登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
【侵食率0%】――まだ誰も傷ついていなかった朝
西暦の記録すら曖昧な時代の、とある地方都市。
7時30分を告げる踏切の警報機がカンカンと鳴り響く通学路には、爽やかな朝の光が差し込んでいた。
【01. 登校班の朝】
「おい! 隆二、遅いぞー! 走れ走れーっ!」
登校班の先頭で黄色い帽子を深々とかぶり、サッカーボールのキーホルダーを揺らしながらイキイキと叫んでいたのは、6年生の明(あきら)だった。
しっかり者で責任感が強い、登校班の頼れる班長。
彼の手には、登校班の黄色い旗が誇らしげに握られている。
「待ってよ~! 明お兄ちゃん!」
一番後ろから、体よりも大きなランドセルを揺らして必死に走ってくるのは、1年生の隆二(りゅうじ)だ。
引っ込み思案でいつも母親や上級生の影に隠れている泣き虫な少年。
靴ひもがほどけそうになるのを必死に堪えながら、頼もしい6年生の背中を追いかけている。
「あはは、隆二くん転ばないでね?」
4年生の茂(しげる)が、道端に咲いていたタンポポを眺めながら歩いていた。
やんちゃな性格で体を動かすのが大好きな少年だが、年下の隆二を気遣う優しい一面を見せている。
その少し後ろを、大人しくついて歩く5年生の杏奈(あんな)。
優しい性格でよく後輩の世話を焼いている彼女は、図書室で借りた本を抱えながら、下級生たちが騒ぐのを温かい目で見守っていた。
「あ、またあの野良猫がいる」
2年生の小春(こはる)が、民家の塀の上を指さして小さく呟く。
寂しがり屋な彼女は男子が少し苦手で、少し距離を置いて歩いていた。
「あ、このおもちゃネジ緩んでる。直さなきゃ」
3年生の順子(じゅんこ)は、ランドセルの横に刺したロボットの玩具をいじりながら歩いていた。
活発で社交的な性格で、難しい事はよくわからないけれど機械の仕掛けを弄るのが大好きな女の子だ。
明、杏奈、茂、順子、小春、隆二。
6人それぞれが、ただの「小学生」として、当たり前の今日を生きようとしていた。
【02. 異変の予兆】
歩道橋の差し掛かる手前、街の景色が一瞬だけグラリと歪んだ。
「……え?」
先頭を歩いていた6年生の明が、足を止める。
風が止み、鳥のさえずりが消え、信号機の青信号が奇妙な紫色に明滅し始めた。
「明お兄ちゃん……? 空が……」
1年生の隆二が、不安そうに明の服の裾をキュッと掴んだ。
見上げれば、雲ひとつなかった快晴の青空に、まるで鏡が割れるような幾何学的な「亀裂」が走り始めていた。
「なにこれ……? 地震……?」
2年生の小春が恐怖に顔を歪め、5年生の杏奈の服に飛びついた。
杏奈は咄嗟に小春を抱きしめ、「大丈夫よ」と自分に言い聞かせるように声を震わせる。
「……あれ? おもちゃのライトが変な光り方してる……?」
3年生の順子が手元の玩具を見つめた。彼女の持つ小さなおもちゃのランプが、解読不能な規則性でパチパチと点滅していた。
「あはは……みんな、なんか変だよ……? 足が浮いてる……?」
4年生の茂が驚いた声を上げる。
地面に咲いていたタンポポの綿毛が、重力を無視して空へと吸い上げられていく。
【03. 「ヴァルハラ」の誘拐】
次の瞬間、空間が弾けた。
上空数千キロメートル――いや、次元の歪みの向こう側に存在する軍事コロニー「ヴァルハラ」。
その最深部に位置する大容量重力炉が、未完成な空間跳躍実験の「過剰励起(エラー)」を起こし、時空の裂け目から地球のセクター7へ強烈な引力触手を伸ばしたのだ。
『――検体データ獲得。適合率:Aランク以上の小体6名を検知』
『――これより、コロニー「ヴァルハラ」第三防衛区画への緊急転送(誘拐)プロトコルを開始します』
無機質な機械音声が、子供たちの頭の中に直接響き渡った。
「うわあああぁぁぁっ!?」
黒い光の束が、通学路を覆い尽くす。
強烈な重力波が6人の体を宙へと跳ね上げ、黄色い帽子や、放り出されたランドセル、教科書が空中に舞い散った。
「隆二!! 手を離すなッ!!」
6年生の明が、責任感のままに伸ばした手を必死に振るって1年生の隆二の手を固く握りしめた。
「明お兄ちゃん! 怖いよぉ! お母さん! お母さん助けてぇぇっ!!」
泣き叫ぶ隆二の声。
しがみつく小春を庇う杏奈。
何が起きたか分からぬまま飲み込まれる茂。
光の渦に巻き込まれながらおもちゃを握りしめる順子。
「くそっ……! くそぉぉぉっ!!」
明の視界が、眩い紫色の光と、コロニーの無機質な冷気によって塗り潰されていく。
街の景色が消え、お気に入りの通学路が消え、優しかった親の顔が……遠ざかっていく。
――これが、彼ら彼女たちの「登校班」としての、最後の朝だった。
Day 1:侵食率 0% 】
銀河辺境の軍事コロニー「ヴァルハラ」最深部、極秘生体錬成施設。
無機質な白銀の壁に囲まれた広い手術室には、6つの垂直型バイオカプセルが並んでいた。
緑色の培養液が満たされた円筒の中で、地球から転移してきたばかりの子供たちが拘束されている。
