何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~ 作:名もなきそば付き
大聖堂の裏口で、フィオナが二つの籠を持って待っていた。
診療室の布を届け終えた俺へ、一つ差し出す。
「今日は私のほうが先でした」
「お待たせしました。何を買うのでしょうか」
「薬草と、包む紙です。それから皆さんのお昼の分を少し」
買い出しの紙を受け取る。
教会の調達を済ませたあと、帰りにパンを買うことになっていた。フィオナは学園の授業がない日も、ここで仕事を続けている。
俺も通学の時間に合わせ、先生方と診療の担当を分けていた。
「紙は前のお店でよいのですね」
「はい。薬草は橋の向こうです。今日は乾いたものが届く日なので」
フィオナが道を示す。
以前にも一緒に歩いた道だったが、今日は彼女が仕入れの時間まで確かめていた。
俺は渡された籠を持ち、横へ並んだ。
日が差す通りには、荷車と買い物客が行き交っている。角を曲がる前に荷車を通すと、フィオナも足を止めた。
「ノエルさん、朝は授業でしたか」
「はい。歴史の授業を受けてきました」
「難しかったですか」
「教本に載っていない話がありました。先生が西の街を訪ねたときのことです」
覚えていた授業でも、話す人が変われば中身は違う。
以前の先生は港の話をなさった。今の先生は、西の街に架かる橋と、その通行料について話された。
その橋がどの街道につながっているのか気になり、授業中に街の名前を帳面へ控えておいた。教会へ戻ったら地図で位置を確かめようと思っている。
「私もそういうお話は好きです。知らない町に、どんな店があるか想像できるので」
「お店ですか」
「おいしいものが違うかもしれません」
フィオナが笑う。
教師が話した税や交通の話から、そこまで考えが伸びていたらしい。
橋の手前には焼き栗の店が出ていた。彼女は一度見たが、買い出しの紙を確かめて歩き続ける。
「お帰りに寄りますか」
「お仕事の分を全部買ってからでもいいですか」
「もちろん」
あとで忘れないよう、俺は角の位置を覚えた。
☆
薬草屋では、束ごとに違う布が巻かれていた。
湿ったものと乾いたものを別の棚へ置き、店主が紙を読んで籠へ移す。
俺は葉の裏と茎の折れ口を確かめた。
店主は嫌な顔をせず、次の束も手渡してくれた。
「こっちは昨日の夜に干し終えたものだ。強く握ると崩れるよ」
「では、この上へ紙を置かせていただきます」
フィオナが柔らかい布を広げた。
籠の底に敷き、束を並べる。運ぶ間に袋同士が擦れないようにしてから、残りの数を数えた。
「こちらは別の袋へお願いします。診療室ではなく、実習に使う分なので」
店主が札をつける。
俺の籠に診療用、彼女の籠に実習用を入れることにした。
袋の重さが偏らないところまで揃え、代金を払う。
店主がフィオナへ小さな葉を一枚見せた。
「学園でも習うんだろう。見分けてみるかい」
フィオナは受け取り、明るいほうへ向ける。
葉の縁を見てから、答えた。
店主が正解だと言うと、嬉しそうに俺を見る。
「この前、先生に見せていただいたものと似ていました」
「裏側も確かめたほうがよいですね。似た葉がありますから」
「ここですね」
彼女は葉を返し、目立つ筋を示した。
教わったことを覚えている。それを確かめて、俺は次の袋を籠へ入れた。
店を出る前に、店主が次の入荷の話をした。
同じ薬草でも、今月の終わりには採れる場所が変わるらしい。
俺は使う量を伝え、教会へ知らせておくべき日を聞いた。
フィオナは小さな紙へ日付を書き、束につける札も確かめる。
「こちらは、新しい場所から来た分なのですね」
「そうだよ。葉が小さくなるが、使うところは同じだ」
店主が別の束を見せた。
俺たちは診療室で確かめてもらうため、見本を少しだけ預かることにした。
フィオナは見本へ紙を巻き、受け取った場所を書いた。
フィオナは籠へ見本を入れたあと、帰ってから先生へ見せる順番を俺と確かめた。
パンを渡して、薬草を棚へ運ぶ前に知らせる。
それなら、忙しい診療の途中へ急に割り込まずに済む。
紙屋へ着くと、包む紙の厚さを二人で選んだ。
湿った布を置いてもすぐ破れず、折りやすいもの。診療室の棚に収まる大きさへ切ってもらう。
店員が作業している間、フィオナは小さな帳面の棚を見ていた。
「一冊、買ってもよいでしょうか」
「ご自分のものなら」
「はい。買い出しで聞いたことを書くのに使いたいです」
教会の伝票とは別に、店ごとのことを書いておくつもりらしい。
俺は籠を足元へ置き、彼女が選ぶのを待った。
表紙を開いたフィオナが、俺へ一冊見せる。
「こちらとこちら、紙が違いますね」
「厚いほうなら、両側へ書いても透けにくいと思います」
店員に試しの紙をもらい、フィオナが自分の名前を書く。しばらく待って裏へ向け、厚いほうを選んだ。
自分の財布から代金を出すと、その帳面を袋へしまう前に、最初のページへ薬草屋の名前を記した。
