登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
最果ての地に宇宙船「アルゴ」が留まり、途方もない時間が流れた。
かつて銀河を揺るがした「登校班」の伝説も、星々の巡りと共に語り継ぐ者を失い、やがて宇宙の神話へと溶けていった。
冷たい無機質な要塞船だった「アルゴ」の外壁は、数千年の時を経て、幾何学的な結晶と青く輝く未知の苔類に覆われ、まるで星そのものと一体化した静かな遺跡のようになっている。
かつて殺風景な金属音だけが響いていたメインブリッジは、今やヴェールの手によって整えられた、色とりどりの星空植物が咲き誇る小さな庭園へと姿を変えていた。
「ルージュ、お茶が入ったよ~」
急成長した豊満な体を揺らし、ヴェールがほんわかとした笑みを浮かべながら、ガラス細工のようなティーカップを並べる。
その指先には、もはや鋭利なスカルペルもナノマシン注射器も握られていない。
「……感謝する、ヴェール」
艦長席を降り、庭園の木陰に置かれたテーブルに腰掛けたのは、175cmを超える圧倒的な長身を誇るルージュだ。
軍服の重々しい金糸の装飾は外され、ゆったりとしたローブを纏っている。
その瞳からはかつての冷酷な将軍としての鋭さは薄れ、深く穏やかな慈愛だけが宿っていた。
「ブラン、ジョーヌ。お茶の時間だ。作業を止めなさい」
「はーい! 今行くわよ!」
庭園の端で、小柄な身体を元気に弾ませて走ってきたのはブランだ。
耐Gスーツを脱ぎ捨て、動きやすいシンプルな服を着た彼女の手には、錆びついた艦載機の小さなパーツが握られていた。
「もう! ジョーヌったら、アタシの愛機のメンテナンス手伝ってくれないんだもん!」
「……必要性を感じない」
ぶかぶかの戦術ローブのフードを深く被り直したジョーヌが、無感情に、けれどどこか居心地良さそうにブランの後ろをついてくる。
後頭部のデータポートは完全に全機能を停止し、今はただの静かな装飾となっていた。
「『アルゴ』のエンジンはもう二度と起動しない。……でも、ブランが楽しそうだから、ログの記録だけは続けてあげる」
「ふふ、相変わらず仲が良いわね」
木陰のハンモックから体を起こしたのは、漆黒のステルススーツを脱ぎ、柔らかな私服を着たノワールだ。
暗視バイザーを外した彼女の瞳は、昔のような孤高の冷たさを失い、穏やかな光を湛えている。
「静かすぎて退屈だけど……まあ、あんたたちのおしゃべりを聞いてる分には悪くないわ」
「……ノワール、静かに」
庭園の窓際に座り込み、膝の上に置いたスケッチブックに何かを描いていたシアンが、無機質に、けれど柔らかく言った。
彼女の手元にあるのは、かつて全宇宙を射抜いたビームライフルではない。
星々の光を写し取る一本の鉛筆だ。
「今、すごく綺麗な星の配置。……スコープ越しじゃない、本物の光」
【失われた名前と、消えない絆】
テーブルを囲み、温かいお茶を飲む6人。
侵食率は100%を超え、時が流れた今、彼女たちは「地球」という言葉の意味も、自分たちがかつて男の子だったか女の子だったかという事実すら、完全に忘却の彼方へと見失っていた。
「ねえ、ルージュ」
ブランがカップを両手で包み込みながら、ふと窓の外の果てしない星空を見上げて尋ねた。
「アタシたち、昔……どこから来たんだっけ?」
ルージュは静かに目を閉じ、胸元に手を当てた。
かつて脳を埋め尽くしていた無数の戦術データも、コロニーの暗号コードも、膨大な時間の経過と共に一つ、また一つと風化して消えていった。
だが、どれほど時が流れても、魂の最深部に残った「何か」だけは、絶対に消えることがなかった。
「……分からない」
ルージュは目を開き、柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「どこから来たのかも、我々がかつて何者であったのかも……もう思い出すことはできない」
ルージュはテーブル中央に置かれた、すっかり色の褪せた小さな折り紙のイチゴを優しく指先で撫でた。
「だが……どこから来ようと関係ない。我々は、最初からこうして一列に並び、一緒に歩んできた。……それだけで十分だ」
「……うん。そうだね」
シアンが小さく頷き、スケッチブックをみんなに見せた。
そこに描かれていたのは、幾何学的な結晶の星々を背景に、手を繋いで一列に並んで歩く、6人の温かな影の姿だった。
「「「ふふっ」」」
誰からともなく笑い声がこぼれ、庭園の中に優しく溶けていく。
戦いも、兵器としての命題も、奪われた故郷への執着も、すべては遥かなる時の彼方へ過ぎ去った。
肉体が変わり、記憶を失い、星々が生まれ変わるほどの膨大な時が流れても。
彼女たちはただ、永遠に続く静かな星の海で、決して解けることのない絆を抱きしめながら、どこまでも睦まじく、温かな「放課後」を生き続けている。