「孤児院でも公園でも良いから視察して、その場にいた人間と交流してみるのはどうかね?
アインズ自身もアンデッドなのだし、融和の手本を見せてやるというのは、ある程度効果があるのではないかな」
とジルクニフに提案してもらったので、モモンガはその通りにしてみた。
問題は、どこを視察するか。
これまでに確立した方法でいえば、まずはデミウルゴスに相談してアイデアを出させ、次にセバスに整えさせて、最後にアルベドにチェックさせる、という流れなのだが、国内視察の候補となるとむしろ内政といえる。であればデミウルゴスよりもアルベドの領分だ。
「孤児院でも公園でも、とジルクニフは言っていたが、アルベドはどう思う?」
「交流目的でしたら、その相手が多い場所を、という考えは妥当かと。
ですが、住民の生活や仕事を見に行くのではないのですから、なにもモモンガ様のほうから出向かなくても、呼び集めればよろしいのではないでしょうか?」
「ふむ……セバス」
「呼び集めるなら口実を……何かイベントを企画する必要がございますね。
であれば、冒険者組合がよろしいのではないでしょうか?
コキュートスをお連れになって、希望する冒険者と模擬戦などなさるのもよろしいかと」
セバスが言う。
「ふむ……?
なぜ冒険者組合を? 模擬戦などしても我々の圧勝ではないか」
人間たちの不安を拭うのが目的とはいえ、わざと負けてみせるなどというのはシモベたち――とりわけアルベドがどのような反応をするか、考えるだに恐ろしい。
原作では陽光聖典相手にブチギレていた彼女だ。ダメージが通らない程度の攻撃なら「ふさわしくない」とブチギレるくせに、ダメージが通る攻撃なら「痛みを与えるなんて許せない」とブチギレるのだから、どうしろと。
この世界線ではモモンガとイチャつく機会があって多少は落ち着いて過ごしているとはいえ、現地人に負けてみせたなんて知れば、「ちょっと身の程を教えてくる」と出ていきかねない。
「今回の視察は、人間たちの不安を拭うのが目的でございます。
人間たちがモモンガ様あるいは魔導国に対して不安を感じる最大の理由は、自分たちにとって有害な存在かもしれないという思い込み……ですので『強さ』が『害』にならない事をお示しになれば、受け入れやすくなるのではないかと。
冒険者たちの実力と比較するなどの名目で、モモンガ様のバフを冒険者に体験させるですとか、一切怪我をさせないように模擬戦……というか乱取り稽古を施すですとか。そういった交流をおこなえば、戦闘を生業とする人間はモモンガ様のお力を『有益なもの』『頼もしいもの』として受け入れやすいのではないかと存じます」
セバスの言葉に、モモンガは何人かのギルメンを思い出した。
たっち・みーとウルベルト。
ぶくぶく茶釜とペロロンチーノ。
他にも、とりあえず殴ってから考えるやまいこや事前情報なしで戦いたがる武人建御雷や弐式炎雷と、ぷにっと萌えなど事前情報を大切にする慎重派の面々。
意見が対立することは多かったが、いざ戦うとなればチームワークはバッチリだ。ナザリックを手に入れたときだって、対立しつつも共闘して、最後は一緒に喜びあったものだ。とりわけ、たっち・みーとウルベルトが親しげにお互いの体を叩いたのは、あの時が最初で最後だったと言っても過言ではない。
「なるほどな。共闘すれば嫌でも仲が良くなるものだ。
すでにリザードマンの集落でそれに近いことをしているコキュートスなら、サポート役には適任か。
戦士としての実力も性格も、その提案には適しているな。
よし、そうしてみよう」
リザードマンの集落に養殖を教わりつつ支援をしに行ったコキュートス。
しばらく一緒に過ごすうちに、強さを誇る彼らはコキュートスの強さに興味を持ち、稽古をつけてくれと言い出して……いつの間にか原作のように、ナザリックの配下のような雰囲気になっていた。
◇
エ・ランテル――
