「この国の皇帝が、アインズ様のお住まいであるナザリック地下大墳墓に失礼な奴らを送ってきました。アインズ様は不機嫌です。ですので、謝罪に来ないのであれば、この国を滅ぼします。手始めに、ここに居る人間は皆殺しにします」
帝城に出向いて地割れを起こすマーレと、謝罪を迫るアウラ。
原作では、この地割れに巻き込まれた騎士が多数死傷しているが――
「……という事になりますので、パラダイン様におかれましては皇帝陛下に速やかな謝罪をおすすめされるのがよろしいかと」
セバスが働く。
結果、アウラとマーレが出向く前に、ジルクニフはナザリックへと謝罪に向かうことになった。
地割れは起きず、巻き込まれる騎士も出なかったのである。
もっとも、アウラが言うほどモモンガは怒っていない。いや、原作では激怒したが、それは仲間の存在を騙ったことに対してであり、ワーカーが侵入したこと自体は「気に入らないけど必要なこと」と一応受け入れていた。
もともとナザリックを表に出すのが目的で、帝国をその足場にしてやろうという計画なのだから、帝城での一幕はただのポーズである。ましてやセバスが働くこの世界線では、ワーカーたちはモモンガを怒らせるほど無礼な態度を取っていない。
エルヤーは高慢ちきなアホの子として死んだし、「ヘビーマッシャー」は財宝に手を付けず建築技術の高さに感心して帰り、「竜狩り」は内部に侵入することさえせずに撤退。唯一財宝に手を付けた「フォーサイト」も、相応の労働を代価に支払うことになり、悪い言い方をすれば気が済むまで毎週のように殺すのでモモンガの狂人たる部分も溜飲が下がろうというものだ。
◇
ナザリックを訪れた皇帝以下、帝国の人間たちは、もう何度驚いたか分からなかった。
天候を変える魔法。
給仕するデスナイト。
皇帝をして唸るほどの美味なる飲み物。
地表部のもてなしだけでも驚きの連続であったが、転移門の鏡を通った先の第10階層、玉座の間へ至る通路の豪華さや、大扉に施されたるし★ふぁー作の天使と悪魔のレリーフの今にも動き出しそうな見事さ、そしてひときわ荘厳な玉座の間……神の居城という言葉しか出てこない光景に、ジルクニフも四騎士も圧倒されるばかりだ。
少し前に、この場所を「すごーい!」と元気に走り回った子供が居たなどとは、誰が想像できようか。
「同盟を結ぼう。友になろうじゃないか」
ジルクニフの提案。
本人は断られて従属を要求される前提で、軽いジャブのつもりだったが。
「構わん。そうしよう」
あっさり承諾されて驚くことになる。
ただし今回のこれは、原作のように考えなしに承諾したのではない。事前に相談して決めていた事だった。
◇
少し前――
「こちらが帝国に服従を要求することを前提に、その条件交渉をできるだけ有利にしようという狙いで、皇帝は同盟あるいは相互不可侵を要求してくるかと。
そこで、どのように返答するべきか、でございますが。
あらかじめ計画しておく事で、実際の状況がどのくらい計画とズレたのか把握できるという利点がございますので、事前にそのすり合わせをおこなうのがよろしいかと存じます」
というセバスの提案で、モモンガ、アルベド、デミウルゴスによる会議が始まった。
主人たるモモンガが、やりたい事をやれるように。
そのために少しでも手助けになれば、という執事セバスの心尽くしである。
もちろんモモンガが不要だと言うのであれば取り下げるが、当然モモンガはそんな事は言わない。むしろ心のなかで「ナイス、セバス!」と親指を立てている。
「すり合わせも何も……服従一択でしょう?
