ピピピピ、と、耳元でうるさい電子音が鳴り、目が覚める。
反射的に、手探り状態でスマホを操作して、ひとまず音を止め。
そしてもう一度そのボタンを押して、今度は画面をつけて時刻を見ると、ぼんやりした頭の中で、「……そろそろ起きないと」という思考が生まれる。
しかし……。
面倒だし、あと五分寝るか。
薄く開いていた目がまた閉じて。
心地よい微睡の中に戻ろうとした、次の瞬間。
「ねえねえ、今の音なに? というかそろそろ起きるって言ってた時間だよ!」
今度は反対側の方向から、眠るにはうるさい声が聞こえてきた。
反射的に、ぼやけた視界でそちらに目を向けると。
そこには一人の少女……奏蕾がいた。
……そうか。
そういえば、そうだった。
段々と、考えがまとまってくる。
頭が少しずつ動き始めてきたような、そんな気がする。
……頭にゆっくりと浮かび上がってきたのは、『怪異もどき』討伐の際に起こった昨日の出来事と、それから、今日の予定。
目を小さく瞬かせながら、その間に全部をハッキリと思い出した私は、がばりと上体だけ起こし。そして、大きく欠伸と伸びをした。
「……おはよ」
ベッドの掛け布団から抜け出して、腰をかけた私は、奏蕾に朝の挨拶をする。
「おはよう! 卯実!」
それの何が嬉しかったのか、まるで朝の日差しのように眩しい笑顔を浮かべ、奏蕾は私に言葉を返してきた。
私はふいと目を逸らして、軽く頬を掻く。
そしてハッと思い出して、スマホを手に取ってアラームを消した。
さっきやったように、ただ画面をオフにしただけだと、その時は音を止めることができるけど、五分後にまた鳴り出してしまう。
これでもうキチンと起きた、という時には、こうしてアラームの停止操作をする必要がある。
「……さっきの音は、これ。時間通りに起きるためのもの」
ひらひらと揺らしながら、手に持ったスマホを見せてみると。
奏蕾は、「へー」とか「そんなのもあるんだー」とか興味深そうにそれを見てきた。
彼女はこれが鳴るよりも先に目を覚ましていたようだから、わざわざこんなもの必要なさそうな気もするけれど……まあ、目に入るものはなんでも気になるということなのだろう。
好奇心が旺盛なのは、いいことだ。
無感動で無関心で、すぐになんでも面倒がるような誰かよりは、きっと何倍も良い。
「……じゃあ、そろそろ着替えるよ」
今回は、奏蕾にもちゃんと物理的な服を着せるつもりだ。
私のタンスには、何着か、普段着として使えるものが入っている。
彼女自身の魔法で出せるのかも知れないけれど、それでも。
服は、自分と外とを切り分ける境界線のようなものだから、ちゃんと、着たほうがいいと思う。
「うーん、これ、ちょっとキツいかも……?」
「……」
私の服を身につけた奏蕾が、ボソリと呟く。
……たしかに、私は、同学年の中でも背が小さい方だ。
しかし、背丈だけで言えば、見たところ彼女もそれほど変わらない。
「あと、羽と尻尾どうしよう? 上の服は羽が窮屈だし、どうしてもこのスカートっていうのも、尻尾があるから上がりきらない……」
「……」
自分の着替えを済ませた私は、奏蕾を一目見て。そして、明後日の方向に視線を逸らした。
……なんのことはない。
ただ、自分の馬鹿で浅はかな考えの結果という、残酷な現実を見たくなかったというだけのこと。
「うーん、これがこうなってて、つまりここがこうだから……よし!」
馬鹿の考え休むに似たり、という言葉がある。
それなら私は、二度寝しようかな。
自分で自分に、心底ガッカリしている私に対し。
当の奏蕾は、そんな様子は気にも留めずに、なにやらぶつぶつと独り言をしている。
そして。
「ねえねえ卯実、これ、魔法でちょっとだけ形変えてもいい?」
奏蕾がそう言うので、私は投げやりに頷いた。
……そして、しばらくして。
「おおー! うんうん、かんぺきっ!」
魔法で、服とスカートの一部分にうまいこと穴を開け。
そして、合っていなかったらしいサイズも、自分に合うよう変更して。
奏蕾は、満足げに鏡の前で何度も頷いていた。
私の知っている魔法と、全然違う。
少なくとも、そんな器用なこと、私の使える魔法ではとてもできない。
けど……まあ、そういうこともあるか。
魔法少女としての魔法は、魔法とは言うけど、イメージとしては「能力」とかのほうがしっくりくる。
生まれからしてファンタジーなドラゴンの使う魔法とは、原理から違うとしても不思議じゃない。
「どう、どう? いい感じじゃない?」
「……うん。いいと思う」
自慢げに見せびらかす奏蕾に、私は素直に頷いた。
……実際、悪くない。
タンスの中から、似合いそうなものをピックアップしたこともあり、なかなかいい感じにまとまっているように見える。
組織に相談しに行って、もしその帰り道にも、彼女が私の隣にいたなら。
その時は、また別な……私のお下がりじゃない、いろいろな服を買ってみても、楽しかったりするかも知れない。
「……じゃあ、朝ごはんにする。起きて、はねたぬき」
私が起きてから、これまでの間。ぴくりともせず、ただ1匹、すやすやと気持ちよさそうな寝息を絶やさなかった精霊を、揺すり起こして。
