イグヴァルジの死亡に関して議論する様子を追加しておりますので、もし読んでいない方でご興味がありましたら、楽しんで頂けると幸いです。
リザードマンの集落を発見した。
それは、スクロールの素材や、アンデッドの依代を求めるナザリックにとって、これまで手に入れてきた人間の死体よりも上位のものを作れるかもしれないという希望があった。
「却下だ」
アルベドから提案を受けたモモンガは、即座に答えた。
「こちらから積極的に武力行使するのは、ナザリックの基本方針に合わない。
我々は、迫害されていた異形種を救うために立ち上がった同志なのだからな」
「この世界では、むしろ人間種のほうが迫害されている……という事ですね。
ですが、であればこそ、この世界の異形種は『迫害する側』すなわち『敵』ではございませんか?」
それは法国が掲げる異形種殲滅と同じ理屈。
そして、かつてユグドラシルで自分たちが受けてきた迫害に通じる動き。
利益を見て理由を後付けしているだけだ、と理解しつつも、モモンガはわずかに湧いてくる不快感を拭えなかった。
「ではそのリザードマンたちが、誰を相手に、どのような迫害をしたのだ?」
かつて……たっち・みーに救われるより前。異形種狩りが横行していたユグドラシル――。
同じゲームを遊ぶプレイヤー同士だというのに、姿が違うだけで受ける理不尽。
俺がお前達に何をした?
尋ねた。
答えが来た。
キモいんだよ、異形種が。
なんだ、それは? 理由ですらない。ゴキブリでも見るような言い草だ。
プレイヤーネームは覚えた。やがてナザリックが完成した。誘い出した。黒棺へようこそ。
「……調査では、集落で大人しく暮らしている、と……」
「そういう事だ」
「ですが、スクロールの素材やアンデッドの依代は必要かと」
「そうだな。
だから他の候補を探すのだ。
ソリュシャンが先日ギガントバジリスク討伐の依頼を受けたと言っていただろう? あれの素材などはどうだ?」
「性能は高いかもしれませんが、量を確保できません」
「それはリザードマンとて同じことだ。
狩り尽くせばそれ以上増えない」
言い合う2人。
そろそろ良かろうと、セバスが介入する。
事はナザリックの財産管理。すなわち執事の仕事の範囲である。
「モモンガ様、アルベド様、少しよろしいでしょうか?」
「どうした、セバス?」
「狩り尽くせばそれ以上増えない。
まさに今モモンガ様がおっしゃった事が真理でございます。
従いまして、継続的に資源を確保するには『増やす努力』と『減らさぬ努力』が必要になります。
つまりは農場や牧場のようなもの、あるいは節約や再利用といった方法でございますが」
「うむ」
「前者に関しましてはデミウルゴス様が得意でしょう。
後者に関しましてはアルベド様が得意かと」
「ふむ……どうだ、アルベド?」
「今以上の節約となりますと、何らかの機能を停止させねばなりません。
再利用という点では、スクロールは使用すると燃えて無くなってしまいますし、アンデッドにした死体も数としては『消費』になりますので……」
「厳しいか」
「スクロールの素材が『動物の皮』である必要は、本当にあるのでしょうか?」
「む? どういう事だ、セバス?」
「現地人が使用する羊皮紙……現地人は第3位階までの魔法を込められるようですが、ナザリックに持ち帰った羊皮紙での製作実験では第1位階のみ成功で、第2位階以上は炎上してしまい失敗するとのこと。
それは、この世界であれば、ユグドラシルには無かった製法が存在することの証左であり、新たに開発できるという可能性を示唆しております。
たとえば、最古図書館にございます蔵書の数々……あれの『紙』は『動物の皮』ではございませんでしょう?」
「たしかに……あれは植物から繊維を取り出して作った紙だと思うが」
元々ただのデータだ。何の紙もクソもない。
だが形状から判断するに、羊皮紙のような動物の皮とは違う。明らかに薄すぎるし、柔らかすぎる。
つまりモデルはパルプ紙のはず。
「なるほど! 魔法を込めることさえ出来れば良いのですから植物性の紙でも……いいえ植物系モンスターを素材にすれば、今までより上位のスクロールも……!」
植物なら増やすことも容易い。
マーレの能力を使えばさらに効率化を図れる。
