登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
侵食率100%。
要塞宇宙船アルゴのブリッジに、重苦しい緊張が走っていた。
「……見つけたわ」
漆黒のステルススーツを着たノワールが、震える指先でメインモニターを指し示す。
そこに映し出されていたのは、コロニーの狂った科学者たちが6人の肉体と精神を兵器へと改造する際、「不要なノイズ」として削除・封印した『感情データアーカイブ』だった。
「……『感情データ』。……兵器としての性能を極限まで高めるため、私たちの脳から削ぎ落とされた、人間としての原始的な感情のログ」
ハッカーのジョーヌが、ぶかぶかのローブの中から光のない瞳で解説する。
「……これを取り戻せば、私たちは『完璧な人間』としての心を取り戻せるかもしれない。……ただし、どのような感情が封印されているかは解読してみるまで不明」
「取り戻しましょう!」
175cmの長身と金糸の軍服を纏う司令官ルージュが、Fカップの胸元に手を当てて凛と宣言した。
「私たちは数多の世界を巡り、地球を守り抜いた! もう兵器として自分を殺す必要はないのだ! 総員、感情データの解凍プロトコルを開始せよ!」
「「「「オーッ!!」」」」
こうして6人は、自分たちが失った「人間らしい高尚な感情」を取り戻すため、封印されたアーカイブの復元ボタンを押したのだった。
【01. ルージュが取り戻した感情】
『――解凍完了。検体コード:01(ルージュ)。復元された感情:【理不尽な甘えたい欲求】』
ピピッ、と音が鳴り、ルージュの瞳に光が戻った。
「……あ」
175cmの圧倒的スタイルを誇る美しき司令官が、急にポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「ルージュ!? どうしたの!?」
最年少パイロット・ブランが慌てて駆け寄る。
「う、うわぁぁぁん! ブランお兄ちゃんぁぁぁっ!!」
ドスッ!!
175cmの巨体が、ブランの華奢な身体(Cカップ)にフルスロットルで抱きついてきた。
「重ッ!? 痛っ!? なによ急に!?」
「靴ひもが自分で結べないよぉぉっ! お着替え手伝ってぇぇっ! あと、晩ごはんのカレーのニンジン、全部包丁で星形に型抜きしてくれないと絶対食べないんだからぁぁぁっ!!」
「1年生の『ワガママな甘え』を取り戻してんじゃないわよ!! 司令官の威厳どこ行ったのよ!!」
【02. ヴェールが取り戻した感情】
『――解凍完了。検体コード:04(ヴェール)。復元された感情:【無限のいたずら心と、くだらない破壊衝動】』
衛生兵ヴェール(元4年生男子・茂)が、Kカップの超弩級ボディを揺らしながら、ぬ~っと怪しい笑みを浮かべて立ち上がった。
「あはは……思い出したよぉ?……」
「ヴェール……? 何を思い出したの……?」
シアン(元5年生女子・杏奈)が警戒して距離をとる。
「私、雨の日に通学路の『水たまり』を見つけると、一番深いところに長靴で飛び込んで、となりの女子に泥水を引っかけるのが大好きだったんだぁ~!!」
「最低の感情を取り戻さないで!!」
ヴェールは医療用スプレーを構え、部隊の仲間たちに向かって泥水代わりの消毒液をバシャバシャと射出し始めた。
「あはは! 泥水攻撃~! 濡れた~! 怒られた~! 楽しい~!!」
「きゃあぁぁぁっ! やめてよバカ!! 服が濡れるでしょーが!!」
ノワールが悲鳴を上げて逃げ惑う。
【03. ノワール(元2年生女子・小春)が取り戻した感情】
『――解凍完了。検体コード:02(ノワール)。復元された感情:【男子に対する理不尽な被害妄想と、意地張り】』
泥水をかけられたノワールが、突然ナイフを構えてブランを睨みつけた。
「……ブラン! あんた今、あたしのこと『ノワールは背が低くてチビだなー』って心の中で思ったでしょ!!」