冒険者組合を訪れたモモンガは、ソーイから上がってきた報告から想像していた光景とは違う現実に戸惑った。
「やけに閑散としているようだが、何かあったのかね?」
組合長アインザックは、聞かれて何とも言えない気持ちになった。
王国の領地だった頃を思い出したのだ。王国貴族の多くは、平民に興味がなく、絞れば絞るほど良いとか生かさず殺さずとか考えている貴族が大半だった。エ・ランテルは国王の直轄領だったから、日和見ランポッサの性格ゆえというか、都市長パナソレイが有能ゆえというか、王国の中ではだいぶマシなほうだったが。
アンデッドの王が支配する国と知って不安に思っていたのが的中したか……と、つまりは「がっかり」したのだが――
「陛下が治安を良くしてくださったので、冒険者の仕事が無くなってしまったんですよ」
アインザックは、やけくそ気味に答えた。
イヤミか貴様、と不興を買って殺されるかもしれない。
だが、事実は事実だ。誰かが伝えねばならない。いずれは知ってもらわねばならない。
居なくなった冒険者達――守るものがなくなったアインザックは今、いわゆる「無敵の人」だった。
しかしアインザックの覚悟(あるいは自暴自棄)とは裏腹に、モモンガは冷静だった。
「どうも私が思っているよりも、冒険者とはつまらない仕事のようだな」
すわ取り潰しか、とアインザックは覚悟した。
存続したとて仕事がないのだから、最後は潰れるしかないのだが。
「私は、冒険者とは未知を既知に変える者たちだと思っていた。
だが現実は、魔物相手の傭兵に過ぎないのだな」
憂うような声色。
そして原作通りの「営業」が始まる。
「アインザック組合長。『本物の冒険者』を育ててみないかね?」
◇
努めて冷静に振る舞いながら、アインザックは内心アワアワしっぱなしだった。
今から行こうぜ、と誘われて、嫌とは言えずについてきたのだが。
馬車の車窓から見る風景は、これは帝国ではないか。
手続きはどうした? まさか密入国?
やはりアンデッドに人間のルールを守ってもらうなんて無理難題なのか。
アインザックは、まさか歓迎式典を嫌がっての行動だとは思わず、努めて空気になろうと決意した。
「相変わらず賑わっているな。
ジルクニフは良い仕事をしている」
エ・ランテルはまだ魔導王を恐れている。
視察に行けば住民は家に閉じこもり、交通規制などするまでもなく道から人が居なくなる。
それどころか、警邏に出したデスナイトも避けられ、まるで追い込み漁みたいになっている始末だ。
「私も学ばねば……」
つぶやくモモンガ。
アインザックは心のなかで祈った。
ぜひそうしてくれ、と。
「そろそろ何をしようとしておられるのか教えていただけませんか?」
「帝国の冒険者を勧誘する」
「それは難しいかと……」
反対意見を述べるアインザックを、モモンガは好ましく思った。
シモベたちは、正面からモモンガの方針を否定することがない。
セバスでもデミウルゴスでも、モモンガの方針に従って動く。意見が対立することはあるが、あくまでモモンガの方針に従った上でのこと。その解釈の違いで対立するに過ぎない。
さらにアインザックは、否定するだけで終わらず、別案を提示する。極めてまともな社会人である。
「闘技場で魔導王陛下の力を示し、宣伝してはどうでしょうか?」
アインザックの提案を受けて、なるほどとモモンガは闘技場へ。このあたりの流れは原作通りだ。アインザックはモモンガの相手に武王をと考え、その興行主と面会を取り付けた。
その屋敷でルーン武器を見つけたモモンガは、
「アゼルリシア山脈にあるドワーフの王国のルーン工房で作られた一振りです」
と情報を得て、ドワーフのルーン工房に興味を持った。
ユグドラシルでは単なる装飾にすぎなかったが、鑑定してみると確かに効果を宿している。
