教授が退出すると、講義室はにわかに騒がしくなった。
大学の2限目が終わり、昼休み。荷物をまとめて足早に出ていく者もいれば、友人と談笑しながら昼食を広げ始める者もいる。
俺はテキストやノートを手早くナップサックに放り込んで席を立った。
今日の分の講義は午前で終わりなので、あとは帰るだけだ。
講義室を出たところで、友人と鉢合わせた。
「おう、ハル。これから学食行かね? 今日のメニューにカオマンガイがあるぞ」
何ともまあ魅力的な提案だった。しっとり茹でた鶏肉と、その旨みがたっぷり染み込んだライス。間違いなく美味い。
別に急ぎの用事があるわけでもない。
——しかし。
「……悪い、午後イチからバイト入れちゃってるんだ」
結局俺は、カオマンガイの誘惑を振り払った。
「そっか、んじゃまたな」
「お疲れー」
特に気を悪くした風もなく去っていく、友人の背中を見送る。
少し罪悪感が湧いた。というのも、バイトを入れたというのは方便、有体に言えば嘘だからだ。
今の俺にはできるだけ早く帰りたい理由があった。
早く帰らないと、あの同居人、というか居候が何をしでかすか分かったものではない。
大学構内の雑踏をすり抜け、俺は駐車場へと向かう。
この大学に通う学生、あるいは教職員のみが利用可能な駐車場は、そこそこ立派なもので、屋根もある。
その駐車場の奥まった所は自転車やバイクを停めるためのスペースになっており、俺の愛車もまたそこに並んでいる。
YZF-R3——ヤマハ製のスポーツタイプのオートバイだ。
高校3年の時から乗っているから、もう乗り始めて3年目になる。通学やバイト先への通勤、ツーリングまで、俺の生活からこいつがいなくなることは考えられない。
ついこの間、とある事件に巻き込まれて大立ち回りを繰り広げた時も、こいつが無ければ俺は無事では済まなかったと思う。
いつものようにYZF-R3にまたがり、エンジンをかける。
力強く軽快な音でエンジンが唸る。
右手を捻り、進み始めたYZF-R3に身を任せ、俺は大学を後にした。
俺の通う大学は、某県の地方都市にある。都市とは言っても周囲は山に囲まれ、秋になればそこかしこから鹿の鳴き声が聞こえるような田舎だ。
大学進学を機にこの町で一人暮らしを始めた俺は、大学からバイクで十分少々の所にアパートを借りた。
大学二年生になって大学生活も板について来た気がする。
実家からの援助とアルバイトで、ありがたいことに不自由の無い生活を送らせてもらっていた。
——ほんの数日前までは。
◆◆◆
田植えが終わり、伸び始めた稲が行儀良く並んだ田んぼの横を通り、昔ながらの商店街を抜けた先に、俺の住むアパートがある。
老夫婦が大家をしているここのアパートは、学生向けで、かなり破格の値段で借りることができた。
六畳のワンルームは、大学生が一人暮らしをする上で必要十分な広さだ。
いつものように駐車スペースにバイクを停め、部屋へと向かう。
扉を開けると、醤油出汁の香ばしい匂いが漂ってきた。
あいつ、まさか……。
「霊夢? 何食ってる?」
部屋に上がると、赤と白の巫女服のような装束を来た少女がカップ麺を啜りながら俺を迎えた。
「あ、おかえり。お腹空いたから、先にいただいてるわよ」
テーブルの上のカップ麺は、友人からもらった地域限定のお高めのやつ。棚の奥に隠しておいたのに!
「棚を漁ったら見つけたのよ。お湯を注ぐだけでこんな美味しいものが食べられるなんて、ほんと便利よねぇ」
肩を落とす俺に投げかけられる、霊夢の呑気な声。
とりあえず、昼飯を作ろう。冷蔵庫の中身は何かあっただろうか。
ライダースジャケットとヘルメットを置いて、台所に立つ。
「しょっぱいもの食べたから、少し薄味なものがいいわ。里芋の煮転がしとか」
「んなもんはない」
まだ食う気か、こいつは。
居候のくせして、なぜここまで厚かましいのか。
彼女こそが、俺の頭を悩ませる居候。
そして、俺——小泉治明の命の恩人でもある、博麗霊夢である。