エ・ランテルでの情報収集はおおかた終わった。
スクロールやマジックアイテムも一通り見たので、エ・ランテルではこれ以上のものは望めないというのが分かるところまで来ている。
そうなると次に向かうべきは王都――国名と同じリ・エスティーゼ――王国のあらゆる富が集まっているであろう王都なら、エ・ランテルでは手に入らないもっと上位のスクロールなどがあるかもしれない。
「装備のメンテが途中だったから、また預けに行ってくる。
しばらく留守にするぜ」
冒険者ギルドにはそう言い置いて、ソリュシャンは王都へ向かう。
転移門を要請してナザリックを経由すれば一瞬だ。
怪しまれないように、一応歩いてエ・ランテルから出て、街道を無視して地図に線を引くようにまっすぐ走っていく……と見せかけて途中でナザリックに帰還。
転移門を経由して一気に王都近くへ移動し、また街道に戻って王都へ向かう。
――と、その途中で魔物に遭遇し、サクッと片付ける。
それを見た冒険者が声をかけてきた。
「あなた、相当やるわね」
「腕の立つ奴は歓迎だぜ」
「むむ? あれはアダマンタイト級のプレート」
「道理で腕が立つ」
「エ・ランテルで誕生した新たなアダマンタイト級冒険者というのはお前か」
蒼の薔薇だった。
彼女たちは、ソリュシャンの腕前を見込んで八本指の壊滅に協力してほしいと要請してきた。
「考えておくよ」
ソリュシャンは即答せず、その場を離れた。
そして、すぐさまセバスに報告する。
八本指についてはエ・ランテルでワガママお嬢様を演じたときに多少の情報を得ている。王国の裏社会を牛耳る最大組織で、関係を持っている貴族も多い、と。
であれば、世界征服に向けて王国を支配する足がかりとして有用な組織といえる。八本指を操って王国を裏から牛耳るも良し、適当に踊らせて悪役に仕立て上げた上で王国民救済を掲げて反乱を扇動するも良し、あるいはナザリックが表立って国民救済の義勇軍として攻め込むも良し。
蒼の薔薇からの誘いは、つまり「どれにするか」を決定する重要な分岐点だ。ソリュシャンは、しっかりとその事を理解した上で、どう動くべきか指示を仰いだ。シゴデキである。
◇
ナザリック――
「なるほど。それは好都合ですね」
セバスを通してソリュシャンからの報告を聞いたデミウルゴスは、ニヤリと笑った。
「作り出すまでもなく、好機が向こうからやってきたか」
デミウルゴスの発言に乗っかって、モモンガがそれっぽい事を適当に言う。
だが何をどうするか、モモンガはあまり分かっていない。
変更前の計画(原作通り)は破棄したし、変更後の計画(マイルド路線)とも違う状況だ。
モモンガにとって残念なことに、こういうときのデミウルゴスはろくに説明してくれない。
なので、主人の窮地を察したセバスが口を開く。
「デミウルゴス様。それは蒼の薔薇からの要請を受けて八本指を壊滅させる、という事ですか?」
今回のことを好機として利用するなら、そういう事になる。
だが、それは変更前の計画に近い行動であり、変更後の計画には無い行動だ。
皮肉なことに、セバスのアシストでしっかり説明を受けたせいで、モモンガは余計に分からなくなっていた。
え? 何? 変更前の計画で行くってこと? でもそれだとギルメンが戻ってきたときに怒られるだろうからマイルド路線に変更するって話だったよね? え? 何? どうすんの? 蒼の薔薇の誘いは蹴って、計画通りに行けばええんとちゃうの? 何するん?
……という感じでモモンガは困惑しているわけだ。
「いや、潰さずに使うよ。資金獲得の有用な手駒になるから、そのまま支配する方向だね」
言わずもがな、犯罪というのは、ほとんどが「儲かるから」やっている事だ。
それは資金難のナザリックにとって、利用するべき駒である。
だが、とデミウルゴスは続ける。
「もちろん犯罪行為は、御方々がお戻りになったときにお叱りを受けるだろう。そこは潰すよ。
しかし、警備部門や娼館経営などは合法な範囲でやっている限りはむしろ治安維持に役立つからね」
「すると、合法に転用できない部門はつぶして、その潰した拠点から出てきたアイテムを狙ってヤルダバオトが現れる、という流れですか」
「そうなるね」
ここまで来ると、モモンガにも大筋が見えてきた。
つまり蒼の薔薇からの誘いを「表立って八本指を攻撃する建前」として利用し、実際には八本指を壊滅させるのではなく掌握する。
そのうえで、合法的な事業内容に変更させて、資金源にするわけだ。
変更後の計画――マイルド路線においても、ゲヘナ作戦は実行する。しかし、人や物の大量確保という点において、その狙う範囲が変わってくる。
「ヤルダバオト役のデミウルゴス様はレベル100ですね。
その脅威を現地人にはできるだけ大きく見積もってもらうほうが、撃退した時の名声が高まるわけですが……ソリュシャンのレベルでは勝てません。
演技するにしても、その後、衆人環視のもとで実力を披露するような場面が発生してしまう可能性を考えますと、具合が悪いのではございませんか? そのあたりは、どのように?」
「そうだね。
ソーイは装備のメンテナンス中の暇つぶしにエ・ランテルを訪れ、冒険者になった――そういう筋書きだったね。
であれば、それ以前は何をしていたのか、という事になる。
つまり、冒険者ではない仲間がいても、おかしくないという事になるね?」
このくらいアシストすると、モモンガも会話に加われるようになる。
「他の守護者の誰かを使うか?