この世界ではフレンドリーファイアは有効になっているし、一部の魔法の効果も変化している。ユグドラシルには無かった武技なんてものがあるし、ルーンだって効果を発揮するのだろう。前提職業なしで忍者になっている現地人がいる世界だ。ルーンが魔法付与と両立してユグドラシルのアイテムを超える効果を発揮する可能性だってあるかもしれない。
◇
闘技場――
原作では法国と密談するために訪れていたジルクニフだが、この世界線ではそのような暗躍をしない。
理由は2つ。
第1に、モモンガが帝国の将来の技術開発に価値を感じているという希望があるので、リスクを取る価値が少し低くなっている。
第2に、魔導国が表立って世界平和同盟を拡大しようとしているので、秘密裏に対魔導国同盟を組もうとすることに価値が薄くなっている。
仮に、滅亡覚悟で人類存亡をかけて魔導国と対立しようとしても、その魔導国は、世界平和を掲げて侵略禁止・防衛支援の同盟を広げようとしている。大義名分すら無い。各国から賛同を得られないばかりか、やってみて失敗した挙句、世界平和の盟主たる善良な王に襲いかかって滅んだ愚か者として歴史に名を刻むことになる。
なのでモモンガの希望通り、ジルクニフには会わずに済んだ。
「魔導王アインズ・ウール・ゴウン陛下。
最後に見せていただきたい。本気の力の、その一部だけでも。
頂の高さを感じさせてほしい」
モモンガは武王と戦い、力の差を分からせて。
敗北を悟ってなお武人として学ぼうとする姿勢に、名状しがたい輝きを感じて、モモンガは応じる。
「いいだろう」
オフにしていたパッシブスキルをオンにしたとたん、武王の攻撃は何一つ通用しなくなった。さっきまでモモンガを吹き飛ばしていた攻撃が、雨粒のように弾かれる。
観客の中には、理解した者が居たかもしない。もしも魔導王を殺そうと思ったら、上位物理無効化スキルをオフにしてもらわねばならず、それはつまり暗殺や奇襲よりも、むしろ正面から堂々と挑むほうが、まだ勝ち目があるということ。ひどい矛盾だ。とんだクソゲーである。闇の衣はあるのに光の玉は無いという……いや、むしろ、だからこその非公式魔王か。ラスボスに暗殺が効いてしまったのでは盛り上がらない。
「聞け、帝国の民よ。私は魔導国に冒険者育成機関を作ろうとしている。冒険者を育成し、保護し、世界に旅立ってもらうことが、我が国にとって有益だと考えたためだ。
私は冒険者たちを戦争の道具にするつもりはない。今証明してみせたように、武力は十分間に合っている。真に冒険する者、未知を知りたいと夢見る者たちは、我がもとに来い。想像もつかないような力が、お前たちを手助けするだろう。私であれば、絶対の死にすら抗える」
武王の猛攻を意にも介さず歩を進め、最後は極めて静かに決着した直後、モモンガは宣伝を始める。
蘇生の短杖が魔力の輝きを放つと、死んだ武王が息を吹き返した。
「死を超克した私が諸君らをバックアップして、成長を補佐しよう。
我が国に来たれ、真なる冒険者を目指す者よ」
と宣伝して帰る。
余談だが「諸君ら」は重複表現で誤用であると考える向きがあるだろう。だが今回のこれは、そうとも限らない。モモンガの声を聞いたのは闘技場にいた人たち。だが、モモンガが語りかけたのは、闘技場には居なかった者を含む。
目の前に居る「諸君」と、それ以外の「ら」――まさに文字通り、観客は友人に話して聞かせ、その友人からそのまた友人へと話は広がっていく。
アインザックが新規登録に訪れた冒険者の処理に忙殺されるのは、もう間もなくのことだった。
そして報告を受けたジルクニフが、モモンガの密入国を誤魔化しもみ消すことになって――
「あの化け物め……!
いや、転移魔法を使える相手に関所など無意味か……」
戦争の時に、未知の転移魔法らしきものからアンデッド軍団が出てきたという報告があったことを思い出す。
はらり――またしてもジルクニフの髪が散る。
今回はセバスの出番なし。
この作品としては、今回の内容は、ドワーフ王国へ行く理由ができた事だけに価値があります。