何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~ 作:名もなきそば付き
第三十四話☆学園へ
門の上に王冠と大樹の紋章があった。
枝を広げた樹の下を馬車が通り抜ける。窓の向こうでは、真新しい服を着た生徒たちが石段へ集まっていた。
見慣れた建物だった。そば付きとして出入りした門も、診療の手伝いで通った裏口も変わっていない。
ただ、今日の俺は正面の受付へ行く。
「ノエル、襟」
隣のお嬢様が指でご自分の首元を示された。
俺は白い襟を直した。黒い上着も、胸に留めた生徒の印も、今朝何度か確かめたものだ。
制服は仕立てたスーツに似た形をしている。袖を動かしても肩が張らず、腰へ手を回せば必要なものに届く。大剣は屋敷に置いてきた。
「これでよろしいでしょうか」
「ええ。よく似合っているわ」
赤い服のお嬢様は、俺の襟が整ったあともこちらを見ていらした。
十三歳になられたお嬢様と、俺の目の高さはほとんど同じだった。差し出された手を取って馬車から降りると、今度はお嬢様が俺の手を離さない。
「階段までで大丈夫ですよ」
「私も分かっているわ」
分かっていらっしゃるなら、なぜ。
尋ねる前に奥様が窓から顔を出された。
「忘れ物はない? 二人とも、自分の名前で受付をするのよ」
「はい、奥様」
「お母様、行ってまいります」
奥様は二人を順に見て、うなずかれた。執事が荷物を持って先へ行く。
俺はお嬢様と並んで石段を上がった。
これまでなら、お嬢様の入学書類を持って一歩後ろを歩いた。自分の名前は同行者の欄へ書くだけだった。
今回は二通の書類を、二つの窓口へ出す。
「ノエルさんですね。こちらへ」
係の女性に呼ばれ、お嬢様が俺の手を離された。
渡された名簿へ名前を記す。家名の欄は空白のまま、選択した授業と教会での勤務日を確かめた。
「教会からの推薦状は預かっています。勤務で欠席する日は事前に届けてください。試験の振替は担当の先生へ」
「承知いたしました。届けはこの窓口でしょうか」
「普段はこちらです。急な場合は職員室へ」
受付の決まりを聞き、紙をしまった。
授業の内容なら分かる。だが、生徒として自分の予定を届ける窓口は使ったことがない。
教会での仕事を続けながら授業にも出られるよう、勤務日と時間割を調整しておく必要があった。
隣の窓口では、お嬢様が係の女性へお礼を言っていらした。
「終わった?」
「はい。教室は同じです」
「知っているわ」
そうおっしゃって、俺の紙とご自分の紙を並べられた。同じ部屋の番号へ二本の指が置かれる。
これほど嬉しそうにしていただくことだろうか。
俺が紙を受け取ると、お嬢様は先に廊下へ向かわれた。
☆
講堂には、前のほうから席が埋まっていた。
家の者に最後の注意をされている子も、友人と話している子もいる。俺は出口と通路の位置を確かめ、お嬢様の隣へ座った。
膝に置いた袋には筆と帳面がある。
昔は壇の脇で立っていた。その場所には今日もそば付きの人たちが並び、主人の荷物を預かっている。
目が合った侍女へ会釈すると、お嬢様が俺の膝へご自分の袋を載せかけて、やめられた。
「自分で持つと言ったものね」
「お預かりすることはできますが」
「いいの。あなたにもお話を聞いてほしいから」
声を落としてお答えになった。
俺は壇へ目を戻した。学園の責任者が話し始め、生徒たちのざわめきが少しずつ静かになる。
王国の各地から集まった者が共に学ぶこと。家の地位だけで授業の評価を決めないこと。技術を扱う以上、他人の安全を守ること。
聞いた覚えのある言葉だった。
隣のお嬢様は背筋を伸ばし、終わりまで壇を見ていらした。
以前のこの時期のお嬢様は、入学からしばらく、王子殿下とお会いになる機会をよく気にしていらしたはずだ。今日は受付で渡された時間割のほうを、何度も確かめている。
通う目的が変われば、見えるものも変わるのだろうか。
「あなたは何を取るの?」
話が終わって立ち上がると、早速そう尋ねられた。
「必修のほかに、神術の実習と薬草を。歴史の授業も確認するつもりです」
「剣は?」
「こちらの稽古にも参加します。教会の先生との予定に重ならない日に」
「では私も先に予定を聞いておくわ」
俺と同じ日にされるつもりだろうか。
お嬢様は学園でも剣の稽古を続けるおつもりらしい。
屋敷でどれほど鍛錬を重ねていらしたのか、俺は詳しく知らない。先日、指のつけ根が硬くなっていることに気づいたくらいだ。
俺と同じ日に参加されるとしても、無理をして傷を負うようなことはしていただきたくなかった。
「ご無理のない範囲で」
「ええ。あなたもね」
同じことを返され、俺はうなずいた。
☆
教室の戸を開けると、水色の髪が見えた。
窓際の机に書類を広げたクラウディア様が、こちらへ顔を向ける。
「遅かったのね」
「お待たせしてしまいましたか」
「少しだけ。そちらの受付が混んでいたから」
クラウディア様は、俺のあとから入ったお嬢様へも会釈された。
高位貴族の子どもには、学園の制服ではなく、自前の服で通う方もいる。お嬢様は仕立てのよい赤いドレス、クラウディア様は装飾を抑えた淡い青のドレスだった。
クラウディア様の胸元には紺の細いリボンがある。長い髪は片側を留め、机へかかる分だけ背へ払っていらした。
クラウディア様は俺より身長が高い。近くへ行くと、ごく少し見上げることになる。
