何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~   作:名もなきそば付き

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一章の表紙イメージです。AI画像ですのでご注意ください。
また作中に挿絵が1枚あります。そちらもAI画像ですのでご注意ください。


第十一話♡十二回目――あなたが男だったらよかったのに

 十二回目の人生では、門を閉めた。

 

 公爵家の王都屋敷。

 お嬢様は、その中にいらした。

 

 学園で婚約を破棄されたあと、私はお嬢様を連れて帰った。

 追ってくる者がいないか確かめ、馬車を替え、屋敷へ着くまで一度も隣を離れなかった。

 

 今度は、間に合った。

 

 扉が閉まったとき、そう思った。

 

     ♡

 

 お嬢様の部屋から、王子殿下に関わるものが運び出された。

 

 舞踏会で使った扇。

 王家の紋章が入った箱。

 お返事の来なかった手紙の下書き。

 

 全部捨てて、とお嬢様はおっしゃった。

 奥様は、捨てるかどうかは後で決めましょうと答え、別の部屋へ移させた。

 

 私は他の侍女たちと同じ、黒地に白い襟のメイド服を着ていた。

 白いエプロンの紐を結び直し、何も言わずに空いた棚を拭いた。

 こうして、少しずつ忘れていただけばよい。

 殿下との縁がなくなっても、お嬢様の人生は続く。

 続けられるように、今度こそ守る。

 

「ノエル」

 

 振り返ると、お嬢様は窓のそばに立っていた。

 

「今日はお天気がいいわね」

 

「はい。お庭へ出られますか」

 

 声が明るくなったのが、自分でも分かった。

 お嬢様は少し迷い、首を横に振った。

 

「ここで、いいわ」

 

「では、お茶をお持ちいたします」

 

「あなたも一緒に」

 

「はい」

 

 以前と同じ言葉だった。

 私はそれが嬉しかった。

 まだ、お茶を飲める。窓を開けられる。話しかけてくださる。

 守れたものを一つずつ数え、失ったものを見ないようにしていた。

 

     ♡

 

 数日前、学園を去る支度のために戻ったとき、フィオナに呼び止められた。

 

 廊下の端だった。

 周りに、殿下たちはいなかった。

 

「セレスティア様はお元気ですか」

 

 私は抱えていた本を持ち直した。

 

「お休みになっております」

 

「お会いできませんか。私、お話ししたいことが」

 

「今は、お客様をお迎えしておりません」

 

 フィオナは唇を閉じた。

 桃色の瞳が、私を見ていた。

 その奥に、小さなハートの形が見える。

 光が揺れると、一緒に揺れた。

 

 何度見ても、普通の瞳にはないものだった。

 けれど、今はその意味を確かめる気になれなかった。

 

「私、こんなことになるとは思っていなくて」

 

 声は小さかった。

 嘘をついているようには見えなかった。

 それが、余計につらかった。

 

「では、殿下にも、そうお伝えください」

 

「もう、お話ししました。でも」

 

 続きは聞かなかった。

 聞けば、また何か期待してしまう。

 この人の言葉で殿下が考えを変えるかもしれない。誤解が解けるかもしれない。

 そうして待った時間を、私は何度も知っていた。

 

「お嬢様を、そっとしておいてください」

 

 礼だけして、廊下を離れた。

 抱えた本の角が、腕に食い込んでいた。

 

     ♡

 

 屋敷には、毎日のように手紙が届いた。

 

 見舞いの品。

 気遣う言葉。

 遠回しに事情を尋ねるもの。

 

 中には、お嬢様を引き受けてもよいという話もあった。

 婚約の申し出という形をしていたが、書かれているのは、相手の家が欲しがるものばかりだった。

 

 港の優先取引権。王都での口添え。過去のことを問わないという、恩着せがましい一文。

 

 公爵様は、その場で断った。

 

「娘を、何だと思っている」

 

 封筒を置く音が、机に響いた。

 私は横で頭を下げたまま、少しだけ安堵した。

 ここなら守っていただける。

 私だけではなく、公爵様も、奥様もいる。

 

 だが、断ったことまで噂になった。

 

 まだ選り好みをしている。

 王子殿下でなければ気に入らないのだろう。

 

 私は聞いた話をお嬢様に伝えなかった。

 伝えなければ、傷つかずに済むと思った。

 

