何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~   作:名もなきそば付き

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本日は二話投稿となります。こちらは二話目です。前話をまだお読みでない方は、第二十一話からお読みください。


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二章の表紙イメージです。AI画像ですのでご注意ください。

また作中に挿絵が1枚あります。そちらもAI画像ですのでご注意ください。

今回は五回目の人生の回想です。第十一話「あなたが男だったらよかったのに」の回想よりも前、ノエルがまだ男装を始めていない頃のお話です。



第二十二話♡五回目――教えようとした人生

 五回目の人生では、教えれば変えられると思っていた。

 

「お手紙は、その場ですぐにお受け取りにならなくてもよいのです」

 

 机を挟んで、フィオナが首を傾げた。

 桃色の髪が肩の上で揺れる。真新しい学園の制服には、まだ折り目が残っていた。

 

「せっかく書いてくださったのに?」

 

「受け取ったことで、相手のお申し出に応じたと受け止められる場合もございます」

 

「まだ読んでいないのにですか」

 

「はい」

 

 彼女は封のされた手紙を見た。

 名を聞けば誰もが知る、商家の跡取りから届いたものだった。休みの日に、二人で街を歩かないかという誘いだ。

 本人が渡すときにそう言ったので、開けなくても内容は分かっている。

 

「お相手には、婚約者がいらっしゃいます」

 

「でも、お店を見せてくださるだけですよ」

 

「その方は、そう聞いて安心なさるでしょうか」

 

 フィオナは、すぐには答えなかった。

 私は机に置いた別の紙を、彼女のほうへ向けた。

 

「お店をご覧になりたいのであれば、ほかの方もご一緒に、とお返事をしてはいかがでしょう」

 

「……それなら、お断りしなくていいんですね」

 

「お二人きりのお誘いには、お断りを。そのうえで、別の機会をお願いするのです」

 

 彼女は筆を取った。

 私は胸の内で、息をついた。

 

 責めたいのではない。

 何をしてよいのか、なぜいけないのかを、分かってもらいたかった。

 お嬢様が繰り返し注意をし、そのたびに殿下から冷たくされる前に。

 

     ♡

 

 入学して、まだひと月も経たない頃だった。

 

 私はお嬢様のそば付きとして学園へ通い、仕事の合間にフィオナと会う時間を作った。

 黒いワンピースに白い前掛け。他の侍女と変わらない姿で、教本と紙を持って歩く。

 先生と呼ばれるほどの身分ではなかったが、神官として学んだことや、公爵家で教わったことなら伝えられる。

 

 先に、お嬢様へお願いをした。

 教会からも、聖女候補が学園の暮らしを覚える手助けになるならと、許しをいただいた。

 何もかもを自分一人で決めてよいとは、もう思っていなかった。

 

「あなたが教えるの?」

 

 お嬢様は、少し驚いた顔をなさった。

 

「私も最初は、何も存じませんでしたので」

 

「あなたは言われたことを覚えようとしたでしょう」

 

「フィオナ様も、まだ慣れていらっしゃらないのかもしれません」

 

 自分で口にしながら、そうであってほしいと思った。

 前の人生までに何度も聞いた返事を、知らないふりで聞き直す。

 今度は、叱られる前に教えればよい。

 間違える前なら、あの方を悪者にせずに済むかもしれない。

 

「あなたのお仕事を増やすことになるわ」

 

「時間は、きちんと分けます」

 

 お嬢様は私の持つ教本を見た。

 やがて小さくうなずく。

 

「困ったら、私に言うのよ。あなたが全部引き受ける必要はないのだから」

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げると、前掛けの紐が少し緩んだ。

 お嬢様が立ち上がり、後ろへ回って結び直してくださった。

 

「こういうところはまだ私のほうが上手ね」

 

 笑う声が、背中から聞こえた。

 私はその笑顔を、この先も守れるつもりでいた。

 

     ♡

 

 フィオナは、何も覚えられない人ではなかった。

 

 挨拶で頭を下げる深さも、相手を呼ぶときの敬称も、何度か繰り返すと直った。

 借りた小部屋で二人、椅子を引いて立ったり座ったりする。

 お茶をこぼさずに注げた日は、彼女のほうから私に見せてくれた。

 

「セレスティア様にもお出ししてみたいです」

 

「きっと、お喜びになります」

 

 その言葉を、私は本気で信じていた。

 

 お嬢様も、彼女の出自が理由で嫌っていらっしゃるわけではない。

 平民出身の私をそばに置き、何年も教えてくださった方だ。

 守るべきことを守れば、きっと話はできる。

 

