傀儡魔術師は人形が作れない 作:傀儡使いは強キャラ定期
初めて
お互いに距離を測りかねていた
まだ幼かった私がよく見ていた日曜朝の魔法少女アニメのヒロインのフィギュア。義兄の部屋にあったそれは、CMで流れる子供向けのものではなく、どちらかといえば大人向けのちょっとえっちな造形をしたものだった。
幼い私にはそれは衝撃的だったし、その造形もさることながらショーケースの配置もまた美しかった。えっちな女の子の周りにいる醜悪なヴィランたち。
あれを見た時に、私の性癖は捻じ曲がってしまったと言っても過言ではない。
目を輝かせていた私を見つけた義兄は、慌てて私を部屋から追い出したけど、それでも私はあの光景を忘れなかった。
言うなればそれが私の原体験、というやつだったのだ。
「わっからーん!!!」
私が思わずそう叫ぶと、隣の部屋との壁がドンと強く殴られた。普段は温厚な隣人も、ここ数日のスランプで幾度となくうめき声をあげる私には堪忍袋の緒が切れたらしい。
思わずぐでっと背もたれから腕を放り出した私は、卓上の時計をぼんやり眺める。
二十時半。
「うわぁあ!? 夕食終わる!?」
ドカンとさっきより強く殴られる壁に「ごめーん!」と返事を返しつつ、私は慌てて部屋を出た。
宿の食堂は二十一時までなのだ。二十三時までは簡単な酒とツマミくらいは提供してくれるが、まともな食事は期待できない。この世界で食事を逃すなんてとんでもない!
つんのめるようにどったんばったん階段を駆け下りて、人の少なくなった食堂に何とか駆け込んだ。
――これは、一人前の傀儡魔術師を目指す美少女こと私の物語だ。
(あっ、このへんにどーん! ってタイトルお願いします! どーん! って。……え? タイトル設置工事は受け付けてない? そこを、そこを何とか!!)
「おはようございま~す」
ふわあ、と大あくびをしながら私は朝の食堂にやってきていた。
「おはよう、アリス。アンタ夜中に騒ぐのいい加減になさいな」
「うっ! ……ごめんね巴ちゃん」
寝ぼけ眼で食堂にきた私に鋭い一撃を浴びせたのは巴ちゃん。私――彼女に呼ばれた通り名前はアリス――と同じくこの世界の
背はそこそこだけど胸はあんまり大きくな「こら、また変なこと考えてるでしょ!」「か、考えてないよ!?」それなりに大きくて、寒色系の和装のいでたちをよくしている。ちょっとがみがみうるさいこともあるけど、頼れるフレンドなのだ。
私は女将さんから朝食――パンとスクランブルエッグ、サラダとスープのセット――を受け取って、巴ちゃんの向かいに座る。この宿に決めたのはスポーン位置がこの宿だったからだけど、ご飯が美味しくて離れられないところがある。
巴ちゃんはフォークを握った私を見て深々と溜息をつくと(失礼では????)、諦めたように聞いてきた。
「それで、
「そう、そうなの! 聞いて巴ちゃん!!」
「うるっさ……。わかったから、ちゃんと聞くから声を落としなさい!」
「あっはい……。聞いてよ巴ちゃん。人形作りがうまく行かないの!」
「
「うわーん! なかなかうまく行かないよぉ!」
そうなのだ。うまく行かないのは、人形作り。
私の戦闘スタイルは傀儡魔術師という、言ってしまえば人形を操って敵と戦うタイプの魔法使いなのだ。どんくさいなりに頑張って街のすぐそばでなら戦えるようにはなってきたくらいだから、お世辞にも強いとは言えないけど。
もっとも、今使っている人形は街で見かけた玩具店で買った既製品だから、どうしてもすごい性能があるというわけじゃあない。どうせいずれ交換するなら、私が作った人形を使いたいのだ。
きっと、あの日見た光景に近づくための第一歩だと思うから。
「……たぶん、もうちょっと手になじむ糸があればもう少しうまく行くんじゃないかなー、と思うの」
「そこで
「ぐぅっ……。その節はご迷惑を――」
この世界はゲームだから、生産には難易度が設定されている……。そんなことも知らなかったのだ。一月前の私は。レア度の高い素材があれば人形もきっと成功すると信じていたのだ。
ぎゃんぎゃんわめく私にゲームのいろはを叩きこんでくれたのが巴ちゃんで、私は頭が上がらない状態なのだ。
「はぁ……。今日も市場で素材を探そうかなぁ……」
「今日は森で蜘蛛狩りするつもりだけど、よければ一緒に行く?」
「巴さま!???????」
蜘蛛、蜘蛛と言えば当然ドロップは糸だ!
