東方短編恋愛録   作:笠原さん

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サブタイで今回の主役を予測出来た人は凄いです。

 



想う事しか出来無いけれど

「咲夜さーん、洗い物終わりましたよ」

 

「お疲れ様。今日はもうやる事は無いし、休んでいいわよ」

 

 咲夜さんに食器を洗い終えた事を報告すると、本日の業務が終了した事を告げられた。

 

 はぁ…今日もダメだったか。

 相変わらず、進展も何も無いな…

 

 早速、きつく閉めたネクタイを緩める。

 紅魔館の執事として住み込みで働いている俺は、今日も今日とて大忙しの一日を送っていた。

 

 紅魔館の業務は、基本的に夕方から始まる。

 

 吸血鬼姉妹の二人が起きて来る前に、洗濯・一階より上の階の掃除・その他諸々を終えてテーブルに食器を並べる。

 料理自体は咲夜がやるからいいものの、食器を並べると言うのが意外と面倒臭かったりするのだ。

 

 少しでもシルバーの位置がずれているとケチをつけられ、楕円形の皿が斜めになっていると機嫌が悪くなる。

 確かに、雇われている身としてはそう言った細かい処までこなさなきゃいけないのは分かるが、イチャモンが完全に姑レベルだ。

 

 吸血鬼姉妹が食事を終えた後は、その食器を下げて素早く洗う。

 此処で遅くなると、後々他の仕事がつかえてくるから大変だ。

 だから、ワザとゆっくり食べて終わった後もお茶を飲みながら談笑するのはやめて欲しい。

 テラスに行ってくれ。

 

 その後、図書館の本棚の整理と掃除。

 この時に、小悪魔が何か話し掛けてくる場合もあるがスルーしなければいけない。

 うっかり返事をしようものなら、仕事と上司に対する愚痴を長々と聞かされる羽目になる。

 

 散らばりに散らばった本を全て棚に叩き込んだら、次は地下室へ向かう。

 と言っても、吸血鬼の妹の部屋では無く倉庫の方だ。

 

 大量のワインなどの食材を管理しているこの部屋は、常に適温清潔に保たなければいけない。

 空調の魔法が切れていない事を確認し、埃を立てない様に掃除する。

 

 やる事自体はシンプルで種類も少ないこの仕事だけれど、何分館が広過ぎて一つ一つに時間かかかる。

 だからこそ、俺みたいな人間を住み込みで働かせているんだろうけど。

 

 人里でダラダラ過ごしていた頃とは大違いた。

 この達成感や充実感は、あのままだったら間違い無く手に入らなかっただろう。

 無理やりにでも面接に行かせた母親には感謝しなくてはいけない。

 

 さて、今日ももうすぐ夜が明ける。

 

 時を止められる咲夜と違い、普通の人間である俺はこれから睡眠を取る。

 吸血鬼の館という事もあり、完全に生活リズムが逆転してしまった。

 

 だが、その前に。

 

 図書館へ行って、彼女に今日の報告と相談をしなければならない。

 魔法使いに睡眠はいらないと言っていたし、今から行っても問題無い。

 

 そもそもコレは既に、俺と彼女の日課に成っているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、今日の仕事は終わったのね。お疲れ様」

 

「おう、相変わらず姉の方には怒られてばっかだけどな」

 

 紅魔館の地下に存在する図書館は、相変わらず魔法によって快適な温度に保たれていた。

 扉を開ければ、一月とは思えない暖かな空気が流れ出てくる。

 

 紙は、湿度温度にとても敏感な物だ。

 湿度が高過ぎればシワシワに萎れてしまい、かと言って温度を上げれば縮んだりパリパリになってしまう。

 勿論、紙の種類にもよるけれど。

 

 当然、そんな事をあの動かない大図書館と呼ばれた彼女が許す筈もない。

 大魔法使いである彼女は、この図書館の空調を完全にコントロールしているのだ。

 

「いやぁ、あったかいな。疲れた身体が癒されてくぜ」

 

「分かったから扉を閉めて頂戴。折角の暖気が逃げちゃうでしょ」

 

