「では第3回『ギルメンが戻ってきた時に怒らないだろうか』会議を開催するとしよう」
今回は第6階層、アウラとマーレが住居にしている大樹でおこなう事になった。
この場所は、かつてギルメンの女性3人がお茶会をやっていた場所である。
メンバーには、前回に引き続き、セバス、ペストーニャ。
この場所の住人であるアウラ、マーレ。
あとアウラのお気に入りであるフェンリルのフェン。
モモンガはフェンをクッション代わりにして背中をあずけ、かつてぶくぶく茶釜がそうしていたように、アウラとマーレを膝の上へ乗せていた。
なおニグレドはメンバーから外された。あの部屋から出せないからということ以上に、前回の態度があんまりにもあんまりすぎたからだ。2歳以下の子供にしか興味がない。なさすぎて会議にならなかった。
ユリは今日、当番で地表部の小屋に居る。
「お前たちも座れ」
執事とメイド長が己の役割としてきちんと立っていると、モモンガは2人に座るよう命じた。
セバスは主人の意を汲んで、すぐさま近くのクッションへ座った。
「では失礼いたします」
足を投げ出して、ゆるい感じで。
執事にあるまじき姿勢に、ペストーニャが驚く。
「セバス様……!? あの……あれ? え……?」
セバスの態度に満足そうに頷いたモモンガが、ペストーニャに「早く座れ」と合図する。
ペストーニャは混乱した。
至高の御方の前で、シモベにあるまじきことだ。しかし御方がそれを望んでいる。
矛盾だ。鉛筆として作られたのに、消しゴムとして使われようとしているような矛盾だ。
しかし塗りつぶしたり取り消し線を引いたりするように、それは間違った使用法ではない。
「し……失礼いたします……あ、わん」
あたふたしたあと、おずおずと。
ためらいがちにペストーニャがクッションに座る。
「ふ……」
モモンガがため息のように鼻から息を吐く。
わずかに含まれる「残念だ」という感情に、アウラとマーレがモモンガを振り返り、ペストーニャが縮こまる。
「モモンガ様?」
「あの……どうされたんですか?」
「大丈夫だ。大丈夫だとも」
アウラとマーレの頭を撫でながら、モモンガはセバスに視線を送る。
チラリとペストーニャを見ながら、口を開いた。
「……まだ難しいようだな」
「大きな前進ではあるかと。
強い拒否は見られませんでしたので」
「ふむ……」
モモンガは、ペストーニャを見た。
ペストーニャは、思わず背筋を伸ばした。
「……ふ」
モモンガは小さく鼻で笑う。
そこには慈しむ感情が含まれていた。
「…………」
視線がペストーニャに向いたまま、モモンガの意識がセバスに向く。
それを感じ取りながら、セバスはあえて黙っていた。
ここはモモンガ自身の口から説明するほうが効果的だと判断して。
口を開かないセバスに、モモンガはその意図を汲み取り、自ら口を開く。
「アウラとマーレは、茶釜さんによくこうしてもらっていたのだよな?」
「はい。ぶくぶく茶釜様とやまいこ様と餡ころもっちもち様がお茶会をなさるときに、よく膝に乗せていただいていました」
「き……今日はモモンガ様のお膝に乗せていただいて、とっても嬉しいです」
モモンガは2人を見下ろし、満足気にその頭を撫でた。
それからセバスに視線を送り、満足そうに頷いた。
「セバスはよく私の意を汲んでくれている。
このような遠慮のない、ゆるい感じが、私の目指すところだ。
しかしお前たちはまだ私に遠慮している。そうだな、ペストーニャ?」
「え、遠慮など……」
「私の前でだらけてみよ、と言っても難しいだろう?」
「それは当然……シモベとして……あ、わん」
「それが遠慮だ。
私はお前たちに『付き従うもの』ではなく『隣に並び立つもの』になってほしい。
私が間違っていると思えば意見してほしい。
私が気を抜いて振る舞いたいときには、お前たちにも気を抜いて振る舞ってほしい」
