登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
【後日談】──新たな名前
コロニー「ヴァルハラ」を奪取し、追撃の星系艦隊を返り討ちにしてから数日。
あてもなく銀河の深部を航行する要塞型宇宙船「アルゴ」の ブリッジは、いつも通りの静寂に包まれていた。
侵食率100%。
地球の本名も、家族の顔も、通学路の記憶もすべて消去された。
しかし、端末の個人データファイルに残された「名無し(UNKNOWN)」の文字列だけが、彼女たちの胸にわずかな引っかかりを残していた。
「……いつまでも『パイロット』だの『指揮官』だの、IDコードで呼び合うのは作戦通信上、効率的ではないわ」
ブリッジ中央。
長身の指揮官が、金糸の軍服を揺らして艦長窓の外を見つめながら、低く威厳に満ちた声で切り出した。
「これより本艦の乗員に対し、個別識別名(コードネーム)の付与を行う」
「名前……?」
膝の上に置いた長距離対物質ビームライフルを手入れしていた小柄な狙撃手が、無機質に顔を上げた。
光学的迷彩ポンチョの隙間から、感情の消えた瞳を向ける。
「……必要性を感じない。私たちが本名を失ったのは、脳内データフォーマットの正常な結果。今更、記号を増やしても戦力値は変わらない」
「そうかしら?」
暗がりから漆黒のステルススーツを着た工作員が姿を現した。
暗視バイザーを押し上げ、斜に構えた皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「コロニーが勝手に付けた『個体番号7号』なんて番号で呼ばれるくらいなら、自分で名乗った方がマシだわ。
……まあ、あたしは『ノワール(黒)』でも『ソロ(孤高)』でも、好きにしてくれればいいけど」
「そんな適当なのダメだよー」
白衣風アーマーの衛生兵が、ほんわかとした笑みを浮かべながら注射器を遊ばせる。
急成長した女性の体を傾け、おっとりと言った。
「旅の途中で傷ついて、治療してあげる時に可愛い名前の方がリラックスできるでしょ?
私のことは『フローラ』とか『アンジェル』とか、お花や天使みたいな名前にしてほしいな」
「気味が悪いわね。アンジェルの手で麻酔打たれたら二度と目覚めなさそうだわ」
「ふふ、失礼だなあ」
「チッ、名前なんてなんだっていいだろ!」
耐Gスーツの胸元をかきむしりながら、パイロットが不敵に言い放った。
最年少の華奢な体に押し込められた撃墜衝動が、その瞳で爛々と輝いている。
「アタシは一番強いパイロットなんだ! 『エース』か『ヴァルキリー』か……とにかく一番強そうで、敵が聞いただけで怯え上がるような名前にしろよ! アタシがアタシである証明なら、操縦桿一本でやって見せるんだから!」
「……データ検索」
ぶかぶかの戦術ローブを着たハッカーが、光のない瞳のまま無感情に割り込んだ。
指先がキーボードを叩き、ホログラム画面に古い地球の言語辞書を展開する。
「……地球の言語データベース、最深層ログから復元。
……かつて私たちが属していた組織形態『登校班』において、個体を区別するために用いられていた記号概念――『色』および『一番目から六番目』の順序属性」
「色……?」
指揮官が振り返る。
「肯定」ハッカーは淡々と続ける。
「地球の記憶はフォーマットされたが、色彩の概念および階層順序のログは破損を免れている。
……例:一番目の赤、二番目の青、三番目の黄色」
ブリッジに静寂が訪れた。
6人は互いの顔を見合わせる。軍服、スーツ、白衣、ローブ――かつて着ていた「黄色い帽子」や「赤いランドセル」の色はもう思い出せない。
しかし、その言葉の響きは、彼女たちの戦闘脳の奥底に秘められた歪んだ絆を優しく刺激した。
「……色、か」
長身の指揮官は静かに目を閉じ、胸元に手を当てた。
「では、こう定義する。……我らは軍事コロニーの兵器ではなく、ただの迷子でもない。……あてのない旅を進む、一つの部隊だ」
指揮官は目を開き、力強い声で宣言した。
指揮官(元1年生): 「私はルージュ(赤)。この部隊の先頭に立ち、群れを導く指針となる」
パイロット(元6年生): 「アタシはブラン(白)だ! どんな戦場もアタシの色に染めてやるわ!」
狙撃手(元5年生): 「……私はシアン(青)。冷たく、遠くから射抜く」
衛生兵(元4年生): 「私はヴェール(緑)ね。みんなの生命(いのち)を育み、癒やしてあげる」
工作員(元2年生): 「……フン、じゃああたしはノワール(黒)。闇に潜んで、群れを狙う邪魔者を消す」
ハッカー(元3年生): 「……私はジョーヌ(黄)。全ての通信とデータを、この色で塗りつぶす」
「……ルージュ、ブラン、シアン、ヴェール、ノワール、ジョーヌ」
ハッカーが淡々とコードネームをシステムへ登録していく。
画面上の「UNKNOWN」の文字が消え、新しい6つの名前に書き換わった。
「……ねえ、ルージュ」
パイロット(ブラン)が、耐Gスーツのヘルメットを小脇に抱え、不敵に笑った。
「新しい名前も決まったことだし、次の星系へ突っ込むわよ。アタシたちの『下校ルート』を開拓しなきゃね!」
「肯定だ」
長身の指揮官(ルージュ)は軍服の襟を正し、艦長窓の向こうに広がる無限の銀河を見据えた。
「全機、第一戦時体制。……我らの旅路を阻む者は、何者であろうと撃滅する」
新しい名を得た6人の兵器たちは、互いに微笑み合い(あるいは冷笑し合い)、静かに宇宙の深部へと舵を切った。