ハルナ「私は貴女が嫌いです」 作:ゲヘナ一般生徒
美食は心の傷を癒す薬になる。
ハルナは大真面目にそう信じていた。
言わんとすることはわからなくもないけど、大袈裟すぎやしないかと思う。
「……素晴らしいですわ」
最後の一切れを噛みしめながら目を閉じるハルナ。
鴨肉は確かに美味しかった。脂の甘みも、ソースの塩梅も。私の舌でも分かるくらい良かった。
店内は静かで、給仕の声から足音まで、すべてが整っている。
「生き返りますわね……」
「そこまで?」
「ええ。昨日は散々でしたから」
「あー……」
「ジュンコさんもそう思いませんか?」
目を逸らした。昨日のことは、あまり思い出したくない。
日替わり定食三百八十円。注文から二分で提供。そして大盛り無料。
安い! 速い! 多い!
でも、それだけでは不合格らしい。あの店の厨房が今どうなっているかを見れば、彼女の評価がいかほどだったのかは一目瞭然だろう。
たしかに味は大したことなかった。業務用冷凍食品をレンチンした焼き魚がメイン。味噌汁は薄い。キャベツの千切りは鮮度が落ちている。おまけに、店員は終始死んだ目をしていて粗雑。
だとしても。私の食べかけの焼き魚もろとも爆破するなんて酷いじゃないか。
「あれはあれで値段相応だったんじゃない?」
「限度がありますわ」
「アンタの主観でしょ」
「私はたくさん食べられていいと思いましたけどね~」
隣でアカリが二皿目を幸せそうに頬張っている。
そんなこと言うなら、この美食モンスターを止めてほしかった。
「これ、チョコレートソースかけたらもっと美味しくなるかなぁ」
「絶対にやめてよね」
反対隣では獅子堂イズミが、皿の上の香草を一本ずつ丁寧に解体していた。
それは食べるものじゃないと思う。
いつものメンバーが、いつものように喋っている。私たちの日常は、たぶんもう手遅れなくらい歪んでいるが、今日は平和だった。
「……やはり、こちらのお店は素晴らしいですわ」
ハルナが紅茶に手を伸ばす。語りが長くなる合図だった。
「食事を楽しめるよう細部まで気を配っている。こういう店こそ……」
「へえー」
嫌な声がした。
ハルナの手が止まる。
「ここが好きなんだ?」
入口に立っていたのは、満面の笑みの少女。
横髪の跳ねた金色のショートボブからは黒い角が出ていた。
上から順に、サンバイザー、耳掛け型イヤホン、ハンバーガーの腕章、そして名札。
ハンバーガーショップの店員みたいで、厳かな高級レストランに似つかわしくない出で立ちだ。
極めつけは二挺のロケットランチャー。
「ハヤテさん」
「やっほー、ハルナ!」
苦虫を嚙み潰したような顔のハルナに対して、平和への乱入者は気さくに挨拶する。
ファストフード同好会の会長であり唯一の会員、糧道ハヤテ。
その眼は笑っていなかった。
「いい店じゃん! 内装きれい! 席も広い!」
両腕を広げて大声でほめながら、私たちのテーブルに寄ってくる。
ハヤテはハルナの皿を覗き込んだ。
「ねぇねぇ、いくら?」
ハルナは答えない。叱られた子供のように目を閉じて沈黙を貫いている。
アカリが苦笑しながらメニューを渡す。ハヤテは二度見した。
「たっか!」
入店時の私と同じ反応だった。
相変わらずどことなく愛嬌があって、思わず親近感を抱きそうになる人柄だ。
本性はハルナと同じ狂人なのに。
「メイン一皿で昨日の定食、二十八食いけるよ!?」
「比較対象おかしくない?」
「同じ食べ物じゃんか!」
違うと思う。見た目も、味も、サービスも。月とスッポンだ。
ハヤテは不服そうに寄ってきた。しまった、ツッコまなければよかった。
「食っていうのはね! 誰もが、いつでも……」
「ハヤテさん。今日はおしゃべりをするために、来たんですか?」
「あ」
思い出したように肩を見る。高級レストランにふさわしくない重火器。
