さてナザリックが帝国と同盟を組んだので、ジルクニフは毎年やっている王国との戦争で、モモンガに最大の魔法を要求することにした。
宣戦布告の理由として、ナザリック地下大墳墓がある場所はもともとモモンガの土地であるという言いがかりをつけ、戦争に勝利することでそれを正当な事実として歴史に刻む――つまりは勝てば官軍の極致である。そして、それによって魔導国の立ち上げが叶う、というわけだ。
「帝国は魔導国の土地を王国から取り戻すために助勢する、という理由で王国に宣戦布告した。
従って魔導国はこの戦争の当事者であり、同盟国として義務を果たすことを要求する」
帝国が勝手にやったことだ、ナザリックは知らん。
とは言わせないぞ、というわけだ。
「そういう建前であるから、さしあたり開幕の一撃をアインズに受け持ってもらいたい。
派手な方が良いだろう。最大の魔法を頼むよ」
あとは帝国でやるから。ナザリックは精強かもしらんが、数は少ないだろう?
そう言ってジルクニフは帰っていった。
さて困ったのはナザリックの面々だ。
「最大の魔法か……困った注文だな」
原作では「黒き豊穣への貢」を使ったが、それは――最大の魔法なら超位魔法が良いだろう、戦争だからというのが大義名分になるし、大量に殺せる機会だから最高記録に挑戦してみるか、ついでに死体と経験値を大量ゲットできるぞ、などと考えていたからで、そこに「ギルメンがどう思うか」はほとんど全く(あるいは正常には)考慮されていなかった。
しかしセバスがよく働くこの世界線では、そうした判断基準の優先順位が全く異なる。原作ではほとんど顧みることがなかったギルメンの反応が、最優先になるのだ。セバス自身が善良に設定されており、執事としてモモンガが快適に暮らせるように手を尽くそうとしてきた行動の数々には、少なからずセバスの善良さが反映されてきた。なるべく人を殺さないし、デミウルゴスは説明するし、アルベドとはイチャつくし、ナーベラルやルプスレギナに困らされる事もなく……その結果、モモンガの精神がアバターの種族に侵食されにくくなっており、多分に人間的な感覚が残っている。
「『黒き豊穣への貢』や『黙示録の蝗害』でも使えば、農民を徴兵しただけの王国軍など24万が100万でも鏖殺できるが、そんな事をすれば仲間たちは私に深く失望するだろう。
戻ってきたと思ったら決別を告げるためだったとか、敵対を宣言するためだった……などという事になっては目も当てられん」
ため息交じりに言って首を振るモモンガ。
それだけは避けたい、と思っているのがありありと分かる仕草だった。
しかし、これを聞いたシモベたちは、モモンガのような中庸な忌避感では済まない。
ナザリックを守るためにリアルで戦っていると予想される御方々が、今度こそ本当にナザリックを捨てるかもしれない。しかもそれは単なる予想ではなく、至高の御方々のまとめ役であるモモンガの予想だ。ならば確定した未来といって良い。アルベドもデミウルゴスもセバスも、青褪めた乗り手がその青さで負けるほど青褪め、滝のように冷や汗を流しまくった。あまりの恐怖に奥歯がガタガタ鳴るほどだ。
「とはいえ、国を起こそうというのに他国から『侵略すれば勝てそう』などと思われるのも具合が悪い」
国家が軍事力を有する最大の理由はそれだ。
軍隊を持たないと宣言する日本でさえ、自衛隊は持つ。戦争をするためではない、主権を保つためだ、という理屈で。そしてその働きが十分に脅威でない場合、北方領土や竹島のような事になる。
青くなっていたシモベたちが、今度は怒りで赤くなる。モモンガやナザリックがナメられるなんて事を許せるわけがない。セバスのように善良なシモベでも不快に思うし、そうでないシモベなら「よし、殺そう」と即断するレベルだ。
「デミウルゴス。お前ならどうする?」
718もの魔法を覚えているモモンガは、その手札の多さゆえに、取れる手段が無数にあって迷った。
こうしたらどうか。いや、こういう手もあるのではないか。
強敵の討伐を巡ってギルメンと討論した過去が脳裏によぎる。
