何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~   作:名もなきそば付き

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【挿絵表示】

三章の表紙イメージです。AI画像ですのでご注意ください。



第三十七話☆異端審問官の普通の仕事

 異端審問官である先生に呼ばれ、大聖堂の仕事部屋へ入った。

 今日は鍛錬ではなく、調査の手伝いだった。先生が俺の前へ帳面を三冊置く。倉庫から出した薬と布の記録、診療室で受け取った記録、それから町の礼拝所へ配達したときの控えだ。

 

「神術の力を込めた特別な薬だと言って、瓶を売っている者がいるらしい」

「無償で配っているものを、でしょうか」

「その疑いがある。倉庫の記録にも食い違いが出ている。まず、どこへ何を渡したか確かめるぞ」

 

 俺は直近三日分のページを開き、品物の名前と数量、受け取った人を照合した。

 薬を箱ごと渡した記録と、小分けの袋で渡した記録が混じっている。数量の欄だけを見れば足りないように見えるが、そのまま比べられる数字ではなかった。

 

「こちらは袋の数で、こちらは箱ですね」

「倉庫へ聞いたが、小分けにしたときの記録を忘れたかもしれんと言っている」

「では、受け取った側の記録と合わせて確認します」

 

 俺は別の紙へ、届け先ごとに記録を並べた。

 数え方の違いとは別に、記録の抜けもあった。町外れの礼拝所へ薬と布を届けたという受け渡しの札はあるのに、倉庫の帳面にも配達の控えにも、その分が載っていない。

 札には礼拝所の名と日付がある。ただ、荷を運んだ者の署名は崩れていて読み取れなかった。

 

「礼拝所へ行きますか」

「ああ。実際に届いた数と、その後どこへ渡したかを聞く」

 

「売られていた薬も、現物を確かめたいのですが」

「一つ預かっている。診療室で調べてもらったが、薬自体は教会で配っている普通の薬と同じだった。特別な効き目もなかったそうだ」

 

 先生が包みを解く。

 見覚えのある瓶だった。封の紐が切られ、教会の札の上に別の紙が貼ってある。

 俺は貼った紙を剥がさず、見える端を確かめた。

 無断で持ち出されたのか、正当に受け取った者が売ったのか。帳面の書き漏らしだけで、誰かが盗んだとは決められない。

 俺は瓶の特徴と確認したい事項を書き留め、仕事用の袋へ入れた。

 

     ☆

 

 町外れの礼拝所では、年配の神官が先生を迎えた。

 俺にも椅子を勧めてくれる。

 

「こんなことで異端審問官様をお呼びしてしまって」

「どこへ届けたかが分かれば済みます。順に聞かせてください」

 

 先生の声は、稽古のときより柔らかかった。

 神官は荷物を受け取った日を思い出し、祈りの予定を書いた帳面を取りに行く。

 俺は急かさず、机の端を空けた。

 戻った神官が指した日は、倉庫の札にある日と同じだった。

 

「雨の日でしたね」

「ええ。門のところで荷を受け取りました。若い方でしたが、以前も来たことがあると」

「こちらの箱を何個」

「二つです。一つは薬、もう一つは布でした」

 

 数は合っている。

 その後、別の者が薬を引き取りに来たという。

 別の診療所へ分けることになったと説明し、大聖堂の印のある紙を見せた。

 神官はその紙をしまってあった。

 先生が受け取り、俺へも見せる。

 押された印は少し欠けていた。古い写しをなぞったのか、紙の上で作り直したのか。

 俺は印を直接触らず、渡された紙の余白を持った。

 

「この紙を置いていかれたのですね」

「はい。疑うこともしませんでした」

「確認のため預かります。受け取りを残しますので」

 

 先生が書付けを作った。

 俺は礼拝所の帳面へ、先生が預かった紙の内容と日付を書き添える。

 神官は繰り返し申し訳ないと言ったが、先生は責めずに、薬を引き取った者の顔や話し方を尋ねた。

 次に同じ者が来たときは、荷を渡す前に大聖堂へ連絡すること。それだけを頼んで立ち上がる。

 

「薬を待っている方は?」

 

 俺が尋ねると、神官は棚を見た。

 

「残りで何とかしています。ただ、明日には」

「今日中に手配します」

 

 その分は先に先生へ確認した。

 問題の荷物を追う間も、患者は待ってくれない。

 帰り道で先生が俺を見る。

 

「聞くべきことは聞いたな」

「明日の朝まで待たせたくありませんでしたので」

「なら、先に連絡を出す」

 

 先生は近くの教会の使いを呼び、書状を預けた。

 

     ☆

 

 薬を売る男は、通りの端に布を敷いていた。

 瓶を三本並べ、客へ一つ差し出している。

 

「教会で配る薬とは違いますよ。神官様が神術の力を込めたものですから、ただ塗るだけでもよく効くんです」

 

 客は瓶を光へ透かし、値段を尋ねた。

 教会の薬には、使う量と注意を書いた紙が添えてある。その紙は外されていた。

 俺は先生の横へ立ち、商品から客の手が離れるのを待った。

 

「その瓶について、お話を伺います」

 