「頼んだぞ、アルベド」
「はい!」
「もうひとつ案がございます」
「まだあるのか。
聞かせてくれ、セバス」
「リザードマンの集落で魚の養殖がおこなわれているとのこと。そこで思いましたのは、単純にリザードマンの養殖業を支援して規模を拡大すれば、魚の皮は使えないものか……と。ですが、これは魚のレベルが低くて使えない可能性が高いかと。
そこで品種改良によってレベルを高めることを思いつきましたが、これは漁業よりも農業に適する手法でございますので、実験的に農業改革をおこない、ノウハウを蓄積したうえでカルネ村に技術指導をおこなうのはどうかと。これは最終的に品種改良をカルネ村に投げて、生産をアンデッドに任せるという所まで持っていけば、周辺の現地人に対して食料の供給をナザリックが握れるのでは……という計画でございます。
それから再び漁業に戻りまして、この世界の海に生息する生物であれば、その皮は使えるのではないかと」
「ひとつでは済まなかったな。3つもあるではないか」
「今すぐ使えるものは海の利用のみでございますので」
「転移門があるから輸送も問題にならない。
第5階層に置いておけば冷凍保存もできる。
養殖は、支援しつつ、こちらも学んで、海の資源保護に役立てるべきだろう」
セバスを褒めるモモンガ。
それをアルベドは少しだけ嫉妬した。
なのでダメ出しをしてみる。
「農業改革はすべてナザリックでやってしまえば良いのではなくて?
わざわざカルネ村を巻き込む理由は何かしら?」
「アンデッドによる管理は、管理者の思い通りになりすぎるのが問題です。
アンデッドはヒューマンエラーを起こしませんので……。
無論『思ったより悪い結果』になる可能性もございますが、研究とはそのようなものでございましょう?」
「人間だからこそ起きるミス……それが良い結果を起こすのを期待して、という事ね。
分かったわ。確かにそれなら、生産を任せるより開発を任せるほうが適任ね」
完璧に返されたので引き下がるしかない。
「よし、その方向で行くとしよう。
リザードマンの集落に、誰か派遣して交渉してきてもらおう。
森に居て不思議ではなく、ある程度は弁の立つ者……アウラが適任か? ちょうど森の調査も任せているし」
「交渉はそれでよろしいでしょう。
実際に養殖を支援し学ぶに当たりましては、1箇所でじっとしているのが平気で、コツコツ積み重ねることが得意な者がよろしいかと」
アウラが養殖を学ぶ……ビーストテイマーとしては必要な知識かもしれない。特に海の生物を支配下に置いた場合を考えれば。
しかし、現状は素材として消費する計画だ。
であれば、確かにアウラは動き回るほうが得意かもしれない。
それでいうと、じっとしているのが得意な者は……とモモンガは大人しめの人物を思い浮かべる。
「マーレかコキュートスあたりか?」
読書が趣味のマーレ。
鍛錬が趣味のコキュートス。
この2人は、じっとしているのが得意だろう。
コツコツ積み上げるのが得意なタイプだ。
「であれば、現地人とコミュニケーションを取る意味で、コキュートス様のほうがよろしいかと」
マーレは「かくあれ」と創造されたせいで、おどおどしている。これはコミュニケーションに向かない。
そのくせ内心では、ナザリックに所属しない者に対して――嗜虐趣味こそないが――非常に冷酷である。これもコミュニケーションに向かない。
「よし、そうするか」
◇
交渉は簡単にまとまった。
「じゃあ、養殖をやっているのはザリュースだけってこと?」
旅人――リザードマンにしては珍しく集落を出て活動したことがあり、それを理由に部外者扱いを受けているという。なんとも閉鎖的な社会だ。
しかし、魚の養殖は外に出ている時に身につけた知識で、それが食料の安定供給に向かおうとする革新的な方法なのだから皮肉なものだ。彼らは自分たちが疎外した旅人に救われる事になる。
「兄も手伝ってくれるから、まるきり1人でやっているわけではないのだが……」
「まあ、あんまり大手を振って手伝うわけにもいかんわな」
他の連中の手前……とシャースーリューは申し訳なさそうにザリュースを見る。
「そういったわけで、まだ俺も『ノウハウを知っている』と言えるほどではない。
集落の食料供給を安定させるための実験段階というのが正確なところだ」
