「さて。それではそろそろ、本題に入りましょう」
気を取り直したミラージュシャインが、ノートパソコンのキーボードに手を置き直しながら話題を変えた。
「まずは確認からとなりますが、そちらの、奏蕾と名乗る方が、昨日ディープマリンが保護した未確認生物と同一の個体と見て間違いありませんか?」
最初に、前提となる事項の確認。
とても大切なことだけど、聞かれて初めて、そういえばそれをまだ言っていなかったということに気づいた。
「うん。間違いない」
「うん! 合ってるよ!」
質問に答えたのは、私と奏蕾がほぼ同時。
はねたぬきは、話の成り行きを見守ることにしたのか、静かに佇んでいる。
そしてミラージュシャインは、回答を受けてノートパソコンのキーボードを、手元に目を向けることなくカタカタと素早く入力していく。
これは、おそらくメモをとっているのだろう。
「……なるほど。では続いての質問ですが、次は奏蕾さんに質問します。あなたは、自身をどのような存在だと認識していますか?」
自己をどのように認識しているかの確認。
たしかに、それもまた重要な前提になる。
しかし、この質問は、その未確認生物が対話可能であることを前提とした問いでもある。
……よくそんな質問を用意していたな、と。
私は、そんなことを少しだけ思った。
「えーっと、どのような存在、って?」
ただ、奏蕾からすればその質問は聞き方が少し曖昧だったようで、小さく首を傾げながら聞き返した。
「……例えば、私やディープマリンであれば魔法少女、あるいは人間等が当てはまりますし、精霊長や、ディープマリンの精霊であれば精霊、となるでしょう。そういったような視点で、自分がどういった性質の生物……存在であるかについて、お尋ねしています」
おそらく、質問そのものを噛み砕いて伝えることは難しいと判断したのだろう。ミラージュシャインは、奏蕾の質問に対して、回答例のようなものをいくつか提示することにしたらしい。
「なるほど……それなら、わたしはドラゴンかな!」
そうして返ってきた奏蕾の回答に、ミラージュシャインはほんの一瞬固まったように見えた。しかし、すぐに気を取り直して、キーボードの上の指を動かし始めた。
「……つまりそれは、自身を人間ではないと認識しているということで間違いありませんか?」
パソコンを操作していた手が止まると同時に、真剣な眼差しで奏蕾を見据えながら、まるで確認するかのように、さらなる問いを投げかける。
「うーん……まあ、そういうことになるかな、うん」
彼女のその真剣な雰囲気に、奏蕾は少しだけ気圧された様子を見せつつも。
しかし、はっきりと肯定した。
一呼吸程の間を置いたのち、また、キーボードを叩く音が部屋に響く。
そして、それからまた少しの間をおいて、パソコンを操作する手が止まった。
部屋に静寂が満ちる中、ミラージュシャインはさらに少し考える仕草を見せて、それから改めて奏蕾を見た。
「……さらにお聞きしますが、あなたの言うドラゴンという存在は、異能と関わりのあるものですか?」
眉間に軽く皺を寄せ、頭の中で色々と考えていそうな雰囲気のミラージュシャインとは対照的に、奏蕾は、なんのことやらさっぱりわからない、とばかりに首を傾げた。
「うーんと、異能っていうのは、なに?」
……そんな、奏蕾の言葉を聞いて。
私は一人、そういえば奏蕾は異能という概念にはまだ触れたことがなかったのか、と、そんなことをふと思った。
「……異能というのは、ごく稀に発現する特殊な力のことです。具体的な原理や仕組み等はまだ解明されていませんが、後天的に獲得することは不可能であり、生まれつき備わっているものであるということは分かっています」
特に何かを見るでもなく、ミラージュシャインは暗唱するようにしてすらすら答えた。
「質問の意図としては、その異能に関係のある……例えば、異能によって創り出された、あるいは改変された存在ですか? ということです」
説明を経て、質問の内容まで詳しく補足したことで、奏蕾もひとまずは理解できたような仕草を見せた。
……そして。
「ううん、違うよ。わたしはわたし、本物のドラゴンの、奏蕾だよ!」
奏蕾は胸を張って、自信満々に言い切った。
……ミラージュシャインの手は、キーボードの上に乗ったまま、動かない。
「──ふむ。さて、ではワシからも質問をしてもいいかのう?」
自分の耳で聞いたことをそのままキーボードで入力するべきか葛藤していそうなミラージュシャインの姿を横目に、精霊長が口を開いた。
「うん、なんでも聞いていいよ!」
奏蕾は特にこれといって気負った様子もなく、素直に応じた。
「では、そもそも。自分のことについてどのくらい知っているのか、お聞かせ願えますかのう」
多分気のせいだと思うけど、その質問をする時、精霊長の柔和な雰囲気の中に、ほんの少しだけ、緊張のようなものを感じた気がした。
「うーん……全然わかってない、かも? そもそも、わたし昨日生まれたばっかりだし」
奏蕾の回答に、精霊長は何かを納得したのか、深く目を閉じると何度か頷いた。
「……ならば、仕方なかろう。これ以上問うてみても、新たに判明することは特にないじゃろう。ワシの目で見たところ、彼女は確かに人間ではない。そして、異能による仮初の存在というわけでもない。彼女は、ドラゴンという、この世界においては全く未知の生物であるようじゃ」
精霊長の言葉を聞いて、ミラージュシャインは何度か瞬きをすると、ため息をつき。
