セバス・チャンは完璧な執事である   作:目ん玉

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17 「構わないとも」

 国境線を決めるため、その線の向こう側にある国と合意を結ぶ。

 最初に訪れたのは帝国だ。同盟国だから優先で、というだけの理由。

 

「構わないとも。どうせ使っていない土地だ。こちらに損はない」

 

 ジルクニフは交渉もせずに了解した。

 事実使っていない土地だったし、ゴネてみせた場合にどこが突然雪原に変わるか分かったものではない。

 都市機能や産業を何もかも麻痺させられた上で「使ってないだろ? くれよ」と言われたのではたまらない。

 被害を最小限にするには、最初の要求を呑んで、次からは「約束と違う」「契約に無い」と突っぱねるしかない。もっとも、突っぱねた上で雪原にされる可能性もあるから、相当慎重にやらねばならないが。

 

「……などと無駄なことを考えるでしょう。あれは非常に猜疑心が強いようですので」

 

 とは、出発前のデミウルゴスの談。

 大雑把に言えば「賢い」にはレベル1~5の段階が存在する。

 レベル1:知識が豊富で必要に応じて知識を取り出せる。

 レベル2:豊富な知識を状況に応じて組み合わせ、情報の類推適用ができる。

 レベル3:豊富な知識と類推適用に基づき、見聞きした情報に対して複数の解釈ができる。

 レベル4:複数の解釈から蓋然性の高いものを選んだり、どの解釈でも共通する要素・結論に気づく。

 レベル5:蓋然性の程度と共通要素に基づき、ほぼ100%の精度で「見えていない部分」を予測できる。

 この分類でいうと、デミウルゴスの謎の深読みがレベル5、平常時がレベル4だ。ラナーもレベル4である。

 一方、ジルクニフはレベル3だ。ゆえに「複数の解釈」はできるが「どれが正解か」を予想できなかったり、間違えたりする。しかも疑り深いので、直接正解を教えられても「本当か? 裏があるのでは?」と疑ってしまう。

 

「――ですので、世界平和のために同盟をという話をしても、アンデッドが世界平和など望むものかと疑うでしょう。そしてなぜ世界平和を望むのか正直に説明したところで『何か裏があるのでは?』と疑い、素直に受け取らないはずです。

 ジルクニフが何かに納得するには『自分で気づいて理解した』という過程を経なければなりませんが、アンデッドは生者を憎むものだという先入観があるため、世界平和など望むはずがないと考え、自ら正しい道を避けていきます」

 

「では、どうすれば、こちらの意図を『自分で気づいた』と思わせられるか、という事になるな」

 

「仰る通りです。

 ですので、正面きってアピールした情報は軽視され、ふとした時にポロリと漏らしてしまったという形で与えた情報は重視されるでしょう」

 

 そして現在――

 国境線に関する同意書に調印したジルクニフに、モモンガはひとつの相談を持ちかけることにした。

 

「さて、我が友ジルクニフよ。ひとつ相談があるのだが」

 

「なんだ、我が友アインズよ? 何か役に立てる事があるかね?」

 

「うむ。お前は皇帝として大勢の人間を束ねる立場であり、お前自身も人間だ。非常に多くの人間に接し、人間たちの望むもの、幸福を感じる条件などについて、きっとアンデッドである私よりも詳しいだろう。

 魔導国の首都になるエ・ランテルは現在、住人の大半が人間なのだが、我が国の国土になるトブの大森林にはリザードマンなど人間ではない種族が暮らしている。その融和を図り、エ・ランテルで共存共栄できる未来に向けて、どのような方法があるか……と思ってな。

 もちろん、それは魔導国の王になった私が考えるべきことだ。我が国の民になったからには人間もリザードマンもそれ以外の種族でも関係なく、等しく保護するつもりでいる。デスナイトに警邏をさせて、どこよりも治安が良い都市にしてみせよう。

 ジルクニフに聞きたいのは、人間の異形種に対する警戒心というか、ありもしない危険を感じてむやみに融和を避けてしまうであろう心理状態を、どのようにすれば良いか、という事なのだ。人間同士でもそういう事はあるだろう? ジルクニフならば経験も豊富であろうと思ってな」

 