モモンガは天井を見上げた。
意識がどこか遠くへ向かう。
「この世界に転移した直後であれば、ペストーニャだけでなくセバスでさえも、私が座れと言ったところで固辞していただろう。
だが今は、強く命じなくても座ってくれる。
前進だ。大きな前進だ」
そしてモモンガは再びセバスを見た。
「お前が言う通り、我々は大きく前進している。
セバス。ありがとう。お前の働きは非常に大きい」
「もったいないお言葉です」
しゅばっ、と正座になって、セバスは頭を下げた。
そういう所はまだ駄目か……とモモンガは小さく笑う。
「さて……いつまでもこうしていたいが、そろそろ本題に入るとしよう。
セバス。進行役をせよ」
「はい。
前回の会議以降、ナザリックの作戦で生じた死者は1名。『天武』のエルヤーのみです。
もう少し広げて数えると、『フォーサイト』との訓練中に彼らが何度か死亡しています。蘇生はしておりますので、お叱りを受けるほどではないかと存じますが……。
これらの点が、御方々がお戻りになった際に、どのように評価されるか……という事についてが、本日の議題となります」
「うむ。戦争では1人も殺害せずに済ませることができた。あれは良かったな」
「始まった戦争を犠牲なく止めてみせましたので、御方々も驚かれることでしょう」
「お見事でした。御方々もお喜びになるかと……あ、わん」
アウラとマーレは、この会議の方向性が、モモンガを称えるものではないと理解し始めた。
まだはっきりと分かっていないが、どうもいつもと違うようだ、と察する。
ちょっと戸惑うような顔をして、他の3人をキョロキョロしていた。
「さて、では主たる問題はエルヤーとかいう人間についてだな。
ワーカーという連中の1人だったか」
「はい。奴隷のエルフ3人を連れた、実質彼1人のチームでした。
エルヤーがハムスケとの戦いで死亡し、奴隷だったエルフたちは何も取らず、無理やり従わされて侵入しただけだったため、こちらで保護しております。
退却すれば良いものを無理に突き進んでの結果ですので、ナザリックを防衛する観点から申し上げても、不可抗力の結果かと」
「私もそう思います。……あ、わん」
アウラとマーレは空気を読んだ。
御方々の財産を狙ってきた盗賊なんて死んで当然だと思う。
だが、そういう答えは望まれていない。それはアウラやマーレがどう思うかであって、御方々がどう思うかではないのだから。
果たして御方々はどう思うのだろうか、と2人は必死に考えた。
その様子を見て取り、モモンガは満足した。情操教育として良い方法かもしれない。この2人は態度こそ柔らかいが、外部の者に対する姿勢の厳しさが他のシモベたちと同じだ。もう少し他人に優しくしましょうと教えてやらねばならない。情は人のためならず――いずれナザリックの利益になるかもしれないのだから。
「うむ。生き残った3人は、アウラとマーレに与えたのだったな。
2人とも、その後あの3人はどうだ?」
「ちょっと熱心すぎるというか……要らないところまで世話を焼こうとしてくるので鬱陶しいです。
強く言えば引き下がるんですが……」
とアウラがマーレを呆れたように見る。
気弱なマーレは、
「ぼ、ぼくは断りきれなくて、着替えとか、その……」
「ははは……! 2人とも苦労しているようだな」
そのときモモンガに電流が走った。
2人がエルフ3人に尽くされて感じる苦労。
それはモモンガがシモベたちに尽くされて感じる苦労と同じものではないか。
ならば、モモンガの口から説明するよりも、同じシモベ同士の口から言うほうが、その苦労のほどが伝わるのではないか。
「――伝言。
アルベド。今良いか? うむ。デミウルゴスを連れて、第6階層のアウラたちの住処へ来るのだ。うむ。ではな。
……さて、アルベドとデミウルゴスが来るまで少し待ってくれ」
「……? はい」