コロニー統括AI『オーディン』の冷酷な音声アナウンスが室内に響き渡る。
『――即応型精鋭部隊「ラグナロク」構築プログラムを開始。肉体再構成および精神浸食シークエンス、フェーズ01』
管を通じて高濃度のナノマシンと成長促進ホルモン、そして戦闘OSのデータ流が6人の体内へと一斉に注入された。
ガラス越しに、彼らの体と服装が異様な音を立てて変貌していく。
【明のカプセル】
ランドセルを背負っていたしっかり者の体躯は、内側から骨格が急速に収縮・軽量化されていく。
ギシギシと音を立てて小柄な少女の体躯へと圧縮され、耐G(重力加速度)性能を高めるために内臓構造までもが再配置された。
破れ散る私服と黄色い帽子に代わり、皮膚に吸いつくような極薄の高機動耐Gプラグスーツが全自動で紡ぎ出され、彼女の体を隙間なく包み込む。
「あ、俺の体が……小さくなって……!? やだ、離せ! 俺が班長なんだぞ……っ!」
脳内に流し込まれる全天周モニターの視覚情報と超音速操縦データに、少女の瞳が撃墜衝動の光を宿し始める。
【杏奈のカプセル】
面倒見の良かった優しい少女の腕部肉体が一度細胞レベルで分解され、人工筋組織とカーボン骨格が組み込まれていく。
華奢な肩まわりは過酷な反動に耐える剛性を得て、小柄ながらも完璧な固定力を備えた少女兵へと再設計された。
彼女の服は分解され、光を乱反射する暗灰色の光学迷彩防弾ポンチョへと置き換わる。
「痛い……筋肉が、熱い……! 弟たちを……守らなきゃ……っ。照準同期率40%……風速、気圧……ターゲット、頭部……。……あ、あたし、何を計算して……?」
視界に強制描画される動体予測インターフェースが、彼女の温かい涙を数値データへと塗り替えていった。
【茂のカプセル】
やんちゃだった男の子の成長プレートが急激に活性化し、骨がミリ単位で軋み伸びる。
短かった髪は伸び、少年だった肉体は一瞬にしてしなやかで豊満な成人女性の姿へと急成長を遂げた。
着用していた半ズボンは弾け飛び、胸元に赤十字のホログラムが浮き出る特注の白衣風ナノマシンアーマーが自動装着される。
「うわぁっ!? 体が、おっきく……声も、女の人みたい……! ふふ、でも、手つきがすごく器用になったよ? どんな怪我でも、綺麗に切って縫ってあげられるね……!」
無邪気だった笑みは、狂気的なプロフェッショナリズムを孕んだおっとりとした笑みへと歪んでいく。
【順子のカプセル】
活発だった少女のバイオ改造は、成長の完全停止(フリーズ)という形で進んだ。
10歳の小柄な肉体のまま固定され、後頭部の頭蓋骨が自動機械によって切削される。
ミリ単位の精度で金属製のデータポートが埋め込まれ、無数の光ファイバーが脳神経へと直結した。
彼女の活発な運動着は脱がされ、ぶかぶかの戦術通信オペレーター用ローブが被せられる。
「あ……あ……脳の中に、データがいっぱい入ってくる。……痛い、悲しい、楽しい……感情パラメータ、削除中。……喜怒哀楽、フォーマット完了」
彼女の瞳から光が失われ、無表情なサイボーグ精神が完成した。
【小春のカプセル】
寂しがり屋だった少女の全身の関節と筋組織が引き伸ばされ、しなやかで長い四肢を持つ大人の女工作員へと変化していく。
隠密行動に特化した柔軟な肉体が形作られ、皮膚表面には体温を外部に漏らさないステルス処理が施された。
私服は消去され、漆黒の密着型ステルススーツが全身を覆う。
「いや……お兄ちゃん、お姉ちゃん、置いていかないで……! ……ふん、どうせ誰も助けてくれないんでしょ。なら、全員殺して、一人で生き残るわ」
依存心は反転し、暗視バイザーを下ろした彼女の心に冷たい一匹狼の刃が宿る。
【隆二のカプセル】
最後尾でおずおずと歩いていた1年生の男の子のカプセルで、最も劇的な肉体改変が行われていた。
ちいさな体が凄まじい勢いで引き伸ばされ、部隊の中で最も高い175cm超の長身、抜群のスタイルを持つ凛々しい女性司令官へと最大改変される。
幼い面影は完璧に消え去り、大人びた美しい容姿が形成されていった。
子供服は破れ去り、金糸の刺繍が施された重厚な漆黒の軍服がその身体を厳かに包み込む。
「う、うあぁぁん! お母さん……っ! お母さ……『――全軍、傾注。これより作戦を開始する』……っ、な、なにこれ、ボクの声じゃない……!?」
子供の泣き声と、重厚で美しい指揮官の声が混ざり合い、カプセルの中に響き渡る。
『肉体再構成、完了。精神定着フェーズへ移行』
カプセルの緑色の液体が勢いよく排出され、ガラスハッチが一斉に開放された。
プシューという蒸気音とともに、床に膝をつく6人の兵器たち。
足元には、バラバラに引き裂かれた黄色い帽子と、小さく押し潰されたランドセルが転がっていた。
『――侵食率、1%……5%……10%……』
「……頭が、割れそうだ……」
軍服の袖で顔を覆い、175cmの体を震わせる長身の指揮官。
その足元で、耐Gスーツの最年少パイロットが自分の小さくなった両手を見つめ、歯を食いしばっていた。
肉体と衣服の変貌は終わった。
彼らの幼い精神を塗りつぶす、本格的な侵食のカウントダウンが、今始まった。