死者が1人も出なかったとはいえ、勝ちは勝ち、負けは負け。
帝国も王国も、ナザリックに対しては核抑止論に近い理由で「触らぬ神に祟りなし」的な対応を決め込んだ。
結果、アインズ・ウール・ゴウン魔導国、成立。
表向きにはエ・ランテルが首都で、その周辺一帯が領土となる。
「具体的な国境線の位置を決めねばなりません」
戦争を終わらせて、第3回「ギルメンが戻ってきた時に怒らないだろうか」会議の最後。
お茶会に突入したその席で、セバスが言った。
「必要かしら?
どうせ世界征服するのだから、最終的には今回取った領土の境界線なんて無意味でしょう?
曖昧なままにしておけば少しずつ侵食していくこともできるわ」
「アルベド様の言うことも一理あるのですが、デミウルゴス様がそんなのんびりとした方法を選ぶとは思えません。
また争いの火種になる事をそのまま放置というのは、モモンガ様のお好みにも合わないのでは、と思うのですが?」
セバスがデミウルゴスとモモンガに視線を送ると、2人とも頷いた。
「モモンガ様から『できるだけ時間をかけよ』とご命令があった場合は別だが、そうでない今、ことさらに時間を掛ける必要はないね。むしろ、いただいたご命令は速やかに完遂してこそだと思うよ」
「そうだな。期限は決めていないが、あまり時間を掛けるつもりもない。
目的は、この世界に来ているかもしれない仲間たちに、ナザリックはここにあると知らせることだ。
そのために世界に名を轟かせねばならないが、それはこの世界では難しいことだ。
なぜなら、この世界では遠距離に短時間で情報を届ける手段が乏しい。大陸西部に位置する魔導国の存在が、大陸東部に知られるのは……場合によっては100年以上も後になるかもしれない」
「100年……」
そんなに? とアルベドが驚く。
ほとんど外に出ないアルベドは、物事を考える基準がナザリック内部になっている。
認識に差があることに気づいたセバスは、素早く補足情報を加えた。
「我々であれば『伝言』やシャドウデーモンなどで瞬時に連絡を取れますが、この世界の住人たちは『伝言』を信用していないようです。
どうも『伝言』による音声のやりとりに難があるようで、『伝言』による情報伝達を信用した結果、国が滅んだことがあるそうです。
なので伝令を走らせたり手紙を届けたりする方法が今でも主流で、『伝言』のみによる情報伝達では『一応聞いたものの確認が取れていない』という扱いになるようです」
「そういえば、そんな情報があったわね。
人の移動も小規模だし、情報があまり広がらないのね」
ヨーロッパに新しい国ができたんだって。へー、なんて国?
という会話を、江戸時代の日本人がするだろうか?
というレベルの話なのだ。
「その通りですね。
ですので世界にあまねくアインズ・ウール・ゴウンの名前を轟かせ、御方々がどこにいらっしゃってもナザリックの場所が分かるようにするには、まだまだ世界征服を進めていかねばなりません」
「そういう事だ。
そして領土が広がるにつれて、内政の手間は爆発的に増えていくし、国境線の防衛も手薄になってしまう。死体が増えるほどアンデッドの素材になるとはいえ、1日に作れるアンデッドの数には限りがあるからな。
王国や帝国を相手にする程度なら問題にならなくても、10カ国、20カ国と接するほど領土を広げた時、そのすべてと敵対して戦争しているというのは、避けたいところだ。
よって、効率の面から言っても、世界征服はできるだけ平和裏におこなわねばならない。
たとえば今回の戦争で王国軍を1人残らす殺し尽くしていた場合、王族も貴族もいなくなって農民も極端に少なくなった王国を、我々が管理しなければならなくなる。ゆえに王侯貴族は残しておくべきだ。管理監督のシステムさえきちんとしていれば、我々は国王に指示するだけで良いのだからな」
「であれば、モモンガ様。そもそも領土を広げる必要はないのではありませんか?」
「セバス、何を言っているんだね? 世界征服はモモンガ様のご命令だよ?」
「いえ、デミウルゴス様。モモンガ様の目的は『名前を轟かせること』であって、世界征服そのものではありません。先程モモンガ様がそう仰ったばかりです。
