「合言葉は当然?」「力こそジャスティス…!!」 作:あいいろ ののめ
あたしがその子と出会ったきっかけは、トモシビだった。
「トモシビ?…うん、もちろん知ってるよ!ミアレで見ても結構お洒落なアイテムが多い服屋さんだよね」
「…!うん…」
その子は、ルミヤは光みたいな女の子だった。
例えるなら陽光、穏やかな朝の陽射しのような金色の髪をサイドテールにまとめた女の子。
その子の隣にはいつも、ふよふよと宙を泳ぐ丸っこいポケモンが隣にいたことを覚えている。
「この子はマーイーカだよ、わたしの引っ越してくる前の家で近くに落ちてたの!」
「…落ちてた?」
「そう!」
話を聞くと彼女の昔の家は海辺の街で、海から上がってきて倒れたマーイーカを助けたら懐かれてしまったのがきっかけだった…と。
まさに一心同体。そんな風に感じて彼女とマーイーカが羨ましいと言うと、そんなことないと彼女は笑った。
「だって…ムクちゃんも居るでしょ? ヒトモシちゃん!」
「モっ!?」
「あ…また逃げちゃった…」
「ゴーストタイプのポケモンに自分から触っちゃダメ、命が吸われちゃうから」
このヒトモシが特別臆病なのもあると思うけど。どうやら彼女のスキンシップは興味心が先に来るせいか、ヒトモシは少し怖いみたい。
そういう意味で彼女のマーイーカの方は明らかに人馴れしている。
初対面のときも彼女のブロンドヘアの上にちょんと乗ったマーイーカは彼女の握手を真似て、その白くて細長い腕のようなものをこちらに伸ばしていた。
………だけど。
…………だけど、その幸せは、長く続かなかった。
「…先に言わないと不公平だと思うから言ってあげる、逃げるなら今のうちだって。
これでもわたし、けっこう強いんだよ?」
そう言って、その女の子は不敵に笑って魅せる。
いつかのときその子はモデルは笑顔が大切、なんだって言っていた。
彼女も怖いはずなのに、怖くないはずが無いのに。
彼女が背中を向け、見上げたのは見たこともない大きな野生の鳥ポケモンだった。
赤や青のリボンみたいなたてがみがあって、すごい剣幕で怒っているのか、目につくもの全てを吹き飛ばすような風が吹いてて、それで、それで、それで………。
「行くよ。マーイーカ、コイル、コマタナ」
それで、それで……。
「マーイーカ、コイルとサイドチェンジ!!コイルごめんね、今だけ耐えて!
よしコイル、でんげきはっ!コマタナはタイミングを計って……おいうち!!
マーイーカはそのケガしてるポケモンを少しのあいだ護ってあげて!
……!コイル、ボルトチェンジ!帰ってきたらそのままムクちゃんの元に!
そしたらふいうちを…今っ!…良いよコマタナ、そのまま向こうの敵意をこっちに向け続けるよ!!
マーイーカ、もう一度コイルにサイドチェンジ!ケガした子をムクちゃんの近くに集めて護りやすい形にっ!!
