登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
宇宙船「アルゴ」のブリッジに、久しく途絶えていた無機質なアラートが鳴り響いた。
「……未知の恒星系第3惑星を捕捉。大気組成:窒素78%、酸素21%。液体の水および広大な大気を確認」
ぶかぶかの戦術ローブを着たジョーヌの指先が、ホログラムキーを叩く。
光のない瞳に、青く輝く球体のホログラムが映し出された。
「……環境データ、かつて『地球』と呼ばれていた惑星の検索結果と、98.4%適合」
「地球……?」
小柄な狙撃手シアンが、長距離対物質ビームライフルを抱える手を止めた。
光学的迷彩ポンチョの隙間から見つめる青い惑星は、彼女たちの失われた故郷の姿そのものだった。
「地表スキャンを開始……」
ジョーヌの後頭部にあるデータポートが青く点滅し、メインモニターに地表の高解像度光学映像が拡大表示される。
そこに映し出されたのは、広大な緑の台地と、無数の建物が立ち並ぶ小さな街だった。
そして、街の外れに伸びる細い舗装道路の上を――。
「……見て」
暗がりから姿を現したノワールが、暗視バイザーを押し上げ、息をのんだ。
そこに映っていたのは、「黄色い帽子」をかぶり、背中に大きな四角いカバンを背負った6人の子供たちだった。
最前線を歩く大きな男の子。
そのすぐ後ろをついていく小柄な女の子。
擦り傷だらけの足を元気に動かす男の子と、その後ろで何かを話しかけている女の子。
少し離れて歩く大人しそうな女の子と、一番最後尾でおずおずとついていく最も小さな男の子。
6人は一列に並び、夕陽のオレンジ色に染まる道路の上を、長い影を惹きながら楽しそうに歩いていた。
「……あれは」
パイロットのブランが、耐Gスーツのヘルメットを抱えたまま、窓にへばりつくようにしてモニターを見つめた。
最年少の華奢な体に押し込められた彼女の胸が、激しく上下する。
「……あれ、アタシたち……? なんで、あそこにアタシたちがいるの……!?」
「ううん、違うよ」
白衣風アーマーのヴェールが、ほんわかとした笑みを消し、静かに首を振った。
急成長した大人の女性の瞳から、一筋の透明な雫が頬を伝い落ちる。
「あれは……私たちがずっと前に失くしてしまった、誰かさんたちの日常だよ」
ブリッジに、静寂が訪れた。
モニターの中で、一番後ろを歩いていた小さな男の子が転びかける。
すると、一番先頭を走っていた男の子が振り返り、駆け寄ってその手をギュッと握りしめた。
6人は顔を見合わせて笑い合い、再び一列になって夕暮れの街へと歩いていく。
それは、かつて彼女たちが辿るはずだった、奪われた未来の姿だった。
「……大気圏突入シークエンス、起動する?」
ジョーヌが無感情な声で尋ねた。指先は「降下プログラム」の実行キーの上で止まっている。
「降りれば……あの子供たちに会えるかもしれない。あの空気も、あの匂いも……手に入るかもしれない」
誰も言葉を発しなかった。
降下すれば、かつて夢見た「地球」での暮らしが手に入るかもしれない。
だが、今の自分たちの姿は――過剰に鍛え上げられ、切り刻まれ、兵器として完成された少女と大人の女性の肉体。
あそこへ降り立った瞬間、自分たちは「あの子供たち」の平穏を脅かす異物でしかなくなってしまう。
沈黙を破ったのは、中央に立つ長身の指揮官――ルージュだった。
175cmを超える圧倒的な体躯と軍服を纏う彼女は、艦長窓越しに青い惑星を静かに見下ろしていた。
その眼光には、ブレることのない完璧な威厳と、深く静かな慈愛が宿っていた。
「……降下シークエンス、キャンセル」
低く、重厚で美しい声がブリッジに響く。
「ルージュ……いいの?」
ブランが唇を噛み締め、指揮官を見上げた。
「肯定だ」
ルージュは軍服の襟を正し、静かに言い放った。
「我々が守るべきだった日常は、今、あそこにある。……あそこにいる『彼ら』の『下校』を、我々が乱すわけにはいかない」
ルージュの手が、静かに胸元へ置かれる。
「我らの帰る場所は、あの地上ではない。……この船であり、この6人が共に進む旅路そのものだ」
「……フン。相変わらず、かっこつけたがりの指揮官様ね」
ノワールが口元を歪め、暗視バイザーをカチリと下ろした。
その声は、どこか吹っ切れたように軽やかだった。
「……シアン、偏光フィルター同調。あの惑星の観測データをログに永久保存」
「……了解」
シアンは長距離ライフルをそっと床に置き、モニターの中の6人の影を、瞳の記憶回路に焼き付けた。
「ジョーヌ、面舵30。目標、外殻銀河縁辺部」
「……了解。進路変更、極星領域へ」
ジョーヌの指先がキーを叩き、青い惑星の映像が静かに画面の隅へと追いやられていく。
「全機、第一戦時体制へ戻れ」
ルージュが艦長席へ腰掛け、前方の暗黒の宇宙を見据えた。
「我らはこれより、我らだけの航路を進む。……邪魔する者は、全宇宙勢力であろうと撃滅する」
「「「了解(レーザー)」」」
5人の声が、完璧なハーモニーとなって重なった。
要塞型宇宙船「アルゴ」は、青い惑星にそっと背を向け、再び光の尾を引いて漆黒の銀河へと跳躍した。