管理の手間は少ないほうが良いというお話も今あったばかり。
であるならば、ナザリックは領土を拡大する必要はありません。影響力だけを拡大すれば良いのです。
すなわち、世界の警察として国同士の争いを止める立場になるのです。まさに今回やってみせた通りに」
デミウルゴスに電流が走った。
モモンガは、だから今回そういう方法をとったのか。
そういう狙いとして考えてみれば、今までの行動もすべて……。
またしても手本を示してくださった。
だというのに、自分はセバスに言われるまで気付かず……。
「なんという……まさに端倪すべからざる御方」
「たっちさんがリアルでやっていた仕事を、我々はこの世界で国相手にやろうというわけだな」
表情筋があったら笑っているだろう。
モモンガは、バッと両腕を広げた。
「素晴らしい!」
自然と声を張り上げた。
思わず絶望のオーラが漏れ出した。
「その方法ならば、たっちさんもウルベルトさんも賛同してくれるだろう。いや、そればかりか全ての仲間たちが賛同してくれるはずだ。世界から争いをなくそうというのだからな。
戦争がなくなり人手が取られることもなくなるのだから、現地の住民たちに反感を買う恐れもなく、文句をいうのは他国に侵略したい野心家だけ。
傘下に収めた国が増えれば増えるほど、まだ傘下に入っていない国々はナザリックの存在を無視できなくなっていく。ある程度の段階まで進めば、むしろ自国の安全のために自ら傘下に入ろうとするだろう。
ふふふ……ははははは!
セバス。ついに私の考えを完全に理解したな」
手柄の横取りみたいでちょっと申し訳ないな、と思いながら、モモンガはあえてそういう形をとった。
シモベの案を採用した、ではなく、もともとそういう計画だった、という形のほうが、シモベたちに反対意見が出ないと思ったのだ。セバスが陰で何か言われるようなことも防げるはず……まあ、ナザリックにイジメなんて無いとは信じているが……アルベドとシャルティア……シャルティアとアウラ……セバスとデミウルゴス……うっ、頭が……などとモモンガは思う。
「「おお……!」」
とシモベたちは恍惚の表情を浮かべる。
アルベドは魔導国の基本方針を理解し、デミウルゴスは世界征服を言い出したモモンガの真意にたどり着き、アウラとマーレはいつか実現するかもしれないぶくぶく茶釜との再会を夢見た。
ペストーニャは全てを救おうとするモモンガの大いなる慈悲に感動し、セバスに至っては目頭を押さえたまま肩を震わせ、まともに返事もできない。
「まさにセバスの言う通りだ。我々は国家の調停者として、超国家的に、国家の上に君臨する。
極論すれば我々ナザリックは、魔導国という固有の領土を持つ必要すらない。本当に必要な場所は、本拠地たるこのナザリック地下大墳墓のみだ。
ゆえに領土の拡大ではなく影響の拡大を、条約による平和の拡大を目指す。その母体として魔導国という国家を発足させたことは大きな意味を持つ――ナメられない程度の軍事力を持たねば、無視して動く国が出てきかねないからだが――しかし、これ以上の領土拡大は不要だ。
従って、まずは……これもセバスの提案通りだが、国境線をしっかりと定めねばならない。見事だ、セバス。
さあ、デミウルゴス。仕事だぞ。国境線をどこに引くのが適当か、案を出してみよ」
満足気に、楽しげに、仕事を与えるモモンガ。
その姿に、デミウルゴスのやる気もビンビンだ。尻尾が力強く天を衝き、続いて左右に勢いよく振られ始めた。
「あまり広い領土は必要ないとのことですので、北はトブの大森林全域を。
南は法国との国境線まで。
東はナザリックを隠蔽するために丘陵を作った範囲から、カッツェ平野まで。
西はカルネ村とエ・ランテルまで。
……のちほど地図をお持ちしますが、こんな所でいかがでしょうか?」
「ふむ。セバス、どうだ?」
「カルネ村はモモンガ様が最初に救われた村です。領土と主張したほうが、村人たちの心情としても具合が良いでしょうし、王国としても無価値な村ひとつとしか思わないはず。