「ま、たまにはいいでしょ。パワーレベリングにはならないし、たまには違うことしないとモチベーション維持できないものね」
「わぁい! ありがとう巴ちゃん!」
新しい糸が手に入ったらやりたいことはいろいろあるのだ! 裁縫で使いたいのはもちろん、傀儡魔術で使う糸を交換してどうなるかも試してみたい!
私は新たなる未来を見据えてにやにやしながら朝食を食べていく。今日のスープはキャベツのコンソメスープだった。柔らかく煮えたキャベツの甘味とコンソメがよく合ってほっぺたが落ちそうになる。パンを浸してやればなおさらだ。
何でもこのゲームはお約束の中世ヨーロッパ風の世界観を踏襲しながら、暮らしていくうえで現代人が不快に思う要素は排除しているとのことで、普通に美味しい料理が食べられるのだ。
寝ている間に美味しい料理を食べて、楽しく遊んで、夢に向かっても邁進できる。これほど初めてよかったと思うゲームもない。
「ほら、あんまり慌てて食べると喉詰まらせるわよ。蜘蛛は逃げないんだから落ち着いて食べなさいな」
「
「……食べ終わってから話せ」
「もぐもぐ……ごくん。はい……」
「食べ終わったらギルドに行って準備してから向かうわよ」
「はーい!」
ビシッと手を上げると、巴ちゃんは呆れたように笑った。
「でもいいの? 巴ちゃんはもうちょっと強いところで戦う方がいいんじゃないの?」
「いや、別に私は経験値稼ぎに没頭してるガチ勢じゃないからね? それに、いま受けてるクエストで木材が欲しいって言われてるのよ。木こりは手伝ってもらうわ」
「サー! イエッサー!」
「それから多少素材集めに協力すれば夜静かになるならやぶさかじゃないもの」
「うっ……ゴメンナサイ……」
「気をつけなさいね、本当……」
優しい巴ちゃんは、最後はやっぱりジト目だった。
「ふ~、やれやれ。今日の採取も大変だったなあ」
たくさんの蜘蛛と戦ったし、木こりをしていると猿の魔物も出てきて大慌てで戦ったりもした。巴ちゃんは必要な分の木材を集められたし、私も結構な量の糸を手に入れることができた。いらない素材はギルドに納品もして貢献度もちょっとだけ稼げた。
珍しく今日の冒険は大成功だったと言えるのではないだろうか!
「明日もうまく行くといいなあ……」
現実ではできない失敗をいくらでも積み重ねられるとはいえ、やっぱり成功した時は楽しいのだ。できれば毎日ハッピーな気分で終わりたい。
そんなことを思いながら私は今日の戦闘で手に入れた糸を取り出した。白くてすべすべの糸がどれくらい難しい素材なのかはわからないが、巴ちゃんが紹介してくれたのだからきっとそれほど難しい素材ではないだろう。
「よし、さっそくこれで人形を縫ってみよう!」
私は早速糸を通した針を手製の人形に突き刺して――手元の人形はなぜか爆発した。
「な、なんでええええぇぇぇーーーーーーー!??????」
いらだたしげに隣の壁がドン、と鈍い音を立てた。
■TIPS:『明晰夢』■
アリスや巴がプレイしている睡眠時起動型VRMMO。
起動時間が固定されており、二人は午前二時から午前四時起動の牡牛座サーバーで遊んでいる。
体感速度は十二倍で、現実とゲームの世界を交互に繰り返すゲームデザインになっている。
広大な世界の割には
■TIPS:成長システム■
『明晰夢』では巡礼者の成長は熟練度のみで表される。
ジョブやレベルといった指標がないため地道な努力が必要になるが、やろうと思えばどんなことだってできると言い換えることもできる。
ちなみに生産時あまりにも熟練度が足りないと稀に爆発する仕様がある。
アリス:傀儡魔術師を目指す少女。MMO初心者。
巴:長物を得手とする前衛型の少女。面倒見はいい。