水底の魔法少女とドラゴンの落とし子   作:ピンノ

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55話 破られた掟

 

 村を徘徊する得体の知れない不気味な影に見つからないように、私と少女は村の中を移動した。

 

「⬛︎⬛︎、今回⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎とは⬛︎⬛︎ないんだッチ?」

 

 

 ……? 

 

 ……ああ、うん。

 

 そう、よくわからない化け物がいて不安に感じているらしい彼女の言葉に、私は静かに首を縦に振った。

 

 ……彼女は、村の化け物たちを見て怯えているというよりは、どうやら私の行動に疑問を持っているように見える。

 

 えっと……そう。

 ……おそらく彼女は、私がこの村の掟を破ってわざわざ空き家の外に出てきたことを疑問に思っているのだろう。

 

 ……それで、なんだったっけ。

 

 私はどうして空き家の外に出てきたんだっけ。

 

 ──それは、知るためだった気がする。

 

 ああ、そう。

 ⬛︎⬛︎を⬛︎⬛︎するためには……あれ? 

 

 うん……えっと、純粋な興味。興味本位だ。

 私はただの興味本位のために村の掟を破り、与えられた空き家から外に出てしまった。

 

 ……そして、私は今気が付いてしまった。

 この村は、普通じゃない。早く、逃げないと。

 

 息を潜め、少しずつ移動する。

 ……どこに向かっているのかは、私にもよくわからない。

 

 私は、どこから来たんだっけ。

 私は、何をしに来たんだっけ。

 私は、ここに来る前は何をしていたんだっけ。

 

 私の名前は、何だったっけ。

 

 ……すべてが奇妙に欠落している。

 それは、何かが繋がりそうな糸口のようにも感じられる。

 

 しかし、すぐに私は『思い出した』。

 

 私は、『この村で生まれた』。

 私は、『最初からここにいる』。

 私は、『この村の外のことを何も知らない』。

 

 私の名前は、『最初からない』。

 

 ……ああ、そうだった。

 私はこの村に生まれたのだけれど、どうしても掟を破ったらどうなるのかが知りたくなってしまったのだ。

 

 だから今日の夕方は温泉に身体を足先しかつけず、夜になったタイミングで親に黙って家を抜け出し、そして……。

 

 ──化け物たちに、見つかった。

 それは、ほとんど偶然のようなものだった。

 

 たまたま、私の進路が奴らのうちの一体の進行方向と、被ってしまった。

 

 

「────」

 

 

 ……空洞を風が抜けるような音が、響き渡る。

 すると、ぞわぞわと空気が変わった。

 

 周囲の、まだこちらに気づいていなかった化け物たちが、ゆらりとこっちの方を見た。

 

 

「……気付かれた! ……けど、目的地はもうすぐだから……ここまで来たからには走り抜ける」

 

 

 共に家を抜けてきた少女……『妹』の手を引いて、走り出す。

 

 表情を見るに少し混乱している様子だけれど、同時に、何か安心したかのような顔にも見える気がする。

 

 ……手を握ったからだろうか。

 

 化け物たちが、迫ってくる。

 私は逃げながら、全力で目的地……村の祠へと駆けていく。

 

 村の景色が、凄まじいまでのスピードで流れていく。

 

 ……どうして、こんなにも私は速く走れるのだったっけ。

 

 それは……私が『この村で一番の運動神経の持ち主だから』。

 

 ひたすらに、走る。

 ……不思議と、一瞬、自分が何を考えていたのか思い出せない瞬間がある気がする。

 

 それは……頭の中が真っ白になるくらい、全力で走っていたからだろう。

 

 

「……着いた」

 

 

 化け物たちに取り囲まれながら、私たちは、ようやくそこに辿り着いた。

 あれだけ走ってきたけれど、息切れはない。

 

 それも……私が『この村で一番の運動神経の持ち主だから』。

 

 村の人が誰も近づこうとしない、古びた祠。

 私はそれにゆっくりと手を伸ばし……そして、触れた。

 

 ただ、それだけだった。

 

 ……しかし、その瞬間。

 祠は音を立てて崩れてしまった。

 

 化け物たちの動きが、ぴたりと止まる。

 ……そうして、しんと静まり返った空気の中。

 