「こちらの席は決まっているのでしょうか」
「まだ。先生が来てからと言われたわ」
聞いている間に、廊下からフィオナが来た。
学園の制服を着て、白い襟と紺のリボンを整え、教本を両腕に抱えている。俺たちを見つけた途端、顔が明るくなった。
「皆さん、同じ教室だったんですね」
「こちらへ、フィオナ。戸の前は空けておきましょう」
「はい。ノエルさんが生徒の印のような飾りをつけていると、なんだか新鮮です」
胸を見られ、俺は自分の印に触れた。
教会の仕事では、服へそんなものを留めない。彼女にとっては、そちらの姿のほうが見慣れているのだろう。
「私も、まだ少し慣れません」
「ずれていませんよ。ちゃんと真っすぐです」
フィオナが笑う。
クラウディア様は机の上を片づけ、お嬢様は隣の席を見ていらした。
「何かご不便が?」
「席を決めるなら早く決めてほしいと思っただけよ」
お嬢様が答えたとき、教師が入ってきた。
俺は一歩引き、皆さんが席へ移れるようにした。教師は名簿を開き、まず仮の席を指示する。
俺とお嬢様は隣同士になった。
お嬢様の唇が、ほんの少し緩む。クラウディア様は一つ前、フィオナは通路を挟んだ向こうだった。
遠くの席から、俺の服とお嬢様を見比べる視線がある。付き人なのに席を与えられていると思われているのかもしれない。
そのうち受付や名簿で分かることだ。俺は帳面を開いた。
「最初に、机の上へ時間割を出してください」
教師の説明に合わせて、全員の紙が並んだ。
教科ごとの部屋と、実習の組分けを聞く。神術の実習は別の教師が担当し、治療を伴う場合は診療室へ行くことになる。
教会からの届けを挟みながら、俺は今週の予定を確かめた。
クラウディア様は錬金術の実習日へ小さな印をつける。フィオナは必修の欄を指でたどり、お嬢様は剣の稽古の時間を書き写していらした。
選ぶ授業が違えば、別の教室へ行く時間もある。
以前はそば付きとしてお嬢様の授業についていけたが、今回は俺も自分の授業を受ける。その間は、お嬢様のおそばを離れることになる。
「昼食の前には、ここへ戻るのよね」
お嬢様が小声でおっしゃった。
「今日は、そのようです」
「では待っているわ」
俺はうなずいた。
次に、教本の最初の問題を解く時間があった。
初日の確認なので難しいものではない。読み書きと計算をどこまで習ってきたか、教師が全員の紙を見る。
俺は自分の名前を書き、問題を順に解いた。
お嬢様もすぐ書き終わり、筆を置かれる。フィオナは計算の欄を見直していた。
教師が俺の机へ来て、答えだけでなく途中の式も読んだ。
「こちらは誰に習いましたか」
「教会と、公爵家の先生方に」
今周でも教わった範囲だった。
教師はうなずき、教本の後ろにある別の問題も示した。俺は計算を続け、紙へ書く。
授業についていけるかどうかではなく、どこから始めるかを確かめているらしい。
それなら、知っていることまで隠す必要はなかった。
教師はほかの机も回り、組によって使う問題を変えると伝えた。
お嬢様は俺の紙をご覧になり、ご自分も同じ問題を解いてみるとおっしゃった。
「ご一緒に答えを確かめましょうか」
「ええ。先に私が解いてからね」
俺は紙を裏返し、待った。
お嬢様は途中の式を一度消し、もう一度書いて答えを出された。俺の紙と並べると同じになる。
クラウディア様も後ろを向き、その問題の別の解き方を示された。
フィオナは三人の紙を見て、今の式なら読めると答えた。
教師の話が終わると、お嬢様が帳面を閉じる。俺の青いしおりが机の縁へ出ているのをご覧になり、ご自分の赤いしおりも隣へ置かれた。
「同じ本ではないけれど」
「お使いになりますか」
「あなたの分まで取らないわよ」
笑われてしまった。
俺は青いしおりを帳面へ挟み、袋へ入れた。
☆
放課後、門のそばには迎えの馬車が並んだ。
フィオナは大聖堂へ戻る馬車へ、クラウディア様は侍女の待つ馬車へ向かわれる。その前に、明日の授業の部屋を四人で確かめた。
「薬草の授業は中庭の向こうです。道順は、明日ご一緒したときに」
「ノエルさんはもう覚えたんですね」
「以前、診療のお手伝いでこちらへ来たことがあるので」
それは本当だった。今周でも教会の用事で、教員用の診療室へ何度か来ている。
フィオナは自分の紙に目印をつけ、別れの挨拶をした。
クラウディア様は馬車へ乗る前に、俺へ向き直られた。
「工房の割当てが決まったら知らせるわ」
「はい。楽しみにしております」
返事をすると、目が少し細くなる。
その顔を見たお嬢様が、俺の袋の持ち手へ手を添えられた。
「では私たちも帰りましょう」
御者に挨拶し、馬車へ乗る。
お嬢様は座るとすぐ時間割を開かれた。初日のことを奥様へ話すため、順に思い出していらっしゃる。
「何から話そうかしら」
「同じ教室だったことは、奥様もご存じです」
「隣の席になったことは知らないでしょう」
なるほど。
俺がうなずくと、お嬢様も満足そうに紙を畳まれた。
新しい教本が二人の膝に一冊ずつ載っている。
馬車が門を出たとき、お嬢様がこちらへ少し寄って座り直された。
「明日も迎えに来てね」
「もちろんです。今朝と同じお時間で」
お嬢様が笑う。
俺は揺れる袋を足元へ置き、二人分の教本を押さえた。
ストックがないので、当分は2日に一度投稿です。
ある程度ストックが出来たら毎日投稿します。