 おっと、いけないいけない。

 直ぐに閉めないと。

 

 バタン

 

 再び扉は閉ざされ、図書館には静寂が訪れた。

 この図書館には防音の魔法も掛かっているらしく、扉を閉めれば外の音か入って来る事もない。

 当然、逆もまた然り。

 

 中の音が聞こえないと言うのは、相談事にはもってこいの場所だ。

 だからと言うだけではないけれど、俺が此処へ来る理由の一つではある。

 

 特に、この相談事の内容を咲夜に聞かれる訳にはいかないのだ。

 

「さ、座りなさい。で、今日はどうだったの?」

 

「相変わらず進展は無し、だな。お互いに忙し過ぎて、ゆっくり話す機会が無いってのもあるが…」

 

 俺が、この紅魔館のメイド長である咲夜に恋をしている。

 それが、毎日彼女に相談する事の内容だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ーー相変わらず、貴方はいざという時に勇気を出せないのね。そんなんじゃ、あの咲夜には絶対気付いて貰えないわよ」

 

「そうは言ってもな…俺だって結構アピールしてるつもりなんだけど、流石に気付かれなさ過ぎじゃないか?なんかもう、ワザとな気すらしてくるぜ」

 

 十六夜咲夜は、一言で言ってしまえば完璧な女性だ。

 見た目は言うまでも無く、性格や言葉使い、言動や気遣いに至るまで全てがパーフェクト。

 内面外面共に理想の女性な咲夜に恋をするのは、男として当然だろうと思った事すらある。

 

 しかし、一つだけ問題があった。

 

 咲夜は、恋や愛など、年頃の若者が熱を出すそう言ったものに非常に疎いのだ。

 

 育てられた環境の問題もあるのだろう。

 この紅魔館で育って来たと言うのだから、それは頷かざるをえない。

 女性だらけのこの紅魔館だ。

 むしろ、同性愛に走らないでくれただけ俺としては僥倖である。

 

 まぁ兎に角、咲夜は恋愛に疎い。

 それはもう、朴念仁とかのレベルじゃない程に。

 

 俺がどんなにアピールしたって、表情を変える事無く笑って受け流す。

 多分、例え俺が好きですと伝えた処で、ありがとうとお礼を言われて流されるんだろう。

 この紅魔館での経験を元にすれば、多分では無く絶対だと判断出来る。

 

 しかし、だからと言って諦められる様なら、元より此処まで恋はしない。

 

 取り敢えず、仕事さえしっかりこなしていれば嫌われる事は無いんだから、チャンス自体は幾らでもあるのだ。

 活かせるかどうか、は別として。

 

 俺が割と大っぴらにアピールしているせいで、館の住人の大半は俺の想いを知っている。

 

 だから、あの吸血鬼の姉の方は俺に少し厳しいのかもしれないけど。

 姑と言う例えも、あながち間違いでも無いのかもしれない。

 

 まぁ、一部の奴を除いて、割と俺の想いを応援してくれている。

 そのうちの一人が、今相談している彼女だった。

 

 最初に相談したのは、単に恋愛等そう言った事に詳しそうだと思ったからだった。

 この館の生活も長いと言っていたから、咲夜の性格も良く知っているだろう。

 彼女なら、いいアドバイスを分かりやすい言葉で授けてくれるんじゃないか、と。

 

 結果として、半分正解半分失敗だった。

 

 確かに、彼女は咲夜の性格を良く理解していた。

 それに、話し上手の聞き上手で、相談するには確かにうってつけだった。

 

 しかし、失敗の半分のせいで、差し引きギリギリプラスになるかならないか位に落ち着いた。

 

 彼女は、恋愛経験がゼロだったのだ。

 確かに、ずっと魔法の研究と読書に耽っていてはそんな事をしている暇は無いのかもしれないけど。

 

 更に、彼女は悪い意味で常識知らずだった。

 知識の殆どを紙面で得ているせいだろう。

 彼女から出たアドバイスは、面白い程に突発的で不可解なものが多かった。

 