 お嬢様は、もうご存じだった。

 

「お父様はまたお怒りになったのでしょう」

 

 ある午後、刺繍の枠を膝に置いておっしゃった。

 

「ご無理な申し出でしたので」

 

「私のために」

 

「お嬢様がお気になさることでは」

 

 お嬢様が、顔を上げた。

 私はそこで口を閉じた。

 

 ご自分のことで、お父様が怒っている。

 気にするなと言われて、気にせずにいられるはずがなかった。

 

「申し訳ございません」

 

「いいのよ」

 

 お嬢様は刺繍へ目を戻した。

 針は、動かなかった。

 

 お嬢様を慕っていた令嬢からも、手紙は届いていた。

 またお茶をご一緒したい。自分にできることがあれば言ってほしい。

 小さな押し花の添えられたものを、お嬢様は何度も読み返していた。

 

「お返事を、お書きになりますか」

 

「そうね」

 

 紙を用意すると、お嬢様は礼の言葉を書いた。

 その先で、筆が止まった。

 

「会えば、何を話すのかしら」

 

「いつものお話で、よろしいのでは」

 

「皆、気を遣うでしょう」

 

 私は便箋の端を押さえた。

 気を遣わずに話せと言えば、それも負担になる。

 会わなくてよいと言えば、この部屋から出る理由をまた一つ減らしてしまう。

 

「まずは、お返事だけでも」

 

「……ええ」

 

 書き終えた手紙を、私は預かった。

 差し出す相手はいる。

 気にかけてくれる人も、いる。

 それでも、お嬢様の表情は晴れなかった。

 

 押し花は、机の引き出しにしまわれた。

 捨てたいとは、おっしゃらなかった。

 

     ♡

 

 ある夕方、私は昔の旅の本を持っていった。

 

 東の海について書かれた本だった。

 お嬢様が小さい頃、絵を気に入って何度も開いていたものだ。

 

「領地へ移られては、いかがでしょう」

 

 私は窓際の卓へ本を置いた。

 王都から離れれば、人の口も届きにくくなる。

 海を見て、少し休んでいただければ。

 

「あなたも、来るの?」

 

「もちろんでございます」

 

 お嬢様は本に手を置いた。

 開かずに、表紙をなぞる。

 

「その先は?」

 

「その先、ですか」

 

「領地へ行って、休んで。それから、私はどうするのかしら」

 

 私は答えを探した。

 暮らしに不自由はない。

 公爵家の娘として、領地の仕事に関わる道もある。

 結婚を急ぐ必要もない。

 

 そう伝えると、お嬢様は小さくうなずいた。

 

「そうね」

 

 納得した声ではなかった。

 

「殿下のおそばへ行くために、たくさん覚えたわ」

 

 お嬢様は、ご自分の手を見た。

 

「失礼のないように。恥をかかせないように。困らせないように。できないことがあれば、できるようにしなくてはと思っていた」

 

 私は椅子の横に立って聞いていた。

 

「でも、あの方は、何を覚えたかなんて、一度も聞かなかったわ」

 

 机の上の本を、お嬢様の指が押した。

 ほんの少し、こちらへ動いた。

 

「私と話していると、疲れるんですって」

 

 言い返したかった。

 疲れるようなことを、お嬢様がしたのではない。

 聞くべきことを聞かず、守るべき約束を守らなかったのは、あの人のほうだ。

 

 だが、今ここで殿下を責めても、お嬢様のお話を遮るだけだ。

 私は言葉を飲み込んだ。

 

「……それは、おつらかったですね」

 

 ようやく出たのは、それだけだった。

 

 お嬢様の目が、こちらを向いた。

 少し長く、私を見ていた。

 

「あなたは、聞いてくれるのね」

 

「はい」

 

「何度、同じことを言っても?」

 

「何度でも」

 

 お嬢様は、私の袖をつかんだ。

 椅子を近くへ寄せるように言われ、私は腰を下ろした。

 

 しばらく、何も話さなかった。

 暖炉の中で薪が崩れた。

 それを合図にしたように、お嬢様が口を開いた。

 

 

「あなたが男だったらよかったのに」

 

 

 私は、動けなくなった。

 

 

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「あなたのように、話を聞いてくれる人だったら」

 

 お嬢様は、困ったように笑った。

 