皇帝だってそれを前提にしているのですもの。モモンガ様も当然それをご承知で、条件交渉などできる立場ではないとお示しになるおつもりだわ」
「完全なる服従を誓うのでなければ滅ぼすだけだよ。造作もないことだ。世界征服に向けて、まずは帝国を手に入れる……という予定でいるのだが、セバス、君の考えは違うとでも?」
さすがに皇帝はそれを受け入れないだろうな、とモモンガは思った。
モモンガの人間たる部分は日本人・鈴木悟なれば、第二次大戦で敗戦国になった日本がどのような歴史を辿ったか、小卒とはいえ多少の知識はある。
だが、それをどう説明したものか。
悩む主人に、セバスが動く。
リアルの知識は乏しいセバスだが、完璧な執事であると設定されているために、モモンガが「提案に否定的」というのは読み取れた。ゆえに別案を口にする。
「同盟なり不可侵なり、皇帝の要求をそのまま受け入れるというのは、いかがでしょう?」
「ふむ……セバスの言うことにも一理あるな。
アルベド、デミウルゴス。お前達が服従を要求することにこだわる理由は何だ?」
よく分からないままモモンガは言う。
こう言えば、セバスと仲が悪いデミウルゴスは、自分の案を採用させようとしてプレゼンを始めるだろう。
プレゼン、つまり説明。
モモンガが欲しいのはそれだ。
ところが、こういう場合、デミウルゴスの行動は斜め上を行く。
「……! なるほど。そういう事ですか。
さすがモモンガ様。このデミウルゴス、御身の叡智に感服いたしました。
セバスも……君は思ったより知恵が回るのだね」
「いえいえ、理由までは何も。
ただ、モモンガ様であればデミウルゴス様の頭脳の、その上を行くのが当然ゆえ……と別案らしきものを口にしてみただけでございます」
モモンガが否定的な様子だったから、とは言わない。
下手に出なければ、デミウルゴスは反発するだろう。口喧嘩を始めようとする。
空間の品格、時間の創出――執事としてやるべき事とは正反対になってしまう。
ゆえに執事に徹する。
「なんだ。当てずっぽうかね」
「はい。わたくしは知恵者として創造されたわけではございませんので、恥ずかしながら……ですので、説明をいただけると助かるのですが」
呆れたように言うデミウルゴスの言葉を、あえて受け入れる。
すべてはモモンガのために。
「了解したよ。
ではモモンガ様、御身の叡智にどれだけ近づけたか、お聞き願えますか」
「うむ。言ってみるが良い」
鷹揚に許可しつつ、内心でセバスに親指を立てるモモンガ。
これで説明を聞けるぞ。やったね。
「ジルクニフは中途半端に賢い皇帝です。ラナーほど知恵が回るわけではないが、かといって別に愚かでもない。ランポッサのようにひたすら犠牲を嫌って決断できないという事もなく……ゆえに2つの前提が発生します。
ひとつは、ナザリックの戦力を低く見積もること。自分は賢いという思い込みゆえ、何でも理解できるような気になっていて、世界の全てが己の理解できる範囲内に収まるものだと思っている。当然ナザリックの戦力は人間ごときに想像できる範囲ではありませんので、ジルクニフの想定はこちらの戦力を低く見積もることになります」
「うむ。
もうひとつは?」
分かっていたふりで頷くモモンガ。
ここまではモモンガの認識と一致する、と確認して頷くデミウルゴス。
「もうひとつは、懐柔する方法を探るつもりで来ることです。
ですが、このナザリック地下大墳墓を見れば、金銭、美女、名声……帝国ごときが差し出せるものでモモンガ様がなびくような要素は何一つないと理解するはず」
「ふむ……まるきり何一つ無いわけではないが……まあ、皇帝という立場では、まさか私が庶民的なものに興味を持つなどと考えないか」
思わずポロリした本音。
デミウルゴスは驚いた。
「庶民的なもの……でございますか?」
「豪華なもの、一流のもの、という方向性でいけば、このナザリックに見劣りするものしかないだろう。
だがユグドラシルにはなかった、第0位階の魔法や、ユグドラシルの製法では第1位階しか込められない羊皮紙に第3位階まで込める技術など、見るべきものはある。
ユグドラシルでは竜の皮レベルの素材でなければ第10位階を込められなかったが、もっと劣る素材で第10位階を込められるようになれば、素材の調達が容易になる可能性はもちろん、竜の皮レベルの素材が手に入った暁には超位魔法をも込められるかもしれん。
第0位階についても、塩や胡椒だけでなく肥料を生成する魔法を開発できれば、現在マーレに頼っている土地の養分の回復をその魔法で代用し、もっと手軽に、もっと手広く、農林水産物を獲得できるかもしれない」
「おお……!