 それでも未だに彼女に相談しているのは、聞いて貰うだけでも気持ちが楽になるからだろう。

 時たまマトモな案が出てくる事もあるし。

 それに、俺には咲夜という心に決めた人がいるけれど、やっぱり綺麗な女性と話すのは楽しいものだ。

 

 最初は人選ミスかとも思ったけれど、今では仕事終わりの恋愛相談は完全に俺の習慣となっていた。

 

「でも、貴方も本当に諦めが悪いわね。これで振られたら大変だわ」

 

「はは、都合の悪い未来は考え無いのが男って生き物だよ」

 

 こんな風に、諦めを勧められる事も少なくない。

 まぁ、咲夜の性格を知っている者なら皆そう言うだろうとは思う。

 と言うか、俺だってそう言うかもしれない。

 

 だが、其れとこれとは話が違う。

 

 当事者でなければ分からない想いだってあるのだ。

 そう言った事は、特に恋愛なら多いだろう。

 

 理屈じゃなく、無理なものは無理なのだ。

 諦められるんなら、とうに諦めている。

 

 それが出来無いから、今もこうして試行錯誤を繰り返しているのだ。

 

「ま、応援はしてるわよ。さ、そろそろ寝た方がいいんじゃないの?仕事をミスして追い出されたら、それこそ終わりなんだから」

 

「あぁ、そうだな。悪いな、何時も何時も」

 

 気付けば、紅茶はすっかり冷めていた。

 そろそろ部屋に戻って寝ないと、明日の仕事に差し支えてくる。

 

 今日も、ゼロか。

 収穫も、進展も…

 

「じゃあ、お休み。また明日な」

 

「ええ、お休みなさい。体調に気を付けてね…」

 

 再び図書館の扉を開き、暖かな空気に別れを告げる。

 あぁ、寒い寒い。

 布団が恋しいぜ。

 

 さ、明日も頑張らないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 バタン、と図書館の扉が閉じた。

 彼は、もうこの図書館には居ない。

 

「はぁー…」

 

 私は、深くため息をついた。

 

 まったく、彼は気楽なものだ。

 悩む事無く、恋に没頭出来るのだから。

 いや、実際悩んだりはしているのでしょうけれど。

 

 少なくとも、恋愛相談の相手がどんな気持ちで聞いているかなんて、考えようともしないだろう。

 

 私は、彼の事が好きだ。

 

 勿論、最初からと言う訳ではない。

 でなければ、恋愛相談の相手になんてなっていない。

 

 初めて相談された時は、特に何とも思わなかった。

 あぁ、あの咲夜に惚れるなんて大変でしょうね、程度にしか。

 

 咲夜の好きな紅茶の種類やティーカップのデザインなどを教えてあげたりもした。

 精々頑張りなさいよ、と思いながら何度か相談を受けてあげた。

 

 少しずつ、彼への興味が湧いてきた。

 

 飽きもせずに咲夜へのアプローチを考えては失敗し、慰めてあげては次の策を立てた彼は、見ていて楽しかった。

 私も、積極的にアドバイスしてあげるようになった。

 

 咲夜を楽しませるために、花火程度の魔法を教えてくれと頼まれた事もあった。 

 少しでも楽しく話せるようにと、色んな勉強に付き合ってあげた。

 

 何時からか私は、その想いを私に向けて欲しいと思い始めた。

 片想いの相手の為にこんなに頑張る彼を見て、もしその相手が私だったならと思った。

 

 一度その気持ちを抱いてしまってからは、もう戻る事は出来なかった。

 

 でも、彼の気持ちが私に向く事が無い事は、私が一番分かっている。

 それが分かってしまう位には、彼の事を理解しているつもりよ。

 

 私の想いに勘付いた親友のレミィは、少しでも私の為に成ればと、彼の恋路を妨害してくれている。

 

 どちらにせよ彼の想いに咲夜が応えてくれる事は無いのだから、彼に告白させないようにしたって同じ事だろう。

 寧ろ、振られたショックで仕事を辞めてしまわれる方が困る。

 