エ・ランテルは、表向き『魔導国の首都』ということにして、カルネ村で培ったノウハウを実践していく都市として、また魔導国がどのような国であるかを見せるモデルケースとして必要かと。
トブの大森林は人間には手出しできない領域ですので、領土と主張しても反発は少ないでしょう。モモンガ様のペットであるハムスケの縄張りでもありますし、新たに平定した西の魔蛇リュラリュースの縄張りもあります。東の巨人ことグは倒してしまいましたが、リュラリュースに平定を命じておりますれば、領土と主張しておいたほうが余計な混乱も起きないかと。
カッツェ平野につきましては、自然に湧き出るアンデッドを倒すもよし、従えるもよし。農地に改良するなどの使い道もございます。
総じて、デミウルゴス様の案そのままで問題ないかと存じます」
「アルベド」
「わたくしも、そのままで大丈夫かと。
理由はセバスの言った通りです。カルネ村には村長のエンリが、エ・ランテルには都市長のパナソレイがおりますので、管理の手間もほとんど増えません。
あとは、エ・ランテルをモデル都市としてどのようにするか、モモンガ様次第です。国際平和を推進する方針で、その象徴となる都市という事でしたら、魔導国の傘下に入ったすべての種族が争わずに暮らせるように、というのがよろしいのではないでしょうか?」
「良いだろう。
ではエ・ランテルはそのようにしていこう。蜜に浸けたような平和な理想郷を作ってやろうではないか」
「では、王国と帝国に対して、その内容で承知するように取りまとめてまいります」
「任せたぞ、デミウルゴス。
だが、両国へ行く際は、私も同行しよう。国家元首同士で顔を合わせておかないとな」
ジルクニフとは友人になったので、今度はこっちから帝城を訪れるのも良いだろう。それに王国の王族とは直接の面識がないから、とモモンガは思った。
デミウルゴスに否やはない。営業部長が新しい取引先に行くのに社長がついてくるようなものだ。自分以上の知恵者という認識もあって、単純に心強く、光栄に思う。
一方、別の理由で目を輝かせているのがアルベドだ。
「モモンガ様。国家元首として他国を訪れるとなりますと、やはりファーストレディは必要かと。
是非このアルベドをお連れください」
「ふむ……守護者統括だからな。他国で言えば宰相といったところか。
よかろ――」
「モモンガ様。ひとつよろしいでしょうか?」
「なんだ、セバス?」
セバスがモモンガの言葉を遮るときは、重要な意味があってのこと。
これまでの体験で、モモンガはそのように承知している。
邪推したアルベドだけ目つきが鋭くなっているが、セバスはどこ吹く風だ。
「宰相としてではなく、王妃としてお連れくださいますよう」
その一言で、モモンガは激しく動揺し、アルベドは別人のように笑顔になった。
そして2人の声が重なる。
「「どうして――?」」
かたや全く理由が分からずに。
かたや強力な後押しを期待して。
「決まった相手が居ないフリーの女性が宰相をやっている。しかも絶世の美女。
この意味するところをお考えください。
国家上層部を担う女性が、妙齢なのにフリーのままというのは通常ありえない事なのです。政略結婚を目的として、あえてそうさせている、と邪推される事になるかと。利益という面からも、それ以外の面からも、アルベド様が多数の男性に言い寄られることが予想されます。
そうしますと、2つの重大なデメリットが発生いたします」
「単純に仕事の邪魔なのと、アルベドが我慢できずに相手を殺してしまう可能性だね」
デミウルゴスが言う。
セバスの立場では、後者の理由は口にしにくい。
代わりに言ってくれたデミウルゴスに少しだけ感謝しながら――ちょっぴり「一番いい所を取られた」とも思いながら――セバスは黙って頷いた。
「ふむ……?」
モモンガがアルベドを見る。
その尋ねるような声色に、アルベドは深く頭を下げた。
「どうかお許しを。
任務のためとはいえ、モモンガ様以外の男に触れられるなど、我慢できる自信はございません。
殺すことを我慢できたとしても、殺気が漏れてしまえば同じこと……言い寄る相手をうまく転がしてメリットだけを得るのが理想ではございますが……申し訳――」
「いや、よい」
