人は常に探究心と好奇心を持ち、失敗と成功を重ねて成長してゆく生き物である。
この道は何処へ繋がっているのだろう、何故空はこんなにも青いのだろう、などと一旦考え始めてしまえば気になって仕方が無い。
大人になるにつれてそういった興味は薄れ、またはそれどころではなくなってゆくが、好奇心旺盛な10代後半の青年である僕は気になる事があると試さずにはいられない。
そんな僕が今とても気になっている事。
それは、一万円札という日本で最もランクの高いお札を、普段金欠金欠喚いている例の脇巫女の住む(仕える)博麗神社の賽銭箱に突っ込んだ場合、彼女はどのような反応を見せてくれるのだろうか、と言う事だった。
素直に喜びお礼を言うだろうか。
驚いて腰を抜かすだろうか。
入れて当然だという表情をするだろうか。
外来人である僕の人里生活がある程度安定し、勤め先である寺子屋の上白沢さんから6回目の給料を受け取ったときにふと考えてからは、もう思考が止まることはなかった。
まぁ、簡潔に言ってしまえば普段お世話になっているお礼に賽銭でもいれてやろうかなぁ、ということではあるのだが。
別に、女の子に貢ぎに行くみたいな事が恥ずかしいから脳内で言い訳しているわけではない。
これを機に、もっと仲良くなれたらなと思っているわけでもない。
何か理由を作っとかないと男として何か負けた気分になるから長々と語ったわけでもない。
好きなのに素っ気ない態度で接されるのが悲しいからお金で興味を引こう、なんてことは尚更ない。
ないったらない。
そんなこんなで僕は、博麗神社へと続く長い長い石段を、長い長い言い訳と共に登って行くのだった。
「あら、いらっしゃい。素敵な賽銭箱はそこよ」
疲労した僕に開口一番現金にも現金を要求してきたのは今回のターゲットである彼女。
季節は秋から冬に移ろうとしているというのに、相も変わらず脇出しスタイルだった。
…他のデザインの巫女服はないのだろうか?
「少しは労いの言葉をかけてくれよ。人里から歩いてきてこの石段を登り切った僕に対して何かないのかい?」
「飛べば楽なのにわざわざ辛い道を選ぶなんて、流石変態ね」
果たして、これが参拝客に対応する巫女の態度だろうか?
しかもこいつは、僕が飛べないのを分かっているというのに…だ。
だが今回そんな事はどうでもいいのだ。
僕には解明しなければならない謎(?)がある。
「おいおい、今日の僕は一味ちがうぜ。そんな冷たい対応でいいのかい?」
まるで噛ませの様なセリフをキメ顔と共に吐き出す。
疲れが取れていないために膝に手を置いて肩を上下させている男がそんな事をいっても、気持ち悪いだけではあるけれど。
…あぁ、視線が痛い。
それでも続けるのが僕だ。
「僕が何の為にここに来たかを考えてみてくれ…ヒント、一昨日給料日」
「あら御賽銭ねありがとう、いい心がけね。わざわざ御賽銭入れる為に来るなんて感謝以外のこの言葉が浮かばないわ」
凄いよこの巫女、感謝の言葉なのにここまで感謝の意が伝わってこないなんて。
だが、その油断が命取りとなる。
今に見ているがいい。
人間は全くの想定外の出来事の前にはいつも通りを貫く事ができない生き物だ。
恐らく彼女はこう思っているだろう。
(どうせ小銭程度なんでしょう、んなもんで喜んでやるほど私は安い女じゃないわよ。いや、嬉しいんだけど…私だってそこまで貧乏なわけじゃないのよ!ちゃんと2日に3食は食べてるし裏庭には色んな野菜が生えてるし)
あ、なんか想像してたら可哀想になってきた…っと話が逸れた。
兎も角、ここで僕は福沢様の顔が印刷されたお札を取り出す。
「これを見ても同じ事を同じ表情で言えるかな?」
完全に悪役である。
「はいはい、どうせ五円玉でしょう。そんなんで喜ぶほと私は安い女…じゃ…」
お、どうやら解答は「絶句する」だったようだ。
次の反応を待ち、僕は一万円札をヒラヒラする。
……あれ?反応がない?
「お、おーい、どした?急に一万円札なんて心臓に悪かったかな…やっぱり小銭で手足の先から慣らしていかないと…」
「…ね、ねぇ、今日うちで夕飯食べて行きなさいよ」
「……え?」
ビックリだ、ビックリした、ビックリである。
三段活用しきれていない程にビックリした。
…なんだ?
これは罠か?
夕飯に毒でも盛って僕の所持金全部奪う罠なのか?
