何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~   作:名もなきそば付き

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二章の表紙イメージです。AI画像ですのでご注意ください。



第三十一話☆ふさわしい結婚相手

 翌朝、勉強が始まる前に、教本に挟んだ紙へ三つほど書いてみた。

 人の話を聞く方。

 約束を守る方。

 お嬢様に、無理をさせない方。

 

 家の名前は、一つも出てこなかった。

 学園で顔を合わせた貴族の子息なら知っている。だが、俺が覚えているのは、お嬢様が困っていたときに何をしたか、何をしなかったかということばかりだ。

 結婚して幸せになれる方、と考えると、それだけでは足りない。

 何より、今はまだ子供だ。

 学園での振る舞いも、同じになるとは限らなかった。

 

「何を書いているの?」

 

 お嬢様が机の向こうから覗かれた。

 俺は手で隠すようなことはせず、紙を少し寄せた。

 

「お嬢様にふさわしい方は、どのような方かと」

 

 お嬢様の顔が、ゆっくりこちらへ向いた。

 

「何をするのに?」

「その……ご結婚を、お考えになる際に」

 

 お嬢様が筆を置かれた。

 小さな音がして、俺も書きかけの手を止めた。

 

「まだ考えていないわ」

「はい。お急ぎになるお話ではないと、奥様も」

「ではどうして今書いたの?」

 

 もっともなご質問だった。

 危険への備えなら、早いに越したことはない。だが、結婚相手まで同じように考えるのは、失礼にもほどがあった。

 俺は筆を置いた。

 

「殿下との婚約がないなら、お嬢様が本当に望まれる方とお会いになれるのだと思いまして」

 

 お嬢様は、三つの言葉を読まれた。

 それから俺を見る。

 

「私が望む方なら何でもいいの?」

「お嬢様を大切にしてくださることは、必要かと」

「そう」

 

 紙の端へ、指が置かれた。

 

「あなたはこの三つをどうやって確かめるつもり?」

 

 俺は答えを探した。

 人の話を聞くかどうかなら、会って話せばよい。

 だが、一度聞いてくれたからと、いつもそうするとは限らない。

 約束を守る方かどうかも、少し話しただけでは分からない。

 お嬢様に無理をさせないか。それは、もっと分からない。

 何を無理だと感じられるかを、俺が全部知っているわけでもなかった。

 

「……何度か、お話ししていただいて」

「それで分からなかったら?」

「ご本人にも、お尋ねします」

「誰にでも大事にしますと言えるでしょう」

 

 お嬢様のおっしゃるとおりだった。

 俺は三つの言葉を見つめた。

 並べた三つには、肝心のお嬢様のお気持ちが入っていなかった。

 

「すみません。先にお嬢様のお考えを、伺うべきでした」

 

 お嬢様が、紙から手を離される。

 怒っていらっしゃるというより、何かを諦める手前のようなお顔だった。

 

「私は話していて楽しい方がいいわ」

 

 俺は紙からお嬢様へ目を戻した。

 

「一緒にいて黙っていても困らない方。それから、私のお話を聞いてご自分のお話もしてくださる方」

 

 俺は頷いた。

 聞いてほしいだけではなく、相手のお話も知りたいのだろう。

 

「それと、私が嫌だと言ったのに、私のためだと押しつけない方」

 

 少し声が低くなった。

 俺は自分の紙を裏返した。

 

「このようなことをお考えになるのが、お嫌でしたか」

「あなたが私をどなたかのところへ送り出す相談をするのは」

 

 そこで言葉が止まった。

 俺は、お嬢様の次の声を待つ。

 しばらくして、机の上の教本がこちらへ押された。

 

「今はこちらを読んでちょうだい」

 

 俺は続きを尋ねず、頼まれた場所から読み始めた。

 

     ☆

 

 数日後、屋敷に小さな客人が来た。

 公爵様のお知り合いの家の子息で、お嬢様と同じくらいの年だった。

 両親が公爵様と話す間、庭でご一緒することになった。

 俺がその方を見ていたのは、先日のことが頭に残っていたからだ。

 口に出して縁談を進めるつもりはない。

 ただ、どのような方がお嬢様と楽しく話せるのかは、知っておきたかった。

 

 少年は、港で見た船の話をした。

 大きな帆の下で働く人が豆粒のように見えたという。

 お嬢様は興味を持たれ、荷物がどこから来たのか尋ねた。

 少年は考え、自分では分からないと答えた。

 

「父に聞けば知っていると思う」

「ではあとで教えてくださる?」

「うん」

 

 知ったふりをしない方だった。

 俺は少し感心したが、お嬢様はすぐにこちらを見た。

 

「ノエルは船の中を見たことがあった?」

「領地で、少しだけ。荷を下ろすところを」

「私も見てみたいわ。絵で見るのと違うのでしょうね」

 

 俺がお答えしていると、少年が庭の奥を見た。

 柵の向こうで、灰色の狼がこちらを見ている。

 

「犬?」

「狼よ。ヘルヘイムというの」

 

 お嬢様が答えられた。

 少年の足が止まった。

 俺はすぐ、囲いから外へ出てこないと説明した。近づく場合は世話をする者へ尋ね、勝手に手を出さないでいただく。

 少年は頷いた。

 

「君が飼っているの?」

 

 俺へのご質問だった。

 

「こちらで、お世話になっております。山で怪我をしていたところを、助けまして」

「二人で?」

「騎士や管理人にも、手伝っていただきました」

 

 俺の説明が長くなりそうだったので、お嬢様が先に、川へ行った話をされた。

 狼を見つけ、山荘の薪小屋へ運んだこと。

 水を飲むときに、ずっと見ていてはいけなかったこと。

 少年は面白そうに聞いていた。

 