「忘れないうちに」
俺は受け取った包みを籠へ載せた。
☆
橋へ戻る頃には、焼き栗の店に列ができていた。
フィオナは列の長さを見て、教会へ戻る時間を確かめる。
「お昼のパンは、先に買ったほうがいいですよね」
「はい。こちらはまだ少し続けるようです」
店主に聞くと、用意した栗がなくなるまでは店を開けているという。
俺たちは先にパン屋へ行った。
診療の合間に食べる分なので、手を汚さず分けられるものを頼む。店の奥から運ばれたパンを、フィオナが紙へ包んだ。
俺の籠は薬草で埋まっていた。パンは彼女の籠へ、重い実習用の袋をこちらへ移す。
「その袋も私が持てます」
「こちらのほうが、薬草を潰さず入りますので」
置き方を見せると、フィオナはうなずいた。
焼き栗の店へ戻り、二人分だけ買う。
俺が代金を出そうとしたら、フィオナが先に銅貨を置いた。
「前にご案内したいと言ったのは私なので」
「それでしたら、次は私が」
「はい。次はノエルさんが好きなものを教えてください」
栗を受け取り、橋の脇の空いた場所へ行った。
籠を石の低い縁へ置き、通行人の邪魔にならないよう横へ立つ。
熱い殻を指先で開くと、柔らかい中身が出てきた。
フィオナはまだ熱そうに指を離し、栗を持ち直している。
「少し冷ましてから」
「はい。急ぎすぎました」
笑って息を吹きかける。
俺は殻を紙袋へ入れ、栗を食べた。
砂糖をつけていないのに甘い。彼女が案内したくなるのも分かった。
「おいしいですね」
「よかった。季節が変わると、別のものも焼くんですよ」
「次は何でしょうか」
「りんごです。丸いままではなく、切って薄い生地で包むんです」
店で買えるものなら、いずれお嬢様にもお持ちできる。
俺がそう考えていると、フィオナは次の栗を割った。
殻がうまく開かず、少し中身を崩してしまう。それを見せながら、食べるときには変わらないですねと言った。
先にこちらへ手を伸ばして渡したり、勝手に俺の栗を割ったりはしない。
自分の分を食べながら、隣で話す。
「学園で、一番困るのは何ですか」
彼女が聞いた。
俺は栗を飲み込んでから答えた。
「教会へ行く日の、授業の書き取りでしょうか。あとで見せてもらう約束はしていますが」
「私の分も使ってください。字が読みにくいところは聞いてくだされば」
「ありがとうございます。フィオナは?」
「言葉です。お店でなら普通に言うことも、皆さんへ同じように言ってよいか分からなくなることがあります」
殿下たちと食べた昼食を思い出しているのだろうか。
あの返事に問題はなかった。
ただ、身分が違えば言葉の受け取られ方も変わる。親しくしたつもりでも、その距離へ入りたいと思う者がいる。
「分からないときは、先に尋ねてもよいと思います」
「誰にですか」
「相手によりますが……私に聞いてくださっても」
言ったあと、少しだけ考えた。
この方の行動をすべて預かるつもりではない。お嬢様の安全に関わるところを見ている。その目的は今も変わらなかった。
フィオナは嬉しそうにうなずいた。
「では、また相談してもいいですか」
「ええ」
俺は紙袋の口を閉じた。
包みの中では、まだ栗が温かかった。
☆
戻る道で、道端に落ちた荷物を拾っている人を見かけた。
袋が破れ、木の実が転がっている。
フィオナが立ち止まり、籠を抱え直した。
「拾うのをお手伝いしましょうか」
まず相手へ尋ねる。
荷物の主は顔を上げ、助かると言った。
俺たちは籠を邪魔にならない場所へ置き、木の実を集める。割れたものは袋へ混ぜず、端へ寄せた。
フィオナは木の実を一つずつ渡し、袋を支えてよいか聞く。
相手がうなずくのを待ってから、破れたところを持った。
俺は紙屋で余分にもらった包み紙を広げた。
「一時的なものですが、こちらへ移せます」
荷物の主が礼を言う。
店まで運ぶつもりではなく、この角で待ち合わせる相手へ渡す分だという。事情が分かれば、必要な手助けも短く済んだ。
袋の持ち方を整え、俺たちは籠を取りに戻った。
フィオナが手の埃を払い、俺を見る。
「少し遅くなりましたね」
「まだ、お昼には間に合います」
教会の時計塔が見えた。
以前なら、この程度の手助けでも、その先の用事まで自分から引き受けたのではないか。
今日は相手の返事を聞いて、頼まれた分で終えていた。
俺は歩きながら、昨日帳面に書いた言葉を思い出す。
今回、何が変わったのか。
同じ言葉をかければ同じことが起きるとも、もう考えられない。
それでも、手を伸ばす前に声をかけた彼女の行動は確かだった。
「ノエルさん」
呼ばれて顔を向ける。
「私の栗も、まだ一つ残っています。教会でお茶をいただくときに食べませんか」
「仕事のあとになりますが」
「私もです」
当たり前のように言って笑った。
俺はうなずき、大聖堂の裏口を開ける。
フィオナが先に籠を持って入り、診療用のものをどちらへ置くか尋ねた。
挿絵のぼけ部分は決して窓に!窓に!とかの存在ではないです。