ナザリックを表に出す。
いよいよ、そのための重要な作戦が動き出した。
すなわち、帝国に情報をリークして――フールーダを従わせてジルクニフを誘導し――ワーカーを呼び寄せ、撃退する作戦だ。
ワーカーたちがナザリックの近くにある丘陵の上に陣取り、突入前の最後の休息をとっていると、そこへセバスがやってきた。
ちなみに、このワーカーの集団には、ソーイは混じっていない。ゲヘナ作戦でセバスやアインズとのつながりを公表してしまったので、ここに混ざると「自分の家だというのに黙っていてワーカーを警備兵に襲わせた」というわけのわからない状態になってしまうからだ。
「はじめまして、わたくしはあちらに見えますナザリック地下大墳墓に住んでおりますアインズ・ウール・ゴウン様の執事で、セバス・チャンと申します。
皆様のことは、しばらく前から気づいておりました。どうやら『どこかへ行く途中』ではなく、このナザリックを目指してこられたご様子。
お招きした覚えはございませんが、何かご用でしたらわたくしが承ります」
神官のように柔らかい物腰でありながら、その立ち姿は戦士のように力強く、しかも上等な服装に、いかにも上流階級らしき品格あふれる振る舞い。
アルシェを除けば執事というものに縁がないワーカーたちは、それでも「只者ではない」と理解した。
「住んでいる?
あの墳墓には、人が住んでいるのですか?」
「あなたは?」
「『フォーサイト』のヘッケラン・ターマイトです」
「ターマイト様。よろしくお願い致します」
「あ、はい……」
「ご質問から推察いたしますに、住人がいない遺跡として調査に来られたご様子。
ですが、先ほども申しました通り、あの墳墓――ナザリック地下大墳墓には、わたくしどもの主アインズ・ウール・ゴウン様が住んでおられます。墳墓の形をしておりますが住居ですので、皆様がこのままご予定の通りに調査へ入るとなりますと、それは『他人の屋敷に無断で侵入する』という事になりますので、この付近――王国・帝国・法国のどちらにおきましても、犯罪に当たるかと。
もちろんわたくしどもも、そのような行為は歓迎しておりませんので、どうしてもと仰る方がおられましたら、こちらとしましても手荒い対応になってしまうこと、ご了承ください」
「しかし、なぜわざわざ墳墓に住んでいるのであるか?
執事殿の身なりの良さから察するに、普通に豪邸に住めるのではないかと思うのだが」
「あなたは?」
「『ヘビーマッシャー』のグリンガムである」
「グリンガム様。よろしくお願い致します」
「うむ。よろしく頼む」
「ご質問の答えですが、この墳墓はもともとダンジョンだったものを制圧・改装したから、という事になります。
従って内部にはモンスターが出現します。わたくしどもは、それを警備兵として利用するべく放置しておりますので、無理に侵入なさいますと殺害される可能性がございます。
どのような事になりましても、わたくしどもは一切責任を負いかねますので、ご了承ください」
「『竜狩り』のパルパトラ・オクリオンしゃ。
儂からも質問よいかの?」
「どうぞ、オクリオン様。……発音から察しますにオグリオン様、でしょうか?」
「うむ。80も超えて前歯か無いのての。聞き取りにくい点はこ容赦願いたい。
それて……儂らはここか遺跡と聞いて来たのしゃか、おぬしは住居てあると」
「はい」
「そう聞いたのて、そのまま報告します、というのては、儂らはワーカーとして仕事にならん。
依頼主はこれほとの人数を雇って調査させようとしたのしゃ。証拠のひとつも持って帰らねは納得するまいて」
「正式な使者を送っていただければ対応いたしますが、遺跡のつもりで調査にお越しになった方々に『住んでいる証拠』としてお渡しできるようなものは何もございません。
そもそも、何をお渡しすれば『住んでいる証拠』になるのでしょうか?