シャルティア、アウラ、マーレあたりなら問題ないだろう」
デミウルゴスはヤルダバオト役だから無理。
コキュートスも人間種からのウケは良くないだろう。
アルベドを出すのはナザリックの運営的に苦しいから、もちろん無しだ。
「……ああ、いや、アウラでは役割がかぶってしまって具合が悪いか」
パーティーのバランスを考えた時、ソーイは盗賊なので、仲間には戦士・魔術師・神官あたりが欲しいところだ。アウラはビーストテイマーであり、集団戦最強の守護者である。だが索敵や撹乱が得意という部分で、役割がかぶってしまう。
モモンガの考えはゲーム脳から来たものだが、奇しくもこの世界の冒険者は実際にそのような編成が多く、同じ職業ばかりで構成された「特定の種類の仕事に特化したパーティー」というのは見かけない。
「さすがはモモンガ様、ご慧眼でいらっしゃいます。
ただ、与える印象で考えますと、3人とも見た目が幼いので、パンドラズ・アクターはいかがでしょうか?」
デミウルゴスがいつもの笑顔で迫る。
さすが悪魔だ。容赦ない。平然と嫌がることを強制してくる。
「パン……ドラ……?」
なん……だと……? のリズムで言うモモンガ。
黒歴史だから封印しておきたい気持ちが滲み出る。
だが、適任といえば適任だ。
「あいつか〜……」
役者だし。
能力的にも不足はない。
しかし……しかし、である。
「モモンガ様にお出ましいただくというのは?」
主人の懊悩を察して、セバスは提案した。
パンドラズ・アクターは至高の41人の姿をコピーしており、多様な能力を使えるが、十全にその力を発揮するためには必要に応じて変身しなければならない。モデルの80%の能力なので、よほど相性の良い相手でなければレベル100を相手に押し切れるような強さではないのだ。あらゆる状況に対して、次々と姿を切り替え、能力を切り替えて、相手が備えていない角度から切り込むというのがパンドラズ・アクターの強みなのだから。
しかも41人全員が異形種なので、人間種の社会である王国でアダマンタイト級冒険者ソーイの仲間として表に出すのは、ちょっと具合が悪いだろう。もちろんたっち・みーの鎧姿など人間と区別できないものもあり、「ソーイの仲間」という役回りにおいては1つの姿だけで演じるほうが自然ではあるのだが。
ただしセバスはそういう戦術的・戦略的な視点から意見しているわけではない。主人たるモモンガの生活の質を向上させるにはどうしたら良いか、という視点で意見している。あくまで執事なのだ。
「モモンガ様であれば、仮面とガントレットを装備していただけばアンデッドであることを隠して魔法詠唱者として動くことは可能ですし、『上位道具創造』で戦士に化けたり『完全なる戦士』でレベル100の戦士らしい身体能力を発揮することもできます」
「うむ、その通りだ。
もっとも、戦士のスキルは使えないし、『完全なる戦士』を使用中は他の魔法も使えなくなるから、本物の戦士には劣るがな」
「現地人に見分けはつかないでしょう。
逆に見分けがつくようなら、その人物は相当な手練……もしかすると他のプレイヤーに関する手がかりとなる人物やもしれません」
「なるほど、その可能性はあるか」
「お待ちください、モモンガ様!
それでは御身を囮にする事になってしまいます!」
「おっと、これは失礼。デミウルゴス様の仰る通りですね。
ですが、世界征服に向けて、いつかは表に出なければなりません。その時なって『恐ろしいアンデッド』という印象をどうにかしようと頑張るよりは、この機会に御自らお出ましになって『人々の味方』という印象を与えたほうがスムーズに行くかと」
「それならばパンドラズ・アクターに影武者をやってもらえば十分だろう!
なぜモモンガ様を危険に晒そうとする!?」
「危険とおっしゃいますが、敵役たるヤルダバオトはデミウルゴス様が演じるわけですし、現地人にそこまで強い者が居ないのは調査済みです。
この状態で『突如現れる可能性』を心配しなければならないとするなら、世界征服に向けてナザリックを表に出したあとも、モモンガ様には御姿を隠していただかなくてはならないという事になってしまいますが……デミウルゴス様は、モモンガ様をナザリックに軟禁することをお望みですか?」
「そ、そんな不敬なことを望むわけないだろう……!