 ある日、フィオナは、二人きりの外出を断る返事を見せてくれた。

 商家の跡取りは少し残念そうだったが、店へは何人かで行くことにしてくれたという。

 

「これでよかったんですよね」

 

「はい。ご自分でも、お困りになりませんでしたか」

 

「少しだけ。でも、次に皆さんで行けばいいんですもの」

 

 よかった。

 私は紙を返しながら、思った。

 

 彼女がその場で考えられるようになれば、お嬢様が注意する必要もなくなる。

 私は教えることを紙へ書き足した。

 呼び止める場所。贈り物を受け取る前に確かめること。夜に会ってはいけない相手。

 

 机の上で、紙は少しずつ増えていった。

 

 最初に行き違いが起きたのは、その翌週だった。

 

 フィオナが、夕方の庭で、騎士団長のご子息と二人きりでいた。

 稽古で失敗し、父親から厳しく叱られたのだという。

 私が迎えに行くと、彼はフィオナの隣から動かなかった。

 

「今話を聞いてもらっている」

 

「日が暮れます。談話室へお移りになってはいかがでしょう」

 

「ほかの者に聞かせるような話ではない」

 

 私はフィオナを見た。

 彼女は困った顔をしていた。

 

「もう少しだけ、駄目ですか」

 

 誰にも聞かれたくない話だという。

 だから、扉のない庭の奥で、二人でいる。

 

 誰かに見られたとき、どう受け取られるか。

 婚約者が耳にしたら、どう思うか。

 昼に教えたことが、そのまま当てはまる場面だった。

 

「お付きの方を呼びます。お話の中身を、聞かせる必要はございません」

 

 私はそう答えた。

 彼が何か言う前に、近くの使用人へ声をかけた。

 迎えが来るまで、二人は黙っていた。

 

 帰り道で、フィオナがつぶやいた。

 

「せっかく話してくださったのに」

 

 私は立ち止まった。

 

「相談をしてはいけないと、申し上げたわけではございません」

 

「分かっています。でも、あんなに落ち込んでいらしたから」

 

「別の場所で、お話を続けることはできます」

 

「今はほかの人の前では嫌だって」

 

 彼が望む形で聞くことが、彼を助けることになる。

 フィオナは、そう考えていた。

 

 私は翌日のために、別の例を用意した。

 順序立てて話せば、伝わるはずだった。

 

     ♡

 

 季節が変わっても、授業は続いた。

 

 できるようになったことはある。

 だが、同じ理由で、同じことが起きた。

 

 婚約者を伴わず、殿下の部屋へ招かれる。

 断ったはずの贈り物を、相手が悲しそうだったからと受け取る。

 手当てを終えたあとも、不安そうだったという理由で、手を握り続ける。

 

 私は叱る代わりに、次はどうしたらよいかを尋ねた。

 フィオナは、正しい答えを言えた。

 そして、困っている人を前にすると、その答えから外れた。

 

 お嬢様を慕う令嬢たちの不満も、消えなかった。

 私はお嬢様へ相談し、陰で嫌がらせをしないよう、改めて皆へ話していただいた。

 相手が間違っていることと、何をしてもよいことは別だと、お嬢様ははっきりおっしゃった。

 

 しかし、注意をした事実ばかりが広まった。

 フィオナが何かを断ると、お嬢様に言われたからだと思われるようになった。

 

「君にまであのようなことを教え込ませているのか」

 

 ある日、第二王子殿下に言われた。

 フィオナに返事の書き方を教えていたところだった。

 

「私から申し出たことです」

 

「そば付きの君が、彼女に逆らえるとは思わない」

 

 背中が冷えた。

 

 私が何を答えても、お嬢様の指示にされる。

 フィオナが横から、ノエルさんは優しく教えてくださるんです、と言った。

 殿下は彼女へ笑いかけた。

 

「君は人を悪く言わないからな」

 

 違います、と言う前に、殿下はフィオナの持つ紙を取った。

 そこには、二人きりのお誘いはお受けできないと、書いてあった。

 

 殿下は一読し、机へ戻した。

 

「そこまで気を遣わずともよい。私は君の話を聞きたかっただけだ」

 

 フィオナは、困ったように笑った。

 私は机の下で、前掛けを握った。

 

     ♡

 

 殿下が去ったあと、二人だけになった部屋で、私は椅子へ座り直した。

 開いた扉から、廊下を行く足音が聞こえる。

 

「フィオナ様。お嬢様は、何も命じていらっしゃいません」

 