そんな過去を懐かしむ気持ちと、魔法討論なら得意とするところだという自負心とが混ざり、モモンガはデミウルゴスに尋ねた。この話題なら自分が舵を取れるという自負心が、モモンガを珍しく強気にさせていた。
「殺さずに圧倒する方法という方向性で参りますと、案としては2つほどございます。
ひとつは『範囲が最大の魔法』を使用し、恐怖や混乱などの状態異常を与えて王国軍の統率を破壊する方法。
もうひとつは『威力が最大の魔法』を使用し、王国軍との間にある誰も居ない場所を狙う方法です」
「ふむ……恐怖、恐慌、混乱、麻痺など状態異常を与える魔法は存在するが、それらは単体魔法だ。範囲魔法ではないから『魔法三重化』を使った『上位魔法蓄積』や『上位魔法封印』に『集団標的』と『魔法三重化』を使った状態異常を格納しても、1度に12人しか効果を与えない。万単位の相手には、あまりにも少ないな。
となると、『絶望のオーラⅠ』か『絶望のオーラⅡ』あたりを使いながら『飛行』で飛び回ったほうが……だいぶシュールな絵面だな。あえて歩いたほうが見栄えするか? いや、それでは回り込まれてしまうか。まあ、帝国軍が受ける損害など……いや、そこは防がないと仲間たちに叱られるか。
であれば、威力が最大の魔法……『失墜する天空』とかか? あれなら範囲外には一切影響がないから、余波で誰か死ぬということもあるまい。
セバス。どう思う?」
整える側のセバスに意見を求める。
デミウルゴスに意見を出させ、セバスに修正させて、アルベドに評価させる、というのが、この3人のうまい使い方らしい。モモンガは以前にうまくいった体験から、そのように学習していた。
「わたくしは、どちらかといえば『範囲が最大の魔法』を検討するべきかと存じます」
「ほう? お前なら殺さない方法を選ぶと思ったのだが……その心は?」
「モモンガ様のお察しの通りでございます。
『失墜する天空』は威力において申し分ありません。というよりも、人間相手に使うには威力が過剰かと。当たれば死ぬしかない人間たちは、防御が無意味だと悟るでしょう。しかし当たらなければ良いのだ、と分散したり逃げ回ったりする可能性があるかと存じます。
ですので、わたくしは『天地改変』をおすすめ致します。雪原や砂漠に変えてしまえば、寒さ・暑さで戦うどころではございますまい」
金属鎧を装備していればなおさらだ。真夏や真冬の車のボンネットなどを思い出せば分かること。体力を激しく消耗して戦うどころではないし、無理に戦っても熱中症・火傷・低体温症・凍傷といったリスクに倒れることになるだろう。
「なるほど、『天地改変』ならフィールド全体に効果が及ぶ。逃げ場がないわけだな。
それに、暑さ・寒さなら防御は不可だ」
「御意の通りでございます」
「アルベドよ。どう思う? どちらが良い?」
「両方やってしまいましょう。
超位魔法は1日に4回まで使用できるのでしたよね?」
「そうだが、1発使ったあとは再使用不可の時間があるぞ。これは課金アイテムでも短縮できん」
しかもチーム全員に降りかかるので、交代で連続使用というのも出来ない。
なおNPCは超位魔法を使えないので、どのみちである。
「それはむしろ好都合かと。
酷暑の砂漠でしばらく戦わせて汗だくにさせたあと、極寒の雪原にして体温を奪えば、かなり多くの者が風邪をひいて動けなくなるでしょう」
「風邪では済まないんじゃないか? それなりに死ぬと思うぞ。しかも帝国兵を巻き添えにするから、ジルクニフからも苦情が入りそうだ」
「モモンガ様、発動後のリキャストタイムは短縮できないとの事ですが、発動前はどうなのでしょうか?」
デミウルゴスが尋ねた。
「それは課金アイテムで短縮可能だ」
「では、それは使わない方向でまいりましょう。
セバスが申し上げた通り、欺瞞情報を与えることは重要です。そのようなアイテムは持っていないと思わせれば、いつか相手の油断を誘えるかもしれません」
「なるほど。それは良い考えだ」
ある時期までは無課金でやっていたモモンガ。
今となっては廃課金者だし、課金に詳しいプレイヤーなら見たら分かる可能性は高いが、そうでないプレイヤーが転移してくる可能性や、この世界の生物であれば、欺くことは可能かもしれない。