それに、ワーカーというと帝国の冒険者……組合に登録していない方々ですね? となると依頼人については守秘義務がございますでしょうから、お尋ねしたところで、どこのどなたであるとはお答えいただけないでしょう。そのような正体不明の人物に対しては、わたくしどもと致しましても歓迎いたしかねます」
住んでいる証拠どころか、ワーカーたちが墳墓に到達した証拠さえ、ナザリック側には渡す理由がない。
ハロウィンに訪れた子供じゃあるまいに。
「ですので、どうしてもと仰るなら、どうぞ挑戦なさってください。
重ねて申し上げますが、手荒い対応になりますし、死ぬ可能性がございます。
また、どのような結果になりましても、わたくしどもは一切責任を負いかねます。
……他にはよろしいですか? ……では、わたくしはこれで失礼いたします。皆様どうぞお気をつけてお帰りください」
セバスはきれいに一礼して去った。
ワーカーたちは「どうする?」と顔を見合わせた。
まず口を開いたのは「天武」のエルヤーだった。
「私は挑戦しますよ。どれほどのものか見てやろうじゃありませんか」
余裕の発言である。
だが本心では、真っ先に挑戦を表明することで、あとに続くワーカーが出て来やすいという計算があった。自分たちだけで挑むより、他の挑戦者も居たほうが、モンスターの攻撃が分散するだろうという戦略である。
これを皮切りに、ワーカーたちは全員挑戦することになる。
誰か1人でも挑戦するなら、素直に帰って使者を送るようにと報告したところで、依頼人から「関係をこじらせた」と文句を言われるだろう。であるならば、出現するというモンスターを倒して少しばかり稼いでいかなければ。もとはダンジョンでモンスターは勝手に出現するという口ぶりだったから、倒しても損害を与えたことにはならないだろう。挑戦すること自体は自由という口ぶりでもあったし。
そう考えて、ワーカーたちはナザリックへ挑戦を開始した。
◇
まずは「天武」のエルヤーであるが。
たいていの読者様が「あっ、察し……」と思ったことだろう。
そういう事である。
「この私がこんな獣風情に……! おい、お前たち! 魔法をよこせ! 早くしろ!」
「正々堂々、命の奪い合いでござるから、待ってあげるでござるよ」
「余裕こきやがって……! 死ねェ!」
「さっきよりは速いでござるな。しかし……とうっ!」
「ぐはあ!?」
「おっ、今のは武技・斬撃ができたのではござらんか?
……ん? あれはエルフなりの弔い方でござるか?」
……ふふふ……。
げしっ、げしっ、げしっ。
引くことを知らないエルヤーは、当然こうなるしかない。
慎みというのは大切なのだ。
◇
次に「ヘビーマッシャー」の面々は。
「凝った作りであるな……」
「地下墓地なら帝都にもあるけど、これはずいぶんしっかり作ってあるよな」
「もとはダンジョンだっけ? 最初からこうだったのか、手を加えた結果なのか……」
「いずれにせよ、これを作った人物はすごい建築技術だぜ」
住んでいるというので財宝には手を付けず、しかし仕事はしないといけないので、観察した。
出現するモンスターはスケルトンばかり。何ら珍しいこともなく。
従って、報告するに足るものといったら、その建築物それ自体である。
強固な地下構造を建築できる技術力というのは、緊急時の脱出路を作ったり、都市の地下に水道設備を通したり、軟弱な地盤を補強して建築可能な場所に変えたり……と使い道がけっこう多い。
これを少しでも持ち帰れば、貴族ならその有用性に気づくはず……とスケッチに勤しんだ。
彼らは、なぜか不意打ちを受けることなく、第1階層のごく一部を調べてさっさと撤退を決め、無事に帰ることができた。
◇
一方、地上に残った「竜狩り」の面々は。
「墳墓にメイド……? 本当に住んでるのか」
「ここの主は、よほとの人物のようしゃな。
あの執事といい、このメイトたちといい、身なりも良けれは仕草も良い。
依頼人の所ても使用人は見かけたか、まるて比へ物にならん練度の高さしゃ」
「老公、それよりモンスターが……」
「うむ。ひと当たりしてみて無理そうなら撤退しゃ。
うまく倒せたなら、あれか装備している武具のひとつても持ち帰るとしよう」
彼らはナザリックオールドガーダーと戦って。
「無理しゃ。帰るそ」
撤退していった。
セバスの説明を事前に受けていたことで、「センスを疑う」なんてバカな発言をして怒らせることもなく。
従って、撤退を決めたら大人しく見逃してもらえたのである。
◇
さてお待ちかねの「フォーサイト」である。
彼らはアルシェの借金を返すため、より多くを手に入れようと頑張った。
それなりに奥まで侵入した結果、転移の罠にかかって第6階層の闘技場へ移ったのである。
そしてモモンガと対峙した。
「まずは謝罪をさせていただきたい。アインズ・ウール……殿」
「アインズ・ウール・ゴウンだ」
「失礼。アインズ・ウール・ゴウン殿。
この墳墓にあなたに無断で入り込んだことは、謝罪いたします」
このセリフに対して、原作でのアインズ様は次のように答える。
「お前たちはアレか? 家の食べ物に蛆が湧いたとき、殺すのではなく外に優しく解放するような事をするのか?