かつて黄色い帽子をかぶっていた6人の兵器たちは、地球の子供たちの幸せを遠い宙(そら)から見守りながら、自らの意思で選んだ終わりなき旅路へと、誇り高く進み続けていった。
青い惑星を背にしてから数日。
宇宙船「アルゴ」の探知陣列が、漆黒の宙に潜む巨大な歪みを捉えた。
「……前方30万キロ。光学迷彩を展開した未知の巨大艦隊を補足」
ぶかぶかの戦術ローブを着たジョーヌの指先が、ホログラムキーを流れるように叩く。
後頭部のデータポートが不穏な赤色に発光した。
「艦種:超大型惑星侵略ドクトリン級母艦1、護衛戦艦40。……敵主砲のエネルギー充填ライン、先ほど通過した第3惑星――『地球』へと指向中」
ブリッジの空気が一瞬で跳ね跳び、冷徹な殺気へと塗り替えられた。
「侵略艦隊……ね」
漆黒のステルススーツを着たノワールが、暗視バイザーを下ろし、仕込みナイフのブレードをカチリと覗かせる。
「せっかくあたしたちが素通りしてあげた青い星を、横から土足で踏みにじるつもりかしら? ……ムカつくわね」
「あはは、ほんとだねぇ」
白衣風アーマーのヴェールが、ほんわかとした笑みを浮かべながら、巨大なナノマシン溶解液シリンダーを腰から引き抜いた。
おっとりとした大人の女性の姿を揺らし、その瞳からは一切の感情が消え去っている。
「地球の人たちに怪我をさせたら、私が『お手当て』しに行かなきゃいけなくなっちゃう。
……手数が増えるのは嫌だから、あのお船の人たち、全員みじん切りにしちゃおうか」
「敵母艦メインブリッジ、およびジェネレーターコアの座標、固定完了」
小柄な体躯で身の丈を超える長距離対物質ビームライフルを構えたシアンが、淡々と言い放った。
動体予測UIが青く発光し、数十万キロ先の敵旗艦の心臓部を精密にロックオンする。
「風速ゼロ、重力波干渉無視。……いつでも撃てる」
「アタシが出る!!」
耐Gスーツを着たパイロット・ブランが、ヘルメットを頭に叩き込み、不敵な大笑いを上げた。
最年少の華奢な体躯から放たれる圧倒的な撃墜衝動が、操縦コンソールを激しく明滅させる。
「地球のガキどもが夕焼けの中を歩いてるんだ! あんなブサイクな戦艦で邪魔させ落とすかよ! アタシが全機、コクピットごと刻んでやる!」
「……全機、傾注」
ブリッジ中央。175cmを超える圧倒的な長身と金糸の軍服を纏うルージュが、ゆっくりと立ち上がった。
その立ち姿は完璧な威厳に満ち、声は重厚で美しく、絶対的な死を約束するように響く。
「地球へ向かう通信波をすべて遮断。敵艦隊に我々の存在を察知させるな。……あの星の人々は、ただの『日常のノイズ』として夕暮れを過ごせばいい」
ルージュは軍服の襟を正し、冷酷な笑みを浮かべて命じた。
「――オペレーション『シークレット・下校』。敵全艦、痕跡を残さず消滅させよ」
「「「了解(レーザー)!!」」」
直後、暗黒の宇宙で人知れぬ惨劇が幕を開けた。
「アルゴ」の格納庫から飛び出したブランの最新鋭高機動機が、光の軌跡を描きながら敵前衛艦隊へと突入。
敵機が反応する間もなく、超高振動ブレードでコクピットのみを次々と細切れに切断していく。
「あはは! ポンコツどもが! アタシのスピードについてこられるわけないでしょ!」
同時に、シアンの対物質ビームライフルが沈黙の閃光を放った。
超高エネルギーの光線は敵護衛戦艦3隻を一直線に貫通し、内部の動力炉を一切の爆破音なしに消滅させる。
敵母艦の内部では、すでにノワールが影となって跳んでいた。
暗視バイザーの奥で冷たく笑いながら、幹部たちの喉元を無音で切り裂き、直後にヴェールが空調へ流し込んだ致死性麻酔ナノマシンが残りの乗員を細胞レベルで融解させていく。
「……セキュリティプロトコル、全ライン書き換え。敵AI、永久停止」
ジョーヌのハッキングにより、敵艦隊は救難信号一通すら外部に送信できず、完全に沈黙した。
開戦からわずか180秒。
地球を滅ぼすはずだった侵略大艦隊は、誰に知られることもなく、ただの宙の塵へと姿を変えた。
「……敵艦隊、全波反応消失。消滅を確認」
ジョーヌが無感情に報告した。
ブリッジのモニターには、何事もなかったかのように静まり返る漆黒の宇宙と、その向こうで穏やかに青く輝く地球が映し出されている。
地球の地上では今頃、黄色い帽子をかぶった子供たちが無事に家へ帰りつき、「ただいま」と言っている時間かもしれない。
自分たちの頭上遥か彼方で、世界を救う戦いがあったことなど知る由もなく。
「ふん、手応えのない連中だったわね」
ブランが帰還し、ヘルメットを外して不敵に笑う。
「さあ、お掃除も終わったことだし……行こうか、ルージュ」
ヴェールが微笑み、シアンが静かにライフルを収める。
ノワールが闇の中から戻り、ジョーヌが進路をセットした。
「……肯定だ」
長身の指揮官ルージュは、青い惑星を一瞬だけ愛おしそうに見つめた後、二度と振り返らぬ覚悟で前を向いた。
「目標、極星領域。……我らの『下校』を続ける」
宇宙船「アルゴ」は、静かにスラスターを噴射し、光の彼方へと跳躍した。
名もなき守護者となった6人の兵器たちは、故郷の平穏を影から護り抜き、自らの選んだ終わりなき星の海へ、誇り高く旅立っていった。