登校班から宇宙戦士へ 作:匿名希望
防衛区画の薄暗い待機室。
脳内に刻み込まれ続ける軍事データと戦闘プロトコルが、地球での記憶とついに五分五分の均衡を迎えようとしていた。
「登校班の子供たち」としての語彙や感情が辛うじて残っているものの、口をつく言葉はすでに兵器としての冷酷な思考に侵食され始め、激しい矛盾と軋みを立てていた。
「……ねえ、班長。ランドセルのチェストベルト、固くて外れないよ……」
175cmを超える圧倒的な長身を丸め、軍服の袖で顔を覆いながら泣いているのは、1年生だった男の子(指揮官)だった。
声は低く凛とした美しい大人の女性のものだが、その中身は泣き虫な1年生のままだ。
「僕、チェストベルト留めるの、お母さんに手伝ってもらってたから……っ。一人じゃ外せないよぉ……っ」
「……チェストベルトじゃないわ、指揮官」
小柄な少女兵の姿へ作り変えられた元5年生(狙撃手)が、無機質な声で訂正した。
身の丈を超える長距離対物質ビームライフルを抱え、動体予測UIが青く発光する瞳で指揮官を見つめる。
「それは軍服の、戦術ハーネス。……外しちゃダメ。外すと……胸部装甲が脱落して、生存率が32%低下する」
「な、なんでそんな計算すんのさ……っ! 5年生のお姉ちゃん、いつも優しく手伝ってくれたじゃん……っ!」
「あたしは……っ」
狙撃手の手が、激しく震えた。ライフルの金属的な冷たさにしがみつくように指を握りしめる。
「あたしは……お姉ちゃんで……ううん、狙撃手で……! ターゲット距離、800……ちがう、あたしは弟の面倒を……っ! 頭が、割れそう……!」
「うじうじうるさいんだよ! どいつもこいつも!!」
耐Gスーツの胸元をかきむしりながら、元6年生(パイロット)が叫んだ。
華奢な少女の体躯へと圧縮された身体を震わせ、今にも暴れ出しそうな鋭い眼光を放つ。
「アタシが班長だろ!? 俺が班長なんだから、俺の指示に従えよ!
アタシが一番前に立って、襲ってくる敵の戦闘機を全部撃ち落とせば、みんな安全に学校に行けるんだよ!
……学校? ちがう、基地……? アタシは……アタシはどこに行こうとしてるんだ!?」
元6年生は頭を抱え、壁に後頭部を激しく打ち付けた。
「……落ち着いて、班長。心拍数が140を超えているわ」
ぶかぶかの戦術ローブを着た元3年生(ハッカー)が、光の消えた瞳のまま無感情に言い放った。
後頭部のデータポートから這うコードがカタカタと揺れる。
「感情の上昇は、脳内データの定着を遅延させる。……ねえ、みんな。私、もうすぐ『ドッジボール』って言葉の意味が分からなくなる。
……代わりに『広域電子戦テロル』の実行手順が、脳内に上書きされていく」
「……ドッジボール、楽しかったよね」
白衣風アーマーを着た元4年生(衛生兵)が、ほんわかとした笑みを浮かべながら近づいてきた。
おっとりとした大人の女性の姿を揺らし、その手には医療用ナノマシン注射器が握られている。
「ボールをぶつけられて痛いの、嫌だったでしょう?
でもね、大丈夫だよ。ボクがみんなの痛覚神経をブロックしてあげる。……そうすれば、どんなに撃たれても、切られても、もう痛くないよ?
ふふ、私、すっごく優しい衛生兵さんでしょ……?」
「来ないで……ッ!!」
漆黒のステルススーツを着た元2年生(工作員)が、悲鳴のような声を上げて壁の隅へ飛び退いた。
大人の女工作員へと引き伸ばされた身体を硬直させ、暗視バイザーの下から怯えた視線を向ける。
「触らないでよ! 痛みを消すなんて嘘ばっかり! あんたたち、あたしのこと笑ってるんでしょ!? 『2年生のくせに泣き虫だ』って……!
いいよ、誰も助けてくれないなら、あたし一人で逃げる! みんななんて……みんななんて大嫌い!!」
「逃がさない……!」
長身の元1年生(指揮官)が、突如として低い重厚な声を響かせ、工作員の腕を掴んだ。
その瞳からは涙が流れていたが、その立ち姿と圧力は、完璧な軍事指揮官のそれだった。
「部隊からの脱走は許さない……! 我々は……我々は6人で一列になって歩かなきゃいけないんだ! 一人でも欠けたら……登校班じゃなくなっちゃうだろぉぉッ!!」
「離して……! 痛い、離してよ……っ!」
「全機、整列……っ! 泣くな……泣くなよ!!」
指揮官は子供のように大泣きしながら、それでも圧倒的な筋力で工作員を拘束し、全員を自分のもとへ引き寄せた。
地球の子供としての「絆」と、コロニーが植え付けた「部隊としての強制力」。
その2つがグチャグチャに混ざり合い、崩壊寸前の境界線(48%)で、6人はお互いを傷つけ合いながら必死にしがみついていた。