「僕も見たい。ここからならいい?」

 

 勝手に走っていかなかった。

 俺は頷き、柵の手前で止まる位置をお伝えした。

 お嬢様は少年の少し後ろを歩き、俺はその隣にいた。

 ヘルヘイムが立ち上がる。

 少年が半歩退いたので、俺は狼の名を呼んだ。

 灰色の鼻先が、こちらへ向く。

 

「よく覚えているんだね」

 

 少年はそう言い、次は少し低い声で名前を呼んだ。

 狼は彼を見たが、近づかなかった。

 少年はそれ以上呼びかけず、柵の手前から狼を眺めていた。

 

 よい方なのだろう。

 だが、俺がそう考えたところで、お嬢様のご希望にはならない。

 お茶が用意されたと侍女に呼ばれ、三人で庭を戻った。

 俺は杯へ手が届くよう、客人の椅子を卓へ寄せた。

 

 少年は席へ着くと、お嬢様に少し待っていてと言った。

 侍女へ場所を尋ね、両親のいる部屋へ向かう。

 すぐに戻ってきたときには、小さな紙を持っていた。

 

「さっきの荷物のことを聞いてきた」

 

 父親が書いてくれたらしい。

 見せてくれた名前の中には、お茶もあった。

 少年は目の前の杯を指し、こういうものも船で来るのだと話した。

 

「すぐに教えてくださったのね。ありがとう」

 

 お嬢様が紙を見る。

 俺も横から読ませていただいた。

 海を渡ってきた茶と、領地で採れる茶とは違う。少年の家では、その違いも教わったという。

 

「ここで飲んでいるのも同じところから?」

 

 今度は少年が俺へ尋ねた。

 俺は茶を運んだ侍女へ確かめる。

 今日のものは、ご両親が領地から持ってきた茶だそうだ。

 

「では違うんだね」

 

 少年は杯へ顔を近づけ、匂いを嗅いだ。

 違いまではまだ分からなかったらしく、首を傾げる。それを見て、お嬢様もご自分の杯を取られた。

 

「私も海の向こうのものを飲んでみたいわ」

「うちで出すとき、誘うよ」

 

 お嬢様は、お母様に相談すると答えられた。

 お嬢様は俺へ目を向け、笑みを浮かべられた。

 

「ノエルにも淹れていただけるかしら」

 

 少年が頷く。

 俺は二人へお礼を申し上げた。

 今、目の前で決まったのは、違うお茶を飲む約束だった。

 

     ☆

 

 客人が帰ると、お嬢様が俺を窓辺へ呼ばれた。

 手には、三つの言葉を書いた紙がある。

 捨てずに教本へ挟んでいたものだった。

 

「今日あの方を見ていたでしょう」

 

 俺は返事に迷った。どのような目で客人を見ていたかまで、分かっていらっしゃるようだった。

 

「感じのよい方だと、思いました」

「ええ。私もそう思うわ」

 

 お嬢様は素直にお認めになった。

 俺が次の言葉を探す前に、紙が差し出される。

 

「でも、これに当てはまったら誰でもよいわけではないのよ」

「承知しております」

「本当に?」

 

 俺は紙を受け取った。

 安心してそばに置ける方かどうかばかりを見ていた。お嬢様が好きになるかどうかは、俺には選べない。

 

「お嬢様のお好きな方を、私が選ぶことはできません」

 

 言うと、ようやく頷いていただけた。

 

「相談したくなったら私から話すわ」

「はい」

 

 お嬢様は窓の外を見られた。

 少し先で、侍女が風に動く布を留め直している。

 狼の囲いからは、木を引っ掻く音がした。

 

「それより、今度はあなたのお話を聞きたいの」

 

 俺が振り向くと、お嬢様もこちらへ顔を戻された。

 

「あなたはどのような方が好き?」

 

 思ったより答えにくい問いだった。

 どのような方を守りたいかなら、すぐに答えられる。

 俺が好きになる方とは、何が違うのだろう。

 お嬢様は急がせず、両手を前で組まれた。

 

「ご結婚の、お話でございますか」

「お友達でもよいわ。話したいと思う方」

 

 ならば、少し考えられた。

 患者の話をよく聞く先生。

 こちらの答えを待ってくれる教官。

 薬の説明をするとき、顔の明るくなるクラウディア様。

 フィオナについては、まだそのまま好きだとは言えない。

 しかし、次に何を覚えてくるか、確かめたいと思っている。

 俺は幾人かのお名前を挙げた。

 お嬢様は最後まで聞いてくださったが、少しずつ口が結ばれていく。

 

「……私は?」

 

 小さな声だった。

 俺は驚いて顔を上げた。

 お嬢様を、ほかの方と同じように挙げてよいとは考えていなかった。

 

「お嬢様には、何かあれば真っ先にお伝えしたくなります。それが当たり前でしたので、ほかの方と並べて考えておりませんでした」

 

 お嬢様が顔を上げられた。

 俺は失礼なことを言ったのかと思い、言い直そうとした。

 お嬢様が先に笑われる。

 

「では今日はそれでいいわ」

 

 窓辺から離れ、いつもの椅子へ向かわれた。

 俺もその後ろを歩く。

 紙を教本へ戻そうとすると、お嬢様が、書き足すなら裏へとおっしゃった。

 表の三つは、そのまま置いておくのだという。

 俺は裏へ、小さく一行書いた。

 お嬢様が話したくなるまで、こちらで相手を決めない。

 それを見せると、お嬢様は頷かれた。

 そのまま本を開き、肩の触れる場所へ椅子を寄せられる。

 俺も隣で教本を開いた。

 

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