強ければ強いほど時間がかかるようなシステムだが、これは超位魔法の連射だけでギルド戦争が終わらないようにするための、製作会社の抑止の手段としてだ。逆に弱いものなら超位魔法といえども出の早いものはある。そして「天地改変」は攻撃魔法でもなければ戦力の追加でもないから、超位魔法の中でも特に出が早いものに分類できるだろう。実際、原作ではリザードマンの集落に改めて宣戦布告するために出向いた湿地で、泥に汚れるのが嫌だからという理由で地面を凍らせるために使っている。それくらい気楽に使える魔法ということだ。
「では、そういう事でやってみるとしよう」
◇
カッツェ平野――
両軍が向き合い、いよいよ戦闘が始まろうとしていた。
モモンガが片手を挙げると、直径10mにもなろうかという魔法陣が立体的に展開する。
アニメでこのときモモンガが「攻撃が来ないからプレイヤーは居ないな」と考えながら王国軍を見るシーン。ここに映る王国兵のサイズ感から察するに、両軍の距離は直線で500~1000m程度だ。実際には起伏があって、走って移動するにはもう少し長い距離を進む必要がある。
「なんだ、あれは……?」
王国軍は様子を見ている。
あの距離から届く魔法があるとでも? いや、バカな。
ならばともかく様子を見よう。見れば弱点が分かるかもしれない。
しかし貴族の統制が不完全な王国軍。一部の貴族は、しばらく動かないモモンガを見て、勝手に動き出した。
「虚仮威しか? ……いや、この場面でそんな事が……?
……ともかく時間がかかる魔法なら、発動する前に潰してしまえ」
正体不明の何かに立ち向かう不安はありつつも、とにかく攻撃だ、と突撃を命じる。
が、直後、魔法陣が弾けた。
「――天地改変」
モモンガがその名を告げる。
最初に風が吹いた。冷たい風だ。季節外れの、真冬のような寒風だった。それが次第に強くなっていく。
続いて雪が降った。しんしんと……なんて穏やかなものではない。強風に乗って氷の結晶が無数に叩きつけるように降ってくる。
たちまち雪が積もっていく。この段階になると、帝国兵も王国兵も体温が下がり、寒さを強く感じてガタガタと震えだしていた。
「このままでは凍えてしまう……! 突撃だ! 走って体を温めろ!」
命令の変更はない。
そう理解して、王国軍の一部が走り出す。
だが、少し進んで速度が乗ったところで、急にバタバタと倒れていった。
「何事……ぐわ!?」
乗っていた馬が転倒して、指揮官は落馬した。
立ち上がろうとして気づく。
「地面が凍っている!?」
こんなに早く、と驚く。自然に雪で冷やされたのなら、凍るまでにはもっと時間がかかるものだ。
しかし少し遅れて気づいた。滑らか過ぎる。まるで磨き上げた鏡のようにツルツルだ。道理で滑る。
まるで凍った水たまりの上にいるかのような不安定さ。立っているだけでやっと。歩くだけでどうにか。とても走ったり戦ったりできるような足場ではない。
「バカな……!」
これではまともに戦えないではないか。
恨めしく帝国軍を見れば、この状況を作ったらしき男はアンデッドの軍勢を前進させていた。
強く地面を踏み鳴らすような歩み。足音に混じる、ガラスが割れるような音。凍った地面を踏み砕くことで、滑らないようにしている。
真似して強く地面を踏んでみたが、氷はびくともしない。
「話にならん!」
「寒すぎて戦うどころではないわ!」
王の天幕で、集まった上位の貴族たちが口々に言う。
立つことさえままならない王国軍と、平然と進んでくるアンデッドの軍勢を見比べ――
「……撤退する」
ランポッサは決断した。
自国民を守るため。ひたすら犠牲を嫌うランポッサにとって、その判断を下すのに迷いは無かった。
貴族派閥の反対も受けず。決断はスムーズに実行される。
◇
「……撤退した?」
ジルクニフは報告を受けて耳を疑った。
「王国軍20万すべてか?」
「はい」
「戦いもせず?」
「はい」
例年であれば軽く当たってからで、撤退するのは帝国軍だった。
寄せ集めとはいえ王国軍は数が多いから、精強とはいえ半数以下の帝国軍では、やがて疲れて被害が増えていく。そうなる前に撤退して、また来年、また来年……これを繰り返すことで王国軍を徐々に削る。そういう長期計画でやってきた。