「ま、待ちます」
「かしこまりました。……あ、わん」
キョトンとする3人。
一方、セバスは苦渋の表情だ。
「……申し訳ないことでございます。
二度とないようにすると申し上げましたのに、またしてもご不便をおかけしてしまい……」
「いや、よい。
今回のこれはセバスの働きが足りなかったわけではない。
むしろ、よく働いてくれた結果、丁度良い機会が訪れたという事だ」
「モモンガ様のお慈悲に感謝いたします」
そしてアルベドとデミウルゴスがやってきた。
「失礼しま……あなたたち、何をやっているの!? シモベにあるまじき……むきーっ! 羨ましい!」
「本音がダダ漏れだよ、アルベド。
失礼いたします、モモンガ様」
「座れ、2人とも。
今回はお前たちに、この2人から話してもらう事がある」
「私たちが話すんですか?」
「な、何を話せば良いんでしょうか?」
そうこう言っているうちに、アルベドとデミウルゴスは察して座る。
知恵者の頭脳は健在だ。何やらそういう場面らしい、という事は理解する。
ただし話の内容までは分からなかった。
「どのようなお話でしょうか、モモンガ様?」
アルベドが尋ね、デミウルゴスとともにかしこまる。
「先程の、元奴隷のエルフ3人が鬱陶しいという話だ。
どのような事をされて、どのように感じたか。
どのように対処して、どのような結果になったか。
アウラ、マーレ。お前たちが体験したことを、アルベドたちに話してやってくれ」
「ああ、はい。
たとえば――」
かくかくしかじか、とアウラが話す。
基本的に何でも自分でやるアウラは、世話を焼かれるというのが鬱陶しくてたまらない。ただし私生活はずぼらなところがあり、一般メイドほど完璧ではないが掃除や片付けをするのは助かっているという。
一方のマーレは、押し切られて色々と世話を焼かれ、アウラがやらせてくれない分を取り戻すかのように着替えやヘアセットまでやられて辟易していると語った。
「アルベド、デミウルゴス。2人はこのように感じたそうだ。
お前たちはどうだ? お前たちがそのように世話を焼かれたら、2人と同じように思うだろうか?」
モモンガが尋ねると、アルベドとデミウルゴスはそれぞれ違う反応をした。
まずアルベドは、
「当然です。この身に触れて良いのはモモンガ様だけ。着替えや髪に触れるなど……もちろんモモンガ様であればいつでもお望みのままに」
すかさず迫ってくるので、モモンガは手で制した。
「デミウルゴス。お前はどうだ?」
尋ねると、デミウルゴスはすでに顔を青くしていた。
親に叱られる子供のように縮こまっている。
「申し訳……いえ、まずはご質問にそのまま答えさせていただきます。
私であれば、やらせた後でいかに駄目かをあげつらい、完璧になるまで教育するかと。
……モモンガ様は、アウラとマーレに御身を重ねておられるのですね。我々が至らぬばかりに……申し開きのしようもございません」
「な……!? え? あ……! そういうこと……!?
も、モモンガ様……? わ、わ、わ、私たちが……ご負担、なのですか……?」
デミウルゴスの言葉で理解が及び、アルベドが顔を青くする。
アウラとマーレとペストーニャは、なにやら不穏なものを感じながらも、まだ理解が追いついていない様子だった。
モモンガはアウラとマーレを見下ろして尋ねる。
「先ほども話に出た『天武』を覚えているか?
このナザリックに侵入して、唯一死んだ男が居ただろう?」
「はい。ハムスケと戦って死んだ剣士ですね」
「お、覚えています。え、エルフの3人は、その生き残りですし」
「うむ。
あの『天武』というチームは、無理やり従わせているという点を除けば、このナザリックと同じだ。
エルヤーという男のワンマンチーム。あの男1人の意思だけで動くチームだった。
他のチームは、仲間同士がもっと対等に接していただろう?