現在の価値ではなく、将来の可能性に価値を見出しておられる……さすがはモモンガ様」
「それで?
前提が2つ出揃ったところで、その先は?」
「はい。
これらの前提ゆえに、ジルクニフは愚かにも『人間戦力をかき集めればナザリックを打倒しうる』と考えるでしょう。懐柔できないなら打倒しよう。脅威は排除しよう。……などと考えた末に、帝国単独では勝てないから周辺国家と連合を組んで立ち向かおうと画策するはず。
ですが、ナザリックの戦力をもってすれば人類連合ごとき叩き潰すのは容易いことです。これによって人類連合に参加した複数の国家をまとめて平定でき、参加しなかった国家にもナザリックの威を示すことができ、抵抗の意思をくじいてその後の征服をスムーズにする……と。
いかがでしょう、モモンガ様? 御身の叡智に近づけましたでしょうか」
「ふむ……ひとつの方法ではあるな。
作る側として見事な知恵だ。
ではセバス。整えてみよ」
「はい。
この世界において人間種は異形種の脅威にさらされ、放っておけば滅ぶ存在です。法国はそれを防ぐために異形種を攻撃しています。
これは、異形種と人間種、立場こそ逆ですが、アインズ・ウール・ゴウンおよび、その前身たるナインズ・オウン・ゴールの活動方針に一致するかと。
王国でのゲヘナ作戦は、その前提に立って内容を改めました。
従いまして、ここに来てわざとナザリックとの対立を煽り敵を増やしてから殲滅するというのは、これまでの方針に合いません。『我々はあくまで友好的に事を進めようとした』という、この事実が重要ではないでしょうか」
「ふむ……たしかにな。
デミウルゴス。その前提で、今一度作ってみよ」
「では……同盟を申し込まれた段階で、これを受け入れるとともに、モモンガ様から『欲しいもの』を提示なさるのはいかがでしょうか?
懐柔の糸口があると思わせれば、それが失われない限り、帝国も本気で打倒ナザリックに動くことはないかと。モモンガ様のご興味を引くものが無くなった場合に備えて、人類連合を作ろうとはするかもしれませんが、一方で時間敵猶予を拡大するべくモモンガ様のご興味を引く技術の開発に注力するなど、いくらか態度を軟化させることになるかと」
「うむ。
アルベド。内政の担当はお前だ。
今デミウルゴスが出した2つの方向性……どちらが負担が少ない?」
「後者です。
人類連合を打倒した後、その跡地を支配するためには膨大な人手が必要になりますので、人類をそのまま残して活用なさるほうがナザリックの負担は小さくて済みます」
「よろしい。では、その方針で行くとしよう」
ジルクニフの執務の様子を覗き見て、支配者らしい仕草や振る舞い方などを学んでいたモモンガ。
そこで、部下に意見を求めたり、知っていてもあえて確認することが、支配者らしさを損なうものではないと気づくに至り。
しかもセバスの働きでシモベたちとの距離も少し近くなり、「全部知っているフリ」を多少ゆるめても大丈夫という安心感を得たので。
――今回は過去一うまく出来たんじゃないか?