十回を超えてから数えるのを諦めた過去の騒動を思い出せば、これから何が起こるのかは自明だ。
「こっちが本題だった」
忘れてたんかい。今度は心の中でだけツッコんだ。声に出したら負けだ。
ハヤテは店内を見回す。
壁、照明、調度品、厨房への扉。
査定でもするように一つずつ。最後にハルナを見て、再び笑った。
「ハルナ。このお店、大事?」
「……質問の意図を伺っても?」
「大事?」
「もちろん」
「なくなったら嫌?」
「だから、なんですか?」
「そっかぁ」
ロケットランチャーが持ち上がる。
「なら効果がありそうだね!」
「させませんわ!」
銃声。ハルナのスナイパーライフルが火を噴いた。ハヤテの足元が抉れる。
ロケットランチャーの軌道がずれて、ワインセラーが吹っ飛んだ。
店内は騒然とする。逃げ惑う客。場を収めようと奔走するスタッフ。暴徒を止めようとして返り討ちに遭う警備員。
いったいこんな光景を何度見ただろうか。見飽きたはずなのに、慣れない。慣れたら人間としての何かが終わる気がする。いや、美食モンスターに付き合っている時点で、もう終わっていたのかも。
「邪魔しないでよね!」
「なら今すぐ出ていきなさい!」
「嫌なこった!」
再び発射されるロケット弾。ハルナが撃ち抜く。
店の中央で爆発した。天井の装飾が散り、シャンデリアが傾く。
あと数センチ角度が違っていれば、誰かの脳天にクリスタルが突き刺さっただろう。
「ちょっと! 被害を広げないでよ!」
「不可抗力ですわ!」
私の言葉なんか聞いちゃいないとばかりに、ハルナは射撃している。
本人は狼藉者からレストランを守っているつもりなんだろう。
守る、の意味を辞書で引かせたい。
「昨日さあ! 私のお気に入りの店をさあ! 壊したよねえ!?」
「お気に入りだったんですの!?」
「そこは別に重要じゃない!」
「週に五回通って! スタンプカードを大事にしまっていた店なのに!?」
「なんで知ってるのさ! てか返せよ! 私の行きつけのお店を!」
ハヤテは、ロケットランチャーを放り捨てて銃撃戦を始めた。
テーブルが倒されて即席の壁が出来上がる。アカリを見たらウィンクされた。こういう時の判断だけは、本当に頼りになる。
流れ弾が、香草をしゃぶっていたイズミの頬をかすめた。思わず悲鳴をあげる。
「ひゃっ!?」
「ちょっと!? ただの私怨じゃない!」
「相互抑止! ハルナが私の店を壊したら! ハルナの店にも同じ被害が出る! すべては平和のため!」
「他人の店を巻き込むなんて正気ではありませんわ!」
「お前に言われたくない!」
二人の理屈は、どちらも「自分は悪くない」という結論から逆算されている。子供か。
鳴りやまない銃声。流れ弾が厨房脇のガスボンベに直撃した。
刹那、大爆発が起きて高級レストランの厨房は半壊した。
……え? 私まだデザート食べてないんだけど?
沈黙が場を支配した。
「……今のは、私のせいじゃないよ?」
「…………ぶっ殺しますわ!」
「痛ッ! なにさ! どうせお前が原因だろ!?」
「引き金を引いたのは貴女ですわ!」
ハルナが涙ながらに叫んだところで、この店の運命はもう変わらない。
当面は営業停止。こうして、またキヴォトスの名店が一つ甚大な被害を受けた。
っていうか、いつのまにか銃撃戦から取っ組み合いになってる。
「ほんと、よく飽きないですよね~」
「ちょ!? そのステーキどこから取ってきたのよ!?」
「厨房から飛んできたものをいただきました~」
「いいなぁ! 私にもちょうだい!」
「食べてる場合か!」
取っ組み合う二人を尻目に、アカリとイズミはのんきにステーキを食べていた。
このイザコザも毎週のようにやってるから慣れてしまったのかもしれない。それって人としてどうなの?
