空間の品格を保ち、時間を創り出し、ご依頼者が本当に大切なことに集中できる環境そのものを整える――それが執事の本分です。
執事の第一の技能は、掃除でも給仕でもなく「観察」です。あらゆる情報から次に必要なことを察し、言葉にされる前に動きます。頼んだことをこなす人ではなく、頼む前に整っている状態をつくる人。それが執事です。
ご依頼者の一日、一週間、一年を見渡し、生活の質が最も高まるように差配する。この統括性こそが、他の職種にない執事の独自性です。
――全日本執事協会のウェブサイトより抜粋
◇
「では最後に、お前たちにとって私とは、どのような人物だ?」
モモンガが尋ねた。
それぞれに答えを返す守護者たち。
絶対の、至高の、端倪すべからざる、美貌の、叡智の、優しさの……。
並べられる美辞麗句に、セバスだけは、ほんのわずか、誰にも気付かれない程度に顔をしかめた。
それは小さなバタフライだった。
やがて、モモンガが名前を読んだ。
「セバス」
セバスの順番が来た。
恭しく一礼してから、セバスはまっすぐにモモンガを見た。
どういう人物だと思っているか聞かれたから、どういう人物だと思っているのか答える――そんな程度の低いことでは、執事として失格である。
深い反省の念を内に秘めて、セバスは口を開く。
「ご不便をおかけして、申し訳ない事でございます」
腰を折って深く頭を下げたセバスに、モモンガのみならず守護者たちまでポカンとした。
言っている意味が分からない。
その空気を察して、セバスは説明を始めた。
シモベたちに理解を促し、モモンガの意思を通しやすくすること。
そうした環境整備も、執事の務めなのだ。
「モモンガ様がシモベからの評価・反応を気にしておられるという事は、それ次第では、なさりたい事を我慢されるということ……。
御方がなさりたい事をなさる、そのための環境と時間を作り出すことこそ執事の務めなれば、御方が『我が意にそぐわぬ反応があるかもしれぬ』などと気にされた時点で、執事として働きが不十分という証拠でございます。
深く反省し、二度とこのような事がないように務めて参ります」
おお……。
誰かの声が漏れた。
いや、誰かではない。
全ての守護者たちが、声にならない声を、思わず息を吐くように漏らした。
セバスの言うことが、あまりにも正しいゆえに。
「モモンガ様。察しの悪いこの執事めに、何卒ひとつだけご教授ください。
モモンガ様は、我々シモベに、どう思われたいのですか?」
支配者としてシモベに命令してよいものか?
シモベの反感を買わないか?
反乱を起こさないか?
そんな事ばかり心配していたモモンガにとって、これは忠誠心を確認するためだけの質問だった。
ガチすぎる狂信的な忠誠心を向けられて困ってしまったモモンガに、セバスの言葉は唯一の安心材料として染み込んだ。
そして、改めて考える。
自分にとってシモベたちは、どういう存在なのか?
自分はシモベたちに、どう思われたいのか?
「……お前たちは、我が友が残していった子供たちだ。
唯一絶対の支配者として崇め奉るのではなく、共に笑い、共に楽しみ、共に苦難を乗り越える……私はお前達と、そのように在りたい」
モモンガの答えを聞いて、守護者たちはむせび泣いた。
自分たちを単なる「御方々の道具」程度に定義している守護者たちにとって、創造主の子供という評価はあまりにも高すぎた。
望外の喜びである。
狂喜乱舞などでは到底足りない。
表現する方法すら分からず、持て余し、ひたすら滂沱の涙があふれるばかりだ。
振り絞るようにして全力で言葉を探し、アルベドが跪く。
「いと尊き御方。我ら全ての忠誠を捧げ――」
「アルベド様。違います」
セバスが遮った。
ギラリと殺意さえこもった目が、セバスを捉える。
だがセバスは意に介さなかった。
「モモンガ様は『服従』をお望みではございません」
そして、シモベたちにも分かりやすいように言葉を整える。
「それでは『足りない』のです」
その一言が「不敬だ」との反論を封じ込めた。
「モモンガ様は、我々に『隣に並び立つ』ことをお望みでいらっしゃいます。
ただ『下について従う』だけでは『足りない』のです。
捧げるべき働きの量は、もっと膨大です」
ハッとしたアルベド。
いや、アルベドだけではない。
全ての守護者たちが、雷に打たれたような顔をした。
さらに、モモンガが口を開く。
「よく言ってくれた、セバス」
小さなバタフライは、徐々にその影響を広げていた。
誤字報告を頂きました。
感想代わりにここすき連打様
ありがとうございます。