水底の魔法少女とドラゴンの落とし子   作:ピンノ

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53話 山奥の村

 

 ……奏蕾が、ものすごい勢いで追試対策の勉強を始めた。

 

 土日が明けたら、あっという間に追試本番。

 そこで絶対に夏休みを勝ち取るんだと言わんばかりの気迫を感じる。

 

 はねたぬきは奏蕾とお揃いのハチマキを巻き、一歩引いた位置から静かに応援している。

 

 両手につけているのは……チアリーダーか何かをイメージしてのものだろうか。

 

 正直に言うと見ているだけで暑苦しいのだけれど、集中している奏蕾の目障りにならないようにするためか、彼女の視界には入らないように応援している。

 

 ハッキリ言って、それに何の意味があるのか理解できない。

 

 ……さて。

 

 ……私は、どうしようか。

 もうテストは終わっているし、勉強しようという気持ちにはあまりなれない。

 

 かと言って、今の奏蕾の前で、この前買ったゲーム機を開封したり、いつも通りに動画や配信を見るのも……なんか違う。

 

 私はソファに腰をかけ、スマホを手に取った。

 

 もしも、本当に奏蕾が夏休みを勝ち取ったなら。

 ……その時に向けて、あらかじめここで、私の側でも、やりたいことや行きたいところの候補なんかを見繕ってあれば、より円滑に夏休みを謳歌することに繋がるだろう。

 

 あくまで、候補として考えるだけ。

 

 そういうことなら、後から奏蕾にやりたいことや行きたいところがあるとなった時にそっちを優先することだってできるのだから……私の考えを、押し付けるようなことにもならないはず。

 

 むしろ、こういうものにおける具体的なアイデアなんて、あればあるほどにいいはずだ。

 

 適当に、『夏祭り 有名 花火』とかで検索してみる。

 

 スマホの画面に、いろいろな候補がずらりと並んだ。

 

 ……なるほど。

 祭りとひとことに言っても、地域によっていろいろな特色があるらしい。

 

 規模の大きい花火を見たいのか、沢山の花火が見たいのか、あるいは屋台を歩きたいのか、大きな神輿が練り歩く様を見たいのか。

 

 そんなことまでは一切考えていなかったから、判断に困る。

 なんだか、もういっそ近所の祭りでもいいような気もしてくるけれど……しかし、せっかくなら、という思いもある。

 

 だって、いい思いをさせたいし、楽しい記憶を作ってほしい。

 

 ……それに、きっと。

 その方が、私にとっても、きっと楽しい。

 

 となると……まあ、うん。

 話がやはり、戻ってきてしまうことになる。

 

 何を楽しみたいのか。

 ひとしきり考えてみたものの、やっぱり私には……まだ少し難しい。

 

 よほど小規模で盛り上がっていないものでもない限り、ある程度のラインを越えたら、私には全部同じに思えてしまうし、仮に違うにしても、その違いから、私だけでは何かを見出すことができるような自信はない。

 

 紋華も夏祭りとかに行きたいと言っていたけれど……きっと、紋華もこういうのは同じだろう。

 

 そうなると……結局、奏蕾に希望を出してもらうのが一番早いということになるだろうか。

 

 ……まあ、それならそれでいいだろう。

 

 少なくとも、私ではあまりこれといって思いつかなかった。

 それがわかっただけでも、ヨシとしよう。

 

 ……というか、こういうのは一緒に考える方がいいのではないだろうか。

 

 準備をする時間……つまり、その時に想いを馳せてああでもないこうでもないと話し合う時間こそが、一番楽しいという考え方もある。

 

 それなら……こんなことは今すぐにやめるべきだ。

 

 私は、画面を閉じて、スマホをそっとソファに置く。

 

 ……それで、どうしよう。

 

 顔を上げると、奏蕾が一心不乱に勉強している。

 教科書のページをめくるスピードが、ちゃんと読んでいるとしたらあり得ないと思えるくらいに速い。

 

 そのペースで、反対の手でノートに書き写しているのだから、尋常ではない。

 

 もしも私があれと同じことをしようと思ったら、魔法少女としての姿に変身し、魔力を使って自己強化でもしないと、できないだろう。

 

 そしてはねたぬきは、相変わらず応援している。

 

 ……時計を見る。

 おやつには、まだ早い。

 

 

「……」

 

 

 ……やることがない。

 そんな時間は今までありふれていたはずなのに……それは、こんなにも退屈なものだっただろうか。

 

 いや、一人で退屈していた時は動画なり配信なり見たりしていたものだけど……。

 

 スマホに、指先が触れる。

 そして引っ込めようとしたその瞬間……通知が来たようで、スマホに触れていた指先が振動した。

 

 ……そっと、静かに顔を上げる。

 奏蕾は、相変わらず集中して勉強している。

 

 一応、念のためにマナーモードにしておいてよかった。

 

 はねたぬきは応援を中断して、こっちの方に寄ってきていた。

 

 スマホを手に取って画面をつけてみると……それは、怪異もどきの発生についてだった。

 

 推定危険度は、そこそこに高い。

 そして、どうやら今回は、緊急性がかなり高いらしい。

 

 ……これは、行かないというわけにもいかないだろう。

 すぐに、組織には自分が向かう旨を伝えて、そして、はねたぬきに無言で頷く。

 

 久しぶりの、単独での異界攻略だ。

 

 

「……奏蕾、怪異もどきが出たから行ってくる。配信とかはしないし、多分、すぐに戻ってくる」

 

 

「え?! じゃあ、わたしも」

 

 

「……大丈夫、一人でやれる。……夏休みのために、奏蕾はこっちで頑張ってて」

 