「はい。存じています」

 

「では、先ほど殿下にも、そうおっしゃっていただきたかったのです」

 

「ノエルさんが優しい方だとはお伝えしました」

 

 それでは、お嬢様が無理をさせているという誤解は残る。

 私はそう説明した。

 フィオナは最後まで聞き、うなずいた。

 

「次にお会いしたら、お話しします」

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げてから、私はもう一つ尋ねた。

 

「お嬢様も、傷ついていらっしゃることは、お分かりでしょうか」

 

 彼女が、私を見た。

 

「殿下に冷たくされても、人前で泣いたり、誰かに縋ったりはなさいません。けれど、平気でいらっしゃるわけではないのです」

 

 声が、震えそうになった。

 私は机の上の紙を見て、息を整えた。

 

「困っている方を助けたいと、おっしゃいましたね。あの方も、困っていらっしゃいます」

 

「……はい」

 

「殿下がどうしてもとお望みになっても、お二人きりではお会いにならないでください。それだけでも、違いますから」

 

 フィオナが両手を重ねた。

 短く祈ると、その指先に薄い光が宿る。

 こちらを向いた桃色の瞳の奥には、ハートの印が浮かんでいた。

 光の消えたあとも、左右に一つずつ、濃く残っている。

 

「皆さんが仲良くなれたらいいのに」

 

 彼女は笑った。

 少し前、殿下へ向けたときと同じ角度に首を傾け、同じように口元を緩める。

 私が答えを待っている間も、その形は変わらなかった。

 まるで笑顔だけを、先に作っておいたようだった。

 

 

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「お約束して、いただけますか」

 

 私は重ねて尋ねた。

 フィオナの笑顔が、ようやく曇った。

 

「できるだけ、そうします」

 

「できるだけ、では――」

 

「でも、本当にお一人で困っていらしたら。そのときまで、何もしないとは言えません」

 

 聞きたくなかった答えだった。

 けれど、今までの授業で分からなかったことが、そこで分かった。

 

 作法を知らないから、間違えるだけではない。

 知っていても、その場にいない人より、目の前の人を選ぶ。

 それを優しさだと思っている。

 

 私は、お嬢様のそばにいたい。

 この人も、助けたい相手のそばを離れたくないのだろう。

 そう考えても、受け入れることはできなかった。

 

「あの方が、泣いてお願いをすれば、聞いてくださるのですか」

 

 言ってから、唇を閉じた。

 お嬢様に、そんなことをさせたかったわけではない。

 

 フィオナは答えられなかった。

 机の上には、二人で書いた断りの返事が残っていた。

 

     ♡

 

 その後、フィオナは殿下に、お嬢様から命じられたのではないと話してくれた。

 約束の一つは、守ってくれたのだ。

 

 しかし、殿下は、お嬢様が彼女に謝らせたのだと受け取った。

 どんな言葉で話したのか、私はその場にいなかったので知らない。

 後日、お嬢様が殿下に責められ、初めて知った。

 

 私は、お嬢様の前で頭を下げた。

 

「申し訳ございません。私が、お願いしたのです」

 

「誤解を解こうとしたのでしょう」

 

「けれど、かえって」

 

「あなたまで謝らないで」

 

 顔を上げると、お嬢様は疲れた顔で笑っていた。

 卓には二人分のお茶があり、私の好きな、果実の入った焼き菓子も置かれている。

 

「今日はここにいらっしゃい。お勉強の話はおしまい」

 

 私はうなずき、お嬢様の隣へ座った。

 どうすればよかったのか、尋ねることはできなかった。

 お嬢様にまで、答えを探させるわけにはいかなかった。

 

 冬の舞踏会で、婚約は破棄された。

 令嬢たちが起こした騒ぎの責任を、お嬢様はまた負わされた。

 私が渡していた教本まで、フィオナを縛ろうとした証しのように扱われた。

 

 屋敷へ引き上げる荷物をまとめながら、私は教本の間に、練習に使った紙を見つけた。

 丁寧な字で、お誘いを断る言葉が書かれていた。

 書き終えた彼女を、私が褒めた日のものだ。

 

 間違いは、どこにもなかった。

 文字も、敬称も、断り方も。

 

 私はその紙を折り、教本へ戻した。

 廊下から、お嬢様が私を呼ぶ声がした。

 

「ただいま、まいります」

 

 もう、お一人にはしない。

 そう思って、荷物を置いて部屋を出た。

 

 それでも、この人生で、お嬢様と次の春を迎えることはできなかった。

 

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