「大きい、けど……うーん、思ってたより、普通?」
奏蕾は辺りを見渡して、他の建物と見比べながらそう言った。
実際、目の前にあるのは言ってしまえばただの少し大きいビルであり、名前の印象の割に普通という評価は、とても正しいものだと思う。
「……ここが、エントランス」
早速、建物の中に入る。
実のところ、私はここに来ることはあまり多くないから、それほどこの建物に詳しいわけではない。
前に来た時はもう少し魔法少女がここにいたような気がするけれど、今日その数が少ないのは、今日が平日だからということだろうか。
「あれ、ディープマリンじゃない? 珍し」
「隣にいるのは誰? 見たことないよね?」
学校を休んでいるのか、そもそも学校に通っていないのか。
そこにいた、数人の魔法少女たちが、小さな声で何かを話している。
「あの人たちって、知り合い?」
「……ううん。パッと見で魔法少女なのはわかるけど、知らない人」
……魔法少女は、それぞれが一人につき一匹精霊を連れている。
だから、魔法少女かそうでないかというだけなら、相手のことを知らなくても、こうしてパッと見るだけでわかる。
それどころか、精霊の見た目さえ覚えてしまえば、変身前の魔法少女を見て、どの魔法少女なのか推測することさえできてしまう。
一応、鞄か何かに隠してしまえばわからないけど、そもそも精霊は普通の人には見えないから、そうやってわざわざ隠すというのも変な話。
こっそりと視線を向けてくる、知らない魔法少女の人たちのことは無視して。
私たちは、受付をしている人のところに向かって行く。
……が、そこで、私が要件を切り出すよりも早く。
「──お待ちしていました、ディープマリンさん。昨日の、配信で保護した未確認生物の件ですね?」
私がここに来ることは既に予測済みだったようで、受付の人が、先に要件を言い当ててきた。
私は、まさにその通りだったので、特に何かを言うこともなく、ただ首を縦に振って頷いた。
「相談室Cで、既に本件についての話し合いがスケジュールに入っています。ですので、相談室Cに向かってください」
「……わかった。ありがとう」
あまりにも、話が早い。
つまり奏蕾の件は、それだけ重要度の高いことだというわけなのだろう。
やっぱり、本部に来て正解だった。
支部の方に行っていたら、今頃、本部の方に行けとたらい回しにされて、余計な手間が発生していたことだろう。
受付を後にした私たちは、エレベーターのボタンを押して、少し待つ。
……そうして、やって来たエレベーターに、乗り込んで。
目的の階へ到着し、そのまま、相談室Cと書かれた部屋を開けると。
そこには、他の精霊よりも一回り、いや、それよりももう少し大きい精霊が、扉の奥で待っていた。
そして、その横にはスーツを着た女の人が、一人いる。
……この人は、一応知り合い。
ただあまり親しくはないし、それどころか得意でない相手だから、私は反射的に、思わず一瞬だけ苦い表情になってしまった。
「せ、精霊長さま!? お、お久しぶりですッチ!」
「うむ。久しぶりじゃのう。あんなに小さかった卯実ちゃんも、随分と大きくなって……」
はねたぬきは、彼女の隣にいる精霊……精霊長に、挨拶をしている。
「えっと、精霊長ってなに? あと、この人も魔法少女?」
奏蕾は、状況がよくわかっていない様子で、耳元でこそこそと聞いてきた。
「精霊長というのは、全ての精霊の生みの親のこと。──つまり、ワシのことじゃ。そして、こっちは……」
「初めまして。精霊長と契約し、主に、ここでその身辺警護を務めています、ミラージュシャインと申します」
「あっ! えーっと、初めまして! わたし、昨日卯実に拾ってもらった、奏蕾って言います!」
精霊長とミラージュシャインの自己紹介を受け、奏蕾も元気よく自己紹介を返した。
これでお互い名前を知ることはできたけど……しかし、向こうが渡して来た情報には、少し不足があると思った。
「……ミラージュシャインっていうのは、私のディープマリンと同じ、魔法少女としての名前。本名は、私も知らない」
だからちょっとだけ、私の方で補足した。
……しかし、考えてみれば、私も、精霊長と会うのはこれで二回目だ。
前に会ったのは、魔法少女として契約した日。
小学生の頃のことだから記憶が曖昧だけど、はねたぬきと契約する時に、彼に立ち会ってもらっていたんだっけ。
大抵の場合、魔法少女が精霊長と会えるのはそのタイミングくらいしかない。
精霊長というのは、会社や企業で例えるなら、多分、社長にあたる存在と言っていい。
世の中の会社の仕組みとかはいまいちよく知らないから、社長という例えが本当に合っているかはよくわからないけど……いずれにせよ、滅多に会える相手じゃないことは確か。
それなのにこうしてわざわざ直接会っているというのは、奏蕾がそれほど特異な存在だということなのだろうか。
「ほぇー。……ねえねえ、あの人って、強いの?」
私が内心で考え込んでいると、隣から奏蕾の呑気な声が聞こえてきた。
「……わからない。けど、多分、強いと思う」
彼女が戦う様子は、私はこれまでに一度も見たことがない。
だからその実力については、ほとんど知らない。