その結果、死んだのはエルヤー1人だけだった。
……実に示唆に富む結果だと思わないか?」
「「……!」」
すでに理解していたセバス以外、全員に電撃が走った。
すべてモモンガの言う通りに。それがシモベとして当然のことだと思っていたが。
その結果、モモンガだけが死んで自分たちは取り残される。
「天武」の結末は、そんな未来を暗示していた。
「私はそのような結果を嫌う。
私はそのような関係を改善したい。
セバスはそのためによく働いてくれた。その結果、今こうして形だけでも砕けた感じで話せている。
今までも何度かセバスが言ってきた通りだ。私は『隣に並び立つもの』を望んでいる。ジルクニフのような外から来た誰かではなく、お前達こそがそうなる事を望んでいる。お前たちが『下から』ではなく『隣から』私を支えてくれることを望んでいる。
今日はそのことを伝えたかった。いずれ全守護者、いや全シモベたちに周知するべきことだ。だが、まずはお前たちからだな。上に立つ者が手本を示さねば。
話は以上だ。アルベド、デミウルゴス、忙しいだろうに急に呼びつけてすまなかったな」
「いえ、滅相も――……」
言いかけて、やめ、アルベドは首を振った。
こういう答えは、望まれていない。
かといってシモベとして礼節を欠くわけには……と考えたところで、不意に閃く。
モモンガの許可があったのだ。要望があったのだ。そう振る舞うべきではないか。
「モモンガ様の隣は、このアルベドにお任せください。
モモンガ様の妻として、公私ともに支えてまいりますわ」
「このデミウルゴス、モモンガ様の参謀として、より一層の忠義を捧げることを誓います」
モモンガは小さく笑った。
まずは1歩だ。
小さな1歩だが、大きな意味をもつ1歩である。
「アルベドは変に砕けすぎだな。どことなくるし★ふぁーさんを思い出す。困ったものだ。
デミウルゴスはまだ少し堅い。たっちさんでももう少し柔らかかったぞ。
アウラとマーレを見習うと良い。このくらいで良いのだ、このくらいで」
「では、私もモモンガ様のお膝に……!」
「ばかもの」
ずいっと迫るアルベドに、モモンガは素早くチョップを食らわせた。
原作でナーベラルを制するときのように。
「きゃんっ」
可愛らしく悲鳴を上げて頭をさするアルベド。
だがそれさえも「モモンガに触れてもらった」と喜び、にへらと顔を歪めた。だいぶ変態である。
だが、
「困ったものだ……ふふふ」
これで良い。これこそが良い。
隣に並ぶということは、困らされるという事なのだ。
かつてのギルメンたちがそうであったように。
モモンガは喜ぶ。
その穏やかな喜びは、抑制が働くほど激しいものではないがゆえ、かき消されることもなくモモンガを温かく包んでいた。
用は済んだ。しかし、もう少しだけ、とモモンガは思った。
「時間があるようなら、このままお茶会でもしよう。
フォアイル。給仕を任せる。
セバス、ペストーニャ。お前たちは今回、給仕を受ける側だ。良いな?」
「かしこまりました、モモンガ様」
今日の当番を務めるフォアイルは、黙って控えていたが感涙を禁じ得ず、いまだに頬を伝う涙を拭って給仕に急いだ。
「承知いたしました、モモンガ様」
「受ける側……何やら変な気分です。……あ、わん」
ナザリックは今日も平和だ。
こうしてアニメ第3期に当たる時期が過ぎていった。
世界は魔王の存在を知り、その脅威を理解した。
だが振るわれた一撃は、歴史に魔王の慈悲深さを刻むだろう。
誤字報告をいただきました。
佐藤東沙様 tino_ue様
ありがとうございます。