「思ってないわよ!? なんで急に超能力者みたいな言いがかりつけてくるのよ!?」
「嘘よ! 男子はみんなそうなの! あたしがドッジボールで最後まで残ってたら、わざと強いボールぶつけてくるの! 謝りなさいよ! あたしに謝りなさいよぉぉっ!!」
「被害妄想が暴走してるわよ!! 小学生女子の面倒くささをコンプリートしてんじゃないわよ!!」
【04. シアンとジョーヌの「取り戻したかったもの」】
カオスと化したブリッジで、シアン(元5年生女子・杏奈)とジョーヌ(元3年生女子・順子)が淡々と自分たちのデータを回収していた。
『――解凍完了。検体コード:05(シアン)。復元された感情:【おせっかいな母親面(ヅラ)】』
「……あ。……思い出した」
シアンがトボトボと歩み寄り、泣き叫ぶルージュと、暴れるヴェールの間に割って入った。
「……はいはい。ルージュちゃん、ニンジンは小さく刻んでカレーに入れてあげるからね。
ヴェールちゃん、泥遊びしたらお風呂に入りなさい。
ブランちゃん、男の子でしょ、メソメソしないの」
「アタシはメソメソしてないわよ!!」
『――解凍完了。検体コード:03(ジョーヌ)。復元された感情:【集中すると周りの声が一切聞こえなくなる没頭癖】』
「…………」
ジョーヌは復元されたデータをチラリと見ると、無言で通信端末の分解作業に戻った。
「……ジョーヌ? 感情を取り戻して何か変わった?」
ブランが尋ねる。
「……呼びかけを無視する確率、100%に上昇。……話しかけないで。今、配線が面白いところ」
「ただの失礼な奴になっただけじゃないの!!」
【05. 封印された「最後の感情」】
散々な結果に頭を抱えるブラン。
「なによこれ……! ヴァルハラが封印した『感情』って、単に『小学生のガキっぽいワガママや黒歴史』だったんじゃないのよ! こんなの取り戻さなきゃよかったわ!」
ブツブツと文句を言いながら、ブランは自分(検体コード:06)の感情データファイルを解凍した。
『――解凍完了。検体コード:06(ブラン)。復元された感情:【班長としての、絶対に仲間を見捨てない『責任感』と『優しさ』】』
シュン……。
光がブランの胸に吸い込まれていく。
「……あ」
ブランは自分の華奢な手を見つめた。
頭の中に、あの日、時空の裂け目に飲み込まれそうになりながら、泣きじゃくる1年生の隆二の手を必死に握りしめた瞬間の記憶が鮮明に蘇る。
『隆二!! 手を離すなッ!!』
どんなに恐ろしくて、どんなに身体が引きちぎられそうで、自分が女の子に変えられていく狂気の中でも――自分だけは、班長として、上級生として、この小さくて弱い下級生たちを守らなきゃいけないんだと、固く誓ったあの日の熱い想い。
「……ブラン? 大丈夫……?」
シアンが心配そうに覗き込んでくる。
ブランは一瞬だけ顔を赤くし、それから昔のように、やんちゃで頼もしい笑みを浮かべて胸を張った。
「……へん! なんでもないわよ!」
ブランは175cmの巨体で泣きじゃくるルージュの頭をポンポンと叩き、泥を撒き散らすヴェールからスプレーを取り上げ、いじけるノワールの頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「ほら! 全員しゃきっとしなさい! 感情を取り戻したなら、次は『地球の美味しいもの』でも食べに行くわよ! アタシが班長として、全員分のおごり……は無理だけど、一番いい店を探してあげるわ!」
取り戻した感情は、どれもくだらなくて、理不尽で、手のかかる「子どもたちの記憶」ばかりだった。
けれど、それこそが、彼女(彼)たちが兵器ではなく「人間」であるという、何よりの証明だったのだ。
夕暮れのような宇宙の光の中、アルゴは賑やかな笑い声を乗せて、今日も新しい明日へと航行を続けるのだった。