何回やり直してもお嬢様が救えない~今度のお嬢様は、なぜか私を離してくれない~   作:名もなきそば付き

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三章の表紙イメージです。AI画像ですのでご注意ください。



第三十八話☆聖女の礼儀問題

 フィオナが一枚の紙を持って、俺の席へ来た。

 まだ朝の授業が始まる前だった。隣のお嬢様は教本を読んでいらっしゃる。

 

「このお返事、見ていただいてもいいですか」

「どなたへのものでしょうか」

「昨日、お茶へ誘ってくださった方です」

 

 紙には招待への礼と、伺えないことへの詫びが書かれていた。

 その日の午後、フィオナは教会へ行く。担当を替わってもらえば行けるが、前から決まった仕事を動かしたくないという。

 俺は日時と相手の名前を確かめた。

 

「断る理由は、このままで通じると思います」

「では、お昼にお渡しします」

 

 フィオナが紙を折り、袋へしまった。

 お嬢様は俺たちをご覧になったが、何もおっしゃらなかった。

 俺は教本を開き直した。

 

 昼休み、フィオナはその返事を渡した。

 招いた令嬢は、柔らかく笑って受け取った。教会の用事なら仕方がないと言い、また別の機会にと答える。

 問題が起きたようには見えなかった。

 そのあと、食堂へ行く廊下で殿下の組の生徒が声をかけた。

 

「フィオナ、今日も診療室へ行くのか」

「午後は教会です。どうなさいましたか」

「術の教本で分からないところがあってね。少し見てもらえないか」

 

 彼の袋から教本が出た。

 光の魔法の基本が書かれた本だった。フィオナはページを見て、難しそうに眉を寄せる。

 

「私も詳しく説明できるか分かりません。実習の先生へ聞いたほうが」

「先生を呼び止めるほどではないんだ」

 

 その生徒が笑った。

 俺は教本の端にある書き込みを見た。疑問は一つではなく、いくつもあった。

 短い立ち話で片づく量ではない。

 

「昼食のあと、図書室でならどうですか。先生がいらっしゃる時間なので、分からないところを一緒に聞けます」

 

 フィオナはそう答えた。

 その生徒がうなずき、ではあとでと言って去る。

 無理に引き受けず、教師がいる場所を選んだ。それ自体は適切だった。

 ただ、廊下の向こうには、さっき返事を受け取った令嬢が立っていた。

 彼女はフィオナとその生徒を見たあと、折った紙へ目を落とした。

 

     ☆

 

 翌朝、俺は教室の入口で二人の生徒の話を聞いた。

 

「お茶には来られないのに、あの方とはお会いになれたのね」

「殿下に近い方だからではなくて?」

 

 声は小さかった。

 フィオナはまだ来ていない。お嬢様は先に教室へ入り、クラウディア様が窓を開けていらした。

 俺は話している二人へ会釈をした。

 そのうちの一人が、招いた令嬢だった。

 目が合うと、彼女は話をやめた。

 

「昨日の図書室のことでしたら、私も一緒におりました」

 

 俺は告げた。

 フィオナは昼食のあと、俺にも声をかけた。彼のほかにも、同じ本で困っている生徒が数人集まり、教師に見てもらった。

 終わったのは午後の授業が始まる前で、教会へ行く時間には間に合っている。

 

「先生へ質問するための、短い集まりでした」

「そうでしたの」

 

 説明を聞いても、令嬢の声は硬いままだった。

 

「私のお誘いは、先生がいらっしゃらなかったから駄目だったのかしら」

「そのような理由ではありません」

「ではどうして、私には教会の用事があるとだけ」

 

 俺は答えを急がなかった。

 フィオナ本人の返事を、俺が全部説明するべきでもない。

 

「本人とお話しできるようにします。授業の前ですので、放課後でもよろしいでしょうか」

 

 令嬢はしばらく俺を見ていた。

 それから、うなずく。

 

「誤解なら、私も聞きたいですわ」

 

 俺はお礼を言い、教室へ入った。

 お嬢様が俺を見ていらした。

 

「何かあったの?」

 

 声を落とし、先ほどの話だけを伝えた。

 お嬢様は教本を閉じ、入口へ目を向けられる。

 

「フィオナには、まだ話していないのね」

「これからです」

 

 言っている間に、本人が来た。

 挨拶をし、机へ袋を置く。俺が話しかけると、彼女は返事を渡した場面を思い出した。

 

「別の機会にと言ってくださったので、分かっていただけたと思っていました」

「その場で言いにくかったのかもしれません」

 

 フィオナは黙って、令嬢の去った方へ目を向けた。

 俺は放課後に話す約束をしたことを伝えた。

 

「はい。お話しします」

 

 教師が入ってきたので、そこで会話を終えた。

 その授業では、二人とも普段どおり答えていた。

 ただ、休み時間になると、どちらも何を話してよいか迷っているようだった。

 俺は教師に空いた教室を借りられるか尋ねた。

 招待の件で行き違いがあったので、本人同士で話したいと伝えた。

 教師は二人が望んでいることを確かめ、放課後の短い時間ならよいと答えた。

 戸は開けておくこと。ほかの生徒が覗きに来れば、係へ知らせること。

 俺はうなずき、相手の令嬢へ部屋を伝えた。

 