アルベドが苦渋の表情を浮かべるので、モモンガは折れることにした。
そもそもストレスを与えるのは本意ではない。
「私はアンデッドだから子供が生まれなくても不自然ではないし、アルベドがそうなるのと同じ理由で私に言い寄ってくるケースもあるかもしれない。
となると、虫よけとして対外的に王妃という役割を演じてもらうのは悪くない案だ」
考えてみれば確かに、と納得したモモンガ。
そこにセバスの無慈悲な追撃が入る。
「ご明察です。
とはいえ国家元首は正室のほかに側室も持つのが普通でございますれば、そのような誘いもあり得るかと。
虫よけとして、との事ですので、見た者が側室の誘いをかけるのをためらうほど熱々のラブラブカップルを演じていただくのが効果的かと存じます」
「ラブラブカップル……」
「ラブラブカップル……!」
ガビーンとするモモンガ。
ウッキウキで翼をわさわさ動かすアルベド。
――なんて事を言うんだ、セバス。
――なんて事を言うのかしら、セバスったら。
全く違う意味だが、心の声までぴったり揃ってしまうので、すでにラブラブカップルなのかもしれない。
◇
後でその話を聞いたシャルティアは、転げ回った。
「むきーっ! なんて羨ましい!」
血の涙を流さんばかりにハンカチを食いしばり、そのままブチッと引きちぎってしまう。
吸血鬼の花嫁が次のハンカチを差し出すと、ひったくるように掴んでまた噛みちぎる。
すでに床は敗れたハンカチが雪のように積もっていた。
「失礼いたします。
……荒れていらっしゃいますね、シャルティア様」
「セバス! よくも私の前に顔を出せたな!?」
廓言葉も忘れてどす黒いオーラを放つシャルティア。
しかしセバスはどこ吹く風だ。
「他国で言う宰相。この立場ゆえに必要な配役です。
ソリュシャンが冒険者をやったり、ナーベラルがワガママお嬢様をやったりするのと同じ、ただの演技でございますよ」
「でも! でもっ……!
あの女、絶対そのままなし崩しを狙ってやがりんすよ!?」
少しだけ落ち着いて廓言葉に戻る。
演技だとしても、パートナー役というのは羨ましいのだ。
「もしアルベド様だけでは『足りなかった』場合、モモンガ様の虫除けとしてシャルティア様にもご登場いただく事になるかと。わたくしは、そのように進言するつもりでおりますが」
「それはどっちが正妃のつもりなのかしら……?」
再びどす黒いオーラになるシャルティア。
もちろんセバスはどこ吹く風だ。
「その正妃争い……以前から不思議に思っていたのですが、魔導国はモモンガ様の国ではございませんか」
「何を当たり前のことを……」
「正妃が1人だけ、などと、誰がお決めになったのですか?」
シャルティアに電流が走った。
「な、なるほど……!
ダブル正妃……! 女同士で争ってしまうから他国の王には真似できないシステム……! 全てのシモベがモモンガ様に尽くすナザリックならでは……! まさにモモンガ様だけの、モモンガ様だからこそ実現できる……! ああ、なんてこと! さすがはモモンガ様でありんす!」
「ご明察です。
ですので争う必要もなければ、妬む必要もないかと。
考えようによっては、シャルティア様の存在は、外の者には見せるのも惜しいと大切にされている……とも受け取れますし」
「ふおおおおお!? まさに……! まさに、その通りでありんす! モモンガ様ぁ~!」
両手を掲げて跪くシャルティア。
そのまま祈り始める勢いだったが、不意にセバスを振り向く。
「セバス。おんし、なんて良いことを言うんでありんすか!
わらわの出番を進言する話、しかとお願いするでありんすよ?」
「もちろんでございます。
ただ……ひとつだけ、先に確認しておきたい事がございます」
「何でありんす?」
「モモンガ様は、他の至高の御方々がお戻りになる前提で、世界征服を始められました。
その目標と前提は、今も変わっておりません。
であれば……ペロロンチーノ様がお戻りになった場合、シャルティア様はどちらの后に?」
「……! ……? ……!?」
シャルティアはフリーズした。
再起動するまでに3日を要したという。
誤字報告をいただきました。
化蛇様
ありがとうございます。