 化け物たちの間を縫って、村人たちが歩いてきた。

 

 

「……掟を破る者は、苦しみのうちに死ぬ。人とは、安らかに眠るように死ぬことを望むものである」

 

 

 静止した化け物たちの前に村人たちが立ち、そして、その長であるお爺さんが、厳かに語り始めた。

 

 

「それこそが、人の道。何も知らず、何も思い出さず……ただ己を洗い落とすだけで死ねる機会を、わしは与えた」

 

 

 判決を下すかのように、淡々とした口調。

 その裏側には、どこか怒りのようなものを感じなくもない。

 

 

「だが、お主はそれを破った。もはや、慈悲など要るまい。……お主が、その祠を壊したのだから」

 

 

 お爺さんの目が、見開かれる。

 

 ……そして、ガクリと首を落とすと、背中から、黒いナニカがその身体を突き破るかのように出てきた。

 

 

「もう、ダメですねぇ」

 

 

「おしまいだね」

 

 

「苦しんで死ぬしかない」

 

 

 村人たちは、村長の明らかな異変に驚くような様子もなく、ただうわごとのように口々に呟いた。

 

 ……それは、まるで輪唱のように響き、広がって、繰り返される。

 

 そして、その間にもズルズルと、お爺さんの背中から、まるで衣服を脱ぎ捨てるかのように化け物が這い出してくる。

 

 

「やったッチ! あれがこの⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎の⬛︎⬛︎っぽいッチ! あれを⬛︎して、この⬛︎⬛︎を⬛︎⬛︎するッチ!」

 

 

 少女が、なぜか喜びながら何事かを話している。

 それを聞いた私はほんの一瞬だけ、そうだ、と思った気がしたけれど……すぐに、それを忘れてしまった。

 

 ……そうこうしている間に、気が付けば。

 

 目の前には、大きな蛇のような真っ黒の化け物がこちらを見ていた。

 ただ、胴体は蛇のようでもそれを蛇というには、あまりにも脚の主張が強い。

 

 まるで、深海のタカアシガニのような、硬質かつ複数の脚で、立っている。

 

 ……私はそれを、ぼう、と見つめる。

 

 

「……⬛︎⬛︎?」

 

 

 少女が、困惑したようにこちらを見た。

 

 私は……どうしたらいいんだったっけ。

 何となく、ここまで来たことそのものは、間違えてはいないような気がしている。

 

 しかし、その先に何をしようとしていたのかが、完全に抜け落ちてしまっている。

 

 ……全くの、空白。

 そこで私は、『何一つ思い出せなかった』。

 

 

「……え」

 

 

 無造作に、黒い脚が振るわれる。

 その先端は鋭く尖っていて……直後、肩から腰にかけて、深々と切り裂かれた。

 

 

「……っ!」

 

 

 膝から、崩れ落ちた。

 後から、激痛が全身を駆け巡る。

 

 叫びは出なかった。

 しかし、地面に手をつき、私は、あまりの痛みに額にじんわりと汗が滲み、そして、頬を冷たい汗が流れているのを感じた。

 

 

「⬛︎⬛︎! 何をしてるんだッチ! ……! ……危な……!」

 

 

 誰かが、何かを叫んでいる。

 けれど、今の私にはよくわからない。

 

 ……地面を映す、滲む視界。

 

 直後……黒い脚がまた、そこを横切った。

 

 

「──⬛︎⬛︎!!」

 

 

 直後、腹部の辺りを激痛が貫いた。

 

 

「……う、ぐ……」

 

 

 ゆっくりと、視界が無理矢理、上に上がって行く。

 

 どうやら……私は今この化け物に腹を脚の先で貫かれて、そのまま吊り上げられているようだ。

 

 霞む視界の中、思考が回る。

 

 今の私には、何かが足りていない。

 だから、こうなっている。

 

 それは、わかる。

 

 ……しかし。

 

 何が足りない? 

 私は、どうしたらいい? 