だけど、精霊長と契約している人が弱いというのも、なんとなく考えにくいような気がする。
「ふぅーん。……それならさ、卯実とどっちが強いのかな?」
奏蕾はその話題に強い興味を持った様子で、掘り下げるように尋ねてくるが、しかし私としては、残念ながらいまいちその話題にはちゃんと答えようがない。
「……ミラージュシャインは、私よりも先輩の魔法少女。その上、契約相手も、ただの精霊じゃない。私よりすごく強くても、不思議じゃないと思う」
あくまで、推測を重ねただけの、根拠の薄い憶測にすぎないけれど。
だったとしても不思議じゃない、という言い回しなら、それは全くの嘘にはならないはず。
「ディープマリン、あなたは相変わらずさり気なく自分を低く申告する癖が治っていないようですね」
ミラージュシャインが、急に私と奏蕾の会話に混ざり込んできた。
「自分のことを理解していないわけでもないのでしょう? であれば、余計なお世話かも知れませんがもう少し周囲に対して心を開いてみてはいかがでしょうか」
奏蕾は私に対して話をしているのに、どうして急に目の前から口を挟まれなければいけないのだろう。
「……何が、言いたいの?」
説教じみたことを言われてムッとしてしまったのもあり、口から出てきた言葉は、自分でも少しだけ驚いてしまいそうになるくらいに棘のあるものだった。
「当組織が魔法少女に対して怪異もどきの討伐依頼を通達する際、その発生場所や予測危険度を鑑みて、誰に任せるのかを判断します。その時、基準とするための便宜的な順位付けがあるという噂が、魔法少女たちの中で流れていることは、ご存知ですね?」
……魔法少女のランキング。
それは、私でも知っているくらいには、魔法少女の中で有名な話。
順位が高いほど、組織に対して色々強気に出られる反面、より困難な怪異もどきを回されやすいとされている。
公表されているわけではないから、その具体的な順位については極めて曖昧だけど……なんとなく、上位の層は大体こうなっているだろう、という予測は共通認識になっている。
「ご自身の順位については、どのように認識していますか?」
「……知らない。ここで教えてくれるの?」
私の、意図的に論点をずらした問いに対して。
ミラージュシャインは、静かに首を横に振った。
……まあ、それはそうだろう。
閉ざされた部屋の中で、他に聞いている人もいないとは言え、ここでそれを明かしてしまったら、それは組織内で完結する便宜的なもの、ではなくなってしまう。
魔法少女と組織というのは、あくまで、魔法少女が個々人で組織と契約しているだけ。組織からすれば、厳密には部外者だったりする。
そして魔法少女の順位付けというのは、本当に存在するとしても、公表されていない以上それは組織にとっては外に出してはいけない情報だと思う。
それは、組織にとって契約相手でしかない魔法少女が相手でも例外ではないはず。
今ここで触れたのも、かなりグレーなラインではないだろうか。
「……これはあくまで、魔法少女たちの中で流れる噂のお話ですが。魔法少女ディープマリンは、その順位において二番目に位置しているとされています」
だからこその、しつこいくらいの前置き。
そうして彼女は今、組織の一員としてではなく、単なる一人の魔法少女として喋っている。
……遠回しで、面倒。
私は、この人のこういうところが好きになれない。
自分の曖昧な立場を利用して、その時その時で、自分の位置を都合のいいように置き直す。
この人と話していると、こうして、立場や場合といった面倒なことを意識させられる。
「……そういうあなたは、相変わらず不必要に踏み込むのが好きなんだね」
腹立たしい気持ちはあるけど、だからといってまともに取り合うのは、労力の無駄。
言い返す代わりに、ちょっとした嫌味を向けてみるけれど、まるで効いていない様子で、表情ひとつ変わらない。
「二番目ってことは、二位ってことだよね!? 卯実って、そんなにすごかったんだ」
余計なことを吹き込むミラージュシャインの言葉に対し、話を素直に受け取る奏蕾を見ていると、私は、内心でこんなことなら来なきゃよかったと思い始めた。
「……噂話、なんでしょ?」
「はい。もちろん、ただの噂話です」
ゲンナリした気持ちを隠しながら、指摘するように言葉をぶつけてみるけど、やっぱり、あっさりと流された。
こうやっていつも冷静で、器用に流れを操る、私の苦手な人。
「──ところでさ、ミラージュシャインと卯実って、結局どっちが強いの?」
……だけど。
奏蕾の何気ない一言で、一瞬、彼女の表情が固まったかのように見えた。
「……」
私はともかくとして、意外なことに、ミラージュシャインもまた口を開かない。
「おそらくじゃが、ディープマリンの方が強いじゃろう。……お見苦しいところをお見せしましたのう。彼女は、プライドが高く、何事においても自分が劣ると認めることが許せないんじゃ」
精霊長の言葉に、ミラージュシャインが、ほんの少しだけ目線を下に向けてため息をついた。
その様子は、どこか不機嫌そうに見えなくもない。
……何度か、こうして話したことはあったけど。
彼女があんな風に、感情らしいものを見せたのは、私にとっては初めてだった。