「漁獲量が増えて養殖の恩恵を受ける連中が増えれば、こいつの部外者扱いも変わるだろう」
「デハ、支援ト引キ換エニ技術提供ヲオコナウ、トイウ事デ良イノダナ?」
「うむ。
養殖に理解があって、食料を必要としない働き手というのは、理想的な話だ」
「アンデッドという点だけはいささか忌避感があるがな……。
コキュートス殿の威容には、畏怖と安心感がある」
「送ったアンデッドが暴れるなんて事はないから大丈夫だよ。
モモンガ様の支配がそんな簡単に緩むわけないでしょ」
「オオメニ見テヤレ、アウラ。彼ラハ御方ノオ力ヲ知ラヌ」
「そうだけどさ~……」
「トハイエ、御方ヲ侮ラレルノハ不快ダ」
ぶしゅー。
威嚇するように冷気を吐き出すコキュートス。
「ニ度トソノヨウナ態度ハ取ラヌ事ダ」
「わ、わかった。我々の見識が狭いのだ。不勉強で申し訳ない」
「すまなかった、ご両名。あんた達の主をナメるつもりはない。
俺達じゃあ何をどうしたって、あんた達にも勝てないのは分かる。
その主ってのなら、もっと強いんだろう。だからこそ恐ろしいと思うのは勘弁してもらいたい」
縮こまる兄弟に、アウラは溜飲を下げた。
コキュートスは早くも統治者としての頭角、その片鱗を見せ始め、これを聞いたモモンガは大いに喜ぶことになる。
◇
ほんの1週間ほどで、ザリュースの養殖場は劇的に様変わりした。
アンデッドによる人海戦術で拡張工事がおこなわれ、生け簀の広さが10倍以上になったのだ。
さらに同規模の生け簀が複数作られ、意図的な環境の変化を加えて実験と観察の項目が劇的に増えた。
「コキュートス殿? そんな所で何を……?」
ある日、生け簀に胸まで浸かっているコキュートスがいた。
まるで風呂にでも入っているような様子だ。
盗み食いに来たとか、水中の様子を見るために顔を突っ込んでいるとかではない。
養殖場を回って様子を見ていたザリュースは、その光景を発見して宇宙猫になった。
「実験ダ。
水温ヲ下ゲルト、ドウナルカ……」
つまり氷の代わりに入っているわけだ。
背中に巨大な氷塊を2つ背負っているコキュートスは、さぞかし冷たいだろう。
「……ああ……」
ザリュースの顔に納得の色が浮かぶ。
「…………」
ぶしゅー。
理解できないバカを見るような視線を向けられて、コキュートスは「心外ダ」と冷気を吐き出した。
たちまち生け簀の水が冷やされ、凍っていく。
「オット……!」
慌てて立ち上がると、コキュートスの胸のまわりに氷の板がついてきた。
それはそれで間抜けな光景で。
「ぶふっ……!」
「…………」
「いや……んぐふっ! すまない……げふっ、げふっ……!」
「…………」
コキュートスは無心で氷を砕き、生け簀を出た。
ソウダ。最初カラコウスレバ良カッタノダ。
生け簀には砕けた氷が漂っていた。
◇
結果、魚そのものの産卵数が多いことも手伝って、1年後には100倍を超える数が生け簀に満ちることになった。
「コキュートス殿。あんたの手を取ったのは正解だった。
あんた達をよこしてくれたモモンガ様にも感謝する」
「ああ。お陰でザリュースが部外者扱いされるのも終わった。
食べきれない量の魚が手に入ったからな」
「ソウカ。
コチラモ養殖技術ヲ学ブ機会ヲ得テ、助カッタ」
「来年には他の部族にも技術を広め、魚を売ることを計画している」
そこでクルシュと出会って恋に落ちることになるとは、この時まだ誰も知らなかった。
それと併せて、敵情視察のために遠隔視の鏡で交尾を覗かれることも無くなったのだが、それは特に何の影響もない話。
「緑爪部族だけでなく、リザードマン全体が助かる。
ザリュースだけでやってたら、あと10年はかかっただろう。
全部あんた達のおかげだ」
シャースーリューは頭を下げた。
ザリュースの兄として。
部族の長として。
リザードマン全体を代表して。
感謝する理由はいくらでもある。
「ウム」
コキュートスは彼らの感謝を受け取った。
モモンガに対する忠誠心は、順調に育っているようだ。
平和的な世界征服。
武人として創造されたが、こういうのも悪くない。
武器を振るうのは御方のご意思を通すためなれば――武術は礼法に通じる。礼法もまた武の形ということ。
コキュートスの脳裏に武人建御雷の姿が浮かんだ。