何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~ 作:名もなきそば付き
フィオナが一枚の紙を持って、俺の席へ来た。
まだ朝の授業が始まる前だった。隣のお嬢様は教本を読んでいらっしゃる。
「このお返事、見ていただいてもいいですか」
「どなたへのものでしょうか」
「昨日、お茶へ誘ってくださった方です」
紙には招待への礼と、伺えないことへの詫びが書かれていた。
その日の午後、フィオナは教会へ行く。担当を替わってもらえば行けるが、前から決まった仕事を動かしたくないという。
俺は日時と相手の名前を確かめた。
「断る理由は、このままで通じると思います」
「では、お昼にお渡しします」
フィオナが紙を折り、袋へしまった。
お嬢様は俺たちをご覧になったが、何もおっしゃらなかった。
俺は教本を開き直した。
昼休み、フィオナはその返事を渡した。
招いた令嬢は、柔らかく笑って受け取った。教会の用事なら仕方がないと言い、また別の機会にと答える。
問題が起きたようには見えなかった。
そのあと、食堂へ行く廊下で殿下の組の生徒が声をかけた。
「フィオナ、今日も診療室へ行くのか」
「午後は教会です。どうなさいましたか」
「術の教本で分からないところがあってね。少し見てもらえないか」
彼の袋から教本が出た。
光の魔法の基本が書かれた本だった。フィオナはページを見て、難しそうに眉を寄せる。
「私も詳しく説明できるか分かりません。実習の先生へ聞いたほうが」
「先生を呼び止めるほどではないんだ」
その生徒が笑った。
俺は教本の端にある書き込みを見た。疑問は一つではなく、いくつもあった。
短い立ち話で片づく量ではない。
「昼食のあと、図書室でならどうですか。先生がいらっしゃる時間なので、分からないところを一緒に聞けます」
フィオナはそう答えた。
その生徒がうなずき、ではあとでと言って去る。
無理に引き受けず、教師がいる場所を選んだ。それ自体は適切だった。
ただ、廊下の向こうには、さっき返事を受け取った令嬢が立っていた。
彼女はフィオナとその生徒を見たあと、折った紙へ目を落とした。
☆
翌朝、俺は教室の入口で二人の生徒の話を聞いた。
「お茶には来られないのに、あの方とはお会いになれたのね」
「殿下に近い方だからではなくて?」
声は小さかった。
フィオナはまだ来ていない。お嬢様は先に教室へ入り、クラウディア様が窓を開けていらした。
俺は話している二人へ会釈をした。
そのうちの一人が、招いた令嬢だった。
目が合うと、彼女は話をやめた。
「昨日の図書室のことでしたら、私も一緒におりました」
俺は告げた。
フィオナは昼食のあと、俺にも声をかけた。彼のほかにも、同じ本で困っている生徒が数人集まり、教師に見てもらった。
終わったのは午後の授業が始まる前で、教会へ行く時間には間に合っている。
「先生へ質問するための、短い集まりでした」
「そうでしたの」
説明を聞いても、令嬢の声は硬いままだった。
「私のお誘いは、先生がいらっしゃらなかったから駄目だったのかしら」
「そのような理由ではありません」
「ではどうして、私には教会の用事があるとだけ」
俺は答えを急がなかった。
フィオナ本人の返事を、俺が全部説明するべきでもない。
「本人とお話しできるようにします。授業の前ですので、放課後でもよろしいでしょうか」
令嬢はしばらく俺を見ていた。
それから、うなずく。
「誤解なら、私も聞きたいですわ」
俺はお礼を言い、教室へ入った。
お嬢様が俺を見ていらした。
「何かあったの?」
声を落とし、先ほどの話だけを伝えた。
お嬢様は教本を閉じ、入口へ目を向けられる。
「フィオナには、まだ話していないのね」
「これからです」
言っている間に、本人が来た。
挨拶をし、机へ袋を置く。俺が話しかけると、彼女は返事を渡した場面を思い出した。
「別の機会にと言ってくださったので、分かっていただけたと思っていました」
「その場で言いにくかったのかもしれません」
フィオナは黙って、令嬢の去った方へ目を向けた。
俺は放課後に話す約束をしたことを伝えた。
「はい。お話しします」
教師が入ってきたので、そこで会話を終えた。
その授業では、二人とも普段どおり答えていた。
ただ、休み時間になると、どちらも何を話してよいか迷っているようだった。
俺は教師に空いた教室を借りられるか尋ねた。
招待の件で行き違いがあったので、本人同士で話したいと伝えた。