 アンデッドは生者を憎む。

 この認識を前提に持っているジルクニフにとって、アンデッドが人間心理に詳しくないというのは、何ら疑う要素ではなかった。

 恐るべき魔術師が、王としてきちんと民を統治しようとまともな事を――異形種との共存がまともかどうかは置いておいて――考えていることも、その知能の高さを思えば、決して理解できない事ではない。

 しかしどうしても、アンデッドが平和を望んで共存共栄を目指しているというのは、腑に落ちなかった。デスナイトに警邏をさせると聞いて、その光景を思い浮かべ、ちょっと顔が引きつるほどだ。

 ただほんの少し、分からないことに悩んでいるという人間臭さに、わずかな共感を覚えた。

 

「まずは様子見だろうな。

 共存共栄を目指すということは、エ・ランテルにリザードマンを連れてくることを考えているのだろう?

 最初は避けていても、一緒に暮らすうちに危険がないと分かれば、自然と融和するはずだ」

 

「うまく行けばな。だが逆の可能性もある。

 本格的に対立してから手を打とうとしても解決は困難だ。

 ゆえに最初から、自然と融和するように働きかけるべきだと思うのだが……アンデッドに警邏をさせるのも、その一環なのだ。とりあえず見慣れてもらい、危険がない相手だと認識してもらおう、ということだな。もちろん戦力や数といった理由もあるが」

 

「そこまできちんと考えているのなら、問題ないだろう。

 だが、どうしても何かしたいというのなら……そうだな、孤児院でも公園でも良いから視察して、その場にいた人間と交流してみるのはどうかね? アインズ自身もアンデッドなのだし、融和の手本を見せてやるというのは、ある程度効果があるのではないかな」

 

「なるほど。それは良いことを聞いた。

 ありがとう、ジルクニフ。我が友よ」

 

 モモンガが差し出した手を、ジルクニフは握った。

 ジルクニフのモモンガに対する猜疑心が少しだけ薄れた。

 モモンガはその事に小さな満足を覚えたが。

 見知らぬ人間を「信用度0%」とするなら、モモンガに対する信用度はまだマイナスであることを、モモンガだけが知らない。

 

 

◇

 

 

 次にモモンガは王国を訪れた。

 当然だが歓迎されない。敗戦国に訪れる戦勝国なのだ。領土を奪われている。圧倒的な力も見せつけられた。どんな不平等条約を強いられるか、どれほどの賠償金を要求されるか……と気が気ではない。

 だが、そんな王国側の不安とは裏腹に、モモンガはランポッサ相手に軍事同盟を持ちかけた。

 

「ど、同盟……?」

 

 ランポッサは宇宙猫になった。

 戦勝国が敗戦国に同盟を持ちかけるとは、これいかに。

 持ちかけるなら服従ではないのか?

 なぜ同盟? 内容が不平等なのか?

 戸惑うランポッサは、しかし次の説明でさらに混乱した。

 

「そうだ。必要とする時に、必要なだけの兵力を貸し出そう。

 ただし侵略を目的とする場合は断る。貸し出すのは防衛の場合のみだ。

 料金はもらうが、かなり安いと思うぞ。アンデッドは食事も休息も不要だからな。補給線が要らない」

 

 魔導国軍を王国内に常駐させ、その維持費を王国に要求するつもりか?

 と思ったが、よく聞くと、そうではない。

 食料も寝床も不要なのだ。睡眠も不要だし疲労もしない。何もない荒野に整列させておけば、それだけで事足りる。駐屯地を整備する必要すらない。維持費がかからないのである。

 では料金とは?

 ランポッサは尋ねた。

 

「ぐ、具体的には、どれほどの……?」

 

「貸し出す兵力の程度によって異なる。

 アルベド、一例を」

 

「はい、アインズ様。

 たとえば――」

 

 アルベドが、このくらいの兵力を貸し出す場合には、このくらいの料金で……と説明する。

 仕事を与えられて嬉しそうに答えるアルベド。モモンガをうっとり見つめるその表情。骸骨のモモンガからは表情を読み取れないが、アルベドに視線を送る時間の長さから、わずかにその感情を読み取れる。どうやらよほどのおしどり夫婦らしい、とランポッサら王侯貴族は理解した。