 先生が名乗ると、男の手が止まった。

 俺を見て、それから通りの角を見る。

 逃げるなら、右の狭い道だろう。荷車が入りにくく、人も少ない。

 俺は通り道を塞ぎきらず、そこへ先に歩いた。

 男は先生へ何か言いかけ、急に布を引いた。

 瓶を転がして注意をそらすつもりだった。

 先生が一歩踏み込む。俺は落ちかけた瓶を二本拾い、残る一本を靴の横で止めた。

 拾った瓶を布へ戻したところへ、男が俺の肩を押して抜けようとする。

 その手首を取り、力の向く側へ半歩ずれた。肘を曲げたまま柱のそばへ寄せ、男が自分で立てる位置を保つ。

 

「走らなければ、ここまでしなくて済みます」

 

 男は俺を見て、息を荒くした。

 手に持つものはない。袖にも隠した刃は見えなかった。

 先生が反対側へ回り、持っていた袋を確認する。

 紙の束と、礼拝所で見た印に似た小さな板が出てきた。

 

「この板はどこで手に入れた」

 

 男は答えなかった。

 俺は手首を緩めず、先生の指示を待った。

 人が集まり始めると、先生は近くの衛兵へ声をかける。男を連れていく場所と、店に残す品物の扱いを伝えた。

 

 男が衛兵へ引き渡される前、俺へ低く言った。

 

「子どもが、何の真似だ」

 

 俺は袋へ戻す瓶の口を確かめた。

 

「大人が何の真似ですか」

 

 それ以上は答えなかった。

 

     ☆

 

 仕事部屋へ戻ると、まだ書くものが残っていた。

 預かった紙と瓶を一つずつ並べ、誰がどこから持ってきたか記す。

 俺が書いた聞き取りに、先生が時刻を足した。

 男の供述は、別の紙へまとめた。

 

「礼拝所への追加は届きましたか」

「さっき知らせが来た。届いている」

 

 先生が短い書付けを寄せる。

 俺は薬の受け取りを確認し、明日の診療ができることを帳面へ記した。

 男は古い印の写しを手に入れ、別の診療所へ回すと偽って薬を引き取ったらしい。売った分は、まだ全部分かっていない。

 買った人には、特別な神術の力を込めた薬ではないことと、正しい使い方を伝える。効き目を信じて診療を受けずにいる人がいれば、教会へ来てもらう必要もあった。

 先生は店の位置を地図へ記し、神官たちに回す連絡を作った。

 

 机の端で、別の神官が帳面を受け取った。

 倉庫から出す分の記録を担当している人だった。俺が並べた数字を読み、袋へ分けたときに一行抜けていることへ気づく。

 

「こちらは私の書き漏らしです。薬を持ち出された分とは別ですね」

 

 先生がうなずく。

 俺は抜けた行の位置を示し、元の書き手に追記してもらった。

 書いた日と確かめた日を分けて残す。

 神官はその紙を読み、礼拝所へ連絡するために持っていった。

 

「急な治療へ回した分は、受け取った者が書く決まりにしておきます」

「先生方が診療の途中で書けない場合もあります。札だけでも残せれば」

 

 俺が答えると、神官は棚から空の札を取った。

 先生も交えて、使う欄を二つだけ決める。薬の数と、受け取った場所。

 

 その話が終わったあと、先生が俺の報告の紙へ指を置いた。

 

「神官が神術の力を込めたと言った部分は、そのまま残してあるな」

「はい。神術を使ったところは確認しておりませんので」

「よし。薬の検査結果も添えて、報告を出すぞ」

 

 先生は紙へ署名した。

 薬を盗み、印を偽り、効き目まで偽って売っていた。その経緯を報告書へ記した。

 俺は瓶の封へ確認の札をつけ、鍵のかかる棚へ入れた。

 預けた品の一覧を先生に渡し、机へ散った紙をまとめる。

 

「今日はこれで終わりだ」

 

 その言葉が出た頃には、窓から入る光が傾いていた。

 俺は筆を洗い、机を拭く。

 先生が俺の時間割を見た。

 

「明日の実習は午前か」

「はい。午後の鍛錬には来られます」

「教会の用務で遅くなったと、学園へ届けを出しておけ」

「承知いたしました」

 

 俺は教会の用務を終えた時刻だけを紙へ書き、退出した。

 

     ☆

 

 屋敷へ戻ると、お嬢様は玄関の奥にいらした。

 お帰りなさいと声をかけられ、俺も挨拶する。

 

「今日は遅かったのね」

「届け先の確認に、少し時間がかかりました」

「怪我は?」

「しておりません」

 

 お嬢様は俺の顔と袖をご覧になった。

 帰る前に手を洗い、服の埃も払ってある。隠す傷は、今日は本当になかった。

 

「ではお茶を飲める?」

「はい。荷物を置いてから伺います」

 

 お嬢様がうなずいて、俺の袋を見る。

 

「その紙は仕事のもの?」

「明日、学園へ出す届けです」

「私の机で書き足してもいいわよ」

 

 俺が返事をすると、お嬢様は先に廊下へ向かわれた。

 部屋へ戻って袋を置き、手を洗う。棚に立てた大剣は今日も抜いていない。

 掌に残るのは筆を持った感覚と、逃げようとした男の手首の硬さだけだった。

 着替えを終え、廊下へ出る。

 お嬢様の部屋には二人分のお茶があり、果実の入った焼き菓子が置かれていた。

 

「今日は何をなさっていたのですか」

「薬草の授業の復習。それから剣」

 

 お嬢様が帳面を開く。

 俺は隣へ座り、教会の届けを端へ置いた。

 明日の授業で使う葉の絵が二つ描かれている。お嬢様は片方を示し、これは見分けやすいとおっしゃった。

 その説明を聞きながら、俺はお茶をいただいた。

 

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