花久楽のフィールドが崩壊し、景色が巨大化したお菓子の家の室内へと戻っていく。
「──まじ、っすか……?」
目の前には、腕を一本失い、動きが緩慢になった怪異もどき。
……見るからにダメージは大きかったようだけど、どうやら一発で倒し切るには至らなかったようだ。
「……! それなら、これでも食らえっす!」
呆然としていた状態からどうにか我に返った花久楽は、魔法の機関銃で魔力弾を掃射した。
数多の爆発が、怪異もどきの表面を焼く。
……が、しかし。その攻撃はあまり効いていない様子で意にも介さず、怪異もどきは、残った片腕を振り下ろして私たちをまとめて叩きつけようとした。
どうやら、今回はここまでのようだ。
まあ、ここまでダメージを与えられたなら、十分ではないだろうか。
私たちの足元から、巨大な鯨の顎門が出現する。
そしてそれは、瞬く間に、私たちや怪異もどきを全て呑み込み……そして、景色はまたも一変して、今度は暗い深海が広がった。
「最後の一発。とどめだけ、貰っていく」
消耗の激しい今の花久楽では、もう、あの怪異もどきへと有効なダメージを与えることはできないだろう。
横取りするようで少し申し訳ないけれど、それはそれとして。
怪異もどきをちゃんと倒さなければ、この異界を攻略してきた意味がない。
周囲を見渡し、景色の変化に少し戸惑う様子を見せる怪異もどき。
……もしかしたら、ドローンやロボットがまた出てくるとでも思って周りを見ているのだろうか。
私は弓を構え、そして渦をまとった水の矢を番える。
「……貫いて」
放った矢は周囲の水を巻き込んでいき、すぐに巨大な渦となっていった。
怪異もどきは、それを避けない。
いや、あまりにも損傷が激しくて避けられなかったのだろう。
綺麗に命中した大渦によって胴体が丸ごと消し飛び、残った片腕だけが、その場にボトリと落ちてきた。
そして、落ちた腕が、消えていく。
私はそれを見てフィールド魔法を解除した。
それによって、ゆっくりと、深海の景色が薄れていく。
……魔法が解けると、そこは空き家の一室だった。
蓋で閉ざされたおもちゃ箱に、ピンク色の掛け布団のベッド。それから、絵本の入った本棚にはまだまだ空いているスペースがある。
……しかし、もう長いこと使われていないのだろう。
それらは全て埃を被り、日に焼けている。
よくよく見れば、おもちゃ箱の蓋は少しだけズレており、その隙間から、たくさん遊んだのかボロボロになったクマのぬいぐるみの顔が覗いている。
見てわかることだけど、おそらくここは子供部屋だったのだろう。
しかしだいぶ前に、何らかの要因によって、この家は空き家になってしまった。
ただ引っ越しただけなら、思い入れのある品は引越し先に持っていくことだろうから……まあ、きっと何かがあったということなのだろう。
「……はねたぬきは家の外を、それから、奏蕾と私で、ちょっとこの家を見て回ろう」
突然の行動に困惑する花久楽を他所に、私たちは周辺の調査をする。
……家は普通の家の構造で、見て回るのはすぐに終わった。
それから、スマホ越しにはねたぬきの視界を見てみても、この空き家の周辺に不審な人影は見つからない。
今回も、収穫なし。
……まあ、夏祭りの時のような厄介な性質を持つ怪異もどきではなかったし、もしかしたら、この怪異もどきは最初から何者の手も加えられていなかったのかも知れない。
「えっと、急にどうしたんすか……?」
一通りの調査を終えた私たちに、終わるまで静かに様子を見ていた花久楽は問いかけてきた。
「あー……うん、そうだね。実は最近、怪異もどきの発生地点に不審な人影が見つかる事例があって……」
まあ、事情を知っている人を増やしておくことは悪いことではないだろう。
現状の実力的には首を突っ込まないでほしくはあるけれど……それはそれとして、知らないことで巻き込まれてしまう可能性もある。
私は、花久楽に夏祭りの怪異もどきの時に見たものやその後の鈴実との会話を含めた、ここ最近の、不審な人影についての情報を共有した。
「……人為的な、怪異もどきの発生っすか……? そんな話、聞いたことないっす……。なんのために、そんなことをするんすかね……?」
話を聞いて驚いた様子の花久楽は、そう言った。
鈴実は話していなかったのだろうかとも思ったけど……多分、そもそも彼女は自分の異界攻略に花久楽を連れて行ったりはしていなかったのだろう。
「……わからない。でも、もしできる力があったら、自分はやらないって言い切れる?」
「え? それって、もしも自分が異能力とか持ってて、ってことっすか……? うーん、どうなんでしょうかね……? やらないって言い切りたいっすけど、難しいような気もするっす……」
……まあ、とりあえず。
異界の攻略は終わったし、必要な情報の共有もした。
もし怪しい人影について何か分かったら教えて欲しいという話もしたし、私たちは、変身を解除して空き家を後にする。
陽は、もうすっかり傾いている。
「……あ、そうだ。そういえば、筆記用具を買おうと思ってたんだった」
帰り道を歩きながら、私は用事を思い出した。
「それなら、あの新しくできた本屋さんとかどうっすか? あそこ、中にカフェがあるみたいで、ちょっと気になってたんすよ」
「本屋!? いいね! わたし、読んでる漫画の続き買いたいかも!」