固まっていた肩から力を抜いて、またキーボードの上の手を動かし始めた。
「質問への回答、ありがとうございました。……それでは続いて、これからのことについて、相談していきましょう」
ミラージュシャインは私を見て、それから続いて奏蕾を見た。
「現時点でのご希望、ご要望などはありますか?」
これは、魔法少女が身寄りのない子供を保護した時などに行われる、質問の流れだ。
もし親族などがいるのなら、そちらへの連絡が優先されるけど、時折、そうでないこともある。
例えば……怪異もどきによって身寄りを失い、一人になってしまったところを魔法少女が助けた場合、とか。
組織には、孤児院としての側面もある。
だからそういう場合は、基本的には組織によって保護されることになるのだけど、本当にそうするのか、あるいはその際にどのように扱うか、それは本人に希望をとってから決定する。
……これは、おそらくそれを確認するための質問だ。
「わたしは、卯実といたい」
質問に対する奏蕾の答えは、案の定というか、なんというか。
昨日、私が聞いたものと同じだった。
ミラージュシャインはその回答に対して何かを口にすることもなく、スッと私の方を見た。
……ここで拒否すれば、奏蕾は組織によって保護されて、私はまたこれまでと同じ生活に戻ることができる。
共同生活という選択は、両者が肯定的な意思を示さなければ成立しない。
……少なくとも、組織はそのように考えて規則を設けている。
私は、どうするか。
いや、どうしたいか。
はねたぬきは、何も言わない。
こういう場合は、当人と魔法少女の意思が尊重されるものであり、精霊は口を出すべきでないものということになっている。
……チラリと、盗み見るようにして奏蕾を見る。
奏蕾は、疑うとかそういうことを全く知らないとでも言うかのような表情で、私の回答を待っていた。
「……私も、一時的な共同生活を希望する」
生活の様式が変わるのは、面倒だ。
騒がしいのは、あまり好きな方ではない。
だけど、自分以外の誰かと生活をすることの温かさを、時折、自分で作った料理を食べながら、ふと思い出すことがある。
……少しだけ、奏蕾の顔を見ていたら、そういう騒々しい明日を選んでみるのも案外いいかも知れない、なんて。そんな風に、ちょっとした気の迷いを起こしたのだった。
私の答えを聞いて、ミラージュシャインが、わずかに目を見開いたように見えた。
「……一応、こちらで保護することもできますが」
せっかくの提案ではあるけど、私は、黙って首を横に振った。
「では、こちらで手続きをしておきます。後日、署名や印鑑等が必要な書類を送りますから、その際に改めて確認してください」
ミラージュシャインの言葉に、今度は首を縦に振る。
そして、またもチラリと隣を見てみたら。
先程真っ先に自分の希望を伝えた奏蕾はといえば、どういう話になっているのかいまいちついて行けていないような様子だった。
「さて、それでは学校についてはどうしますか? 現在、ディープマリンは高等学校に在学しています。この場合、登校中は奏蕾さんを家に残す形になるかと思いますが」
私が学校にいる間、一人にするのは……多分、奏蕾は嫌がるだろう。
実際、その言葉を聞いて奏蕾は、どこか不安そうにこちらを見てきた。
……奏蕾の保護は、単に子供を保護するのとはわけが違う。
ドラゴンとかいう未知の存在であり、要観察対象でもある。
無責任に、目を離すことはできない。
「私と同じ学校に、奏蕾を通わせることはできますか?」
一瞬、ミラージュシャインは考えるそぶりを見せた。
……が、それからすぐに口を開いた。
「……特例として、組織で手続きを行いましょう。明日までに手続きをしますので、実際に学校に通うことができるのは明後日からという形になりますが、それでよろしいですか?」
戸籍のない……それどころか人ですらないものを、明後日から学校に通うことができるようにする。
それがどのくらいの手続きで可能になるのか、そもそもそれが可能なのか、私にはまるでわからない。
……けれど、すると言ったからには、するのだろう。
学校というものが何なのかよくわからないけど、なんか一人にならなくて済むらしい……くらいにしか理解していなさそうな様子で嬉しそうに安心している奏蕾を横目に。
ダメ元で無茶を言った私は、静かに胸を撫で下ろした。
「あとは……そうですね。これは、ついでなのですが」
内心では、すっかり話が終わった気になっていたところだったけど。
ミラージュシャインが、まだ何かあるように口を開いた。
「配信のサポートについて、契約を変更しましょう。既に何度かお伝えしていることではありますが、現状では、こちら側の取り分が歪な比率で多い状態になっています」
……そんなもの、あったっけ。
記憶を辿ってみると、なんかあったような気がしなくもない。
その手のお知らせは、面倒なだけだし、特に読まずに捨ててしまっているから、あまりよくわからない。
「……面倒だから、このままで」
私は、そう言いかけたけど。
「──ダメです。このままでは、当組織の配信補助制度について、不要な風聞を招くことが予想されます」
……噂を悪者のように言うけれど、少し前に、それを盾にしたのは誰だったか。
「ここまで来たついでですから、ぜひ済ませて帰ってください」
その場で何枚もの書類を渡され、あまりの面倒さにゲンナリしながら。
私は、やっぱり、この人は好きになれないなと再認識した。