悪いけど僕の貯蓄はそこまで多くないぞ。
その一万円札だって、偶々外から来た時に持っていた財布に入ってただけだからな。
って違うだろう。
お金が入ったから色んな食材が手にはいる。
そのお礼に夕食をご馳走してくれるという彼女の優しさであり僕にとっての夕食イベントというやつだろう。
「いつか料理を振る舞いたいと思っていたけれど、なかなか食材を買うお金がなくて…べ、別に誰でも良かったのよ!?」
何故後半逆ギレされたのだろう…
兎も角、どうやら今日の夕飯はこの逆ギレ巫女が振る舞ってくれるようだ。
こんな反応をするとは僕の想定外だったけど、更に親しくなるいい機会だろう。
「それはそれはありがたい、是非ともご相伴に預かろうかな」
どんな料理を作るのか、お昼の今から楽しみである。
幻想郷の夕刻、それは人間の時間と妖怪の時間の境界である。
人々は人里の門を閉め、妖怪達は活動を始める。
僕も本来なら家で、翌日生徒らに何を教えるかを考えている時間だろう。
だが違う。
今は違う。
場所が違うし一人でもない。
何より自分が作る夕飯からは、こんなにも美味しそうな匂いはしない。
「はい出来た。家庭料理の定番、肉じゃがよ。お酒は飲むかしら?」
「頂こうかな、酔わない程度にしないといけないけれど」
帰りは送ってもらえるとは言え、酔っ払う訳にはいかない。
「そうね。じゃあ頂きます」
「頂きます」
僕らは手を合わせて食材に感謝の意を贈る。
僕は追加で、この肉じゃがを作ってくれた料理人にも感謝する。
そういえば、誰かと一緒に夕飯を食べるのも、誰かが作った夕飯を食べるのも久しぶりな気がする。
外に居た時もこっちに来てからも一人暮らしだし、どちらの世界にも、とても親しいと言える人は少なかった。
…あ、考えたら涙出てきた。
「美味しいね、流石博麗の巫女だ。肉じゃがだけで僕を陥落させるとは、楽園の不思議な巫女を名乗るだけの事はある」
「不思議な褒め方ね。でも良かったの?一万円なんて。使ってしまった後に聞くのも変だけど、あなたにとっても安い金額じゃないでしょう?」
一万円で君を買えるなんて安い買い物さ、なんて冗談を言ったらきっと針か陰陽玉が飛んでくるだろう。
あぁ、言ってみたいなぁ…
流石に自重するけど。
「まぁあれだ、普段お世話になってるお礼というか、貧困な生活をしている君を見てられなかったというか…」
後半は、少し声が小さくなってしまった。
ここで「え、何だって?」と聞いてくるのが現代文学の主人公なのだろうけれど、彼女はそもそもお酒を飲んでいて聞いちゃいない。
…じゃあ聞くなよ!
「まぁ、その一万円でこんなにイキイキとした君を見れたし満足かな。料理に肉を使うなんて久しぶりなんじゃないか?」
「うるさいわね、だと思ってるなら普段から御賽銭入れてきなさいよ」
うるさいわね、が前半に対する照れ隠しなのか後半に対する憤りなのか知らないけれど、お酒とお肉で緩んだ表情を見てるとこちらもにやけてしまう。
これでもう少し愛想が良ければな、なんて思わなくはないが、これも彼女の在り方なのだろう。
「改めてありがとう、誰かに料理を作ってもらうなんて久しぶりだったから嬉しかったよ」
…うん、やっぱり聞いちゃいない。
あーこら、お酒飲み過ぎだよ。
まったく、僕の分がなくなっちゃうじゃないかーー
「うん、これは予想できてた」
目の前には、酔い潰れて寝っ転がっている彼女。
その横には一升瓶が1・2…え、こんなに飲んだの?
これは、送迎は期待出来そうにない。
どうしよう、流石にこの時間に一人で歩いて帰るのはまずいぞ。
「泊まっていけばいいじゃない」
なんだ、これは僕の頭の中の悪の方の呟きか?
なら大丈夫だ、そろそろ良い方の呟きも聞こえてくる筈だから。
「泊まっていきなさいよ」
僕の脳内には悪魔しか住んでいないのだろうか。
…いや、これ僕の頭の中の声じゃない。
だって、この声僕のじゃない…え?