急遽寄り道をして、その本屋に行くことになった。
カフェはまあともかくとして、奏蕾は……そろそろテスト当日が迫っているのだけど、漫画を読んでる余裕なんてあるのだろうか。
……なんて考えつつも、本屋は、少し歩いたらあっさり着いた。
新しくできたということもあって、思っていた以上に人で賑わっている。
ただ、まあカフェとは言ってもあくまで本屋の中にあるものであり、そのためか、メニューはあまり多くはなかった。
私たちは『季節のフルーツティー』という果物の香りがするアイスティーを飲んで喉を潤し、それぞれちょっとしたデザートを食べて行った。
なんでも、最後に出てきたお菓子の家で、少しお腹が空いてしまったとのことだ。
……まあ、その気持ちは、私にもわからなくはない。
だからこそ、一緒になってデザートを注文してしまったわけでもあるし。
それから、私は買おうと思っていた文房具……主に、シャーペンの芯や消しゴムを、ついでに奏蕾ももしかしたら必要かも知れないと思い立って、二つずつ購入し。
おすすめの漫画を教え合った花久楽と奏蕾は、それぞれ漫画の本を買った。
……店を後にする頃には、三人とも、それぞれがレジのビニール袋を持っていた。
花久楽は、私ともおすすめの本や漫画の交換をしたかったようだけど、それをするには、少し時間が遅かった。
別な日にまた来ればいいと言ったら、是非そうしたいと言ってきた。
それまでに、私も何かおすすめの作品を探しておくべきだろう。
テストが終わって夏休みになったら、何か良さそうなものを探してみるのも悪くないかも知れない。
「……そういえば、今日の異界攻略、改めてお疲れさま。……とりあえず、今回思ったことを伝えていく」
本屋を背に道を歩き、その間に、思い出したように今回の異界攻略での話をする。
すると、緊張したような表情で、花久楽が私の方を見てきた。
身長差の関係上、若干こちらが見下ろされるような形になるのが、何だか少しだけ締まらない。
私はさり気なく、気付かれない程度に、少し爪先立ちをして自分の顔の位置を上げてみた。
「……まず、判断力については、悪くなかった。自分にできることと、状況を読んで、ちゃんと判断できてたと思う」
私の背伸びによってほぼ同じくらいの高さになった花久楽の顔が、パッと明るくなった気がした。
「……ただ、判断に自信がなさすぎる場面があった。……これから先、怪異もどきに挑む時、その時にもし一人だった場合にちゃんと同じように判断ができるかは、少し不安」
特に、最初の方で、その感覚は顕著だった。
後半はそうでもなかったとは思うけれど、もしかしたら、それは単に私たちというカバー要員がいたからという可能性もある。
まあ、判断力やそれに対する迷いのなさというのは、大切な要素ではあるけれどそれを他人が教えるというのは難しい。
その点を伸ばすには、経験を積み重ねて、自分でそれを養っていくくらいしかできないのではないだろうか。
もしも判断そのものが極端に誤っていたなら前提知識を入れ直すところだけど、その点については、あまり問題はなかったように思っている。
「……ぅぐ。まあ、そうっすよね……」
……私の言葉に、花久楽としても心当たりがあったようで。
痛いところを突かれた、というような反応を見せた。
「……あとは、微妙に手札が足りていなかった。単純に、取り回しのいい技でもっと火力を出せるような技があれば、色々と短縮できたと思う」
あとの課題は、単純な火力だろうか。
極端な話かも知れないけれど、私の渦の矢と同じくらいの使いやすさと威力を持つ技があれば、あの異界攻略はもう少し楽に進められたと思う。
「……まあ、そうっすよね。普通に攻撃するだけだと、エネミーにあんまりダメージ入ってなかったっすし……」
花久楽は、悔しそうに、口元を僅かに歪めた。
私の場合はその点においてだいぶズルをしているようなものなのであまり参考にはならないだろうけど……それはそれとして、対人と対怪異もどきでは考え方が違うというのは事実だ。
対人では、命を奪ってしまうような攻撃はしないのが当たり前。
多数を一人で相手するというシチュエーションも多くはない。
だけど対怪異もどきでは、可能な限り、一発でエネミーを倒し切ってしまえるような技が欲しいし、エネミーは何体も湧いて出てくるものだから、一発撃って終わりという技はあってもいいけど……火力をそれだけに頼りすぎるのは危険だ。
戦闘中の無駄を排除するために、日頃から自分の魔法などを研究して、切れる手札は常に多く持っておくというのも……考え方の一つである。
もっとも、そのためには、必要となる技の傾向をある程度認識しておく必要があるから……結局、経験を積むというのが近道になってしまったりはするのだけど。
「でも、改めて言うけど、花久楽は今回、今ある手札でちゃんと戦うことができてたと思う。元々、今回の怪異もどきは花久楽にとって推奨レベルとしては結構上だった……と思う。そんな中で、よく戦えていたと思う」
総評としては、結局『悪くはない』というところに落ち着く。
長々と語ってしまったせいで、気が付いたら、花久楽の家まで着いてしまった。
……本当なら、奏蕾やはねたぬきの思ったことも聞いてみたかったところだけど、仕方がない。
私たちは手を振り合ってその場で別れ、私と奏蕾とはねたぬきは、いつも通り、私の家へと向かって歩いた。