…よし、これで攻めに回れる。でんき技なら確実に削れるはずだから…ここからはコイルの無茶を最低限に……」
暴風の中、彼女の声がずっと響いていた。
近くで巻き込まれてケガをしたポケモンたちが身を寄せている。
それで、それで……。
「危ない、ムクちゃんっ!!」
そう彼女が言った時には、何もかも遅かった。
「知ってる? この前緊急搬送されてきた子」
「ええ、そこそこ有名なモデルの娘さんなんでしょ?…トモシビの新しい宣材写真のポスター見たことあるわ」
「ヒソヒソ…なのに、ねぇ…。あんなケガじゃもう…」
「この前お母様が御見舞いに来てたけど、部屋から怒鳴り声が聴こえたって噂よ。なんでもポケモンは危ないから手放しなさいって」
近くを通り過ぎた看護婦の言葉に耳を塞ぎたくなる。逃げるように早足でその場を後にして、わたしは病室の扉に手を掛けた。
―――綺麗で清潔な白い一室。
窓の外には蒼空が拡がっていて、窓際の寝具には外を眺めて黄昏れる少女。
「おはよう、ムクちゃん」
「…おはよう」
あたしが何を言うか迷う間に、ルミヤは窓の外を眺めたまま挨拶をする。その腕は包帯でぐるぐる巻きにされ、彼女がベッドから起き上がる素振りは無い。
「いやあ、ごめんねムクちゃん?…こう見えて実は首を動かすのも大変で、できたら窓側の椅子に座ってくれると話しやすくて助かるのだけど…」
「……なんでそんな平然としていられるの」
「へ? なにが?」
彼女がとぼけているのは明白だった。
「なにがじゃない、あんな危険な事をしたせいであんたは夢を諦める事になった」
「…夢を諦める?…ムクちゃん、私の顔を見て話してよ。
ほら、私の顔には傷ひとつ無いでしょ?包帯がちょっと大げさなだけで、すぐ元気になるんだから…」
「なんでそんなウソを吐くの」
「……嘘じゃないよ。夢を諦めるつもりは無いし、やりたい事はいっぱいあるからはやく元気にならないと…」
「ふざけないでッ!!」
「っ!?」
病室いっぱいに自分の声が反響してた。
でも彼女の声には抑揚が無かった。いっぱいの歯車で動く人形の全部が空回りしているような、そんな感覚。
まるで魂の抜けたような、覇気を感じられない言葉の数々。今のルミヤにはどんな言葉も届かないような気がして。
「どうしたの、ムクちゃん?」
それで、むしゃくしゃしてつい言葉を荒げてしまったのだ。
「…っどうしたのじゃ無い!あんたが火傷を負ったのはあたしが弱くて動けなかったせいでしょっ!
なのにっ!あんたはどうしてそんないつも通りでいられるのっ!?」
「ムクちゃん……」
「っ、ごめん、もう帰る…」
そんな事が言いたくて来た訳じゃ無いのに。感情を制御できない自分に嫌気がさしたあたしは逃げるようにその場を後にした。
―――…ムク、部屋に居ますか?」
暗くなった部屋の中で抱え込んだ膝の上に顔を乗せて後悔していると、扉の向こう側から兄の声がした。
「…今は話したくない。」
「ですがムク…」
兄はいつもそうだ。
人の話は聞かないし、動き出せばサイホーンのように止まらない。あたしがこうしている理由だって……。
「…ムクがそうしていたいと思うのには理由があるのでしょう。しかしいつかお腹は空きますし、ヒトモシ達も心配すると思います」
「…」
「ですからムク、元気になったら一緒に鍛錬しましょう!」
は……?
「強さでは解決できませんが、強さがあれば大切なものを守れますから」
「…………」
「お腹が空いたら出てきて下さい、ムクのために兄がなんでも好きな料理を作りますよ!」
(……。…兄の料理がまともに成功したことなんて一度もない癖に。)
「………」
……静かになった部屋に、一人。
「………」
あたしが、奪ったんだ。
あたし臆病だったばかりにルミヤの身体に消えない傷をつけ、ルミヤからポケモンを奪い、ルミヤの夢を奪った。
どうしようもない、どうやったって償えないのだから。
『強さでは解決できませんが、強さがあれば大切なものを守れますから』
頭に思い浮かぶのは、最近兄が煩いぐらいに繰り返す言葉。
『力こそパワー、力こそジャスティス』
あたしがあの時に挫ける事が無ければ。あの瞬間恐怖に竦む事が無ければ。ルミヤを助けられるほど強く在ることが出来ていたのなら。
後悔を繰り返さないための強さ、それがあたしの持った決意だった…―――