いや、蛆は産み付けた親蠅が悪いと言えなくもないが、お前たちは違う。金銭欲というくだらない欲望を満たすために、この墳墓を襲撃した」
これは人間に対する見方がナーベラルと同じようなレベルになってしまったから出た表現といえよう。
だが、もう少し人間的な表現にしたところで、実質的な内容はあまり変わらない。
「お前たちはアレか? 自分の家に土足で入り込んだ強盗を、殺すのではなく外に優しく解放するような事をするのか?
いや、力が足りず追い払うだけに終わることもあるだろうが、それでは安心して住み続けられない。お前たちのように金銭欲というくだらない欲望を満たすために襲撃してくる輩が生きている限りはな」
この発言を受けて「許可があったとしたら?」と嘘をつき始めるヘッケランに、淡い希望を抱いたうえで打ち砕かれてブチギレるアインズ……というのが原作の流れ。
しかしセバスが仕事した今回は、ヘッケランもそういう嘘は通じないと承知していた。なにしろ本当に許可があったというのなら、セバスに会ったときに申し出れば良いのだから。
「確かに、私たちは金銭欲のために侵入しました。
ですが、それを『くだらない』とは思っておりません。
あなたはこの墳墓を『自分の家』として大事になさっているようだ。
私たちも『自分の仲間』と『その家族』のために、金銭が必要なのです。
少し、身の上話をさせていただいても?」
「お前たちに汲むべき事情があったとして、それで他人の家から奪って良いという理屈にはなるまい?
である以上、お前たちの事情など聞く必要があるか? 私には関係ないことだ」
「失礼しました。それは仰る通りです。
ですので、取引をしませんか?」
「取引?」
「執事の方からお聞きしました。
この墳墓に出現するモンスターは、警備兵代わりに放置していると。
私たちが戦ってきた相手が、そのモンスターかと思います。
ですが、そのような場所に財宝がいくつも置かれていた……これは、放置したモンスターに手を焼いて、回収できなくなったのではないか? と思いまして。
我々で回収させていただき、あなたにお渡しする……その手数料として、いくらか金銭をいただければ……と」
「確かに放置しているが、制御できないとも倒せないとも言っていない。
回収は我々にも可能だし、お前たちに任せるより遥かに容易く、わざわざ手数料を支払う必要もない」
「であれば、なぜあのような場所に置いたままにしているのですか?」
「ダンジョンに宝は必要だろう?
そもそも、他人に我が家のインテリアをとやかく言われる筋合いはない」
有効な手札もなく、ここは「勘違いしていてごめんなさい」と謝って生きて帰るために回収したものを差し出すしかないか。
と考え始めた「フォーサイト」だが、そこにセバスが進み出た。
「アインズ様、今回は接近戦の練習相手として彼らを誘導したわけですし、彼らは交渉材料を欲しがっている様子。ここまで来る手際を見るに、それなりの実力でもある様子です。
であれば、アインズ様が接近戦の上達に満足なさるまで、定期的に彼らを招き、対戦する……その代価としていくらか金銭を与えるというのが、対等な契約としてよろしいのではないでしょうか?」
「ふむ……確かに1度きりで使い潰すには、少しもったいない実力か。
何度も来てくれるなら、他の武器の練習もできるし……良いだろう。セバスが言う通りの内容で契約といこうではないか」
そういう事になった。
もちろん「フォーサイト」に断ることなど出来るはずもない。
生還と金銭を引き換えに、彼らの影にはシャドウデーモンが宿ることになった。
そうして毎週1回、彼らは転移門でナザリックに招かれ、対戦稽古をすることになる。
それは奇しくも「フォーサイト」を鍛える事になった。勝てない相手に全力の戦いを挑み、しかも死んでも蘇生してもらえるのだ。ほとんどパワーレベリングである。これで強くならないほうがおかしい。早熟の天才であるアルシェは伸びしろが少ないものの、他のメンバーは年齢相応に伸びしろが残っているのだから。
そうして何度目かの時に、アルシェの事情を話すチャンスを得て――幸運にもというべきか、当然というべきか、そんな話を聞いてくれるのはセバスくらいだ。
「なるほど、ご両親がそのような……では、ご両親には少し反省を促してさしあげましょう」
王国の貴族派閥をまとめて改心させ、腐敗貴族を根こそぎ更生させたナザリック式の「説得」は、当然アルシェの両親にも効果抜群で。
アインズとセバスの違いを感じながらも、彼らは「挑戦した甲斐があった」と結論するに至る。
「ついでに、あなたたちにも教育をして差し上げましょう」
と連れてこられた金貸しは。
これ以降、フルト家には絶対に近づかなかったという。