教師は二人が望んでいることを確かめ、放課後の短い時間ならよいと答えた。
戸は開けておくこと。ほかの生徒が覗きに来れば、係へ知らせること。
俺はうなずき、相手の令嬢へ部屋を伝えた。
「お話の間に、誰かを呼んでおきたいですか」
尋ねると、令嬢は友人を一人連れてきたいと答えた。
知らない人だけの場所へ、ひとりで行くのは心細かったらしい。
俺はフィオナにも伝え、その友人は同席するが、話すのは本人だと確かめた。
お嬢様が俺の隣で聞いていらした。
「二人とも、来る前から責められると思わなければいいわね」
俺はうなずいた。
放課後になって部屋へ入ると、俺は机を少し離した。
二人が向かい合い、同席する者は横へ座る。
令嬢の友人はその位置を見て礼を言い、袋を膝へ置いた。
フィオナも座る前に一度、相手へ会釈した。
☆
お嬢様も令嬢の承諾を得て同席された。クラウディア様は別の実習へ行っている。
フィオナは相手へ向き直り、来てくれたことへ礼を言った。
「昨日のお返事で、不快な思いをさせてしまったと伺いました」
「不快というほどではありません。ただ、理由が違っていたなら知りたくて」
令嬢は膝の上へ手を置いた。
「あの方とお会いになるから、私のところへは来られなかったのですか」
「いいえ。図書室へ行ったのは、お昼のあとの短い時間です。先生に教本を見ていただきました。午後は教会で仕事をしていました」
「でしたら、そのことも言っていただければ」
フィオナはうなずいた。
相手の話を遮らない。
「でも、お誘いを受けたときには図書室の話はありませんでした」
令嬢の目が上がった。
「返事を書いたのは朝です。図書室のことは、そのあと頼まれて決まりました。隠すつもりはありませんでした」
俺はその順番を確認した。
令嬢の覚えていた時刻も、フィオナの話と合っていた。
お嬢様が口を開かれた。
「お茶の時間を短くできるか、尋ねてみたかったの?」
令嬢は少し驚いたようだった。
「ええ。少しだけでも来ていただけたらと思っていました」
「それは伝えていなかったのね」
責める声ではなかった。
令嬢はうつむき、招待の紙には午後の時間だけを書いたと答えた。
フィオナはその紙を思い出す。
「その時間には教会を離れられませんでした。お昼なら、空いていたと思います」
「でしたら」
令嬢は続けかけ、言葉を止めた。
自分も聞かなかったことへ気づいたのだろうか。
お嬢様は相手の答えを待った。
「……嫌われたのかと思ってしまったんです」
令嬢が言った。
「お誘いしたいと考えて、紙も用意して。返事はすぐいただけましたけれど、来られないとだけ書いてあったので」
フィオナの肩が少し下がった。
彼女は令嬢の顔を見て答えた。
「嫌いだからお断りしたわけではありません。誘ってくださって嬉しかったです。今度、別の日に伺ってもいいですか」
令嬢が顔を上げる。
それから、小さくうなずいた。
すぐに親しげな会話が始まることはなかった。日時を確かめ、次は昼食のあとに短く集まることにした。
お嬢様も招かれたが、その日は稽古があるという。
「少しだけなら伺えるわ。先に失礼するけれど」
令嬢は、それでも嬉しいと答えた。
俺は三人が話を終えるまで、机の端で待った。
☆
教室を出ると、フィオナが俺へ向き直った。
「教会なら、その場で別の日はどうですかって聞けるのに。お手紙だと難しいですね」
「次は、別の日なら伺いたいと添えてみてはいかがでしょうか」
「はい。お誘いが嬉しかったことも、ちゃんと書きます」
お嬢様は廊下の窓へ寄り、夕方の庭をご覧になっていた。
フィオナがその横へ行く。
「お話を聞いてくださって、ありがとうございました」
「私も誘われたことがある方だから」
お嬢様が答えた。
俺は少し離れた場所で袋を持ち直した。
過去に見た、聖女を巡る噂の始まりはもっと大きなものだった。聞かれた理由を否定しても、その先の行動が同じなので、噂は消えなかった。
今回は、その前に本人同士が話している。
フィオナがお嬢様へ尋ねた。
「お茶の席で、気をつけたほうがいいことはありますか」
「相手の話も聞けばいいと思うわ」
「はい」
「それから、席を移る前には一言かけて」
フィオナは真面目にうなずいた。
お嬢様がこちらを向く。
「あなたは、その日は教会でしょう」
「はい。お迎えは屋敷の者が」
「分かっているわ」
お嬢様は窓から離れ、俺の隣へ来られた。
フィオナは次に会う日時を確かめてから、大聖堂へ帰る馬車へ向かった。