私たちは、部屋を後にして、リビングへ向かう。
……そうして。
キッチンに立ち、席についてテレビを見る奏蕾とはねたぬきを眺めつつ。
私はフライパンに軽く油をひき、冷蔵庫から卵を二つ取り出す。
火にかけて、ハムを二枚。
並べるようにして、フライパンの上に配置する。
そして、裏表をそれなりに熱したら、取り出しておいた卵を、二枚のハムの上に正確に投下。
しばらくしたら、ほんの少しだけ水を振りかけ。
そしてすぐに、蓋を閉じる。
……蓋は、すぐに湯気によって白く曇った。
それを、しばらくそのままにして。
何となく、このくらいかな、というタイミングで蓋を開け。
二つの皿に、分けていく。
……目玉焼き。
二つ焼いたのは初めてだけど、ちゃんとうまく半熟にできているだろうか。
テーブルの上に、それを配膳し。
それから、今度は冷蔵庫からストックしてあったきゅうりの塩漬けの入ったタッパーを取り出して、今度はそれをそのまま持っていき、同じようにテーブルに置く。
さらに、引き出しから、パンとはねたぬきのクッキーを取り出して、それもまたテーブルに置き。
おまけに水出し麦茶を置いてコップも並べれば、朝食の準備はこれで完了。
「……お待たせ。じゃあ、食べよう」
私たちは、みんなで揃って食前の挨拶をして。
……そして、ぺろりと食べ終わった。
歯を磨き、顔を洗い。
身支度を整えれば、あとはもう出発するだけ。
「……組織の本部は、少しだけ遠い。だから、新幹線を使う」
簡単な相談をするだけなら、すぐ近くにある支部でもいい。
だけど今回の件は、支部では手に余る案件だと思うから、本部に行く。
新幹線代、というか交通費は、もちろんそれなりの出費にはなるけど……まあ、それが致命的な痛手になるということはない。
魔法少女としての活動に、配信活動。
これらの活動により、私は、贅沢な生活を送れるというほどではないけれど……現状の生活をしていて困ることはない程度には、お金がある。
「おおー! しんかんせん! ……って、なに?」
「昨日乗った電車の、さらに速いバージョンみたいなやつだッチ」
首を傾げる奏蕾に、はねたぬきが答える。
……そして。
出発の際、貸した靴を、奏蕾がまた魔法でサイズを変えたりという、一幕を経て。
玄関の扉を閉めて、鍵をかけ。
私たちは、まずはバス停に向かって、歩き出す。
バスと電車を乗り継いで、それからようやく、私たちは新幹線へと乗り込んだ。
「おおー、動き出したね……!」
話に聞いた新幹線。一体どこまで速いんだろう……なんて、そんな風に思っていそうな奏蕾は、おそらく窓側に座りたがるだろうと予想したので。
先に窓側に座らせておいた。
私は、見慣れているというほどではないけれど、今更新鮮味を感じるほどのものでもない。
小さな欠伸を噛み殺しながら、手にしたスマホに目を下ろす。
……あ、これ私の配信の切り抜きだ。ブロックしよ。
「すごいね、ほんとに早いよ!」
窓に張り付いて景色を眺める奏蕾をよそに、私は黙々と、動画サイトを漁っていく。
しばらくスクロールしていって、結局、SF風な都市を舞台にしたホラーゲームの実況配信のアーカイブを、タップした。
実況しているのは、最近、よく私が見ている人。
ホラーゲームを、全然怖がらずに淡々と進めていくのが特徴で、立ち絵イラストを自分の姿の代わりに配置して実況している。
自分の姿を、完全には明かさない、という意味では。
ある種、私たち魔法少女と通じる点があるかも知れない。
見ていると、どうやら外の景色を眺めるのに少し飽きてきたらしく、肩に奏蕾の頭が乗った。
その視線は、私のスマホの動画を見ている。
ちなみに、肩に頭を乗せているのは、彼女が眠いからというわけではなく。イヤホンから漏れている音を聞くため、耳を近づけるためにそうしているらしい。
そうするだけでイヤホンの外から音を聞き取れるというのは、それほど聴力が優れているということだろう。
朝乗ったバスでも、同じスタイルで私のスマホを覗いていた。
このスタイルだと、私の後頭部に角が当たりそうなものだけど、そこは奏蕾がうまいこと調整しているようで、当たらない。
……そのまま、しばらくして。
スマホに映る動画の中のゲームも、佳境に差し掛かっていた。
画面上では、あからさまにエンディングが分岐しそうな選択肢が提示され。
この人はどっちを選ぶのだろうと思いながら見ていた、その時に。
「おーい、もう着くッチよ」
はねたぬきに声をかけられ、電光掲示板を見てみると、確かに次の駅が目的の駅であることがわかった。
……そして、新幹線は、明らかにスピードを落とし始めている。
まさに、到着するというタイミング。
「……ん。降りるよ」
「はーい!」
新幹線が、完全に停止して。
荷物を手に持ち、忘れ物がないことを確認した私たちは、新幹線を後にした。
……そして、人混みを掻き分け、それから少し歩いた、その後に。
「おおー、でっかい! ……もしかして、ここが?」
「……うん。ここが、組織の本部」
ようやく私たちは、目的地へと到着した。