 そう考えたレミィは、出来るだけ彼と咲夜を近付けない様に立ち回っている。

 自身が嫌な雇い主と思われる事も厭わずに。

 

「なんでーー」

 

 なんで、彼は私じゃなく咲夜に惚れてしまったのだろう。

 

 考えても仕方の無い事だと分かっているけれど、考えずにはいられない。

 そもそも、彼が咲夜に惚れていなかったら、私が彼の事を好きになっていたか分からないけれど。

 

 本当は、恋愛相談の相手をするのだって辛い。

 

 自分が好きな人の、別の人への想いを応援しなくてはならないのだから。

 何度、泣きそうになった事か。

 

 かと言って、それを断る事も出来無い。

 

 こうやって相談相手になってあげる事で、彼は毎日私に会いに来てくれるのだから。

 それを断ってしまっては、もう来てくれない様な気がしてしまう。

 

 本当に、哀しい話ね。

 

 もし彼の恋が実ってしまっては、もう私のものになる事は無い。

 恋人がいるのにそれを奪うなんて、私には出来無い。

 その相手が咲夜なのだから尚更よ。

 

 もし彼の恋が実らなかったら、多分彼は此処を辞めて人里へ帰ってしまう。

 今の彼の原動力は、咲夜に対する想いなのだから。

 

 どちらにせよ、私の恋が実る事は無いのだ。

 

 何度、咲夜を嫉妬した事か。

 その度に、自己嫌悪に苛まれて苦しくなった。

 

 何度、彼に憤怒した事か。

 何故私じゃないのかと、泣きながら枕に顔をうずめた夜は数えきれない。

 

 何度、運命を呪った事か。

 親友はその専門だけれど、それに頼ってしまってはもう恋愛では無い。

 

 何度、この想いを伝えてやろうと思った事か。

 でも、彼を困らせる様な事はしたくなかった。

 頑張っている彼が、私の一番好きな彼なのだから。

 

 私に出来る事は、毎日彼の相談相手になる事だけだ。

 そうすれば、彼と一緒の時を過ごす事が出来るし、彼も喜んでくれる。

 

 そうよ、これがずっと続けばーー

 

「違う、そうじゃないわ!」

 

 分かっている。

 そんな日を続けたって、なんの意味も無いと言う事を。

 そんな日は、何時か続かなくなる事を。

 

 そう遠くない日に、彼は咲夜へ想いを伝えてしまうだろう。

 咲夜の応えに関係無く、それ以降私にチャンスは無くなる。

 

 そうなった時、こんな日々を思い出してどうすると言うのだ。

 

 ぐじぐじと悩みながら彼が告白しない様にと願った日々で、私は納得出来るだろうか。

 毎日毎日、しょげた顔で扉を開く彼を見て安心する日々で、私は納得出来るだろうか。

 

 だからって、一体どうすれば…

 結局、答えは出ない。

 

 彼の相談は、丸々私を表していた。

 一つ違うのは、彼にはまだ実る可能性がゼロでは無い、と言う事。

 咲夜の応えによって、未来が二つに分岐する事。

 

 どちらにせよ変わらない私と違って、随分と簡単な恋愛ね。

 

 …また、自己嫌悪に陥る。

 

 何だ今の私は。

 何で、彼を貶める様な事を考えていたんだ。

 

「誰か…助けてよ…」

 

 当然、返事は無い。

 当たり前だ、この図書館の音が外へ漏れる事は無いのだから。

 

 朝と昼が終われば、次の夜が来てしまう。

 また、彼が告白出来ていない事を祈る時間が来てしまう。

 何度越えたって、慣れる日は来ない。

 

 私は、ただ願う。

 

 彼がまた失敗して、私と会話して元気を取り戻す明け方が来る事を。

 

 私は、ただ祈る。

 

 そんな日がどれだけ続いても良いから、何時の日にか、彼の想いが私に向けられる事を。

 




糖分ゼロです。
ノンシュガーノンカロリーです。
書いてて悲しくなりました。

誤字脱字、コメント、アドバイス、お待ちしております。
リクエストも承っておりますので気軽にどうぞ。
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