などと内心ほくそ笑んでいたりする。
一方でデミウルゴスたちが「もともと計画を持っていたのに、提案を採用した形にして手柄を譲ってくださった」と勘違いして、その慈悲深さに感動している事は、モモンガの預かり知らぬことだった。
こんなふうに、ちょっとすれ違いがあったものの、結局のところ上手にシモベを使って統治し始めたわけなので、モモンガが真の支配者になる日は意外と近いのかもしれない。
◇
そして今――
「では、新たな友、ジルクニフよ。
お前は何に興味があるかね? せっかく来てくれたのだから、何か土産を用意しようと思うのだが」
「私の興味か……帝国を繁栄させること。そのための有能な人材と、その結果の平穏な日常。
……そんな所だな。個人的な趣味などは特に無い。そのような暇もないしな。
アインズはどうなのだ?」
「私の興味は後で話そう。今はジルクニフに渡す土産のことだ。
しかし、忙しいのだな、皇帝というものは。
ならば文官としてエルダーリッチを、武官としてデスナイトを貸し出そう。
飲食も睡眠も不要で24時間働き続ける。当然給料も不要だ。使い道がない。仕事はこなすが人間的な感情や交流を持たないので、不満を持たず、不正を働くこともなく、そのような働きかけを一切拒否する。労働力として非常に優秀だぞ。
……とはいえ、アンデッドだから、人間国家にいきなり大量導入するわけにもいくまい。まずは1体ずつ貸し出すから、好きな所へ配置してみると良い」
「そ、そうか。それは素晴らしいな。ぜひその働きぶりに期待しよう」
自分の支配下にあるアンデッドを派遣するなんて、スパイを送り込むのと同じじゃないか。しかも寝返らせることは不可能と来ている。
畜生め、とジルクニフは内心で苛立つ。
モモンガが本当に純粋な親切心で言っているなどとは気づかないポンコツ皇帝である。謀略にどっぷり浸かりすぎて人の親切を素直に受け取れなくなっている可哀想な子なのだ。
「うむ。満足してくれると良いのだが。
さて、私のほうにも欲しいものがあるのだ」
「ほう……何かな? アインズを満足させるようなものが帝国にあれば良いのだが」
すわ懐柔するチャンスか。
ジルクニフは前のめりになった。
「我々の技術と帝国の技術は、少々体系が異なるのだ。
我々には第0位階の魔法というものが使えないし、スクロールの製法も違っていて、帝国で使われる羊皮紙では第1位階の魔法しか込められない。
フールーダという強力な魔法詠唱者を抱える帝国にとって、その程度の技術は目を引くものに思えないかもしれないが、これらの事実は『さらに改良する余地がある』という可能性を示唆している。
私が興味を持っているのは、その可能性だ。
肥料を生成する第0位階の魔法を開発できれば、農業・林業・水産業における収穫量は増えるだろう。貴重な素材を使わなくとも上位の魔法を込められるなら節約になる。今はまだ何の足しにもならないが、魔法を軽視する王国と違って、その重要性を認識し力を注いでいる帝国は、多くの可能性に満ちている。素晴らしい国だ。
ゆえに窮屈な服従を求めるより、対等な同盟によって自由に発展してもらうほうが、我々にとっても得策と判断したのだよ」
「なる……ほど……」
見知らぬ相手だったのに、同盟を組んだとたんに相手の発展を促す。事前に調べているようだが、それにしても提案が具体的すぎる。まるで後進国に技術支援を提案するかのようだ。距離の詰め方がおかしい。
だが圧倒的強者という立場からすれば、役に立たない有象無象が、役に立つかもしれないというのは、つまり新しい資源を見つけたようなもの。資源開発に勤しむのは当然のことだ。
――帝国などいつでも滅ぼせる。
その絶対的な自信と圧倒的な戦力ゆえに。
……と、そこまで理解して、ジルクニフは同盟の対等性など所詮は建前にすぎないとビビりながら歯噛みした。
それでも、渡された頼りない手綱を握るしかない。
そう。まさに渡されたのだ。
いつ襲ってくるか分からない猛獣が、餌をくれるからと懐いている程度に過ぎない。
理解できるからこそジルクニフはそこにすがりつく。
それのみに頼るのは危険だと承知しながら、万一の対抗手段を作るより、その頼りない手綱に頼るほうが安全だと理解できてしまう。
それから間もなく、ジルクニフは抜け毛に悩まされることになるのだった。