「お話の間に、誰かを呼んでおきたいですか」

 

 尋ねると、令嬢は友人を一人連れてきたいと答えた。

 知らない人だけの場所へ、ひとりで行くのは心細かったらしい。

 俺はフィオナにも伝え、その友人は同席するが、話すのは本人だと確かめた。

 お嬢様が俺の隣で聞いていらした。

 

「二人とも、来る前から責められると思わなければいいわね」

 

 俺はうなずいた。

 放課後になって部屋へ入ると、俺は机を少し離した。

 二人が向かい合い、同席する者は横へ座る。

 令嬢の友人はその位置を見て礼を言い、袋を膝へ置いた。

 フィオナも座る前に一度、相手へ会釈した。

 

     ☆

 

 お嬢様も令嬢の承諾を得て同席された。クラウディア様は別の実習へ行っている。

 フィオナは相手へ向き直り、来てくれたことへ礼を言った。

 

「昨日のお返事で、不快な思いをさせてしまったと伺いました」

「不快というほどではありません。ただ、理由が違っていたなら知りたくて」

 

 令嬢は膝の上へ手を置いた。

 

「あの方とお会いになるから、私のところへは来られなかったのですか」

「いいえ。図書室へ行ったのは、お昼のあとの短い時間です。先生に教本を見ていただきました。午後は教会で仕事をしていました」

「でしたら、そのことも言っていただければ」

 

 フィオナはうなずいた。

 相手の話を遮らない。

 

「でも、お誘いを受けたときには図書室の話はありませんでした」

 

 令嬢の目が上がった。

 

「返事を書いたのは朝です。図書室のことは、そのあと頼まれて決まりました。隠すつもりはありませんでした」

 

 俺はその順番を確認した。

 令嬢の覚えていた時刻も、フィオナの話と合っていた。

 お嬢様が口を開かれた。

 

「お茶の時間を短くできるか、尋ねてみたかったの?」

 

 令嬢は少し驚いたようだった。

 

「ええ。少しだけでも来ていただけたらと思っていました」

「それは伝えていなかったのね」

 

 責める声ではなかった。

 令嬢はうつむき、招待の紙には午後の時間だけを書いたと答えた。

 フィオナはその紙を思い出す。

 

「その時間には教会を離れられませんでした。お昼なら、空いていたと思います」

「でしたら」

 

 令嬢は続けかけ、言葉を止めた。

 自分も聞かなかったことへ気づいたのだろうか。

 お嬢様は相手の答えを待った。

 

「……嫌われたのかと思ってしまったんです」

 

 令嬢が言った。

 

「お誘いしたいと考えて、紙も用意して。返事はすぐいただけましたけれど、来られないとだけ書いてあったので」

 

 フィオナの肩が少し下がった。

 彼女は令嬢の顔を見て答えた。

 

「嫌いだからお断りしたわけではありません。誘ってくださって嬉しかったです。今度、別の日に伺ってもいいですか」

 

 令嬢が顔を上げる。

 それから、小さくうなずいた。

 すぐに親しげな会話が始まることはなかった。日時を確かめ、次は昼食のあとに短く集まることにした。

 お嬢様も招かれたが、その日は稽古があるという。

 

「少しだけなら伺えるわ。先に失礼するけれど」

 

 令嬢は、それでも嬉しいと答えた。

 俺は三人が話を終えるまで、机の端で待った。

 

     ☆

 

 教室を出ると、フィオナが俺へ向き直った。

 

「教会なら、その場で別の日はどうですかって聞けるのに。お手紙だと難しいですね」

「次は、別の日なら伺いたいと添えてみてはいかがでしょうか」

「はい。お誘いが嬉しかったことも、ちゃんと書きます」

 

 お嬢様は廊下の窓へ寄り、夕方の庭をご覧になっていた。

 フィオナがその横へ行く。

 

「お話を聞いてくださって、ありがとうございました」

「私も誘われたことがある方だから」

 

 お嬢様が答えた。

 俺は少し離れた場所で袋を持ち直した。

 過去に見た、聖女を巡る噂の始まりはもっと大きなものだった。聞かれた理由を否定しても、その先の行動が同じなので、噂は消えなかった。

 今回は、その前に本人同士が話している。

 フィオナがお嬢様へ尋ねた。

 

「お茶の席で、気をつけたほうがいいことはありますか」

「相手の話も聞けばいいと思うわ」

「はい」

「それから、席を移る前には一言かけて」

 

 フィオナは真面目にうなずいた。

 お嬢様がこちらを向く。

 

「あなたは、その日は教会でしょう」

「はい。お迎えは屋敷の者が」

「分かっているわ」

 

 お嬢様は窓から離れ、俺の隣へ来られた。

 フィオナは次に会う日時を確かめてから、大聖堂へ帰る馬車へ向かった。

 

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