 

 奏蕾を家に置いて、私とはねたぬきは、怪異もどきが出たというところに向かうことにした。

 

 場所は……どうやら、かなり山奥のようだ。

 

 ぽつん、と、小さな家が近くにあって……もしかしたら、そこの住人が、異界に巻き込まれたかも知れないということだ。

 

 情報によると、そこに住んでいるのは、一人の歳を取ったお爺さん。

 家の周りの畑で野菜を収穫し、毎日歩いて山の道を降りていっては、作った野菜を売っているらしい。

 

 歳の割には元気なようだけれど、仮に異界に巻き込まれていたら、場合によってはもう……ということが、嫌でも頭に浮かんでくる。

 

 それらの状況から、組織から転移ゲートの使用許可が下りている。

 

 

「……はねたぬき、お願い」

 

 

「了解、任せるッチ!」

 

 

 転移ゲートを使って向かうことを奏蕾に気取られないように、家の外まで歩いた私は、はねたぬきに転移ゲートを開いてもらって移動する。

 

 早さを求めるのなら、あのままリビングでゲートを開けばよかったという話ではある。

 

 ……けれど、緊急性の高い怪異もどきだと分かれば、奏蕾はほぼ確実に、「やっぱりついて行く」と言い出しかねないだろうから。

 

 回りくどいようだけれど、これが最短になると判断した。

 

 

「この、トンネルの中だッチ」

 

 

 ゲートを抜けた先、目の前にあったのは、古びたトンネルだった。

 苔むし、蔦が生え、その上錆も目立つ。

 

 いかにも、ここ最近は手入れされていないということが見て取れる。

 

 ……実際、ここを車で通る人はいないようだ。

 件のお爺さんだって、歩いてここを通っているという話だし。

 

 

「──メタモルフォシス」

 

 

 変身して、気を引き締めながら足を前に進めていく。

 

 どんな異界が広がっているのか。

 ……少なくとも、今回は一緒に戦う奏蕾はいない。

 

 トンネルの湿った日陰の下に、足を踏み入れる。

 ……そして、さらに一歩、トンネルの中に入っていく。

 

 

 すると、視界は一変し……。

 

 

「──他所者がこの村に何の用だ」

 

 

 目の前には、歳を取ったお爺さんが、まるで胡乱なものを見るかのような目でこちらを見ていた。

 

 ……辺りを、見渡す。

 

 そこは、山奥の小さな村だった。

 

 近くでは畑で野菜を収穫している人がいて、少し遠くからは、子供の唄う怪しげな童歌が聞こえてくる。

 

 

「私は、この村に観光に来ました」

 

 

 ──まるで言おうともしていなかった言葉が、勝手に、私の口をついて出てきた。

 

 

「……観光じゃと? バカバカしい。ここには何もない、他所者は帰れ」

 

 

 トゲトゲしい言葉で、お爺さんは、私という観光客を拒絶する。

 

 ……いや、私は観光客ではない。

 この異界を攻略して怪異もどきを祓いにきた、魔法少女だ。

 

 

「まあまあ、お爺さんや。……ここには、温泉もありますからねぇ。昔は、もっと栄えていたのですが、ここのところ、お客さんなんて滅多に来なくなってしまって……」

 

 

 不機嫌そうなお爺さんを宥めるように、お婆さんがやってきた。

 

 そう、この村にあるという温泉旅館が、私の目的地……じゃあ、なくて。

 

 ……なるほど。

 よりにもよって、この異界は精神干渉でこちらの認識をずらしてくるタイプのようだ。

 

 お爺さんもお婆さんも、よくよく見ると、なんとも言えない違和感がある。

 まるで人でないものを人であると誤認させられているかのような……そんな、違和感。

 

 ……しかし、モヤがかかっていて、あまりよくはわからない。

 正直、彼らを本当に人ではない、と断言できるような自信はない。

 

 確か、この異界には誰かが巻き込まれているから助けなきゃいけなかったと思うのだけど……それが子供だったかお爺さんだったか若者だったか。

 

 そもそも、巻き込まれていることが確定していたのだったか、していなかったか……全部、思い出しても一瞬で認識をズラされる。

 

 精神干渉……というよりは、認識改変。

 それも、かなり複雑で強力なもの。

 

 ……おそらくだけれど、救助対象は、いたとしてもすっかりこの異界の住人になりきってしまっているのではないだろうか。

 

 

「……何もないところですが、まあ、ゆっくりしていってくださいな。……あそこに、空き家が一軒ありますから、自由に使ってください。……もしもここが気に入って、この村で暮らすのなら、それも大歓迎です」

 

 

 親切なお婆さんが、不機嫌そうにしている隣のお爺さんを無視して、そう言ってきた。

 

 彼女が指をさした先には、手入れの行き届いていそうな家があった。

 とても空き家に見えない立派な家だけれど、どうやら自由に使っていいらしい。

 

 

「ふん。村長であるわしを無視するのか。……まあいいわい。だが、くれぐれも、掟を破ることはするなよ」

 

 

「……掟?」

 

 

 ……こんな山奥まで歩くのは、大変だった。

 そんな掟なんかよりも、早く温泉に浸かって休みたい。

 

 

「なに、子供でも守れる簡単なことじゃ。……ひとつ。夜に家の外に出てはならぬ。……ひとつ。祠のそばに近寄ってはならぬ。……ひとつ。毎日温泉の湯に浸かって身体を洗い清めねばならぬ」

 

 

 ……なるほど。

 それは、たしかに簡単だ。

 

 お爺さんとお婆さんが歩いてどこかに行く姿を見送り、私は、休む前にこの村をもう少し見て回ることにした。

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