 1人も殺さずに戦争を終わらせたことで、ランポッサのモモンガに対する印象は悪くない状態だ。ランポッサは聞く耳を持っていた。

 

「……ふむ。確かに安いな。

 匹敵する戦力を動かそうと思えば、王国軍では数十倍の費用がかかる」

 

 デスナイトがガゼフと互角くらいの強さだ。仮に王国軍がガゼフを殺そうとする場合、農民を徴兵する王国軍では物量作戦でガゼフの疲労を狙うしかない。そういう基準で「匹敵する戦力」と見込んだランポッサ。兵士の食料、燃料、武具の修理や補充にかかる物資、軍馬の飼料など、兵站にかかる諸費用が膨大だ。物資を運ぶための馬車や馬と、その飼料なども用意しなければならない。

 なお実際には、アンデッドは疲労しない上に、デスナイトは殺した相手をスクワイアゾンビにできる上、スクワイアゾンビは殺した相手をゾンビにできるので、王国軍は20万人が20億人でもデスナイト1体に勝てない。ガゼフがデスナイトを倒さない限り、そもそも「匹敵する戦力」という比較が成立しないのである。なので正確に言うと、比較する王国軍が無限大に発散してしまうため、「安い」どころか「タダ同然」である。

 

「ガゼフ戦士長に匹敵するというデスナイトを、何体も借りられるのも大きいですね、父上」

 

「必要なときだけ借りて、料金も借りた時だけという事は、王国として自主性も保たれますね、お父様」

 

 ランポッサの言葉に、ザナック王子もラナー王女も追従した。

 なおラナーは「頭お花畑なちょっと賢いだけの王女」モードである。猫かぶりともいう。

 ちなみにバルブロは死亡済みだ。原作同様である。

 子供たちの追従を受けて、しかし、とランポッサは訝る。

 

「……良い話だが、そちらのメリットは何かね?」

 

 金銭を得るためだとすれば、やり方が下手すぎる。

 というより、戦勝国の敗戦国に対する態度ではない。

 まるで王国を最大限保護しようとするような意思を感じる。

 それはまるで、魔導国のほうが敗戦国として滅亡を免れるために最大限王国に便宜を図ろうとしているかのようだ。

 あまりにも不可解である。

 

「メリットは平和だよ。それによる民の安寧――国家を問わずだが――それこそが我々の目的であり、最大のメリットだ。

 そもそも我々アインズ・ウール・ゴウン魔導国は、国家として拡大することを目指しているわけではない。我々の目的は世界平和だ。そのために『領土』ではなく『同盟』を拡大しようとしているのだよ。

 そこで、先程の条件に追加して、もう1つ条件がある。

 もし王国が他国を侵略しようとした場合、我々はそれを止める。そのために必要とあらば何人でも殺す。ただし、そのとき死ぬのは前線の兵士ではない。……出撃を命じた王侯貴族だ」

 

「む……むう……!」

 

 できてしまうのだろう、とランポッサは思った。

 あの戦場に居たから。

 あの戦場で起きたことを、その目で見たから。

 一瞬で雪原に変わったカッツェ平野。あれほどの事ができるなら、気に入らない王侯貴族などその都市もろとも滅ぼせるに違いない。数十万人を寒さと飢えで殺せるのなら、ランポッサの首ひとつ奪っていく事など容易いに違いない。いくら魔法に疎くても、そのくらいは想像ができる。

 

「我々が世界平和を目指す理由は3つだ。

 第1に、王国の利益を考えれば平和なほうが良い。国家のためにも民のためにも。

 第2に、帝国と今後も戦争するつもりなら地理的に魔導国が荒らされることになる。それは避けたい。

 第3に、私はアンデッドだ。アンデッドが生者を憎むのは、殺された恨みや、殺し合うことへの義憤から『愚物どもは滅ぼしたほうが良い』と考えるからなのだよ」

 

 3番目の理由は、誰もアンデッドの真実など分からないからと適当にでっちあげた嘘である。

 だがそれは、あくまでも争うなら滅ぼしてやるぞ、という脅しにも受け取れる。

 

「言っていることは分かる……分かるが……にわかに信じがたい。

 アンデッドが生者の平和を望むなどと……」

 