「……ごめんなさい。あなたに言っても、仕方のないことね」

 

 仕方がない。

 その言葉が、頭に残った。

 

 私には、できないことだった。

 傷なら治せる。

 襲ってくる相手がいれば、前へ立てる。

 だが、私は女だ。

 男になることなんて……できない。

 

「お嬢様」

 

「今のは忘れてちょうだい」

 

 忘れられるはずがなかった。

 

     ♡

 

 その夜、お嬢様は少しだけ夕食を召し上がった。

 奥様とも、領地へ行く話をした。

 私は、使い慣れた筆と本を荷物に入れようと思った。

 

 明日、また尋ねればいい。

 持っていきたいものを、一つずつ。

 

 翌朝、お嬢様は返事をしなかった。

 

 私が部屋へ入ったときには、もう遅かった。

 祈っても、呼びかけても、手を握り返してはくださらなかった。

 

 自ら命を絶たれたのだと、あとで聞かされた。

 

 その言葉を、私は受け入れられなかった。

 門は閉じていた。

 侵入者もいなければ、訪問者もいなかった。

 なのに、お嬢様は亡くなった。

 

 奥様が、何度も娘の名を呼んでいた。

 公爵様は寝台のそばから動かなかった。

 旅の本は、昨夜置いたまま、卓にあった。

 

 何か、できたはずだった。

 お嬢様が話してくださったことを、私だけで抱えず、奥様にも伝えていたら。

 食事を召し上がっただけで、少しよくなったと思い込まなければ。

 

 答えは一つではなかったはずなのに、私の頭には、あの言葉だけが残った。

 

 あなたが男だったら。

 

 何度も繰り返し、意味を探した。

 何度も何度も繰り返し、私が男として存在する方法を考えた。

 何度も何度も何度も繰り返すうちに、それだけが、私にも変えられることのように思えてきた。

 

 次は、男としておそばに。

 そう決めて、私は自ら命を絶った。

 

     ♡

 

 次に幼い身体で目を覚ましたとき、十三回目になっていた。

 

 孤児院の天井を見上げた。

 右に二つ、左に一つの染み。

 その間を走る細い亀裂も、変わっていなかった。

 

 指を動かす。

 小さな手だった。

 

 私は、まだ何も変わっていない。

 

 違う。

 変えるのだ。

 

 起き上がろうとして転び、修道女に抱き上げられた。

 いつもの声が、熱はないかと尋ねる。

 私は首を振った。

 

 今度は、違うふうに生きる。

 

 髪が伸びれば、短くしてほしいと頼んだ。

 服を選べるようになると、男の子と同じものを望んだ。

 初めて会う人がそう扱えば、訂正しなかった。

 

 それで男になれたわけではない。

 鏡に映るのは、よく知っている自分だった。

 けれど、ほかに何をすればよいのか分からなかった。

 

 私が、お嬢様を守る。

 

 違う。

 俺が。

 

 誰に聞かせるでもなく、頭の中で言い直した。

 少し気を抜けば、すぐに元へ戻った。

 そのたびに、もう一度。

 

 お嬢様の前での言葉遣いは変えなかった。

 お仕えする者としての礼まで、失いたかったわけではない。

 

 教会で任される仕事が増えると、私は――俺は、異端審問官の詰める部屋を訪ねた。

 

「何を学びたい」

 

 頬に傷のある男に尋ねられた。

 

「人を守るために、必要なことを」

 

「ずいぶん広いな」

 

「剣だけでは、足りませんでした」

 

 男が顔を上げた。

 私は口を閉じた。

 また、言わなくてよいことを言った。

 

「……何か、あったのか」

 

「守りたい方が、いらっしゃるのです」

 

 男はしばらく私を見て、それから、机の上の紙を一枚差し出した。

 

「まず、これを読め。分からないことは、分からないと言え」

 

 私は手を伸ばした。

 

 俺は、その紙を受け取った。

 

 これで何が変わるかなど、分からなかった。

 ただ、次にお会いするときには、少しでも望まれた自分に近づいていたかった。

 

 あの方の言葉を、そのまま願いとして抱えて。

 




すみません。今更ですが必須タグを追加します。ノエル君ではなく、ノエルちゃんでした。
投稿頻度も落とす予定です。ここまでをなるべく早く出したかった。
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