネミーの胴のど真ん中には、大きな円形の穴が開いた。
「……即席型の渦。範囲は少し控えめだけど、使い勝手は結構いいかも」
大きな音を立てて倒れて消えて行くエネミーを横目に、新しく作り出した技について分析する。
水の概念で空間を侵食して設置するのではなく、水の生物を分解して渦のパーツにするという、新しい技。
……切り替えの瞬間のコントロールが結構複雑だけど、溜めを不要とするのは悪くない。
「……とりあえず、敵は倒した。次の判断は、また任せる」
ちょっとした思い付きだったけれど、この新たに作り出した技は今後も使えそうだな……と、頷きつつ。
また、花久楽に次の判断を委ねることにした。
とりあえずわかったことは、草原のエネミーは洞窟のものよりも強力であり、少なくとも正面からでは、今の花久楽では倒せない。
……この情報を得た上で、どうするのか。
私は、花久楽の言葉を静かに待った。