「こんな時間に歩いて帰ったら危険だし、私が送ろうにも飲み過ぎて真っ直ぐ飛べる自信が無いわ。明日になったら送ってあげるから、泊まっていきなさい」
彼女に女としての自覚がないのか、僕が男として見られていないのか…
心配されているのはいいけど、喜べば良いのか悲しいめば良いのか分からない。
兎に角、勝ち目のない事は分かっていても反論してみる。
「いやいや、僕は男の子だよ?女の子と二人きりで夜を過ごす訳にはいかないさ。それとも僕は男の子として見られていないのかい?」
「あら、自覚はあるんじゃない。それとも何、貴方は酔っ払ってる私を襲うの?流石変態ね。でも、そんな勇気があるのかしら?」
カチンときた。
僕がチキンなのは事実だけれども、それを好きな女の子おっと年中春頭な脇巫女に言われてカチンときた。
僕だって男だ。
好きな女の子と同じ屋根の下で過ごすなんて、手を出すしかないじゃないか。
何時も変態変態言ってきた事を後悔させてやらないと。
「おいおい、僕は紳士だよ?きちんと相手を寝かせて僕は別の部屋で寝るに決まってるじゃないか?」
はい、チキンです。
襲うとか無理です。
「…なら決まりね。さっさと私を寝室に運んで頂戴、紳士さん」
「なぁ…布団、なんで一組しかないの?」
「あら、しまったわ。たしかこないだ魔理沙がキノコ汁ぶちまけてダメにしちゃったの忘れてた。これはもう同じ布団で寝るしかないわね」
あっれ、君ってこんなキャラだっけ?
「…僕は紳士でチキンとはいえ男なんだよ?女の子がそんな事いったら狼さんに変身しちゃうよ?」
「大丈夫よ、貴方はチキンでも紳士でも狼でもないわ」
不思議な信頼のされ方をされている。
紳士でもない、は余計だけど。
「それに貴方になら…」
「え、なんだって?」
…ジト目が痛い。
「ま、まぁ仕方ないか…ってかさ、君、本当に酔ってるの?」
ってか絶対酔ってない。
そもそもよく考えたら彼女は酔わない。
だってそんなとこ見たことないし。
「はぁ…酔ってるわよ。お酒の力を借りないと、こんなこと出来やしないわ」
彼女にも何か、事情的なものがあるのだろう。
よかったよかった、僕は勘違いしちゃうとろこだった。
「それにね、普段お世話になってるお礼がお賽銭ってどうなの?」
確かに、何かお金で釣っているみたいだよね…
以後気を付けよう。
それにね、と。
彼女は続ける。
「貴方が今日来てくれたことが全然嬉しくなかったし、料理を振る舞うのなんて誰でも良かったのよ」
彼女の表情は、少し俯いてしまって見えない。
でも、この状況で僕に追い打ちを掛けないで欲しいな。
「貴方の為に料理をいっぱい練習した訳じゃないし、次は何時来てくれるかなぁなんて思っても無かったの」
少しずつ、彼女の声がくぐもってきた。
「本当は帰って欲しいけど、夜は危ないから泊めてあげるしかないし…一緒に過ごせて、全く楽しくなかったわ」
震える彼女の肩を、僕は気付けば抱き締めていた。
これで気付かない程、僕は朴念仁じゃない。
「料理を美味しいって言ってくれても嬉しくなかったし、内心いつも早く帰って欲しかったの」
素直じゃない彼女の、彼女なりの想いのぶつけ方は、僕の恋心を加速させた。
こんな時でもいつも通りに話そうとする彼女を、より愛おしいと思ってしまう。
彼女も言っていたけれど、やっぱり僕は変態なのだろうか。
「貴方が私の事をどう想ってるかなんてすっごくどうでもいいし、夕飯の誘いも泊まりの誘いも、全く勇気なんていらなかったわ」
どうやら、僕は少し勘違いをしていたかもしれない。
いや、勘違いをしなきゃいけないみたいだ。
だって、彼女が僕の事をこんなにも想ってくれているなんて、勘違い以外あり得無いんだから。
でも…
「だから、今夜は…絶対に襲わないでね?」
今くらいは、勘違いしてもいいのだろう。
僕の為にも、彼女の為にも。
予想外の事をなんとやらと言っていたけれど、僕はこの時ばかりはいつも通りに返す事が出来た。
「難しいな…なにせ僕は変態だからね、誰かさんが言ってた様に」
そう言った僕は、いつも通りの表情を出来ていただろうか。
もしこれが僕一人の勘違いなら、土下座なりなんなりして謝ろう。
それで済む事とは思えないけど、だからと言って僕が他に出来る事はない。
もしこれが僕一人の勘違いでないのなら…
次は、給料三ヶ月分を賽銭箱に入れてみるのも有りかもしれない
僕が初めて書いた小説ですね。
一話だけポンと置いておくのもアレだと思ったので、短編集のここに置きました。
ちょっとだけリメイクしてますけれど、話自体は変わってしません。
少し文章を読みやすくしました。
既にコレを書いてから二ヶ月が経っていたんですね。
時の流れははやいもんです。
どうも、僕の文章は淡々とし過ぎてしまっている気がします…
もっと甘々な文章にするコツ、誰か教えてくれないかなー(チラッ)
誤字脱字、アドバイス、コメント、お待ちしております。