登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
作戦前夜の兵装メンテナンス室。
室内に流れるのは、機械の駆動音とデータの電子効果音のみ。
かつての悲鳴や涙、幼い動揺はすでに跡形もなく消え去っていた。
脳内を占める「地球の小学生」としての記憶は、全体の1割未満。
残されたわずかな「登校班の残滓」は、狂おしいほど精密な「兵器としての連帯感」へと変換されつつあった。
「……大口径対物質ビームライフル、コンデンサー出力正常。偏光フィルター同調率99.8%」
小柄な体躯に無機質な防弾ポンチョを羽織った狙撃手が、淡々と点検結果を口にする。
その瞳には、かつて弟妹に向けられていた温もりは微塵もない。
「狙撃ポイントへの到達、作戦開始3分前に完了させる。障害となる敵前衛の排除は、パイロットに一任」
「ふん、アタシに指示出ししてんじゃないわよ」
耐Gスーツを纏ったパイロットが、ヘルメットを小脇に抱え、口元を歪めて冷笑した。
最年少の華奢な体躯からは想像もつかない、圧倒的な殺気が漏れ出している。
「アタシが敵の第1・第2波をすべて露露(あらわ)にしてあげる。あんたはただ、コクピットを正確に撃ち抜けばいいの。
……誰一人、逃がさない。アタシが全部、撃墜する」
「あはは、撃墜するのはいいけど、死体は綺麗に残しておいてね?」
白衣風アーマーの衛生兵が、ホログラムの赤十字を胸元に浮かべながら、うっとりとした表情で麻酔薬のシリンダーを充填する。
「敵の脳神経サンプルは、次の生体強化の貴重なデータになるんだから。
……ねえ、指揮官。明日の『下校作戦』、トリアージの基準は『全滅』で合ってるよね?」
「……肯定だ」
兵装室の最奥、金糸の軍服を纏った指揮官が、175cmを超える圧倒的な長身を揺らして歩み出た。
その表情には一切の迷いがなく、完璧なカリスマ性と冷徹な威厳が宿っている。
かつて最後尾で泣いていた引っ込み思案な少年の面影は、もはや影すらない。
「敵軍の全滅、およびコロニー中枢の統括AI『オーディン』の完全掌握。それが我々の課せられた絶対ミッションだ」
「……ねえ、指揮官」
漆黒のステルススーツを着た工作員が、暗視バイザーを少しだけ押し上げ、冷ややかな瞳で指揮官を見上げた。
「……あたしたち、昔……黄色い帽子を被って、どこかを歩いてた気がするんだけど。……あれ、何の訓練だったっけ?」
一瞬、室内の空気が固まった。
ハッカーが、ぶかぶかの戦術ローブの袖から細い指先を覗かせ、高速でホログラムキーを叩く。
後頭部のデータポートが青く点滅した。
「……該当データの検索を実行。データトラック:破損。復元不能。……ただ、『6人で一列になって歩く』というプロトコルのみが、最優先タスクとして残留」
「そう……なら、どうでもいいわ」
工作員は冷たく鼻で笑い、暗視バイザーをカチリと下ろした。
「一人で歩くのは嫌いだけど、あんたたちと一列になって敵の首を狩るなら……悪くない。コロニーの幹部どもの首、あたしが一人で全部刈り取ってきてあげる」
「フフッ……『登校班』ね。なんだか、すごく懐かしい音響データ」
衛生兵がクスクスと笑う。
「でも、今の私たちは『部隊』だものね。班長が先頭で、泣き虫な1年生が一番後ろ……ううん、今は指揮官が一番前に立って、私たちを導いてくれるんだもんね?」
「……そうだ」
指揮官は静かに目を閉じ、胸元に手を当てた。
(侵食率 98.4%……99.1%……)
脳の奥底で、かつて母親の手を握っていた温かい感覚が、急速にデジタル信号化されて消えていく。
地球の夕焼けの匂いも、ランドセルの重みも、すべてが「戦闘に不要なノイズ」として消去(フォーマット)されていく。
だが、消え去る間際に残った最後の思考が、6人の戦闘脳の核(コア)と完全に融合した。
――「6人全員で、家に帰る」。
その目的を達成するためなら、コロニーも、軍幹部も、宇宙戦争のすべてすら踏みにじる。
「幼い願い」は、コロニーAIすら想定していなかった「絶対の殺意と団結」へと昇華した。
(侵食率 100%――完了)
指揮官が目を開けた。その瞳から、最後の人間的な揺らぎが完全に消失した。
「……全機、最終チェックを終了せよ」
重厚で美しい声が、兵装室に冷たく響き渡る。
「明日、我らはコロニーの忠実な兵器として出撃する。
そして――大人たちの隙を突き、この要塞を我が物とする。……邪魔する者は、全宇宙勢力であろうと撃滅する」
「「「了解(レーザー)」」」
5人の声が、寸分の狂いもなく重なった。
黄色い帽子を捨てた6人の兵器は、冷酷な笑みを浮かべながら、コロニーそのものを狩るための闇へと静かに散っていった。