しかし……それは……っ! 万が一のことが起きてからでは遅いのだよ!」
かなり苦しい反論だった。
というのも、いざ脅威が現れたとして、ヤルダバオトという立場であっても「邪魔するな」と脅威の排除に動くことは不自然ではなく、それはそのままモモンガの護衛になるからだ。
餌やメスを巡って争い合う野生の猛獣――そこに割って入る第三者がいれば、2頭は協力して排除に当たる。
ヤルダバオトとモモンガが同じことをしたとて、それを不自然と思う者は居ないだろう。
協力して排除したあとで「では改めて続きを」と、やりあえば良い。
「そもそもモモンガ様は我々シモベに『隣に並び立つ存在』であることをお望みです。
つまりそれは、かつて至高の御方々がモモンガ様と冒険にお出かけになっておられた頃のように……という事でございますから、ナザリックに引きこもること自体、モモンガ様のご意向に反してしまいます。
モモンガ様は我々と一緒に、外へ冒険に出かけたいとお望みでいらっしゃるのですから、我々はそのように務めなくては」
「ぐぬぬ……!」
うなるデミウルゴスに、セバスはさらなる追い打ちをかけた。
「モモンガ様。わたくしは御身のお考えを正しく理解できておりますでしょうか?」
これは強力無比な追い打ちだった。
絶対の支配者たるモモンガがこれを肯定すれば、もはやデミウルゴスは「間違えた愚者」の烙印を免れない。
そしてモモンガは肯定した。
「いいや、何も間違っていない。
確かに私は、そう望んでいるとも。
さすがはセバス。執事として素晴らしい働きだ。
……私の心の洞察には自信があると言っていたアルベドにも、このくらい正確に汲み取ってもらいたいものだな……(ぼそっ)」
いつも唐突に襲ってきやがって、とモモンガは恨めしく思う。
もうちょっと雰囲気とか大事にしてほしいものだ。恋愛クソ雑魚ナメクジの童貞草食系男子をナメないでほしいものである。
「身に余る光栄……今何か仰りましたか?」
「いや、なんでもない。これからも頼むぞ、セバス。
そしてデミウルゴス。そうしょぼくれるな。私の身を案じての発言なのだ。お前の忠誠心の現れであろう。それは何も間違っていないし、何も悪いことではない。私はそれを嬉しく思うし、もし万が一のことがあれば『デミウルゴスの言うことを聞いておけば良かった』と後悔する事になるやもしれん。
だが、そうなったとしても、それはデミウルゴスの責任ではない。私の責任だ。デミウルゴスの忠告に従うにせよ従わないにせよ、最終的に判断するのは私なのだから、その結果起きることはすべて私の責任である」
「はっ……恐れ入ります」
「うむ。
しかし今回はセバスの言う通り、そろそろ私もお前達と一緒に外へ出てみたい。万一プレイヤー本人あるいはプレイヤーに通じる何者かが居たとして、それが我々にとって敵対的な相手であった場合には、その場ですぐに行動を起こすとは考えにくい。まずは様子見をして情報収集に努めるだろう。
ゆえにこそ、護衛をゾロゾロと連れ歩くのが適さぬ今回の状況は、まことに都合が良い。冒険者ソーイの仲間は私自身が演じるとして、パンドラズ・アクターには『そのような人物』が居ないか、周辺の警戒に当たってもらう事としよう」
そういう事になった。
そうして八本指の拠点襲撃からゲヘナ作戦へと続き、マイルド路線での「確保」対象だが――貴族派閥の貴族たち、および腐敗貴族。そして、私腹を肥やす用の財産という事になる。
つまりは王国を正常化して、その手数料をちょいと頂くわけだ。八本指幹部および腐敗貴族らは、ナザリック黒棺にて洗礼を受け、王国民として愛国心の発露に励むようにと言い聞かせられ、更生を促される。
王国には、きちんと立ち直ってもらう。ラナーの頭脳はそこに投入させ、ランポッサに足りない「苛烈さ」をナザリックが密かに、穏やかに(ナザリック基準)代行する。そうして資源の豊かさを十全に活用できるようになったなら、合法化した八本指を複合商社として躍進させ、資金獲得に努めるとともに経済的に支配する。
◇
「……私は選ばれなかった、という事かしら……?」
一向に接触がないので、ラナーは待ちぼうけを食らっていた。
そして謎の手が介入して王国が急激に正常化していく兆しを感知したところで、ラナーは己の役割を理解した。
「まあ、クライムと一緒に過ごせるのなら、何でも良いわ」
誤字報告をいただきました。
tino_ue様 冥咲梓様
ありがとうございます。