登校班から宇宙戦士へ   作:匿名希望

20 / 43
【後日談】──永遠の庭園

最果ての地に宇宙船「アルゴ」が留まり、途方もない時間が流れた。

 

かつて銀河を揺るがした「登校班」の伝説も、星々の巡りと共に語り継ぐ者を失い、やがて宇宙の神話へと溶けていった。

冷たい無機質な要塞船だった「アルゴ」の外壁は、数千年の時を経て、幾何学的な結晶と青く輝く未知の苔類に覆われ、まるで星そのものと一体化した静かな遺跡のようになっている。

 

かつて殺風景な金属音だけが響いていたメインブリッジは、今やヴェールの手によって整えられた、色とりどりの星空植物が咲き誇る小さな庭園へと姿を変えていた。

 

「ルージュ、お茶が入ったよ~」

 

急成長した豊満な体を揺らし、ヴェールがほんわかとした笑みを浮かべながら、ガラス細工のようなティーカップを並べる。

その指先には、もはや鋭利なスカルペルもナノマシン注射器も握られていない。

 

「……感謝する、ヴェール」

 

艦長席を降り、庭園の木陰に置かれたテーブルに腰掛けたのは、175cmを超える圧倒的な長身を誇るルージュだ。

軍服の重々しい金糸の装飾は外され、ゆったりとしたローブを纏っている。

その瞳からはかつての冷酷な将軍としての鋭さは薄れ、深く穏やかな慈愛だけが宿っていた。

 

「ブラン、ジョーヌ。お茶の時間だ。作業を止めなさい」

 

「はーい! 今行くわよ!」

 

庭園の端で、小柄な身体を元気に弾ませて走ってきたのはブランだ。

耐Gスーツを脱ぎ捨て、動きやすいシンプルな服を着た彼女の手には、錆びついた艦載機の小さなパーツが握られていた。

 

「もう! ジョーヌったら、アタシの愛機のメンテナンス手伝ってくれないんだもん!」

 

「……必要性を感じない」

 

ぶかぶかの戦術ローブのフードを深く被り直したジョーヌが、無感情に、けれどどこか居心地良さそうにブランの後ろをついてくる。

後頭部のデータポートは完全に全機能を停止し、今はただの静かな装飾となっていた。

 

「『アルゴ』のエンジンはもう二度と起動しない。……でも、ブランが楽しそうだから、ログの記録だけは続けてあげる」

 

「ふふ、相変わらず仲が良いわね」

 

木陰のハンモックから体を起こしたのは、漆黒のステルススーツを脱ぎ、柔らかな私服を着たノワールだ。

暗視バイザーを外した彼女の瞳は、昔のような孤高の冷たさを失い、穏やかな光を湛えている。

 

「静かすぎて退屈だけど……まあ、あんたたちのおしゃべりを聞いてる分には悪くないわ」

 

「……ノワール、静かに」

 

庭園の窓際に座り込み、膝の上に置いたスケッチブックに何かを描いていたシアンが、無機質に、けれど柔らかく言った。

彼女の手元にあるのは、かつて全宇宙を射抜いたビームライフルではない。

星々の光を写し取る一本の鉛筆だ。

 

「今、すごく綺麗な星の配置。……スコープ越しじゃない、本物の光」

 

 

【失われた名前と、消えない絆】

 

テーブルを囲み、温かいお茶を飲む6人。

 

侵食率は100%を超え、時が流れた今、彼女たちは「地球」という言葉の意味も、自分たちがかつて男の子だったか女の子だったかという事実すら、完全に忘却の彼方へと見失っていた。

 

「ねえ、ルージュ」

 

ブランがカップを両手で包み込みながら、ふと窓の外の果てしない星空を見上げて尋ねた。

 

「アタシたち、昔……どこから来たんだっけ?」

 

ルージュは静かに目を閉じ、胸元に手を当てた。

かつて脳を埋め尽くしていた無数の戦術データも、コロニーの暗号コードも、膨大な時間の経過と共に一つ、また一つと風化して消えていった。

 

だが、どれほど時が流れても、魂の最深部に残った「何か」だけは、絶対に消えることがなかった。

 

「……分からない」

 

ルージュは目を開き、柔らかな笑みを浮かべて答えた。

 

「どこから来たのかも、我々がかつて何者であったのかも……もう思い出すことはできない」

 

ルージュはテーブル中央に置かれた、すっかり色の褪せた小さな折り紙のイチゴを優しく指先で撫でた。

 

「だが……どこから来ようと関係ない。我々は、最初からこうして一列に並び、一緒に歩んできた。……それだけで十分だ」

 

「……うん。そうだね」

 

シアンが小さく頷き、スケッチブックをみんなに見せた。

そこに描かれていたのは、幾何学的な結晶の星々を背景に、手を繋いで一列に並んで歩く、6人の温かな影の姿だった。

 

「「「ふふっ」」」

 

誰からともなく笑い声がこぼれ、庭園の中に優しく溶けていく。

 

戦いも、兵器としての命題も、奪われた故郷への執着も、すべては遥かなる時の彼方へ過ぎ去った。

肉体が変わり、記憶を失い、星々が生まれ変わるほどの膨大な時が流れても。

 

彼女たちはただ、永遠に続く静かな星の海で、決して解けることのない絆を抱きしめながら、どこまでも睦まじく、温かな「放課後」を生き続けている。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。