アカリとイズミにとっては、目の前の取っ組み合いも、店の存続もどうでもいい。いつだって自分の胃袋が優先されるんだ。もらった一切れのステーキを味わいながら、そんなことを考えていたら新たな乱入者が登場した。
「そこまでだ! 悪質な規則違反者どもめ!」
入り口から大声を出したのは、風紀委員会の銀鏡イオリだった。
後ろにはたくさんの風紀委員が控えている。
「……面倒なのが来ましたわね」
「ほんとにね」
「あ! そこは気が合うんだねぇ!」
「イズミさん。今、なんと言いましたか?」
優雅に微笑むハルナだったが、その目は笑っていない。
鋭い眼光がイズミを貫き、縮こまらせた。そんなに嫌だったの?
イオリは一歩前に出ると愛銃を構えた。
「またお前たちか! 美食研究会! それに糧道ハヤテ!」
「私をコイツのおまけみたいに扱わないでよね!」
「私たちからも願い下げですわ」
「どっちでもいいだろ! とにかく、お前たちを逮捕する! 大人しく拘束されろ!」
イオリのこめかみに青筋が浮いている。もう我慢の限界なんじゃないかな。
コロコロコロ。
イオリたちの足元に手りゅう弾が転がってきた。
「!? 退避ぃぃい!」
どうやらアカリが投げたらしい。あとお店の裏に逃走用車両があると教えてくれた。
「って、ちょっと待って!? なんで私まで逃げなきゃいけないのよ!?」
「ハルナのせいだとしても、風紀委員は連帯責任で逮捕してきますよ?」
「アカリさん。訂正してください。私ではなくハヤテさんのせいです」
「もとはと言えばハルナのせいじゃんか!」
「どっちでもいいので、早く逃げますよ~」
「待って! あそこに転がってるローストチキンだけ食べさせて!」
「バカイズミ! とっとと逃げるわよ!」
なんでいつもこうなるのか。答えは誰も持っていない。
いや、ハルナとハヤテのせいなんだけど、二人ともどうせ自覚がないだろうから無視しよう。
路地裏で車両に乗り込むと、アカリが急発進させた。
ハルナは心底疲れた顔をしていた。ハヤテが絡むといつもこうだ。自分がお店を爆破するときは涼しい顔してるくせに。
「最悪ですわ……私の愛するお店が……」
「半分くらい残ってるからいいじゃんか。私のお店なんて全壊だよ?」
当然のようにハヤテもいた。悪びれた様子は一切ない。
ハルナといい、狂人の辞書には反省の二文字はないみたいだ。
「……ハヤテさん、私は貴女が嫌いです」
「あっそ! 私もハルナ大っ嫌い!」
満面の笑みでの即答だった。再び二人は睨み合いながら、腕を掴み合う。
私はため息をついた。
「アンタたちって……なんだかんだ仲良いよね……」
「「どこが!?」」
ほら、そういうところ。
声だけは、いつも完璧に揃っている。
ゲヘナ学園 3年生
部活:ファストフード同好会
糧道 ハヤテ
(りょうどう はやて)
●プロフィール
年齢 18歳
誕生日 4月15日
身長 157cm
趣味 ファストフード巡り、食品工場見学、効率化
●概要
ゲヘナ学園所属、ファストフード同好会の会長。
なお、会員はハヤテ一人しかいない。
「誰もが安く、早く、安定して食事を取れること」を理想とする。
価格、提供速度、供給量、保存性、栄養価などから食事を評価する。
冷凍食品やレトルト食品、セントラルキッチンといった大量生産技術が大好きで、食品工場を見つけるとテンションが上がる。
美食研究会の黒舘ハルナとは犬猿の仲で、お気に入りの店を爆破されたことをきっかけに、彼女の愛する高級店を爆破して報復するようになった。
彼女はこれを「平和のための相互抑止」と呼んでいる。