登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
要塞宇宙船「アルゴ」の艦内、薄暗いメンテナンスルーム。
冷却パイプの微かな駆動音が響く中、2人の少女が並んで座っていた。
片や、シスター風ヴェールを深くかぶった、148cmのEカップ――狙撃手のシアン。
片や、ぶかぶかの戦術ローブに身を包んだ、142cmの小動物系――ハッカーのジョーヌ。
外見はどちらも「冷徹で人形のような無機質な美少女」だが、その内面の構造は決定的に異なっていた。
「……」
シアンは自身の超長距離ビームライフルの分解清掃を行っている。
その動静は極めてスムーズで、ミリ単位の狂いもない。
しかし、その漆黒のストレートボブの下にあるダークパープルの瞳は、どこか一点を虚ろに見つめていた。
彼女の感情は、戦闘活動や精密射撃にノイズをもたらさないよう、システムによって「常時抑制」されている。
つまり、内側には元・5年生女子としての優しい世話焼きな心や、かつてのクラスメイト――特にブランに向けられる複雑な熱量などが確かに存在している。
ただ、それが表に出ないよう、分厚い鉄の扉の向こうに厳重に鍵をかけられている状態だった。
一方、その隣でジョーヌは、床に転がった未知の異次元デバイスをじっと見つめていた。
ハイライトの消えたゴールドの瞳は、どこか遠くを向いている。
彼女の場合、脳の改修後遺症によって「感情そのものが希薄」になっていた。
抑制されているわけではない。
そもそも湧き上がる感情の総量が極めて少ないのだ。
普段から「……肯定」「……バグ」と機械的な受け答えに終始するのも、そのためである。
「……」
ジョーヌが無機質な指先で、転がっていたデバイスのカバーをパカリと外した。
瞬間、デバイスの内部から虹色の光の粒子が溢れ出し、けたたましい電子音が鳴り響く。
『ピピピピピ――! 警告、未確認エネルギー反応!』
艦内の自動警報が微かに反応する。
しかし、ジョーヌの表情は微動だにしない。
脈拍も、呼吸の乱れもない。
感情が希薄な彼女は、パニックという概念を持ち合わせていなかった。
ただ――。
「……おもしろい」
ぽつりと、ジョーヌが呟いた。
感情の総量は少ない。
しかし、「未知のテクノロジーや分解しがいのある構造」に出会った時だけは別である。
彼女のハイライトのないゴールドの瞳が、わずかに、しかし確かな熱を持って輝いた。
次の瞬間、ジョーヌは音もなくスルスルと這い回り、ハッキングケーブルをデバイスのポートへねじ込み、手際よく内部基盤のネジを外し始めた。
「待って、ジョーヌ。それは危険個体の可能性が高い。……危ないから、離れなさい」
背後から、静まり返った声が飛んだ。
シアンである。
彼女は感情が抑制されているため、声のトーンこそ起伏のない平坦なものだったが、そのスレンダーな手つきでジョーヌの襟首をひょいと掴み、安全圏へと引きずり戻した。
「……放せ。……配線が、接続の、最適解に、向かって、いる……」
「ダメ。爆発する。……私が、代わりに解析するから、そこに座っていなさい」
シアンは淡々と言葉を紡ぎながら、手慣れた様子で防弾ポンチョの裾を翻し、自らのビームライフルから取り出した予備の冷却材をジョーヌのデバイスに直撃させた。
キィィン、と冷気が走り、暴走しかけていた虹色の光が急速に収まっていく。
内側の奔流と外側の空白
「……冷却完了。……安全を確保した。……ほら、お茶」
シアンは懐から小型のスクイズボトルを取り出し、ストローをジョーヌの口元に差し出した。
無表情のまま、しかし手際よく後輩の世話を焼く。それはかつて図書室で下級生に本を貸し与えていた5年生の「お姉さん」の姿そのものだった。
ジョーヌは言われるがままストローに吸いつき、冷たい麦茶を飲みながら、じっとシアンを見上げる。
「……シアン。……心拍数が、わずかに、上昇、している。……異常、か?」
「……気のせい。……私は、常に、正常値よ」
シアンのダークパープルの瞳が、ほんのコンマ数秒だけ揺らいだ。
実は先ほど、遠くの通路からブランのドタバタと走る足音と、「も、もうすぐシアンの射撃訓練の時間だぁ……緊張するぅ……!」という情けない叫び声が聞こえてきていたのだ。
感情抑制システムをかいくぐって、胸の奥底で「またあの子は……まったく、危っかしいんだから」という懐かしい感情と羞恥の入り交じったノイズが爆発しかけ、シアンは必死にそれを理性の力で押し込めていたところだった。
――感情はあるのに、鍵をかけられて外に出せないシアン。
――感情そのものは薄いのに、好奇心のスイッチだけが直結でバグを起こすジョーヌ。
「……シアン。……顔が、赤い。……オーバーヒート、では?」
「……静かにして、ジョーヌ。……これは、室温のせいよ」
シアンは無表情のまま、チッと舌打ち(の代わりの小さな息継ぎ)をし、ふっと視線をそらす。
外見からは決して分からない二人の少女の内側で、それぞれの「無感情」の裏にある小さくて温かな名残が、今日も静かに明滅していた。