 

 埋まることのない思考の空白が、私の思考を遮り、止める。

 

 結論が、導き出せない。

 ……私は、やはり何か大切なことを忘れてしまっているらしい。

 

 

 持ち上げられ、またも、無造作に。

 私を持ち上げる脚が振るわれ、視界が一変。

 

 ……どうやら、私は投げ飛ばされたらしい。

 

 

「──!! ……く、ぅ」

 

 

 背中を木に叩きつけられ、背中を擦りながら落ちていく。

 

 

「⬛︎⬛︎!! ……っ、今助けを……!」

 

 

 泣き出しそうな顔で、知っているような知らないような『何か』が、言う。

 しかし、何を言っているのかは、やっぱりわからない。

 

 ……木々を倒しながら、化け物がゆっくりと迫ってくる。

 

 全身が、痛い。

 身体のどこも、動けるような気がしない。

 

 ……私は、ここで死ぬのだろうか。

 

 化け物の後ろを追うように、村人たちが冷たい目で私を見下ろしながら、こちらにゆっくりと近づいてくる。

 

 ──瞬間。

 脳裏に、誰かの顔が浮かんできたような気がした。

 

 これが、いわゆる走馬灯、というものだろうか。

 

 ──最初は、ひとりぼっちで孤立していた少女。

 いつしか私を『同類』と呼び、よく遊ぶようになった。

 

 ──いつか、私を助けてくれた少女。

 共に切磋琢磨して、途中で違う道を歩き出した。

 

 ──私に、憧憬のような眼差しを向ける少女。

 むず痒い気持ちがするけれど、少しだけ、悪くないような気もしている。

 

 ──何年もの間を一緒に戦った、⬛︎⬛︎。

 直接戦うのは私だけれど、いつも見守ってくれていた。

 

 ──そして、それから。

 

 つい最近出会った、笑顔の眩しい少女。

 角と羽と尾を持つ、無邪気で純粋な……。

 

 ……ああ、そうだった。

 

 

 ぼやける視界に、振り下ろされる鋭い形をした影が映る。

 思考があまりにも高速で回転しているからか、やけに、ゆっくりして見える。

 

 ……私は、まだ生きなければいけないんだ。

 私は、まだこの世界を生きていたいんだ。

 

 大切な人の死を踏み台にして一人生き残ってしまった罪に報いるには、それしかないことを、知っている。

 

 そして、今の私には、誰かと迎えたい明日がある。

 

 ──私は、⬛︎⬛︎……ううん。

 

 魔法少女だ。

 

 気が遠くなるような刹那の中、ようやく、私は正しい答えに触れた。

 

 ……しかし、このままだと、きっとまたすぐに忘れてしまうだろう。

 いや、そうなる前に、息絶えるのが先だろうか。

 

 どっちみち、それはあり得ない話だから関係ないか。

 

 ──地面から、大きな鯨の顎門が出現する。

 

 動けない私に怪異もどきの脚が振り下ろされるよりも速く、視界は、闇に閉ざされた。

 

 ……そして、仄かな光が、視界を映す。

 そこは、山奥の村ではなく、私のフィールドである、深海の景色に変わっていた。

 

 フィールド魔法の展開により、位置関係がリセットされ、わずかに離れた位置で怪異もどきの脚が振り下ろされた。

 

 ……ただ、フィールド魔法には傷を癒すような効果はない。

 相変わらず、身体は動きそうにない。

 

 しかし……ここなら、あの異界の中にいた時のように認識をズラされる心配はないようだ。

 

 戸惑うように周囲を見渡した怪異もどきだったけれど……少しの間を置いたことで順応したのか、迷いなく脚をカサカサと動かしながら、こちらに迫ってきた。

 

 はねたぬきが、せめて少しでも私のことを回復させようと、近づいてくる。

 

 ……はねたぬきの回復が通れば、まだ勝機はあるかも知れない。

 

 ──迫る、怪異もどき。

 その横から、半透明の大きな節足動物……水でできたシャコが現れ、それと同時に前腕を撃ち抜き、怪異もどきを吹き飛ばした。

 

 はねたぬきの腕が、私の身体に軽く触れる。

 ……これで、回復が、始まった。

 

 しかし、何ヶ所か骨やら内臓やらが傷付いているようだから、時間はかかるだろうし、その間、正常に回復してもらうために身体を動かすことはできない。

 

 吹き飛ばされた先で、怪異もどきが、こちらを見る。

 

 ……まだ、時間が要る。

 

 動けないままに敵を見据え、私は、水で魚の群れを作った。

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