「……うーむ……」
どう評価するべきか。
ジルクニフは悩む。
たった1人で20万の王国軍を撤退させた。その功績は過去に類を見ない。今回の戦争で唯一の功績だ。
しかし1人も殺さなかった。荒野を雪原に変える魔法。殺傷力はない。だが効果のほどは明らか。範囲は広大で逃げ場はない。味方をも巻き込む。これは慈悲なのか? いや――
「その後カッツェ平野はもとに戻ったのか?」
「ゴウン魔導王が魔法を解除して、もとに戻したそうです」
戻った。戻した。
その違い。
持続時間の限界は不明。
もし24時間くらい続く魔法だったら? それを毎日撃ち込まれたら? 都市部で、農業地帯で、港で……毎日毎日撃ち込まれ、雪がどんどん積もってしまったら……どこで使われてもその地域全体の機能が麻痺してしまう。港は凍りつき、畑は作物が育たず、都市部は建物がまるごと雪の下へ隠れてしまうだろう。
「……ククク……!」
ジルクニフは笑う。
笑うしか無い。
なるほど確かに、最大の魔法だ。
戦場で誰も殺さなかった、戦術レベルで見れば無力ともいえる魔法。
だが国家運営のレベルで見れば、あまりにも強力な戦略級の魔法だ。
フールーダの警告を思い出す。
謝罪に行かなければ帝国は滅ぼされる、と。
なるほど確かに。
なるほど確かに、だ。
はらり、とジルクニフの頭髪が散った。
帝国を片手で握り潰す怪物から渡された手綱が、ジルクニフの胃を締め付ける。
◇
一方、その頃――
原作通り、バルブロはカルネ村の調査を命じられていた。
そして原作通り、バルブロはバカ理論でカルネ村を攻撃し始めた。
「これを使うわ!」
プー。と間抜けな音がするはずの角笛は。
ブオオオ! と大地を揺るがす重低音を響かせた。
「えええええええ!?」
カッツェ平野の天幕で、モモンガは思わず叫んだ。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!
ゴブリンたちの足音が、綺麗に揃って迫り来る。
「オッホッホッホッ!
あなた方が、エンリ将軍の供回りですな?
私はこの軍の指揮をお任せいただいております、ゴブリン軍師です」
タタタタン、タタタタン、タタタタン。
ゴブリン音楽隊が演奏しながら進んでいく。
その演奏に合わせて、ガシャガシャと金属音が響き、プレートアーマーにハルバートと盾を装備したゴブリンの一団が進んでいく。
「「我ら、エンリ将軍閣下が配下、ゴブリン重装甲歩兵団!
その程度で止められると侮ることなかれ!」」
その横を、白狼にまたがったゴブリンたちが駆け抜ける。
彼らは重装甲歩兵団とは違った純白のプレートアーマーを装備している。
「エンリ将軍閣下が配下、ゴブリン聖騎士隊!
我らが忠誠は、エンリ将軍閣下のもとに!」
重装甲歩兵団の横、聖騎士隊の反対側を、弓矢を装備したゴブリンたちが駆け抜ける。
こちらは黒い狼にまたがっていた。
「エンリ将軍閣下が配下、ゴブリン騎獣兵団、ここに推参!」
彼らが弓を構えるより先に、矢の雨が王国軍へ降り注ぐ。
「エンリ将軍閣下が配下、ゴブリン長弓兵団!
我らから逃げることはできないと知れ!」
驚くバルブロ。
その眼前で、兵士が爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされる。
「エンリ将軍閣下が配下、ゴブリン魔法支援団!
強化魔法のみならず、弱体化魔法、攻撃魔法も使える我々の力、知ってもらおう」
派手な登場に気を取られている間に、バルブロの足元へ迫る一団があった。
「エンリ将軍閣下が配下、ゴブリン暗殺隊。
闇に潜む我々が表に出るのは、これが最後だ」
すでに応戦する兵士がいない。
まずい、逃げなくては、と馬を反転させようとしたところで、背後にもすでにゴブリンが居ることに気づく。
赤い頭巾に、大きな鎌。
「エンリ将軍閣下が配下、ゴブリン近衛隊『サーティーンレッドキャップス』が1人。
まあ、俺が出る幕もないか」
与えたタイミングは原作と違ったが。
発揮した効果は、原作と同じだった。
ゴブリン将軍の角笛が、その真価を発揮する。