 半信半疑のランポッサ。

 一方、ザナックは、もっと素直だった。

 

「先の戦争で、王国軍を1人も殺さずに戦争を終わらせたのです。ゴウン魔導王を置いて他の誰にこのような事ができるでしょうか。

 しかも戦勝国でありながら敗戦国の我々に対してほとんど取り分を主張しない。

 父上。ゴウン魔導王の言葉は、信用するかどうかという段階にはありません。すでに行動で証明しているのですから」

 

 あるいは諦めから出た言葉なのかもしれない。

 どう頑張っても対抗することさえ不可能だと理解して。

 モモンガは喜んだ。

 

「おお、王子は私の考えを理解してくれるのかね」

 

「ええ……こう言ってはなんですが、意外と普通の人だな、と思います」

 

 殺すなら殺せ、とザナック王子は開き直っていた。

 だが、そうはならないだろう、とも思った。

 

「ほう?」

 

「世界平和のために同盟を広げようなんて、言っていることは大きいですが、要するに『バカバカしいから喧嘩はやめろ』と、そういう事でしょう?」

 

「ははは……! 実に端的な表現だ。

 ああ、まさにその通りだとも。

 先頃はジルクニフに言われた言葉だが、今度は私から言おうじゃないか。

 王子、私の友にならないか?」

 

「喜んで。ザナックと呼んでください」

 

「私の新たな友ザナック。では私のことはアインズと呼んでくれ。

 さあ、これで理由がひとつ増えたな。友の国ならば守らねば。

 そういうことだ。同盟を受け入れてくれないかね、我が友ザナックの父君よ」

 

「……わかった。同盟を結ぼう。息子の友たる魔導王よ」

 

 すぐに書類が用意され、そのまま調印となった。

 状況を見たラナーが、モモンガに尋ねる。

 

「戦争を平和のうちに終わらせた偉大なる魔導王陛下。そのお力はまさに奇跡と呼ぶべきものですね。

 背格好や服装からして、魔皇ヤルダバオトの襲撃の際に、アダマンタイト級冒険者ソーイとともに戦った仮面の魔術師は、魔導王陛下では?

 同時期に、暗躍していた犯罪組織『八本指』は忽然と消え、貴族派閥の貴族たちは王派閥に寝返ったように態度を変えました。あれらも魔導王陛下のお力なのではありませんか? だとしたら、お礼を申し上げなくては」

 

「その通りだ。

 しかし、あの時点では、私はまだ魔導国の王ではなく、ただの民間人だった。

 ゆえに、あれに対する礼は不要だ。我々が勝手にやったことにすぎない。

 民間人だった時のことだ。内政干渉には当たるまい?」

 

 モモンガはランポッサに視線を送った。

 ランポッサは頷いた。

 

「もちろんだ。

 しかし、おかげであれ以来、ずいぶんと動きやすくなった。礼を言う」

 

「構わないとも。

 あのとき我々が動いた最大の理由は……前衛を務めたセバスは、かつて戦士長殿と誼を通じている。

 カルネ村の一件を覚えているかな、戦士長殿?」

 

 モモンガはガゼフに視線を送った。

 ガゼフは直立不動に居住まいを直し、深く頭を下げた。

 

「もちろんです。あのときは名前を伏せておられましたな、魔導王陛下。

 差し向けていただいたデスナイトのおかげで、私と私の部下たちは命拾いしました。改めてお礼申し上げます」

 

「構わないとも。あれは偶然のことだった。

 たまたま見かけて、非道の輩を成敗したまで。

 我が手勢をカルネ村から引き上げる前に間に合ったのは、無辜の民を救わんとする戦士長殿の真摯な働きの結果だ。もう少しタイミングが違っていたら、我々は出会わなかったのだからな」

 

「そのように言っていただけること、嬉しく思います」

 

 頷くモモンガ。

 ランポッサは、己が知っている以上にモモンガに救われていた事を理解した。

 そんなに以前から王国に味方するつもりなら普通に仕えてくれればよかったのに、と思うが、世界平和が目標ならひとつの国の家臣に収まっていては不可能だ。

 そのことに気づいて、以後ランポッサは魔導国に協力的になった。




誤字報告をいただきました。
tino_ue様 片桐陽様
ありがとうございます。
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